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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第8話 薙沢さんの練習台

 大谷彰良はバスケットボール部に入った動機を「モテたいから」だと周囲に公言しているような奴だ。

 友人の武藤大地は背も高く、中学の時からバスケをやっており、本気で上の大会を目指すつもりで部に入ったが、技術的には大谷のほうが上だった。

 クラスでもう一人のバスケ部員、内山久司は小柄で運動も得意ではないが、悪友の大谷に無理矢理引っ張り込まれる形で入部した。三年生は春の大会後は引退である。

 二年生の二人は大谷以上の肉食派で、実際にモテるタイプ。部活よりそっちに熱心だ。春の大会では三年生が居た事もあって、辛うじて二回戦に進出したが、夏の大会では内山も含めて五人である。



 大谷は入学当初から、クラスの女子の中で誰に言い寄るかを測っていた。

 直江が入学初日に水上に告白して振られたばかりか、それを言いふらされて女子達から冷たい視線を浴びた事で、慎重さの必要を痛感していた。

 その中で彼が目を付けたのが薙沢沙月だった。美人だがおっとりした性格で、目立つのを好むタイプではない。所謂「癒し系」的な雰囲気があった。男子に対しても愛想は悪くない。彼女ならたとえ振っても、相手を傷付けたり言い触らしたりしないに違いない。


 そんな目論見は4月後半、薙沢に告白して見事に裏切られた。

 大谷に告白された時の薙沢は、見るからに嫌そうな表情で一言「ごめんなさい」と言うと、逃げるようにその場を離れた。そして大谷が教室に戻った時にはクラス全員に広まり、直江の時以上に女子達の冷たい視線が彼を迎えた。



 「そんなに嫌だったかなぁ」と釈然としない大谷だったが、その理由を彼はクラスの鹿島英治に知らされた。


 鹿島の中学の時の仇名は「盗聴君」。彼の父親はその筋では知られた探偵で、彼は子供の頃から父親に跡継ぎとして探偵のスキルを仕込まれていた。

 盗聴・ハッキング・尾行・潜入工作等々の中でも、彼が得意とするのが盗聴で、彼は学校中に盗聴器を仕掛けて噂話を集め、校内の様々な人間関係を探り、悩みを抱える依頼生徒にアドバイスするという。

 彼の情報を頼りに告白に成功した生徒も居て、それなりに感謝もされるのだが、自らのハードボイルドな未来図を吹聴する姿は、傍から見ればただの中二病だ。


 鹿島はクラスで針の筵状態に陥った大谷に声をかけ、薙沢とクラスの女子・・・特に、その中心に居る水上との会話の音声データを聞かせた。



「大谷って見るからにスケベそうな奴だもんね。そりゃ気持ち悪いと思うよ」と水上の声。

「そうじゃないの。私、中学の頃から男性恐怖症で・・・」と薙沢の声。

「男性恐怖症?」と水上の声。

「うん。普通にしてる時は何でもないけど、相手が自分を好きだって解ると、気持ち悪くて我慢できなくなるの」と薙沢の声。

「ああ、そういう人いるよね」と水上の声。


 なるほど・・・と大谷は思うと同時に、世の中には厄介な女子がいるものだと、空恐ろしく感じた。

「男性恐怖症にも色々あるらしいけど、さすがに相手が悪かったな」と言う鹿島に、大谷は感謝の言葉とともに、これからも何かあったら頼むと言うと、急いで事態の収拾に乗り出した。


 廊下を一人で歩いている薙沢に声をかけると、逃げ腰になっている薙沢に・・・。

「高校生になった事で浮かれて、とりあえず目についた薙沢さんに声をかけただけで、本当は君の事は好きでも何でも無かったんで、別にダメージ受けてないし、今後君に手を出すつもりは無いんで、安心して欲しい。嫌な思いさせてごめん」

 それだけ言ってその場を離れた。



 事の顛末とともに、薙沢の男性恐怖症はすぐにクラスの男子全員に知れ渡った。

 彼等は「何かの拍子に彼女を好きだと誤解されて気持ち悪く思われたらたまらない」として、徹底して薙沢を避けるようになった。


 彼女が他の女子と雑談しながら教室の一角に陣取ると、近くにいる男子はさっと席を立った。用事があって彼女に話しかけられた男子は、硬直した作り笑顔で一言誤魔化し返事をすると、さっと逃げ去った。

 授業中は、近くの席の男子は彼女の席から机を離し、挙句担任に席替えを要求する始末。


 自分が避けられていると感じた薙沢は、悩んだ挙句、水上に相談し、彼女とその取り巻き達は何人かの男子に理由を問い質した。

 彼等の多くが返事をはぐらかす中、口を割ったのは直江だった。

 水上は「盗聴君」の噂は知っていたが、それがこんな形で威力を発揮する事に驚いた。

 そして「女子の秘密を盗聴で暴いて言い触らすなんて許せない」と放課後、薙沢と大野、そして水上の取り巻きである篠田薫子を連れて抗議しようと、勢い込んで鹿島の所に行った。



「女子のプライバシーを盗聴して言い触らすなんて最低」と凄む水上に対して、鹿島は「大谷や直江の件はプライバシーじゃないの?」と切り返す。

「私や薙沢さんは当事者なの。鹿島君は無関係でしょ。それが盗聴で秘密を盗んで暴露とか、これは犯罪よ」と水上。

「大谷は当事者だよね。それがあそこまで言い触らされた以上、理由を知る権利があると思うけど?」と鹿島。

「薙沢さんは男子に避けられて傷ついてるのよ。悪いと思わないの?」と篠田。

「男性恐怖症なんだろ? 怖い相手が自分から遠ざかってくれて良かったんじゃないの?」と返す鹿島に、薙沢は「そんな・・・普通にしていれば気持ち悪いとか思わないし、私だって男子とうまくやっていたいのに・・・」

「でも、どんなのが普通かっていう基準を決めるのは薙沢さんであって、相手の男子じゃないよね。だったら相手なりに自衛する権利はあるんじゃないのかな?」と鹿島。


 今度は大野が「鹿島ってー、女の気持ちとか全然解ってないっしょ。女にモテた事無いんじゃん?」と大野。

「俺、高校で女にモテようと思ってないし」と鹿島。

「キャハハハハ。何それ? 小島みたいに女は二次元に限るモエーって人?」と大野。

 それを聞いて鹿島は大笑いした。


「俺はさ、未来の名探偵なんだよ。ハードな世界を渡る以上、女に甘い顔なんて見せられないし、それでも親父みたいにいい女がいくらでも寄ってくるハードボイルドな人生が待ってるんだぜ。なのでJK彼女なんかに興味無い訳。解る?」と鹿島。

「何こいつキモッ!」と大野。

「で、そのキモッの基準は?」と鹿島。

「うっせーなキモいからキモいんだよ、あーキモキモ!」と大野。

「つまり論理的に説明できない訳だ」と鹿島。

「あーそーですよ、どーせあたしらは非論理的で感情的でお馬鹿なJKですよ。悪うござんしたね、駄目だこいつ。行こ・・・」と大野。



 声を荒げながら退散する女子達だったが、その後ろから鹿島は薙沢に言った。

「そうそう、薙沢さんは男子が自分を好きになるのが嫌なんだよね、だったら少なくとも、男性恐怖症の事知ってるクラスの男子全員、もう絶対薙沢さんの事好きにならないから、もうこのクラスは気持ち悪い思いをしなくて済む安全地帯になった訳だ。その後どうするかは、薙沢さん次第だよね」


 彼女達は教室の隅に固まって、早速悪口大会を始めた。だが薙沢だけは考え込むように俯いて会話に加わらず、それを気にした宮下は、無理にテンションを上げて「もうさ、薙沢っち男子なんて放っておいて、百合で行こう百合で。ほーらバストチェック!」と言いながら、薙沢の後ろから抱き付いて胸を触り始めた。

 薙沢はそれを振りほどくと「ごめん。少し一人で考えたいの。先に帰るね」

 そう言って不満そうな宮下達を尻目に教室を後にした。



 家に戻って自室のベットに倒れ込んだ薙沢は、鹿島の言葉を思い出した。


「怖い相手が自分から遠ざかってくれて良かったんじゃないの?」という鹿島の言葉。

「絶対薙沢さんの事を好きにならないから」という鹿島の言葉。

 (全然解ってないよ。私だって、好きで男性恐怖症になったんじゃない。いい人が居れば恋愛だってしたいんだ。こんな体質、治せるものなら治したいよ)・・・そう呟く薙沢の脳裏に浮かぶ、自分を避ける男子の様子。

 (彼等が自分を避けたように、男性を避けるのが男性恐怖症なんだよね)。

 そう、彼等は自分が・・・自分に嫌われるのが怖いんだ。そして嫌うから嫌われる。それが嫌だから、怖いから自分は男性恐怖症を隠したかった。自分には嫌われないようにする権利がある。けど、彼等にも同じ権利はあるんだ・・・と、薙沢は自問自答する。


「理由を知る権利があると思うけど」という鹿島の言葉。

(そうか、だから嘘や隠し事は良くないんだ。だけど自分のプライバシーを隠すのは当然だよね。だったらどうするの?)・・・。


「その後どうするかは薙沢さん次第だよね」という鹿島の言葉。

 薙沢はベットから起き上がると、スマホでネットを検索した。男性恐怖症の出てくるページを探す。原因は? どんな人がなるの? 改善策は?・・・。



 翌朝、薙沢は教室の戸を開け、深呼吸すると、その場に居た全員に、柄にもなく大きな声で「おっはよー」と発声した。男子達は一斉に後ずさりし、空気が凍った。

 薙沢は教室の後ろに居た水上達に一言声をかけ、自分の机に鞄を置くと、教室の前の方でたむろしている男子達の方にまっすぐ向かった。

 そしてそこに居た大谷に、「ごめんなさい」と頭を下げた。


 大谷は「いや、それは振られた時に聞いたから」と言ったが、薙沢は続けた。

「違うの。私は三つ、大谷君に酷い事をしたのを、ちゃんと謝りたいの。一つ目は他の人に言って、みんなに知られちゃった事、二つ目はせっかく好意を向けてくれた人に、嫌な態度をとった事、三つ目は男性恐怖症を隠していた事。本当にごめんなさい」と言って再度頭を下げた。

 大谷は「わ・・・わかった。だからこの件はもう終わりにしよう」と逃げ腰で言った。


 だが薙沢は、持っていた袋を開いて「これ、作ってきたんだけど、みんなで食べて」

 中のクッキーを見てその場に居る男子達が嫌そうに後ずさると同事に、それを見ていた宮下が大声で「駄目だよ薙沢ちゃん。そんな事したらこいつらすぐ調子に乗るよ」と言った。

 だが薙沢は「大丈夫だよ。私の病気の事みんな知ってるから、絶対私を好きにならない、安全な人達だから練習台にふさわしい・・・だよね、鹿島君?」


「練習台って何ぞ?」と小島が聞き返すと薙沢は「私、男性恐怖症を治したいの。それには男性に接して男に慣れなきゃ、って事で、練習台になって欲しいの」

 男子達がどーするよ・・・という顔で目を見合わせる中、鹿島は「なるほど、歓迎するよ」と言うと男子達に目配せして、隣の椅子を引いて薙沢に座るよう促し、彼女は彼等の雑談に混じった。

 最初は仕方なく付き合っていた男子達も、次第に会話が弾み、いつのまにか水沢もこれに混じり、それはその翌日も翌々日も続いて、自然な日常になっていった。

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