第80話 闘いの後
文化祭で生徒会企画による美人コンテスト。
エントリーした五人とそのエスコート役による討論会は、その後しばらく続き、それが終わると投票となる。
集計が出た。
1位は岸本で得票率40%
2位は米沢で得票率25%
3位は水沢で得票率20%
4位は岩井で得票率10%
5位は水上で得票率5%
優勝した岸本に村上がパーティグッズのティアラを被せ、満場の拍手に答えて手を振る岸本。
それを見て村上が控え席に戻ろうとした所を、岸本は引き戻して頬にキス。
見ていた中条は笑いながら言った。
「ああいう時って村上君、何事も無かったみたいな顔でやり過ごすか・・・」
「もしくは、頭を掻いて誤魔化すか・・・だよな」と言って芝田も笑った。
村上は照れ臭そうに頭を掻いていた。
催しが終わり、参加者がステージ下から出てきた
米沢を迎える渡辺たち。
「惜しかったね」と吉江が言う。
「けど、二位だからね。四人に一人が支持って、大きいと思うよ」と渡辺。
「ありがとう、渡辺君。少しは見直して貰えたかしら」と米沢。
「それは・・・」と渡辺が口ごもる。
誤魔化す言葉に窮した渡辺は、隣に居た矢吹に矛先を転じて、言った。
「矢吹もお疲れさん。俺から見ても、かっこよかったと思うぞ」
「けど、あまり発言出来なかった。本当に弥生さんの助けになったのかな?」と矢吹。
「助けになったよ。ナイトに守られる姫って最高だもん。それに寡黙っぽいのは矢吹君の魅力だと思うよ」と吉江がフォローする。
「俺をアピールする場じゃないんだが・・・」と矢吹が頭を掻く。
そして渡辺は「ただ、俺の名前をあまり出されると・・・なぁ」と、少しだけ苦情を言った。
体育館の隅ではドレス姿の水沢を囲んで小島とオタク仲間が万歳三唱。
通りかかる男子が次々に声をかける。
「3位おめでとう、水沢さん」
「やっぱり水沢さん、可愛いよ」
「ありがとう」と嬉しそうな水沢。
だが、オタク仲間の一人が「けど3位っておめでたいのか?」
それに対して、もう一人だ「銅メダルだぞ」
「得票率二割なら、五人に一人は水沢さんのファンじゃん」と、通りかかった男子。
小島も「二位の米沢さんと5%しか違わない」
男子達のやり取りを聞いて水沢は笑う。
これまでの「水沢に好意を持つとロリコン認定される」という呪いのようなものが消えていくように水沢は感じた。
そして、さっき岸本が村上の頬にキスしたのを思い出した水沢は「小島君」と呼びかけて彼の頭を掴んで引き寄せ、頬にキス。
茫然とする小島とオタク仲間。小島は天使に囲まれた妄想の中で惚けていた。
そこに山本が来る。
「最下位にならなかったじゃん。良かったな」と言って山本は笑って水沢の頭を撫でた。
「山本君の意地悪。でも、ありがとう」と水沢ははしゃぐ。
そして「ねぇ、ご褒美は?」
「何でも奢ってやる。食べ物屋さん完全制覇だ」と山本。
「わーい、じゃ、着替えて来るね」と水沢。
水沢が更衣室に入るのを眺めた後、山本は未だ惚けている小島の尻を蹴って言った。
「何にやけてんだこのデ・・・いや、オタクは」
我に返った小島は「い・・・今、ここ小依たんがおお俺にキキキ・・・」
「あーはいはい良かったなぁ小島」と山本はあきれ顔。
そして山本は安らかな笑顔になると「なぁ、これで水沢も、男共から避けられる事も無くなるんだよな・・・」
「そだね。小依たんはみんなの・・・って良くない! 小依たんは俺だけの・・・」
そう言いかけた小島の言葉を遮って、山本は思わず「違うだろ! 水沢は俺の・・・」
「俺の、なぁに?」と、背後から着替えを終えた水沢の声。
ギクリとして山本は冷や汗とともに振り向く。
「ねえねえ山本君、水沢は俺の、なぁに?」と水沢は大はしゃぎだ。
「う・・・うるさいぞ水沢、さっさと食べ物屋制覇に行くぞ!」
「ねぇってば、山本君・・・」
ステージ下ではまだ宮下と岩井が居た。
「ごめんね、岩井君。我儘に付き合わせちゃって」と宮下。
岩井は「いいさ。宮下さんが少しづつでも変わってくれるのは、俺も嬉しい」
「でも、女が好きなのは変わらないと思うよ」と宮下。
「宮下さんは宮下さんだよ。俺だってさすがに宮下さんと付き合いたいとは思わないしさ」と岩井。
「3人もファンが居るし・・・ってか、この学校の1割は岩井君のファンなのよね」と宮下。
「いい加減、女装前提の好きってのから卒業したいんだが・・・」と岩井。
宮下は笑った。
そして宮下は神妙な表情で「ねぇ、私、本当に少しは変わったのかな?」
「それを決めるのは宮下さん自身だろ?」と岩井。
「確かめさせて貰っていい?」と宮下。
「確かめるって?」と岩井は怪訝な顔。
宮下は岩井のカツラを外し、化粧を落として普段の岩井の顔に戻すと、いきなりキス。
岩井は驚き、慌てて宮下から離れる。
「あのゲーッってのは、止めてくれよ」と岩井。
宮下は暫し唇を押えると、笑顔で「大丈夫みたい」
二人はクスクス笑い、やがて大きな笑い声になった。
その時、戸口が開いて、二人は慌てて離れた。そこには一人の女子生徒。
彼女は宮下に言った。
「あの、宮下先輩。私、先輩がその、女性が好きだって聞いて・・・私も同じなんです。良かったら私と付き合って貰えますか?」
驚く宮下に、岩井は笑顔で言った。
「良かったね、宮下さん」
体育館の出口では篠田ら数名が水上を囲んでいた。
「残念だったね」と坂井。
「けど、男に負けるとか・・・」と悔しそうな水上。
「仕方ないよ。票の半分は女子なんだから」と言ったのは牧村だ。
「鹿島君はこうなる事、解ってたんだよね?」と水上は確認する。
「まあね。あの5人のエントリーって時点でさ、普通系男子は岸本さん、拗らせ系男子は水沢さん、普通系女子は米沢さん、拗らせ系女子は岩井って、概ね勢力決まっちゃってたからね」
「米沢さんのは矢吹君人気でしょ? あんなの反則よ」と篠田が言う。
「岸本っちだって元カレ使った工作入ってんじゃね?」と大野が笑いながら言った。
そんな彼女達を窘めながらも、水上は悔しそうに唇を噛んだ。
そして水上は「ところで、鹿島君、最後の賭けって結局何だったのよ?」
「世の中には、知らない方が身のため、って事があるのさ」と鹿島。
その時、黒いスーツの若い女性が鹿島に声をかけた。
「英治君、見てたわよ。大苦戦だったじゃない?」
「選挙参謀は探偵の本来の仕事じゃないからね」と鹿島が返す。
「誰? 鹿島君の知り合い?」と薙沢が怪訝そう。
「赤松佳乃さん。親父の昔の助手だよ」と鹿島が紹介する。
「英治君の童貞を貰った人でもあるわよ」と赤松が言うと、鹿島は慌てて「赤松さん!」
「えーっ? 鹿島君って不潔。聞いた? 薙沢さん」と篠田がはしゃぐ。
「何? その子英治君の彼女?」と赤松は薙沢を見て言う。
「違うよ赤松さん。薙沢さんは男性恐怖症なんだから、滅多な事言っちゃ駄目だよ」と鹿島。
「あら、じゃ英治君に幻滅した?」と赤松。
薙沢は「私は自分に好意を持っている人以外は大丈夫なので」
「ならハードボイルドのヒーローとか言っちゃってる英治君にはぴったりね」と赤松。
「赤松さんは鹿島君の元カノだったんですか?」と薙沢は確認。
「初体験したいって言うから、やらせてあげただけ」と赤松の冗談がエスカレート。
「そういうデマは止めてください」と、更に迷惑そうな鹿島。
「はいはいご免なさい。私が押し倒しちゃったのよね?」と赤松。
「そういう危ないフォローもいらないから」と、諦め顔の鹿島。
赤松は言った。
「本当はね、失敗してしょげてたから、慰めてあげたの。意外と母性本能くすぐるのよ、この子」
「ハードボイルドのヒーローっていうより、ジゴロに向いてるんじゃ?」と篠田が笑う。
「あーもうどーとでも言ってくれ」と、諦め顔の鹿島。
コンテストが終わると、写真部の客が急に増えた。
女子生徒が、撮影サービスをやっている清水にカードを見せる。
清水が教室奥の暗幕の端の隙間を指さすと、女生徒はその隙間に姿を消し、やがて、堪能したといった表情で出てきた。
やがて風紀委員会の見回りが来た。違法な秘密企画をチェックするためだ。
彼等は教室奥の暗幕の不自然さを指摘して、言った。
「あそこ、変にスペース取ってるだろ?」
「邪魔になった椅子を積んでるだけですよ」と清水。
「ちょっと見せて貰うぞ」と風紀委員。
清水は「駄目ですってば・・・」
風紀委員が暗幕の隙間からそこに入ると、狭い通路スペースと、壁一面に貼られた展示写真。見ると全部、矢吹の隠し撮り写真だ。上半身裸の着替え中の写真もある。
「矢吹ファンクラブ専用の秘密企画があるってタレ込みは、これだったんだな?」と風紀委員。
直ちに違法展示は撤去され、写真は没収された。
ゲームで盛り上がる二年二組の教室では、村上が中条と楽しそうに客の対応をしていた。
「エスコート役で準備に参加できなかったから、コンテストが終わったら埋め合わせしなきゃ」と村上。
「ごめんなさいね、私のせいで」と岸本が笑いながら言う。
「そういう意地悪は止めてよ岸本さん」と村上は苦笑。
「でもこのアイディア、半分は村上君でしょ? 十分貢献してるじゃん」と杉原が言う。
津川も「そうだぞ村上。俺達に任せて中条さんと廻ってこい。埋め合わせなら、今までほったらかしにした中条さんに・・・だろ?」
「けど、戻ったばっかりでそれって・・・」と村上が逡巡する。
すると秋葉が入ってきて「バザー、交代して貰ったの。芝田君、村上君、中条さん、文化祭廻ろうよ」と言って、三人を引っ張っていった。




