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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第67話 青場繁れる温泉郷

 登山道を数時間歩いて辿り着く露天風呂の青湯温泉へ向かった村上たち。だが、用意した地図が現地の地形と合わない。

 不安の中を山道を歩く四人の男女。


 さらに登山道を進むと、やがて、開けた視界の先の、河原より一段高い所に建物が見えた。

「あれが温泉じゃない?」と村上。

「けど、写真と全然違うよ」と秋葉。


 一応は旅館の筈が、まるでただの小屋だ。あたかも、世の荒波に疲れた人が世間との関わりを避けて隠れ住む、そんな風情だ。

 あの漫画でのサヤの祖父が、世を疎み限界集落の家を買って孫と移住した世捨て人という設定だった事を、彼等は思い出した。

「これで幼女でも出てきたら、まんまあの漫画じゃん」と芝田が冗談を言った。

 すると、小屋の戸が開いて、幼い少女が出てきた。

 一同唖然。


 四人を見て怪訝そうな顔の幼女は「ここの子?」と聞かれて、首を傾げる。

「お祖父ちゃんとか、家族の人は?」と村上。

「お父さんなら居るよ」と言って、小屋に向かって父親を呼ぶと、初老の男性が出てきた。

「ああ、湯治客の方ですね?」と男性。

「旅館の方ですか?」と秋葉。

「私も湯治客ですが・・・」と男性。

 やはり目的地に着いたのだと、喜ぶ四人。そして話を聞く。



 彼は遅い結婚で早々に妻に先立たれ、お金を貯めて早期退職し、娘の養育に専念しつつ、趣味の温泉巡りをやっているのだという。

 温泉巡りと聞いて、秋葉が目を輝かせる。

「他にどんな所に行ったんですか?」と秋葉。

「この前は青場温泉に行きました。ここみたいに河原が露天風呂になっていて、ここより客が来るんで、小さな旅館がありましてね。ここのはただの山小屋ですけど。やはり渓谷が綺麗で、大きな滝があって、ダムから山道を五時間くらい歩くんですよ」と男性は言った。


「青場温泉?」と怪訝そうに、芝田と村上が声を揃えた。

「字が似てるんで、よく間違える人が居るんですよ」と男性。

「それってもしかして、ここですか?」と村上は彼に、秋葉が用意した地図を見せる。

「ああ、ここです。こっちにある滝が大きくて綺麗なんですよ」と男性。



「秋葉さん!」

 三人の非難の視線が秋葉に集中する。

「別の温泉の地図じゃん。どうりで道が違う訳だよ」と村上。

 やってしまった・・・という困り顔で彼等を見回した秋葉は「てへ」と言って誤魔化し笑い。


 状況を察知した男性は、彼等のやり取りを見て大爆笑。そんな父親を、娘は怪訝そうに見た。



 やがて、幼い娘を連れた男性は、こみ上げる笑いを必死に押えながら、温泉を後にした。

 秋葉は彼を見送ると「あんなに笑わなくてもいいのに」と不満をこぼす。

「笑って済むならラッキーだよ。下手すりゃ遭難する所だったんだからね」と村上。


 四人は山小屋に入った。入口からコンクリ床が続き、脇奥にがらんとした板の間。

 雨水を貯めで浄化器を通した水道もある。太陽光発電により電気も使えるようだ。

 そこで弁当を食べて外の露天風呂を見に行く。

 河原の一画に川原石をコンクリで固めた浴槽があり、川底に源泉があってかなり熱く、川の水と混じって適温になる。

 少し高い所に女湯があるが、他の客と鉢合わせる事は少ないので、あまり使われない。

 

 とりあえず滝を見に行こうと秋葉が言い出し、あの男性から譲ってもらった本物の青湯温泉の地図を広げた。

 滝は大きく、両側の岸壁もかなり高い。

 上流にもいくつも滝があるようだが、行くには岩登りが必要だ。



「滝壺で泳ごうよ」と秋葉。見ると女子達はいつのまにか水着になっている。

「俺達は水着持ってきてないよ」と言うと、秋葉は中条と二人で彼等を滝壺に引っ張り込んだ。

 全身ずぶ濡れで芝田は「どーすんだよ、これ」と言うと秋葉は「乾くまで温泉に入ってるといいよ」。

 やけくそで濡れた服を着たまま滝壺で遊ぶ、芝田と村上。

 水着姿で彼等とじゃれる、秋葉と中条。


 ひとしきり遊ぶと、村上と芝田は濡れた服を固く絞り、岩の上で乾かしながら温泉に浸かる。

 やがて秋葉と中条も水着で浴槽に入るが、やがて浴槽の中で水着を脱ぎ始めた。

 慌てる二人に、秋葉は「今更何言ってるの。それともアレが大きくなるから?」

村上と芝田は「もう、どうとでも言ってくれ」


 さすがにのぼせた村上達は、まだ生乾きの服を着ると、四人で下流へ探検に出かけた。

 去年を思い出して「魚は居るかな?」と言う中条の言葉で、網を持参していた。

 結局魚は居なかったが、聳える岩壁が美しい。

 しばらく行くと支流があり、そちらの上流を目指す。急斜面な岩盤を水が滑り落ちる緩い滝の脇を登って、更に上流を目指した。



 暗くなる頃に小屋に戻り、夕食のカレーの材料を刻んで、携帯コンロで加熱する。

 食べ終わって、コーヒーを沸かす。

 標高の高さもあって、夏とはいえ、夜が更けるとさすがに冷える。


「山小屋なら、寝袋くらい持ってくるんだったな」と芝田が言うと、小屋の中をあちこち見ていた村上が、予備の毛布を見付けてきた。

 四人でそれにくるまる。

 秋葉が悪戯っぽく「互いの体温で温め合う時って、裸になるんじゃないの?」と言い出す。

「そういう冗談はやめてくれ」と、芝田と村上。

 すると中条が「それより、また温泉に入りたいな」

「賛成」



 四人とも全裸で真っ暗な河原に降りる。夜の冷気に冷えた体を温める湯の熱が心地よい。

 真っ暗な浴槽の中で湯に浸かる村上に、中条が身を寄せてくる。村上はそれを両腕で受け止め、抱きしめた。

 すると秋葉が笑顔で二人の耳元でささやく。

「避妊具、使う?」

 中条が顔を赤くして離れる。芝田はあきれ顔で言った。

「あまり中条さんをからかうなよ」


 秋葉はひとしきり笑うと「ねえ、今度から秘密基地のお風呂、四人で入らない?」

「あの風呂で四人は狭いだろ」と芝田。

「どうせ常時一人は体を洗うんだから。それに三人だと、背中の流しっこする時最後は男が男の背中流す事になるんじゃない?」と秋葉。

 昨年の温泉での事を思い出して、中条はくすっと笑った。


 やがて彼等はのぼせて湯から上がるが、たちまち湯冷めして浴槽に戻る。

 それを何度か繰り返し、きりが無いと言って体を拭き、服を着て毛布にくるまった。



 翌朝、四人は軽く朝食を食べると、温泉を後にして山道を戻った。

 歩きながら秋葉は言った。

「ねえ、今度はその青場温泉に行こうよ」

「色々と懲りたから当分は却下」と芝田と村上が声を揃えた。

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