第75話 みんなの修学旅行
二学期に入ると、九月に修学旅行がある。行き先は京都。
副委員長としての中条の最初の本格的な仕事だ。
大きなものは班割りや部屋割りだが、学校側では男女別の同じ班分けにしようとした。
それに生徒会長である米沢が反対した。
生徒会長は生徒代表であると同時に、二学年代表として修学旅行に意見を言える立場にある。
部屋割りは男女別にならざるを得ないが、班割だけでも、米沢は自分が渡辺や矢吹と一緒になれるようにしたかったのだ。
米沢家の威光と彼女自身の押しの強さに、教師たちも腰が引け、トラブルが無いよう自主的に班分けする事で、各クラスの委員長に丸投げされた。
直江と中条はクラスの班割りを調整し、村上達も協力したが、実は必ずしも難しくなかった。
というのも、夏の保養所での部屋割が班編成のたたき台になったからだ。
旅館の構造から基本四人部屋が九個で、編成された班割をとりあえず男女別に組み替えれば部屋割りの完成だ。
各班それぞれ自由行動の内容を計画する。
日程は三泊四日。初日は一日の大半を目的地への移動。二日目は定番の見学ルート。三日目は昼食を挟んで四時間の自由行動 四日目に帰路の移動となる。
出発当日はいつもより一時間早く集合となる。
バスが出る時間は遅らせる訳にはいかず、担任は時間厳守を繰り返し強調した。
だが当日朝、山本と水沢がなかなか来ない。
「ガキンチョキャラの寝坊は定番だよな」と仲間達は笑った。担任も五分くらい遅れるだろうとタカを括っていたが、甘かった。
焦る担任中村と直江委員長。山本の携帯に電話すると、たった今、家を出たという。
「蕎麦屋の出前かよ」と仲間達は笑ったが、担任にとっては笑い事ではない。
仕方ないので置いて行こうかと、バスが出た時、バスの窓から自転車の二人乗りで必死に走って来る彼等が見えた。
前日、水沢が山本に言った。
「明日は小依が山本君の携帯にモーニングコールするよ。彼女のお務めだからね。携帯はちゃんと枕元に置いてね」
どうやら吉江あたりに吹き込まれたらしい。
山本は適当に返事をして、目覚まし時計をセットして寝た。
だが、起きる時間になっても電話が鳴らない。忘れているのだろうと、山本は起きて支度するが、嫌な予感がして、山本は水沢の携帯に電話した。
「山本君、おはよう」と水沢の声。
「お前、もしかして今起きたのかよ」と山本。
「あ、モーニングコールかけなきゃだった。どーしよう」と水沢。
「どーしようじゃねーよ! 今何時だと思ってんだよ」と山本。
「まだ、こんな時間だよ」と水沢。
「お前、修学旅行で普段より早く集合って忘れてるだろ」と山本。
「あーっ、そうだった。どーしよう」と水沢。
山本は「どーしようじゃねーよ! 自転車で迎えに行くから、とっとと支度しろ、この馬鹿!」
水沢家からだと、今から学校まで歩いても到底間に合わない。
山本は大急ぎで支度を終えると、バッグを担いで自転車に乗り、水沢家へ飛ばした。水沢は自転車に乗れない。
到着して水沢家に転がり込むと、水沢を急かして後ろに乗せて二人乗りで学校に駆けこんだ。
「二人乗りで無許可自転車通学は校則違反なんだが」とあきれ半分困り半分の中村担任。
「そういう話は帰ってから聞きます。校長先生、自転車お願いします」
山本は柄にもなく敬語で、見送りに出ていた校長に自転車を押し付け、バスに転がり込んだ。
バスで駅に着き、高速鉄道で京都を目指す。
車内で各自の弁当を食べている者、仲間と談笑する者、ひたすらスマホをいじる者、そして引率に悪戯を仕掛けようと機会を伺う者。
やがて彼等はバスに乗り換え、一か所だけ比叡山を見学すると、夕方、市内のホテルのビルに到着した。
そして各自の部屋に散った。芝田と村上の部屋には津川と鹿島、秋葉と中条の部屋は岸本・杉原・薙沢が同室だ。
入浴を済ませた後で大部屋に集まって夕食の予定だ。
浴室は最上階にあって、男湯女湯とも半分は露天風呂になっている。
村上部屋の四人が浴室に行こうと部屋を出ると、大谷が自分の部屋の前で待ち構えていて、鹿島を部屋に招き入れる。
村上達三人は先に浴室に向かった。鹿島は大谷部屋に入ると、同室の内山と直江も居る。
鹿島は座布団に座ると、きっぱりと言った。
「やらないぞ」
「まだ何も言ってないが」と大谷。
「女湯覗くのに協力しろって言うんだろ?」と鹿島。
直江と内山は「俺らは止めろって言ったんだが・・・」
「覗きは男のロマンだ」と大谷は力説した。
「止めとけ。矢吹が米沢さんの指示で防止に動いてる」と鹿島。
「男のロマンを邪魔するとか、あいつ、男の風上にも置けないな」と大谷。
鹿島は「矢吹が聞いたら、こっちの台詞だって言うと思うぞ。それより、手回しドリルと小型ビデオカメラは無事か?」
大谷は慌ててバッグを探した。
「無い。確かに持ってきた筈なんだが・・・」と大谷。
「矢吹の所にあると思うぞ」と鹿島。
「あいつまさか女子にチクったとか・・・」と大谷は青くなった。
鹿島は「ま、奴も防止って言われただけだからな。矢吹に感謝するんだな」
女子達も覗きの計画は薄々察知していた。露天風呂では、その話題で盛り上がる。
「やっぱり大谷あたりが主犯だろ?」と大野。
「手回しドリルで仕切りに穴開けるとか」と篠田。
「矢吹君が対策に動いてくれてるから、大丈夫だよ」と坂井。
「棒の先につけたビデオカメラで仕切りの上から、なんて話もあるよ」と吉江。
「ビデオカメラって、あれみたいな?」と、水沢が男湯との仕切りの上に突き出た不審な物体を指さした。
慌てて女子達は一斉に湯舟に飛び込む。
「どーするのよ。あれじゃ浴槽から出られないよ」と杉原。
「あれをどうにかすればいいの?」と水沢は言うと、全裸のまま浴槽を出て、戸口の方へ走って高橋に話を伝えた。
水沢と高橋は仕切りに沿ったカメラらしきものの死角を伝って、その下に立つ。
水沢は高橋の肩に乗って立つと、ビデオカメラらしきもの目掛けて手を伸ばし、仕切りの上から胸まで出してそれを掴んだ。
仕切りの向こうでは男子達が唖然とする中、棒を持って立つ山本が、してやったりと言わんばかりの得意顔でVサインを見せた。
水沢は思わず笑顔で手を振ると、それを棒から外して仕切りの向こうに消えた。
水沢が回収した"それ"を調べる。
「これ、紙で作った玩具だよ」と水沢と高橋。
なぁんだ、と数人の女子が寄って来る。
「やったの山本だろ」と篠田。
「あのガキンチョ、まだこんな悪戯を!」と大野。
宮下は腹立ちまぎれに、紙で出来たそれを思い切り引き千切った、その瞬間、景気の良い破裂音が響き、無数の細かい色紙が散った。
仕掛けられたクラッカーが炸裂したのだ。
周囲の女子数人は、きゃっと叫んで尻もちをつき、仕切りの向こうから男子達の笑い声が響いた。
水沢と、浴槽で見ていた中条も笑った。
その後、山本は担任から15分ほど説教を喰らった。
大広間で夕食。座席は行動班ごとで、芝田・村上・秋葉・中条が班として固まる。
両側に杉原・津川・鹿島・薙沢の班と岸本・大谷・内山・直江の班。彼等も含めて雑談に花が咲く。
ホテルだけにおかずが豪華だ。
夕食を終えて各自の部屋に戻る者、再度入浴する者、ゲームコーナーや売店に行く者。
村上達の部屋では中条・秋葉・杉原が来ていた。やがて鹿島が戻って来る。
「どうだった?」と村上。
「ばっちり。先生たち全員眠ってるよ」と鹿島。
引率男性教諭の部屋では、地元銘酒の差し入れがあった。
実は鹿島と矢吹が睡眠薬を仕込んで、旅行業者からと偽装した代物だ。それで酒盛りを始めた結果がこれだ。
「朝までは熟睡が続く筈。引率の見回りは無しだ」と鹿島。
「やったー。みんなに知らせて来るね」と何人かのクラスメートはあちこちの部屋に散った。
そして、好き勝手な部屋の移動が始まった。
米沢と片桐は矢吹・渡辺の部屋へ行き、そこに居た牧村と柿崎は、米沢達の居た水上・坂井の部屋に移った。
岸本が内山と大谷の部屋に行き、そこに居た直江はとりあえず村上達の部屋に移動。一人になった薙沢も村上達の部屋に来た。
九人で雑談に花が咲く。
やがて杉原が津川を連れて自分達が居た部屋に行く。
「薙沢さんも一緒に行こうよ」と杉原。
「そうね。あそこは布団が五人分で余ってるから、鹿島君も来ない?」と薙沢。
「ここも布団は足りるようだが?」と鹿島。
見ると、中条が村上の布団に、秋葉が芝田の布団に入っている。だが、鹿島の言葉に薙沢は寂しそうな表情を見せた。
それを見た鹿島は「やっぱりそっちに行くよ。女子部屋は世界で一番行きたい外国だ」
山本の部屋は小島・清水・佐川が同室だ。そこに水沢が枕を持って入って来ると、いきなり山本の布団に潜り込んで山本に甘える。
水沢が居た部屋では、同室の大野・吉江・篠田が残った。三人での雑談は吉江が居ると話題は強制的に恋バナになる。
「大野さんって、もしかして小島が好きなの?」と吉江。
「んな訳・・・」と大野。
「今回も同じ班になったの、大野さんが割り込んだんでしょ?」と篠田。
行動班では山本・水沢・小島・大野の組み合わせだ。
「それはリバウンドさせないよう見張らなきゃだから」と大野。
「あいつに興味無いなら、デブに戻っても関係無くね?」と篠田。
しばらく大野は沈黙したが、やがてぽつりと呟くように言った。
「あいつはあたしが見つけたんだ。だからあたしの物なんだ」と大野。
「でも小島だよ」と篠田。
「オタクだし」と吉江。
「けど見かけは悪くないよね」と大野。
「で、大野さんは小島をどうしたいの?」と篠田。
大野は「そんなの解んないし」
内海の部屋の同室は岩井・八木・武藤だ。そこに藤河が紛れ込む。
「宮下が居るから貞操の危機が危ないんで、逃げてきたよ」と藤河。
そう言って居座る藤河に男子達は「それで男部屋ってのもどうかと思うけど」
「高橋さんと松本さんは?」と八木。
「松本さんは高橋さんの布団に潜り込んでイチャイチャしまくり」と藤河。
男子達は松本達に見せつけられて悶々とする宮下を想像して「なるほど」と納得した。
内海は高橋の迷惑顔を思い浮かべて苦笑。
八木は「いいなぁ」と遠い目で言う。
そんな八木を見て藤河は「あんた、混ざりたいの?」
「側で眺めて癒されたい」と八木。
「はいはい変態乙」と言って藤河は笑った。
藤河の本来の同室は宮下・高橋・松本だ。
布団の中で高橋に甘えまくる松本。
高橋は迷惑顔だが、布団を出ようとすると松本が拗ねるので、されるがまま状態だ。
そんな二人を、指を咥えて見ていて我慢できなくなった宮下は、松本に「私も混ぜてよ」と懇願する。
松本は物凄い剣幕で「あんたと一緒にするな、この変態!」
そこから避難して男子部屋に乗り込んだ藤河は「それで私はどの布団で寝ればいいの?」
「と言われても」と男子たち。
「まさか私に内海君か武藤君と一緒に寝ろとか言わないわよね?」と藤河。
「内海とだと高橋さんが怒るわな」と八木。
藤河は「なので、誰か二人、男同士で寝てよ。余った布団で私が寝るから」
「それが目当てかよ!」と男子一同あきれ顔で声を揃えた。
誰と誰が・・・で紛糾した挙句、トランプで決める事になり、五人で7並べを始めた。
岩井・内海・武藤が次々に上がって自分の布団を確保。
残された八木がオロオロしていると「しょーが無いわね」と藤河は言って、残った布団に八木を引っ張り込んだ
水沢を加えた山本部屋では五人で雑談する。布団の中で山本にじゃれつきながら、水沢は寝落ちした。
山本の上にうつ伏せで寝る水沢の幸せそうな寝顔を見て、小島は呟く。
「我が天使の小依たんが・・・、山本羨ます」
「そう思うんなら、これどけてくれ」と山本
「動かすと起しちゃうぞ。この笑顔守りたいだろ?」と内海
「それは激しく同意だが」と小島
「ってか俺、さっきから便所に行きたいんだが」と山本は泣き言を言い出す
「我慢しろ!」と三人は声を揃えた。
「リア充税だ。周囲を羨ましがらせる奴が負うべき義務と思われ」と小島
「ノブレスオブリージュだな」と佐川
「俺、羨ましがられる覚えは無いぞ」と山本
「そう思ってるのはお前だけだ!」と三人は声を揃えた。
村上達の部屋では村上・芝田・秋葉が寝落ち。
中条と直江が小声でひそひそ話す。
「今日は大変だったね」と中条は出発時の騒ぎを思い出しながら、笑った。
「中条さんもお疲れさん」と直江。
「私、何もしていないから」と中条は、実際に何もしていない事を思い出して、少しだけ引け目を感じた。