第77話 人生はゲームである
今年も文化祭が近づいた。
二年二組でも出し物をどうするかで、委員長の直江と副委員長の中条を中心に、ホームルームで検討。
相変わらずまともな案が出ない中、村上と芝田が、ありそうな企画の案を片っ端から出していく。
「食べ物屋さん」と村上。
「しょぼいと思うが」と柿崎。
「劇」と芝田。
「去年やっただろ」と山本。
「喫茶店」と村上。
「直江君、メイド喫茶にするよね? 却下!」と杉原。
「お化け屋敷」と芝田。
「他のクラスも計画してるぞ」と鹿島。
「またかぶるのかよ。どことだ?」と佐川。
「二年四組」と鹿島。
「あそことだけはかぶりたくないな」と内海。
「なら、縁日みたいなのはどうよ。いくつかゲーム的なのを用意して」と芝田。
「例えば?」と篠田。
「射的とか」と芝田。
「空気銃借りるのか?」と大谷。
「空気銃なんか、簡単に作れるぞ」と言ったのは山本だ。
山本が試作する。
細くて短いプラスチックのパイプの両端に、丸めて濡らしたティッシュを詰めて、片方を細棒で押し込む。実演すると景気の良い音とともに弾が勢いよく飛んだ。
「これ、いいじゃん」とクラスメート達は口々に言う。
「やっぱり玩具の事はお子ちゃまに聞け、だな」と小島。
「うるせーよ」と山本は口を尖らせた。
「で、他はどうする?」と鹿島。
「金魚すくい」と山本。
「生き物を扱うのは大変だぞ」と坂村。
「ボールの的当て」と武藤。
「射的と変わらん」と八木。
「なら、人生ゲームはどうよ」と芝田。
「それだ!」と何人もの賛同者が声を上げた。
「けどさ、最後までやるのは大変だぞ」と津川。
「手軽に出来る簡易版を作るか?」と岩井。
「だったら高校生活版ってのはどうよ。定期テストの所に来たらストップしてルーレットで成績出す」と村上。
「恋愛イベントも欲しいね」と吉江。
「彼氏彼女を射的でゲットするってのはどうだ?」と清水。
企画が決まり、直江・中条と村上達を中心にアイディアが練られた。
題して「学生ゲーム」
スタート時点で部活を選択できる。また、一定数のリソースを学力・体力・友達付き合いに配分して、ゲーム進行中のポイント加算に反映する。
各プレイヤーの数値ポイントとして、各教科の成績と部活の大会成績。そして人望値。
各教科成績はルーレットの数値に勉強リソースを加算。学年末までの平均が赤点の教科が出ると留年だ。
部活を選択した人は定期大会でルーレットを廻し、体力リソースと加算して大会成績が出る。
人望値は部活大会成績と教科成績でも加算されるが、友達付き合いのリソースによる加算がある。文化祭と体育祭でルーレットを回して出た活躍値による加算も大きい。
各所に恋愛イベントが配置され、射的で好みのキャラを狙う。人望値が高いと何度もチャレンジできる。
射的の的はゲームの人気男女キャラを元に小島がデザイン。
当たると彼氏彼女として本人のコマと並べて進める。コマの進みは基本サイコロだ。
カップルの相手キャラが不良だと、タバコ発覚の生活指導で一回休みというイベントも発生する。
進むうちにまた恋愛イベントとなり、射的で別のキャラを落とすと前の相手と別れる。これが重なると人望値が落ちる。
作業分担が組まれ、ボードに盛り込むイベントのアイディアを、クラスメート達が好き勝手に持ち込む。
それを調整する直江・村上達に柿崎・坂井・鹿島らも協力し、ボードのデザインのあらましが姿を現した。
そんな時、生徒会の企画として持ち上がったのが美人コンテストだった。
水上と米沢の確執から始まったこの企画は、社会的に批判のあるイベントだからと渋る学校側を、実家を背景とした米沢の威光が押し切った。
水面下でこの計画が拡散され、ルックスに覚えのある女子達が多く参加を表明したが、やがてその背景が知られると、二人の女王様の対立に巻き込まれるのを恐れた彼女達の殆どが辞退した。
そうした中で唯一辞退しなかったのが岸本であった。
米沢と水上はそれぞれ、自らが有利になるべく生徒会を舞台に暗闘を繰り広げ、その対立は二年二組内部に持ち込まれた。
特に恋愛脳が米沢に感化された吉江と、未だに水上の子分のつもりの篠田が、それぞれの彼氏を巻き込んでクラス内で火花を散らした。
水上陣営では、水上自身の彼氏である牧村と友人の坂井・柿崎。さらに水上は矢吹に対抗すべく、鹿島に協力を依頼した。情報を操る矢吹が、裏で米沢のために、どんな手を使うか・・・を水上は危惧したのだ。
彼等はクラス企画に専念できなくなり、各部活の出し物にかかり切りになる面々も除くと、クラスの出し物に専念できる者は10名ほどとなって、直江達のスケジュールを圧迫した。
こうした中で保たれていた水上・米沢の均衡状態は、しかし、米沢がゲリラ的に会長権限でルールを決定し公表した事で、一気に崩れた。
そのルールの要が二つ。
一つは課題を出しての即興的なパフォーマンスと、その後に行われる「クィーンの資格は何か」の討論会。
そして各候補者が一緒に舞台に上がり、討論会にも参加する「エスコート役」を用意する事だ。
エスコート役の資格は異性で、かつ過去現在において候補者と恋人関係に無かった人物。
鹿島は水上に、状況が極めて不利である事を告げた。
エスコート役は、米沢が矢吹を想定して設定した役柄だ。
矢吹は米沢の公開告白以降も彼女を献身的に支え、けして自分を受け入れる事の無い貴婦人を守り続けるストイックな騎士、というイメージが定着している。
以前にも増して女子達の間で高い人気を誇る矢吹と一緒に舞台に上がる事で、彼のファンを丸ごと支持者に組み込めるという訳だ。
「鹿島君も対抗して、エスコート役やってくれるのよね?」と水上。
「知恵と技術なら負けないけどね、そういう問題じゃないんだよ」と鹿島。
水上は「とにかく、何とかしてよ。矢吹君に勝てるのは、鹿島君しか居ないのよ」
鹿島は矢吹への対抗心から、水上の依頼を引き受けた。
だがその後、さらに二人の候補者がエントリーする事で、鹿島は挽回の困難を悟った。
鹿島は水上に、こうなったら最後の賭けに出ると伝えると、放課後帰宅して準備を整え、バイクに乗って国道を走った。
けして分のある賭けではなく、失敗すれば命にかかわる。だがプロとして、やれる事をやらない訳にはいかないと思った。
小規模な街並の外れにある広大な屋敷。門の周囲に気付かれず近付くのは困難だ。高い塀の上には有刺鉄線と警報装置の赤外線ビームが走る。
彼は監視カメラの死角を縫って塀の脇に取り付くと、荷物から潜入道具を出す。1mほどの棒に足場が付き、強力なバネが仕掛けてある。
ハンドルを回してバネを絞ると、足場に片足を乗せてスイッチを押す。バネが足場を跳ね上げて鹿島の体は宙を舞い、赤外線ビームの上をたやすく飛び越えた。
そして一時間後、鹿島は無事目的を終えて帰路についたが、結局その努力が実る事は無かった。
その頃、岸本はエスコート役を村上に依頼していた。
「何で俺に?」と村上。
「元カレなら大勢いるけど、規定にひっかかって頼めないのよ」と岸本。
「まだ付き合ってないイケメンだって居るんじゃ?」と村上。
「討論会があるからね。そういう所で弁が立つのって、村上君なら最強でしょ?」と岸本。
「クラスの企画で大変なんだよ」と村上。
教室では更に少人数になったスタッフが準備にてんやわんやだ。
岸本は「お願い。あの二人に勝たせる訳にいかないのよ。どっちが勝っても遺恨が残るでしょ?」
その時、横で聞いていた芝田が言った。
「引き受ければいいじゃん。クィーンのエスコート役なんて、モテまくりだぞ」と冗談めかす。
「いや、いらないから」と言って中条を見る村上。
だが中条も「村上君の得意な事なら、それで頑張るのもいいと思うの」と背中を押した。
「クラスの仕事手伝えなくなるかもだよ」と村上。
「アイディアが必要な所ももう無いし、後は俺らに任せろ」と芝田。
村上は覚悟を決めた。討論で誰が何を言うか。候補者の個性を念頭に、岸本に大谷・内山と四人でシュミレーションを繰り返す。
同様な作業を米沢は矢吹・清水・吉江と、水上は鹿島・佐川・篠田と重ねていた。
生徒会では即興パフォーマンスのメニューに頭を悩ませた。
米沢がエスコート役の設定を勝手に決めた事で、水上が米沢を批判し、メニューの設定に水上側も米沢側も関わる事は出来ない雰囲気が生まれた。
結局は中立を通す渡辺に一任するしか無かった。だが渡辺にそんな事を考えるセンスは無い。
彼はその問題をクラスに持ち込み、八木や内海ら、各候補間で中立を保てる人達に投げられた。
そうした問題にまたも人手をとられる中、直江と中条を中心にクラスの準備は進んだ。
秋葉は料理の腕を買われて、バザーを担当する家庭科部に所属する薙沢の相談に狩り出された。
杉原・芝田・津川もしばしば付き合わされ、芝田と津川は家庭科部で、貴重な男手として頼られた。
本番間際になると、直江と中条が残って作業する事も増えた。
中条はエスコート役を背負わされた村上の苦労が気になったが、副委員長としての責任を感じて直江と夜まで作業を続けた。一緒に作業する中で、会話の途切れない直江の存在が彼女の不安を和らげた。
中条はそれを楽しいと感じるとともに、時折、村上と一緒に居るであろう岸本の事を考えた。
(岸本さん、綺麗だよね)