表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
82/343

第82話 牧村君の初恋の人

 村上達に結婚披露宴の招待が来た。新郎も新婦も面識どころか、どういう人かも知らない。

 米沢の父が仲人で、新婦がその分家で、関連企業の研究所長の娘だ。

 米沢は「友達を何人でも連れて来なさい」と父親に言われたという。その中でも、特に連れて来るよう指名されたのが、水上と鹿島だ。

 米沢本人と矢吹、そして渡辺と片桐は別口で招待客だ。

 その他、水上の連れとして牧村・柿崎・坂井と岸本・大谷・内山が招待された。岸本は新郎が元カレという事で、米沢と交渉したらしい。

 また、村上・芝田・秋葉と中条・直江は文化祭での功労者という、よく解らない名目だが、疎遠になった中条と村上を米沢なりに心配したようだ。



 広い会場に無数のテーブルが並ぶ中、同じテーブルに座る村上と直江達。

 しばし気まずい空気が流れるが、やがて「あのさ」と村上と直江が同時に言う。

 すると芝田が「中条さん、泣かせてないよな」と言う。

 中条は「直江君と居て、楽しいよ」

「そうか」と村上は笑顔で相槌を打った。


「ごめんなさい」と中条。

 村上は「何言ってるの? 俺は直江と居る時間が中条さんにとって楽しいといいな、って思ったから・・・」

 すると直江が「中条さんは友達として、村上とも寄り添いたい、って言って、俺はそれでいいって言ったんだがな」

 それに対して秋葉が「なら直江君も秘密基地のスタッフになる? それであそこにお泊りして、ご飯食べて一緒にお風呂入って一緒に寝て」と笑顔で言う。

「いや、さすがにそこまでは・・・」と直江は頭を掻いた。


  

 水上と鹿島、そして渡辺は会場で、それぞれの父親と鉢合わせる。

「親父も来てたのかよ」と鹿島

「別口で招待されたんだが、お前、何やらかしたんだ?」と鹿島父。

 隣には渡辺と片桐も居る。

 やがて陰の主役登場。米沢家当主の米沢権之助が、その娘弥生と矢吹を連れて歩いてくる。

 老齢に入っていや増す威厳が周囲を圧する。


「ご無沙汰しております。米沢老」と渡辺父。

「婚約解消以来だな。直人君はまだ娘を貰ってくれる気には、なってくれないのかな?」と米沢父。

「何分、若輩ですので」と渡辺は恐縮する。

「儂が君くらいの年の頃には、婚約者の二~三人はおったぞ」と米沢父。

「お父様、それは結婚詐欺ですよ」と娘の弥生があきれ顔で言う。

 豪快に笑う米沢父。

 (こういう人が言うとシャレにならん)と一同思った。


米沢父は渡辺の隣に居る片桐を見て「そちらが片桐さんだね?」

「お初にお目にかかります」と片桐が挨拶。

「こういう所は苦手と聞いたが?」と米沢父。

「精神安定剤を貰って来ましたので」と片桐。

「なかなかしっかりした娘さんではないか。弥生、これは強敵だな」と米沢父はまた笑った。


 ひとしきり雑談の後、米沢父は鹿島に話しかけた。

「久しぶりだな、英治君」

「あの節はどうも」と鹿島。

 鹿島の父が心配そうに言う。

「うちの息子が何かやらかしましたでしょうか?」

「いや、気に入りの高校生探偵をまた見たくなってな。こやつ、光則君を越える大物になるぞ。何せこの年でこの儂を脅迫しおったのじゃからな」と米沢父。

 鹿島父唖然として「英治、お前・・・」

 水上も唖然として「鹿島君、何て事を・・・」



 一か月前。

 文化祭の美人コンテストで水上の敗北を悟った鹿島が、最後の賭けのため侵入したのは、米沢家の本邸だった。

 江戸時代からの豪農。明治以降さらなる土地集積で、巨大地主として地域経済を支配した米沢家は、その財力で地域の金融・交通・産業の近代化に出資し、北東銀行もその資本により成立した。

 戦後の農地改革で土地を失った後も、地域企業の支配は続き、今も厳然たる影響力を誇る。

 屋敷は昔からの豪農の館として風格を保ち、厳しい警護で固められている。

 だが屋敷が文化財として調査された時の資料が役所のサーバーにあり、これをハッキングして得た見取り図を頼りに、鹿島は難なく当主の居間に辿り着いた。


 障子戸の外の気配に気付いた米沢父の声が静かに響く。

「誰かな?」

「鹿島英治と申します。お嬢様のクラスメートです」と鹿島が障子の外から答える。

「光則君の倅か。娘からも噂は聞いておるよ」と米沢父。

「そのお嬢様の件でご相談したい事がありまして」と鹿島。

米沢父は「まあ、入りなさい」と鹿島を招き入れる。


 障子戸を開けて中に入り、名刺を差し出す鹿島。米沢父はそれを見て笑って言った。

「面白い若者とは聞いていたが、探偵は何でも知っている・・・か。で、話とは何かな?」

「近々、うちの学校の文化祭で美人コンテストがあるのは御存じでしょうか?」と鹿島。

「知っておるよ。あれが生徒会長として、かなり強引に進めてきたと矢吹君の報告でな」と米沢父。

「では、お嬢様も出場する事も」と鹿島。

米沢父は「うむ。面映い話だが、渡辺君に認めて欲しい一心なのだろうな」

鹿島は「それなんですが、ルールの決め方が強引だと、あれこれ言う、口さがない者がおりまして、それで会長自身が有利なように権限を乱用しているのではないかと」

「と言うと?」と米沢父。

「エスコート役という男子生徒を各自付けて、ペアでイベントに臨むのです。つまりその男子が人気だと非常に有利になると。その条件が異性でかつ恋人関係に無い、という」と鹿島。


「つまり矢吹君を想定している訳だな。なるほど彼は男前だからな」と米沢父。

「それだけではないのです。お嬢様と渡辺君の関係は誰もが知っているのですが、矢吹君はそんなお嬢様に献身的に仕える、いわばストイックなナイトというイメージで見られているのです。これは女子生徒にとって非常に魅力的で、矢吹君にはファンクラブまであるとか。それが前面に出て来る訳です。そのルールを発表時に独断で決めたと」と鹿島。

「なるほど、あれが相当無茶をしている訳か」と米沢父。

鹿島は言った。

「ご存じのように現在、この手の催しは各方面から批判があって、流行らない時代になっています。それを会長が自ら優勝するために強引に・・・という事を誰かが言い出して、外部に漏れて地方メディアにでも書かれたら、学校としても困った事になります。ましてそれが名家の令嬢とでもなれば・・・」

「地方メディアとは、例えば水上君の所のような・・・かね?」と米沢父。

「はい」


 米沢老の豪快な笑い声が部屋に響く。

「話はよく解った。君はあれと渡辺君の関係は知っておるかな?」と米沢父。

「はい。小さな頃の約束を一途に想い続けてきたと」と鹿島。

米沢父は言った。

「うむ。父親としても、その想いを守ってあげたいと思っていたのだ。渡辺君も矢吹君も、今でも実の息子のように思っておる。なのに儂は、そんな娘の想いをこの手で壊してしまった。支援者としての奢りで、渡辺グループの成長に目がくらみ、欲をかいてあれを吸収しようとした。結果、渡辺君一家の反発を招き、幼い二人の関係を台無しにしてしまったのは、償いきれない儂の罪だ。だから、どんな事をしても償いたい。こんな事で渡辺君の気持ちを動かそうなど浅墓というのも解る。それでもあれの気の済むようにさせてやりたい。それで米沢家に対して批判が起きても、甘んじて受けるつもりだ」

 鹿島は米沢父に働きかけて、コンテストを中止に追い込む事を画策していた。

 だが、それを拒否する父親の娘への罪悪感を前に、如何ともし難いと悟った。



鹿島から話を聞いた一同。

「要するにちゃぶ台返しかよ」とあきれる渡辺達。

 向こうでは鹿島父と水上父が米沢老に平謝り。それを宥める米沢老。

 彼等をようやく落ち着かせると、米沢父は渡辺父に言った。

「それから渡辺君、渡辺グループ買収の話は終わりにしたいと思う。所有株式は買い取ってくれるかね。長い事不快な思いをさせてしまった。申し訳なく思う」

「米沢老」と渡辺父は涙目で米沢父の手を取る。

「これからも対等なパートナーとして協力してくれるとありがたい」と米沢父。

「もちろんです」と渡辺父。



 その頃、岸本達は向こうの新郎新婦席に居る新郎を見ていた。

「あれが岸本さんの元カレ?」と、内山と大谷。

 新婦のお色直しの合間に、新郎の志村忠司は賓客達のテーブルへの挨拶廻り。

 その彼が会場の隅で一息ついている所に、内山が来て、志村に言った。

「志村さんですね?」

「君は?」と志村。

「内山と言います。今の岸本さんの恋人・・・です」と内山は自己紹介。


 志村は「そうか。彼女は今、幸せかな?」

「幸せですよ。俺達が意地でも、そうさせますから。あの、一つ聞いていいですか?」と内山。

「何かな?」と志村。

「岸本さん、米沢さんに頼んで、俺達とここに来ました。彼女、何がしたくてここに来たと思いますか?」と内山。

「それは・・・、安心して欲しくて、じゃないかな」と志村。

「安心?・・・。普通は見返したくて、じゃないですか?」と内山。

 志村は「君は彼女が、そんな考え方をする人だと思うかい?」

 内山はしばらく考えた末、「・・・・・・思いません」と答えた。

 (そうだ。岸本さんはそういう人だったんだ)


 その時、背後から岸本の声が聞こえた。

「内山君。それと志村さん。お久しぶりね」と岸本

「岸本さん、あれからどうしていたの?」と志村

「見ての通り、楽しくやっているわよ。安心してくれた?」と岸本。

「そうだね。元気そうで良かった。そちらの男性は?」と、志村は岸本と一緒に居る大谷を見て言った。

「大谷って言います。岸本さんの彼氏の片割れです」と大谷が自己紹介。

「片割れ? 三人で付き合ってるの?」と志村。

「私らしいでしょ?」と岸本。


「なんせ岸本さん、ミス上坂高だからね」と大谷。

「あら、大谷君はそんなブランドで私と付き合ってるのかしら」と岸本。

 大谷は慌てて「冗談ですごめんなさい」

「でも岸本さんがミスコンで優勝したのは本当ですよ。しかもここの仲人のお嬢さんを破って」と内山が補足した。

「楽しい彼氏達だね」と志村は笑った


 大谷は改まった顔をすると「ねえ、志村さん、ひとつ聞いていいですか?」

「何だい?」と志村。

 大谷は「権力者の婿になるって、どんな気分ですか?」

「・・・」

 (我ながら意地の悪い言い方だな)と大谷は思ったが、言わずにいられなかった。

 志村は少しだけ沈黙した。

「友達が、そういう結婚話から逃げ回っているのを見て、俺は絶対嫌だと思いました」と大谷は続けた。

 それを聞いて、志村は沈黙を破って言った。

「そうだね。正直しんどい話だよ。けど、嫁さえ味方で居てくれるなら、怖い物は無いから」

 内山は笑うと「友達が彼女に告る時に、同じ事を言ったそうです」と言った。


「安心したわ。いいお嫁さんなのね。私を泣かせた甲斐はあったって事ね」と岸本は言った。

「岸本さん、泣いてたの?」と志村は少し動揺した。

「あの時岸本さん、かなり落ち込んで、それで俺らなんかと・・・」と内山。

すると岸本は「あら、私が落ち込んでつまらない男を受け入れるような弱い女だと思ってたのかしら?」

「嘘ですですごめんなさい」と内山。

志村は「君達、岸本さんの事が大好きなんだね?」



 柿崎がトイレに行った帰り、廊下で見覚えのある女性を見かけた。

「堀江さんですよね?」と柿崎が声をかけた

「あら、柿崎君、ひさしぶりね」と女性が答えた。


「こっちに来てたんですか?」と柿崎。

「ここの研究所に勤務して、新郎の同僚として出席したの」と女性。

 柿崎は「牧村や坂井さんも来てますよ」

「あなた達はどうしてここに?」と女性。

「クラスメートに新婦の親戚が居たんです」と柿崎。


 堀江は、三人が子供の頃から仲の良かった近所のお姉さんだった。

 柿崎は懐かしさと嬉しさで、強引に引っ張っていった。



柿崎は二人の親友の所に堀江を連れて来て、言った。

「牧村、坂井さん、堀江さんだよ」


「牧村君、久しぶりね」と堀江。

 牧村はしばし絶句し、つぶやくように「堀江さん」と彼女の名を呼んだ。

「堀江さん、俺・・・」

堀江は「牧村君、彼女、いるんでしょ?」

「こいつ、強引にゲットされたんだよ」と柿崎は笑いながら言った。

「それで堀江さんは?」と牧村。

堀江は「今は居ないわよ。こっちに来る時別れて来ちゃった」


牧村は「俺、堀江さんとはもう会えないと・・・」

「堀江さんが遠くに行って、牧村君随分、しょげてたものね」と坂井。

「もしかして牧村、堀江さんの事、好きだったのかよ」と柿崎は言う。

「柿崎君、解ってなかったの? 私達のそういう関係・・・」と堀江は笑った。

「えーっ?」と柿崎。

「これだから柿崎君は・・・」と坂井は溜息をついた。


「で、肝心のあなた達はどうなの?」と、堀江は問題の矛先を転じる。

「あなた達って?」と、なお理解出来ずにいる柿崎。

「堀江さん、それは・・・」ととまどう坂井。

「何言ってるのよ。はっきり言わないと伝わらないわよ」と堀江。


 しびれを切らしたかのように、牧村は直球をぶつける。

「つまり柿崎と坂井さんの関係は進展したのか・・・って事だろ?」

「えーっ?」

「柿崎君って、こういう人だから」と、坂井はまた溜息をついた。


「もしかして坂井さん、俺の事好きなの?」と柿崎はおそるおそる聞く。

「だかそう言ってるじゃない。好きでもない男と一緒の布団に入らないわよ」と坂井。

「いや、あれは・・・、俺もそうだったらいいなって」と柿崎。


 そこに堀江が口を挟んで「ねぇ柿崎君、人って見たいものが見えるって、知ってる?」と言った。

「それは解る。それで目の前の現実が見えない、って事だよね?」と柿崎。

 堀江は「だから柿崎君は見たいものを見ないようにしてるんじゃないの? でもそれって、やっぱり目の前の現実を見てない事にならない?」

「そうだね」と柿崎。


「それで柿崎君は坂井さんの事をどう思ってるの?」と堀江。

柿崎は「好きだよ。ずっと好きだったよ。けど・・・」

「牧村君の事を好きだと思ってたと? けどそうじゃないって言ったよね」と坂井は追及した。

柿崎は「ごめん」と一言。

「じゃ、カップル成立ね」と堀江が強引にまとめようとする。

「いや、付き合うってそんな簡単に・・・」と柿崎。

「逃がさないわよ」と坂井は柿崎の左腕を掴んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ