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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第64話 極軽モテ鯛副委員長

 二年になって、各クラスでは、新しい係の割振りを決める時期が来る。係や委員には名前ばかりのものも多い。

 委員長は一年の時と同様に七尾が引き受けたが、問題はそれを補佐する副委員長だ。

 七尾の補佐役は一年の時は片桐だったが、バレンタインデーの取り締まり案件で他の女子との板挟みになった、苦い経験があった。

 また、米沢と水上の対立が始まったばかりで、目立つ立場に立つ事に、女子達は二の足を踏んだ。

 当の水上と米沢は、生徒会活動に関わる事が決まっているため候補から外れる。


 そんな雰囲気の中で立候補したのは直江だった。

 元々チャラ男な直江だったが、あのバレンタイン騒ぎの中で、直江は七尾に淡い好意を抱いていた。

 また、親友の牧村を相変わらず水上が独占して、付き合いの時間も減った中、新しい立ち位置を求める余裕が生まれていた。

 彼が七尾を助けてクラスの仕事をこなす体制は、口が軽く男子とも女子ともコミュニケーションの円滑な直江が、真面目が先立つ七尾の弱点を補う事で、予想外の効果を発揮した。



 その最初の大仕事が体育祭だった。

 一年の時と違い、B軍の中で三年を補佐する場面が増加し、軍の中で動く必要は大きく増えた。

 軍は三年二組の委員を中心に、応援合戦やバックボード、競技の作戦など様々な計画を立てるが、そこに参加する奴は、ひたすら盛り上がりたいタイプが多く、性格の正反対な七尾にとっては、居心地の悪いものになりがちだった。

 そうした奴等に容易に溶け込める直江の存在は、七尾にとって何より助けになった。


 そうした中で大きな問題が発生したのが、応援合戦のダンスの振り付けだ。

 応援リーダーの軍代表がネットからダウンロードした3D動画を、そっくり真似るのだが、七尾はこれを危惧した。

 (動きが複雑過ぎる)。

 1年の時も、同様に複雑な振り付けで、前列のリーダーはともかく、その背後の一般生徒はなかなかついてこれず、動きがバラバラだったり適当だったりした記憶があった。

 同じ轍を踏むのではと、七尾は挙手して意見を述べた。


「一般生徒がついてこれるような、もっと覚えやすい簡単なものに出来ないでしょうか」

 案を出した軍代表達はこれに反発した。

「これくらいやらなきゃ勝てないぞ」と代表。

その友人らしき三年男子も「やる気の無い奴は引っ込め」

 だが、三年からも、代表を批判する意見が出た。

「振り付けが動画の丸パクリなのが、やる気あるって言えるのかよ」


 話し合いは騒然となり、暴言めいた言葉が飛び交う。

 自分が言い出した事が話し合いを紛糾させたと、七尾は泣きそうになった。

 それを見た直江は、どうにか出来ないかと、思考を巡らす。

 個々の生徒が憶えやすく、かつ見る人をあっと言わせる複雑なもの、更に、どうやらパクリしか出来ない代表のため、動画の動きをなるべく流用できるように・・・。


 直江は意見を出した。

「一人一人の動きが単純でも、組み合わせで複雑に見せるって出来ませんか?」

「どういう事だ?」と軍代表。

「例えば、半分が上半身中心の動きをしている時、もう半分が下半身中心に動くんです。その後入れ替えて変化を持たせたら、それなりのものになると思います」と直江。

「なるほど。だったら男子が上半身動かす時、女子が下半身中心に、とかもいいよね」と三年の一人が言った。

すると別の一人が「けど、右半分に居る女子と左半分に居る男子が違う動きしても、組み合わせにならなくね?」

さらにもう一人が「だったら混ぜればいいじゃん。男女ペアみたいに配置して・・・」



 会議が終わって七尾と直江は教室に戻る。

「直江君って、軽いだけの人じゃなかったんだね」と七尾が言う。

「七尾さん、俺を馬鹿だと思ってたでしょ?」と直江は笑った



 係分担の配分でも直江は動いた。

 昨年は水上がクラスを掌握していたため、それに頼る事が出来たが、その支配関係はもう無い。

 直江は牧村や坂井、岸本、鹿島、大谷らと連絡を取り合って、クラスの面々を動かし、3年の委員を助けた。

 衣装やバックボードで多くの手間が必要だが、三年二組は生徒会に関わる人達が多く、軍の仕事に専念できる人数は限られていた。

 バックボードのデザインは実質小島がメインとなり、衣装デザインは藤河と八木、作成は坂井が大きな役割を担った。

 岸本と大谷は応援合戦の振り付けに参加した。

 ファンタジー風の世界観で、衣装とバックボードのデザインを統一し、準備は順調に進んだ。



 そんな中でアクシデントが起こった。本番前日、応援リーダー男子の衣装が紛失したのである。

「完成して箱に入れて七尾さんに渡した筈よね?」と坂井。

「教室に運んだ筈なんだけど・・・。私のミスだ。どうしよう」と七尾が泣きそうになる。


 団の緊急会議が開かれ、リーダーを中心に各係の面々が三年二組の教室に集まる。それ以外の生徒も廊下に集まって様子を伺った。

 七尾と坂井が衣装の紛失を泣きながら報告する中、直江が挙手した。

「衣装が紛失した件なんですけど、実は俺・・・」

 そう彼が言いかけた時、三年の軍代表が一喝し遮った。

「もう一日しか無いって時に、まさか無くしたのは自分だとか言い出すつもりじゃないよな? そういう犯人捜しは時間のある時にやれ! 今はこれからどうするか、って話をする時だ。今後、責任がどうの無くしたのは誰だのなんて話は一切禁止する。自分が・・・なんてのも無しだ!」



 集まった面々は、重苦しい雰囲気から一気に解放された。だが、衣装をどうするか・・・

 意見は次々に出た。

「従兄が昔着てた特攻服があるぞ」

「女子の制服ならウケるのでは?」

「それ、ファンタジー風と関係無くね?」

「いっそ裸ならどうよ」

 一同爆笑する。


 だが、それを廊下で聞いていた村上の脳裏に閃いたものがあった。

 村上は戸口に来て「あの、委員でも無い奴の意見ですみませんが、暗黒皇女ハイネローザの戦士アグロスはどうでしょうか?」と意見する。

 全員唖然とする中、隣に居た芝田がスマホで検索した。

そして「これです」と芝田が画像で示したキャラは、上半身裸の全身に刺青を纏った蛮族の戦士だ。

「腰には布を巻けばいいし、ペイントで体に模様を描くだけなので、時間はかからないと思います。雰囲気的にも悪くないかと・・・」と村上。

「それだ!」と賛同の声が上がる。



 体育祭当日の朝、直江は七尾に言った。

「全部終わったら体育館裏に来て欲しい。大事な話があるから」

 七尾は、もしかして・・・と思ったが、今は体育祭を成功させる事が優先だと、目の前の仕事に集中した。


 開会式が終わり、短距離走を皮切りに各種目が順調に進む。

 男女混合騎馬戦では、水上・米沢・岸本を騎手に、鹿島・矢吹・大谷を前足に、向かう所敵無しの活躍を見せた。

 女子タイヤ引きでは、水上と米沢が相手選手を一睨みで物怖じさせて「水上さんが2人になった」と他チームを恐れさせた。

 そして午後の最初に応援合戦だ。


 昼休みに男子応援リーダー達の上半身に模様を描き込む。

 リーダーには女子に人気のあるメンバーが多く、一人あたり三人で手分けして、人気男子の上半身に書き込む女子達は大はしゃぎだ。

 そして本番。

 蛮族戦士風の男子と古代の踊り子風の女子の衣装が醸し出す雰囲気が巧みに構成されたダンスと調和し、高い評価を得た。


 最後の全員リレーを含めて競走種目で、一年一組に陸上部の有力新人が複数居て活躍し、競技では惜しくも二位となったが、応援合戦とバックボードの高得点により、見事総合優勝を果たした。

「最後の全員リレー、惜しかったよね」と高橋が残念がる。

「あの一年さえ居なければ俺がトップでゴール出来たのに。俺のモテ期が・・・」と、最終走者としてトップを切れなかった大谷が悔しがる。

「だから足の速い奴がモテるってのは小学生の話だってば」とあきれながら佐川は言った。



 解散の後、B軍役員たちを集めての打ち上げが行われた。各学年クラスのリーダーと委員たちが、お菓子と飲み物を前にわいわいやる中、三年の軍代表が直江の肩を叩いて言った。

「お前、あの七尾って子、好きなんだろ? それで衣装無くした責任被って、好きな子庇おうとか、痛々しい事考えやがって!」と、先輩風を吹かせて上機嫌だ。

「いや、そんなのじゃないですから・・・」と直江。

代表は「隠すなって。俺だって今の彼女、去年の体育祭の後告ってゲットしたんだぞ。おまえもやるんだろ? 最高のチャンスだぞ」

 七尾が少し離れた所でこの会話を聞いているのに、彼等は気付かなかった。

 七尾は朝、"大事な話がある"と言われたのを思い出し、「この人と付き合ったら、楽しいだろうな」と呟いた。



 やがて打ち上げも終わり、直江と七尾は体育館裏に向かった。

「大事な話って何?」と、動悸を押えながら七尾は言った。

 直江は暫し躊躇したが、意を決して口を開いた。

「ごめん、七尾さん。衣装無くしたの、俺なんだ」

「へ?・・・」

 七尾はしばし唖然としたが、気を取り直して言った。

「直江君、もう庇ってくれる必要無いから・・・」


直江は言った。

「いや、庇うとかじゃなくて、、おとといの帰りに、応援の小道具作りで出たゴミを捨てるつもりで、間違って衣装の入った段ボールを捨てたらしいんだ。昨日、それを言おうとして、軍代表に止められちゃったけど、やっぱり七尾さん、自分のせいだと思って気に病んでるし、言わなきゃ・・・って思って。本当にごめん」

「大事な話って、それ?」と七尾はガッカリ感を隠せず、溜息をついた。

「そうだけど、七尾さん、何だと思ったの?」と直江。

「何って、さっき代表に言われてたじゃない。最高のチャンスだって。だからてっきり・・・」と七尾。

直江は「もしかして告白? いやいやいや、七尾さん、恋愛とか興味無いでしょ?」

「相手によるわよ」と七尾は言って、そっと直江の手を執った。


 その後、クラスの面々は、直江と七尾が付き合い始めた事を知るのだった。

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