第71話 海岸にGo!
夏休み中に二度、登校日がある。修学旅行の事前指導や課題の確認、そして進路指導学習のためで、昼頃に放課となる。
放課となった後も生徒達の多くは教室で雑談に興じていた。
そんな中で水上が、牧村と海に行った事を自慢し始めた事から騒ぎは始まった。
大谷が海でナンパした事を自慢すると、宮下が女子のグループで海に行ったと・・・。
「それを自慢だと思ってるのは宮下さんだけだと思うが」と津川があきれ顔。
「いや、水着で女子会とか羨まし過ぎだよ」と八木。
「そう思ってるのはお前だけだ」と岩井があきれ顔。
「女が女と水着回ってのも空しいわよね」と岸本。
「聞いてよ。清水君なんて、ビキニ姿の私をほったらかしにして、他の子の写真ばっかり撮ってるのよ」と吉江。
その時、内海がそれを言い出した。
「けど、漫画とかだと、クラス全員で海に行くイベントとかあるよね」と内海。
「同級生に金持ちが居て、別荘とか提供して?」と芝田。
「うちに期待しても無駄だぞ」と渡辺が言うと「貧乏王子に期待する奴は居ないから」と佐川が笑いながら言う。
「誰が貧乏王子だよ」と渡辺は言い、女子達はどっと笑った。
「もしかして、うちに期待してるのかしら」と米沢が口を挟む。
「米沢さん、出来るの?」と吉江が期待の目を向ける。
米沢は「海岸に別荘は無いけど、関連会社の保養施設とか、出来なくは無いと思うわよ。征太郎、調べてくれるかしら」
矢吹は携帯パソコンを出してカシャカシャやる。しばらく操作を続けると、口を開いた。
「あまり使われない施設が2~3か所ありますね。あと閉鎖された施設も。お父様の許可があれば、後は管理側と交渉次第かと・・・」
「父には私が話すわ。交渉はお願いね」と米沢。
教室に「ヤッター」と歓声が上がる。
8月20日前後を目途に交渉するので、詳しい日取と場所は後日、メールで全員に連絡するので、参加希望者は返信を・・・との事。
数日後にメールが来た。村上達4人は芝田がまとめて参加の返信。
村上が場所をネットで確認する。
背後に山地を控えた漁村地帯に設定された海水浴場の一画にある、閉鎖中の施設。近接して断崖を背にした磯があり、海岸の美しい場所だ。
結局、不参加者は居なかったという事で、「まあ、当然だな」と芝田は言った。
現地集合という事で、当日はバスで行く者、家族に送ってもらう者、それに便乗する者。
芝田兄は仕事があるというので、4人はバスで行こうと話をしていたら、中条の祖父が車を出してくれる事になった。
ただ、彼の車はカーナビを搭載しておらず、知らない所を地図を見て走るのも得意ではない・・・という話を聞いた村上は言った。
「大丈夫だと思います。アナログナビがありますから」
前日の夜4人は村上のアパートに泊まり、翌日連れ立って中条家に行き、祖父の車に乗る。
村上が助手席に座って、地図を見ながら指示を出した。
「アナログナビって、ただの地図じゃん」と芝田はあきれ顔で言い、中条はクスクス笑った。
クラスの全員が施設の駐車場に集まると、矢吹が戸口を開ける。
中はかなり荒れており、埃が積もり蜘蛛の巣だらけだ。
「これから午前中かけて掃除して復旧するわよ」と米沢が号令をかける。
「えーっ?」とみんなの不満の声。
「閉鎖中だって言ったろ。自分達が使うために復旧するんだから、文句を言わないで作業開始」と矢吹がハッパをかけた。
「渡辺の所じゃないんだから、もう少し何とかならないのかよ」と大谷。
「そーいや、その渡辺は?」と佐川
「食料の調達に行ってるよ」と鹿島。
「また賞味期限切れの回収処分品か?」と山本。
米沢の専属運転手による彼女の通学用の車が駐車場に到着し、渡辺が車を降りると、数人の男子が物資の搬入に駆り出された。
ホールで全体を指揮する米沢の所に矢吹が来て「水道と電気の復旧、終わりました」
「作業の様子はどう?」と米沢。
「昼前には完成すると思います」と矢吹。
「9月のイベントに支障は無さそうかしら」と米沢。
「問題は無いと思いますよ」と矢吹。
「9月のイベントって?」と近くで作業していた大谷が聞いた。
米沢が「近々、ここを使う必要が出てきて、復旧する必要が生じたの。清掃業者を入れる予定だったから、渡りに舟だったのよね」
「俺達、いいように使われたんじゃん。自分達が使うために復旧するんじゃなかったのかよ」と大谷があきれ顔で言う。
矢吹は「お前等だって使うだろ」
掃除が終わり、昼食の時間。
全員に飲み物と菓子パンを配るが、人気の品の取り合いになるので、くじ引きだ。
村上はイチゴクリームパン。隣の中条が黒糖パンを手に、村上のを羨ましそうに見ている。
「交換する?」と村上。
「うん」と中条は嬉しそうに言う。
するとその隣の秋葉が中条に「私のタマゴサンドと半分っこしようか?」
「うん」と中条は嬉しそうに言う。
その隣に居る芝田が、それを笑顔で見ながら、自分の焼きそばパンを齧った。
昼食が終わると部屋割り。
矢吹が一通りの必要事項を説明すると、米沢が「八部屋あって一部屋にベッド四台。早い者勝ちよ」
全員、我先にと部屋の確保に走る。
「男女別とか、いいの?」と七尾が聞く。
「野暮な事は言いっ子無し」と岸本が言った。
「五人分足りないんだが?」と直江が聞く。
「私達は管理人用の部屋で寝るわよ」と米沢。
その「私達」が米沢と矢吹、渡辺、片桐、鹿島・・・と聞いて、全員「なるほど」と納得した。
芝田が確保した部屋の戸口で手を振る。村上・秋葉・中条は荷物を持って、そこに向かった。
矢吹は米沢に「人数的にギリギリでしたね」と言うと、隣に居た鹿島は「そのうち多分、ベッドは余ると思うぞ」と意味深な笑顔で言った。
部屋に入ると左右の壁際に二段ベッド。
どこかの学校の男子寮みたいな構図だが、部屋自体にそれなりの空間があって、椅子とテーブル。
窓際に台があって電気式の簡易湯沸かし器。それでお茶を飲んで一息つくと、男子は戸口側を向き、女子は窓側を向いて、彼等は水着に着替えた。
午後からは海で遊ぶ。
浅い所でジャンプして尻から飛び込み、盛大に水しぶきを上げる男子。
女子達がキャッキャ言いながら浅瀬で互いに水をかけあう。
それを八木と小島が眺めながら「癒されますなぁ」・・・。
すると彼等の顔にも海水が飛んでくる。
水沢がはしゃぎながら「小島君もやろうよ」と言って水をかけてくる。
「よおし」と言って小島はしゃがみ、両手で水をすくおうとした瞬間、横から大量の水が飛んできた。
「ぶわっ、何ぞこれ」と両手で顔を拭って水が飛んできた方を見ると、山本が青いポリバケツを手に笑っている。
「道具使うとか汚し」と小島。
「黙れ、文明の利器だ。それそれ」と山本はさらにバケツで水を飛ばした。
それを水沢が見てキャッキャと笑う。女子達はあきれ顔で見る。
近くでは大谷と芝田が同じようにポリバケツで遊んでいる。
まもなく米沢が飛んできて、三人を一発づつハリセンで叩く。そして言った。
「保養所の掃除道具を持ち出しちゃ駄目でしょ? 返してきなさい!」
三人がバツが悪そうにバケツを持って保養所に向かおうとした時、米沢は自分の前を通ろうとした山本を呼び止めた。
「山本君、そのバケツ、トイレ掃除のものじゃない?」と米沢。
山本がバケツを見ると、内側にマジックで「便所」と書いてある。
「げっ、本当だ。きったねー」と山本。
それを聞いた小島は「こっちの台詞だ。何てもんで水かけるんだ」と叫んで深い所に走って海水で頭を洗った。
山本・大谷と一緒にバケツを返しに行く芝田の後ろ姿を眺めて、秋葉は笑って言った。
「芝田君って、けっこうガキンチョよね」
「秋葉さんは芝田のそういう所、嫌いじゃないだろ?」と村上が笑う。
「大好きよ。楽しいもの」と秋葉。
中条は水着姿でわいわいやっているクラスメート達を見る。
女子は大半がビキニだ。中条は彼女達のスタイルと自分のそれを比較して、劣等感を感じる。
だが「村上は貧乳好き」という芝田の言葉を思い出し、村上の笑顔を見て救われたような気持ちになった。
その時、向こうに遅れて出てきた七尾を見て、中条は焦った。
白のスクール水着だ。去年の夏の川で泳いだ時の記憶が過る。(白スク水は濡れると透ける)・・・。
七尾がまっすぐ海に向かう。
止めなきゃ、教えてあげなきゃ・・・。中条は走った。七尾が浅瀬に入る。膝上まで水に浸かる。しゃがんで全身水に浸かる。
「七尾さん、駄目」と中条が叫び、七尾は驚いて立ち上がり、中条を見た。
中条も七尾の水着を見る。透けて・・・ない。
「里子ちゃん、どうしたの?」と、唖然とする中条の背後から、村上がポン、と肩を叩いて声をかけた。
中条は「七尾さんの白スク水・・・」
村上は去年の温泉での一件を思い出し、笑って言った。
「大丈夫だよ。新しい白スク水は透けないから」
「そうなの? 透けるのは古いのだけ?」と中条。
「透けるって何の話?」と怪訝そうな七尾。
「いや、古い白スク水は濡れると透ける事があるって、中条さん、この前小耳に挟んでさ」と村上。
「じゃ、私のこと心配してくれたんだ。ありがとうね、中条さん」と七尾。
中条は安堵し、嬉しそうに笑った、その時、背後に居た杉原が言った。
「中条さんが水着でヘマって、そういう事だったんだ」
「あ・・・」と焦り顔の中条。
杉原は言った。
「つまり中条さん。古い白スク水着て、透けちゃったのね? それで新しい水着買わせるために、村上君、ビキニも似合うって・・・」
焦る中条と村上。
それを脇で聞いていた清水と内海は「中条さんが全身濡れ透け水着」と呟き、妄想の世界に入る。
それを見て中条は「想像しちゃ駄目」と叫んで膨れっ面になる。
それを見て村上は爆笑した。
「ちょっと。村上君がいくら寛大だって、自分の彼女がエロい目で見られて笑うとか」と秋葉がたしなめた。
「いや、ごめん。だって中条さん、去年は自分の裸に価値なんて無いって言ってたんだよ。それがこうやって怒ったりとかって、つまり自信持てるようになったんだろ? 確かにああいう中条さん、可愛いかったし助けてあげたいって思ったよ。だけど、そういう自信の無い中条さんを助けるって事は、自信つけてもらうって事じゃん。だから、嬉しくてさ」
そう言って村上は中条の頭を撫で、中条は嬉しそうに頷く。
その時、清水と内海は声を揃えた。
「中条さんに価値が無いなんて事無いよ」
「大体、俺達が中条さんで妄想するのって、中条さんに価値があるからだよ」と内海。
「そうだよ。中条さんが可愛いからって、写真のモデルになって貰ったの、俺だからね」と清水。
そして二人で「中条さん、向こうに行ってアイスクリーム貰ってきて、一緒に食べようよ」
「うん」と中条は嬉しそうに笑う。
はしゃぐ内海と清水の横に、いつの間にか高橋と吉江が居た。
「人の彼女褒めてないで、少しは自分の彼女も褒めてよね」と、高橋は内海に、吉江は清水に言う。
「ほら、行くわよ。アイスクリーム食べるんでしょ?」と、彼女たちは言いながら、自分の彼氏の耳を引っ張る。
そして吉江は「村上君達も行こうよ」