第70話 浴衣の季節
夏祭りの季節になった。
「今年は四人でお祭りだね。何時に行こうか?」とウキウキ気分の秋葉。
「そういえば去年、村上君と芝田君も浴衣で行くって、約束してたよね」と中条が言い出した。
「そういや、そんな事言ってたっけ。里子ちゃん、憶えていたんだ」と村上。
「完全に忘れてた」と芝田。
「それじゃ、浴衣買いに行こうよ。どうせ二人とも持ってないんでしょ?」と秋葉はノリノリだ。
早速、杉原に連絡して、津川も含めた三人の浴衣を買いに行こうと、津川の意思を無視して話を進めた。
そして六人で街に出た。
楽しそうに先頭を歩く杉原と秋葉。
その後ろを歩く男子たちが好き勝手言う。それを聞きながら楽しそうに笑う中条。
「去年は酷い目に遭ったよな」と村上。
「女の買い物って怖い」と芝田は笑う。
「まあ、あれは女が自分が着るものについて、男が意見を強要されるのが問題だろ? 今回は俺達が着るものを買う訳だから、去年みたいにはならないと思うぞ」と津川。
「ま、変なものを選んでくれなきゃいいが」と芝田。
「浴衣の違いなんて、せいぜい柄くらいだぞ」と村上。
売り場に着いて浴衣選びが始まる。
すると、誰にどの浴衣が似合うかで、秋葉と杉原が延々と討論を始めた。うんざりする男子達。
中条はほぼ部外者状態だが、白熱すると「どちらがいいか」を強要され、一方を支持すると他方が拗ねる。
ついに音を上げた中条は、離れた所のベンチに居る村上の膝の上に退避した。
ようやく話がまとまり、男子達も一安心。
すると杉原が言った。
「それじゃ、今度は私達の浴衣も買おうかしら。彼氏として意見、お願いね」
「勘弁してくれよ」と男子たち。
お祭り当日。
芝田は普段服で村上のアパートに立ち寄り、自転車を置いて浴衣に着替え、二人で中条家に寄った。
三人で神社に行き、秋葉や杉原らと合流。
先ずは露店を回る。たこ焼きに焼きそば、ポテトに綿あめ。六人で食べ歩いていると、小島と水沢・山本に出くわす。
三人とも浴衣だ。山本はまた水沢家で着付けられ、小島は水沢兄から借りたという。
「水沢兄の彼女、正月のアレで味をしめたんじゃね?」と芝田が言う。
山本は「勘弁して欲しいよ、全く・・・」
小島は「贅沢を言うな。浴衣はお盆イベントの醍醐味でござるぞ」と水沢の浴衣にうっとり。
「どうでもいいが、小島の浴衣は似合わんと思う」と芝田が言った。
「そんな事無いよ。小依とお揃いだもん」と水沢
「お揃いってのはカップルでやるものだけどね」と津川が言う。
「そんな事言うと、小島が調子に乗るよ。本来なら山本君が着るものでしょ?」と杉原は笑いながら水を差す。
「にいにとのお揃いで買った浴衣だから、山本君とサイズが合わなかったの」と水沢が説明。
山本は「お揃いなんて暑苦しいもん、いらねーよ」とにべも無い。
小島達は社殿に行くと言う。別れ際に山本が言った。
「そういえば清水が村上達を探していたぞ」
「あいつ、写真とりまくってなかったか?」と村上。
「俺達も散々、撮られたぞ」と山本。
「水沢さんの? ついにロリコン写真家解禁かよ」と芝田。
小島達が石段の方に向かうのを見届けると、津川が言った。
「清水の件、どうする?」
「ほおって置こう。どうせろくでもない事やってるんだろうから・・・」と芝田。
池の方に行くと清水が写真を撮りまくっている。しかも、気付かれまいとしている様子が無い。
杉原が後ろから清水に近付き、ポンと肩を叩いて「君、ちょっと署まで来なさい」
ビクッとして振り向く清水に、杉原は続けた。
「また女子を盗撮? そういうの、吉江さんに禁止されてる筈よね?」
ところが清水は村上と芝田を見ると、杉原の説教を無視して「お前等、いい所に来た」と言い、いきなりパシャパシャやり出す。
一同唖然。
「お前、とうとう男に目覚めたのかよ?」と津川。
「藤河さんに依頼されたんだよ。二人組の男子の浴衣撮ってくれたら十枚いくらでデータ買うって」と清水。
「じゃ、山本が言ってたのは、水沢さんの写真じゃなくて・・・」と芝田はあきれ顔。
「もしかしてさっきの、マッキー&タッキーの資料?」と秋葉。
「そうだよ。お前等のは一枚いくらでデータ買うって言ってた」と清水。
「あの人、ほんっとに約束守る気無いのな」と村上と芝田は憤慨した。
「じゃ、俺は吉江さん達の所に戻るから」と清水は言って、向こうの露店に駆けて行った。
「何だ。清水の奴、一人じゃなかったんだ」と芝田。
「奴もあれで彼女持ちだからな」と村上。
「そういえば清水君も浴衣だったね?」と中条が言った。
池の脇に露天が並ぶ。その道で去年、中条は亡くなった兄の姿を見たという。
それを思い出した中条が奥の方を見ていると、浴衣姿の漫研の高梨が声をかけてきた。
「中条先輩。あそこにお兄さんの霊が居ますよ。妹さんとたこ焼き食べてます。さっき、あのお店でたこ焼きを買ったんです。店主は霊能のある方らしいです。今、先輩に手を振ってますよ」
妄想と知りつつ、中条はその場所に駆けていく。小さな祠にたこ焼きが二つ供えられていた。
高梨もついて来て、続けて言った。
「写真にも写ってますよ。見ますか?」
そう言って、スマホ画面を見せる高梨だが、兄の霊とやらの写真は、ぼやけた光の反射にしか見えない。
「ほら、ここに目と口があります」と高梨。
「心霊写真ってのは、こんなもんだよ」と、横に居た村上と芝田が言った。
「それで、高梨さん、一人?」と秋葉が聞く。
「向こうに先輩達も居ますよ」と、高梨は少し離れた所の露店を指さした。
見ると、通行人が避けて歩いている一団が居た。八木・藤河と漫研の一年生たちが浴衣姿で綿飴を買っている。
剃り込み剃り眉のツッパリモードな田中が目立つ。
その露店に行って、声をかける村上たち。
「田中が居ると並ばずに済むんだよ」と八木。
盛大に周囲に迷惑をかけている、という自覚は無いらしい・・・と村上が思った時、田中がカツラをかぶり付け眉を付けた。
向こうから、見るからに不良そうな三人組が、肩を揺すりながら歩いて来る。
ツッパリの一団が通り過ぎると、田中はカツラと付け眉を外した。
「あなた達も浴衣?」と秋葉が聞くと、鈴木が「漫画の浴衣回描く雰囲気作りだって藤河さんが・・・」
「なるほどね、ところで藤河さん、さっき清水に会ったんだが・・・」と迷惑顔で芝田が言う。
「そっか、清水君、ちゃんと写真撮ってくれたんだ」と藤河。
「だからさぁ、いい加減、俺達をモデルにBL漫画描くの、止めてくれよ」と芝田が言った。
村上達は漫研の面々と別れると、今のうちに神社でお参りしようと石段を登った。
社務所の隣に舞殿があって、神楽をやっていた。巫女さん姿で錫を持って舞っているのは薙沢だ。
見ている中に高橋・内海・松本と武藤が居た。
話しかけると、「バスケの夏期大会が終わったんで、つかの間の休息って所」と高橋。
「勝てた?」と中条が聞く。
「男女とも二回戦進出がやっと。山本達が居ればなぁ」と武藤が言った。
「上の大会も夢じゃないと?」と村上。
「それ以前に、数合わせで無理に出て恥をかかずに済むのにさ」と内海が不満顔で訴えた。
「ところで、お前等も全員浴衣かよ」と津川が武藤たちに・・・。
「何かクラスで流行ってるみたい。彼氏に浴衣着せろって」と松本。
「誰かが言い出して広めた?」と津川が怪訝そうに言う。
「誰だよ、そんな馬鹿みたいな事言い出したの」と芝田が言う。
秋葉が不審な挙動で目を逸らす。
「もしかして秋葉さん? で、俺達に浴衣着せるって言いふらしたのかよ」と村上。
「えーっと・・・てへ」と秋葉は誤魔化し笑い。
そして秋葉は話題を逸らそうと「ところでバスケ部なら大谷と内山は?」
「岸本さんとお祭りデート」と内海が笑って言う。
「また三人で?」と杉原。
村上ら五人の視線が杉原に集中する。
そして「杉原さんがそれ、言う?」
「いい加減時効にしてよ!」と杉原が顔を赤くする。
すると高橋が「杉原さんが誰かと三人デート?」
「いや本当に何でもないし。それより一年生も入ったんでしょ?」と杉原は話題を逸らした。
「あいつらは五人で別行動」と武藤。
「お前等、先輩として信頼されて無いんじゃね?」と芝田。
「同学年で話が合うんだろ? それに別に先輩と居てメリット無いし」と内海。
「奢ってもらえるじゃん」と津川。
村上達はお詣りをしてお御籤を引く。
窓口に居る2人の巫女さん姿に見覚えがあった。
村上がそう思った矢先、「先輩達、マッキー&タッキーのモデルですよね?」と、巫女さん姿の方が先に話しかけた。
「それ、誰の情報?」と困り顔の村上。
「あれを原作にした劇をやったんで。私達、演劇部の一年です」と巫女さん姿。
「演劇部って事は宮下さんも?」と秋葉が言う。
村上も「そーいや去年、ここに居たっけ」
「休憩中ですけど、呼びます?」と巫女さん姿。
「呼ばなくていい、ってか呼ばないでくれ」と村上と芝田が口を揃えた。
夕方近くに神輿が出発した。武藤と大谷が神輿を担いでいる。
山車の上のお囃子の中で、水上が横笛、牧村が太鼓、岸本は三味線を奏でている。
それを見ている坂井と柿崎と内山が居た。
「去年、岸本さんが山車の上で横笛を吹いていた写真を、清水君が拡散したの。それが好評で、水上さんもやりたいって言いだしたの」
そんな坂井の説明に芝田が「対抗意識を感じた訳ね?」
「水上さんらしいや」と六人は笑った。
向こうで清水が吉江の隣でお囃子の写真を撮っている。
反対側では浴衣を着た七尾と直江。七尾の左手の脇を直江の右手が泳いでいる。
握ろうか握るまいか迷っているようだ。
「直江君ってあんなキャラだっけ?」と秋葉が言って笑う。
「相手がお堅い人だから、ハードル高いんじゃね?」と芝田。
夜になり、花火を去年と同じく橋の上で見る。
人が多く、背の低い中条がよく見えないでいると、村上が「おんぶしてあげようか?」
村上の背中で花火と、そして村上の背中を堪能する中条を、少し離れた所で花火を撮っている清水が見つけた。
その笑顔に惹かれ、隣に居る吉江に気付かれないよう、そっとシャッターを押した。
上空を咲き乱れる花火。
その下で秋葉は去年つぶやいた言葉を思い出し、隣に居る芝田の左腕を抱きしめ、そして思った。
(次は誰の番なのだろうか?)。