表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
68/343

第68話 水沢さんと初恋の人

 一学期の成績が思わしくなかった山本・水沢・小島は、親たちが相談して、同じ学習塾の夏期講習に参加させられる事になった。


 他校の生徒が大勢参加する中、受付を済ませて教室へ向かおうとすると、水沢が一人の男子生徒を見つけて歓声を上げた。

「あっ、園田君だ。やっほー」

 彼は水沢を見て、驚いた表情を浮かべたが、すぐに目を伏せて逃げ腰になった。

「人違いです」と言う男子生徒。

「えーっ? 園田君だよね。私、水沢だよ」と水沢。

「ごめんなさい。急いでるんで・・・」

 そう言って彼は、逃げるように歩き去った。


 山本と小島が駆け寄る。

「知り合いか?」と山本。

「園田皆人君。中学の時、小依のこと好きになってくれた子だよ」と水沢。

「あぁ、それでイジメられて転校したって奴か。そりゃ逃げるわな」と山本。

「おいこら山本、小依たんは悪くないお」と小島は水沢を庇う。

「いいの。園田君、小依のせいで、いっぱい嫌な思いしたんだものね。嫌われて当然だよね」と水沢。

 水沢が柄にもなく涙目になるのを見て、さすがに山本も胸が痛んだ。

「だからお前は悪くないって」と言って山本は水沢の頭を撫でた。



 その後、水沢は何度か園田を見つけて話しかけたが、その度に園田は逃げた。


「そっとしといてやれよ。思い出したくない事もあるだろ」と山本。

「でも小依、あの時の事、謝りたいの。園田君とちゃんと話したいよ」と水沢。

 自分を好きになった事で、クラスでイジメにあった園田に、水沢は何も出来なかった。そんな思いを何とか清算したいと、水沢は思ったのだ。


「つまり、あの元いじめられっ子を、捕まえればいい訳だな?」と山本。

 山本と小島はひそひそ相談すると「解った。俺達に任せろ」



 園田が廊下を歩いていると、小島がその前に回って立ち塞がる。そして言った。


「もし、そこのお方。そなたが落としたのは、このプレミアム限定版ゲーム暗黒皇女ハイネローザですかな?」

 園田は、欲しかったが手の届かなかったお宝に一瞬目を奪われたが、身に覚えの無い落とし物・・・とやらをちらつかせる不審人物にドン引きし、後ずさりした。

「いや、知らないけど」と園田。

「では、このアニメ亜空歩兵ミリアネスのヒロイン柴野あかりのフィギュアですかな?」と小島。

「だから知らないって」と園田。

 そう言って逃げようとする園田の背後を山本が塞いだ。

「では、このリアルロりっ子小依たんですかな?」と小島。


 小島の背後から出てきた水沢の哀しそうな表情を見て、園田は胸が痛み言葉を失った。

「ごめんなさい。園田君、私のせいでいじめられて」と水沢。

「水沢さんは悪くないよ」と園田。

「でも・・・」と、悲しそうな水沢。

「それに、俺、たぶんロリコンだし」と園田。

 その時、山本が苛立ったような声で言った。

「水沢を好きになる奴はロリコンかよ。見かけが小さかろーが、水沢は水沢だろ。それがロリコンだってんなら、その何が悪いよ!」

「そうだお。幼女は世界の宝だお。それを愛して何が悪い。キリッ」と小島。


 園田は水沢が居た中学校を去った後、彼女のその後が気がかりだった。

 彼女がいじめに遭う事は無いにしても、同じ目に遭う事を恐れる男子に避けられているかも知れない。

 それをものともしない奴がいる事に、園田は安堵し、笑った。

「お前、ロリコン呼ばわりされて平気なのかよ」と園田は言った。

「ロリコン認定が怖くてオタクをやれるか」と小島はドヤ顔を見せた。



 その時、背後から歩いてきて、偉そうな顔で声をかけた大柄な男子がいた。そして彼は園田に言った。

「よぉ、久しぶりだな、園田。まだ病気は治ってないのかよ」

「何だよこの嫌味星人は」と怪訝そうな山本 

「滝沢良治君、園田君をいじめる先頭に立ってた人だよ」と水沢。

「なるほど、諸悪の根源が現われた、って訳だな」と山本。


 山本はつかつかと滝沢の前に来ると、いきなり平手打ち。

「何しやがる!」と滝沢。

「悪い。ゴキブリが居たもんでな」と山本。

「いい加減な事を言うな!」と滝沢。

山本は「居るじゃん。服着て二本足で歩くゴキブリがさ」

 露骨な挑発にぶち切れて殴りかかる滝沢の拳を、余裕でかわす山本。

 感情を昂らせて暴れる滝沢と、それを軽くあしらう山本の不毛な攻防が始まった。



 授業が始まると彼等は席に着き、終わると攻防を再開した。

 昼休みになると、食堂でパンと牛乳を両手に持って飲み食いしながら、山本は滝沢の攻撃をかわす。

 廊下を移動しながら滝沢の攻撃をかわす。

 それを楽しそうに見ている水沢。あきれ顔で見る小島。心配そうに見る園田。

 一日の日程を終えて四人で帰路につくと、滝沢は跡をつけてくる。二手に分かれて山本は別の道を歩き、つけてきた滝沢を得意の逃げ足でまいた。


 翌日も同様な攻防を繰り返し、帰路に滝沢がつけてくると、また二手に分かれる。

 今度は滝沢は小島達をつける。

「おい、お前等」と三人を威嚇する滝沢。

「人質にでもするお?」と小島。

「悪いかよ」と滝沢。

小島は「悪いかって言われても、そもそも、その必要無くね?」

「へ?・・・」

 その時、背後から山本が滝沢の尻を蹴った。滝沢は攻撃をかわす山本に翻弄され、疲れて座り込む。



 そんな滝沢を残してその場を去ると、四人は喫茶店に入った。

「園田君、今はいじめられたりしてない?」と水沢。

「同じ中学の奴もいないし、それなりの高校だし。それより、小島はロリコンとか言っていじめられないの?」と園田。

「キモ連呼する馬鹿女は居るけどな」と山本。

「そういうのは華麗にスルー」と笑う小島。

「山本と小島は友達なの?」と園田が聞く。

「俺と小島が?」と言って笑う山本。

「むしろ恋敵ですが何か」と小島は言ってドヤ顔。

 すると水沢が「小依は二人とも大好きだよ」

 (能天気な三角関係もあったもんだ)と園田はあきれつつ、自分はこんな水沢だからこそ好きになったのだと、心底思った。



 そんな数日が過ぎて、最終日。

 授業が終わり、四人で塾を出ると、塾の前の駐車場で滝沢が数人の仲間とともに待ち構えていた。

 何人かは、かつて園田をいじめた奴だ。

「かかって来いよ」と山本は挑発し、数人がかりの攻撃を余裕でかわす。

「そこまでだ。こいつ、お前のダチだよな。どうなってもいいのかよ」

 羽交い絞めにされている小島に、滝沢はカッターナイフを突き付けている。 

 小島は平然と「好きにすれば? 俺は山本の友達じゃないし、むしろただの恋敵だし」


 そんな滝沢に水沢は訴える。

「何でこんなひどい事するの?」

「それはね小依たん。滝沢氏は小依たんが好きだからだよ」と小島は口を挟む。

「違うわ!」と滝沢は真っ赤になって怒鳴る。

「いいや、違わないね。小依たんが園田氏に優しくしたのが気に入らなかったと思われ」と小島。

「何でお前にそんな事が解るんだよ」と滝沢。

小島はドヤ顔で「ロりっ子が嫌いな男子はいない。可愛いは正義だ!」

 山本は、どこかで聞いたような台詞だな・・・と思い、藤河の(ホモが嫌いな女子はいない)と言ってドヤ顔する様子を思い出して苦笑した。


 滝沢は「お前と一緒にするな」と怒鳴って小島を殴り倒す。

 だが小島は半身を起こすと「嫉妬で逆ギレカッコ悪し。好きな子の前で恥かくってどんな気持ち? ねえどんな気持ち?」と滝沢をあざ笑った。



「黙れって言ってるだろーが」と、滝沢はさらに殴りかかろうとした時、水沢は両腕を広げて滝沢の前に立ちふさがった。

「小依、滝沢君の事、嫌いじゃなかったよ。あんな事する前は、滝沢君のことも大好きだったよ。なのに何で?」

そう涙目で訴える水沢に、滝沢は「今更何言ってんだよ」


 その時、園田が口を開いた。

「俺が水沢さんの事好きになったのはさ、そりゃ小さくて可愛くて、ってのもあったさ。けど、水沢さんが居ると楽しいんだよ。素直でさ、隣で冗談とか言うと、楽しそうに笑うんだよ。お前だってそうだったんじゃないのかよ」


 滝沢はしばらく沈黙したが、やがて「だから何だよ。素直? 純真? 子供っぽさってもんがそんないいものだと本気で信じているのかよ。子供ってのはなぁ、我儘で自分勝手で・・・」

「お前、リアルで犯罪に走って抵抗された?」と小島が口を挟む。

「してねーし。一般的にそうだって言ってるんだ」と顔を真っ赤にして滝沢は言った。

 小島は苦笑して「リアル子供が我儘だなんて知ってるし。純真なんてのはただの設定だし。だからオタクは二次元に萌えるのさ。けど小依たんはそうじゃないから」



 滝沢の脳裏に、いじめが始まる前、園田と水沢と三人で帰りが一緒になった時の記憶がよぎる。

 あの頃人気だったヒーローアニメがあった。二人の主人公が一人のヒロインを守って、敵と戦いながら旅をする、そんな話だった。

 滝沢と園田は、どちらがかっこいいかの話題になり、それぞれ違う側を支持した。

 主張はどんどん冗談めいたものになり、どちらかが何か言う度に、水沢はケラケラと笑った。

 滝沢は(もしかしたら俺は、本当にこの子が好きだったのではないだろうか)とふと感じた。



 そして山本は言った。

「俺はガキは嫌いだ。けど水沢は・・・、俺は水沢がロりっぽいから付き合ってるんじゃない。水沢だから好きなんだ。水沢は水沢だ!」

 そして園田も「そう、水沢さんは・・・って、ちょっと待て? 小島は水沢さんの彼氏じゃなかったの?」

「そう見えるお?」と喜ぶ小島。

「違うのか?」と園田。

「残念ながら」と小島。

「小依の彼氏は山本君だよ」と水沢。

「言ったじゃん。俺はただの恋敵だって・・・」と小島はさらにダメ押し。

「な・・・・・」

 園田と滝沢、唖然。


 一連の会話を聞いていた滝沢は、溜息をつくと「なんかアホらしくなった。帰ろうぜ」と言い、その仲間達を引き連れて立ち去っていく。

 その時、水沢は彼に言った。

「滝沢君、もしかして今でも、いじめとかしてるの?」

 その哀しそうな声に、さすがの滝沢も胸が痛んだ。そして言った。

「してねーよ。俺らはもうガキじゃないんだ」

「そっか。良かった」と水沢は満面の笑顔を見せた。

 そして「じゃあね、滝沢君」と手を振って見送った。

 それを見ながら山本は(何なんだろう、この能天気さは)・・・。


 滝沢は仲間達と歩きながら、さっき水沢が見せた笑顔を思い出し、胸が異様に疼くのを感じた。

 そして、現在学校でいじめの標的にしようとしている生徒の顔を思い浮かべ、そして呟いた。

「こんな事、もう止めよう」



 滝沢達が去っていく中、水沢は、殴り倒された場所に座り込んでいる小島の、殴られて腫れている所を触って「痛いの痛いの飛んでけー」をやる。

 嬉しそうな小島。

 そして山本の方を向くと、楽しそうに言った。

「ところで山本君、さっき何って言ったの?」


 山本は顔を赤くして、必死に誤魔化そうと「俺はガキは嫌いだ・・・って言ったんだよ」

「その後」と水沢。

「水沢がロりっぽいから付き合ってるんじゃない」と山本。

「その後」と水沢。

「水沢は水沢だ」と山本。

「その前」と水沢。

 小島が「水沢だから好きなんだ・・・だろ?」と笑いながら言うと、山本は「うるさい忘れろ」と小島に絡み、水沢と園田が笑う。



 そして園田は小島に「小島も辛い立ち位置に居るんだね?」と言うが、小島は「そうでもないよ。小依たん優しいし」と平然と答えた。

「水沢さんは誰に対しても優しいからね」と園田。

「だが、それがいい。人はそれを天使と呼ぶ。キリッ」と小島。

「まあ、誰に対しても邪険な糞女より百万倍マシだわな。じゃ、帰るか」と山本。


 園田の本来の帰路は三人と別方向だ。

「じゃ、またね、園田君」と水沢。

「ロりオタの同志園田氏の健闘を祈る」と小島。

「いや、俺はロリコンじゃないから、たぶん・・・」と園田。


 三人は園田と別れて帰路に向かうが、少し歩くと水沢は「忘れ物を思い出した」と言って、去っていく園田に向かって駆けた。

 そして彼に追い付いて二言三言話すと、いきなり園田にキス。

 茫然とする園田に一瞬手を振って10歩ほど戻り、また振り返って手を振ると、我に返った園田は、嬉しそうな笑顔で水沢に夢中で手を振った。

 そして水沢は山本達の所に駆け戻る。


「お前、サービスし過ぎだろ」と言う山本に、水沢は「そうでもないよ。だって園田君、小依の初恋の人だもん」

「な・・・」。山本と小島は絶句。

 その時山本は、村上が津川に言ったという言葉を思い出した。

「女には2種類いる。誰かが自分を好きだと知った時、その男を好きになる女と、嫌いになる女だ。可愛い女と言えるのはどっちだと思う?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ