第63話 戦う佐川君
佐川が中学時代に経験したという、いじめ事件の真相を、その当事者だった遠山から耳にした篠田。
彼女によって語られ、仲間たちがそれを知る事になった日。
放課後になると、佐川と篠田は無言のまま、連れ立って帰宅した。
篠田は佐川の後ろをついて歩き、そのまま一緒に佐川の家に行き、佐川の部屋までついて行った。
沈痛な表情のまま抱き合ってベットに座り、互いを求めた。
そして30分後、ベッドで全裸の篠田を抱きしめながら、佐川は言った。
「なあ、遠山さんに会えないかな?」
篠田は遠山の連絡先を知らなかったが、鹿島に調査を依頼すると、佐川の出身中学の管理サーバーに侵入して、卒業生名簿データから在学する高校を割り出した。
そして、その学校の放課後の校門で待ち伏せて尾行。
手頃な場所で彼女を呼び止め、喫茶店で佐川と引き合わせる。篠田と岸本が同席した。
「久しぶりだな」と佐川。
遠山は目を伏せると「ごめん・・・」と言いかけたが、その言葉を佐川が遮った。
「謝るとか、無しにしようよ」
「どうして? 私、佐川君を裏切ったんだよ」と遠山。
「人を愛する心を奪った・・・ってやつ? けどこれは俺の問題じゃない。遠山さん自身の罪悪感の問題だろ? だけど俺は遠山さんに引け目を感じてもらえる資格なんか無い。裏切ったのは俺だ」
そう言って佐川はボイスレコーダーの音声を再生した。
それは佐川が遠山に一度だけ体を求められた時の、彼を求める遠山の言葉の録音データの、最初の部分だった。
「それって・・・じゃ、あの後、あいつらが転校して居なくなったのって・・・」と遠山。
「どういう事?」と篠田が遠山に問い質す。
遠山が言った。
「あいつらが最後に一度だけやらせてあげろ・・・って言ったの、後で佐川君にレイプされたって、嘘ついて学校に訴えさせるためだったの」
「な・・・」と篠田が言いかける前に岸本がキレた。
「何よそれ!」と岸本は怒鳴る。
「岸本さん、落ち着きなよ。そんなの世の中じゃゴロゴロある話だよ。美人局なんて固有名詞になって辞書に載るくらいにね」と鹿島。
「そうだけど、許せないよ。しかもその被害者が、こんな近くに居たなんて・・・」と岸本。
「遠山さんは奴等のそれ、拒んだんだよね?」と佐川は言って、遠山を庇う。
「うん。いくら何でも、好きだった人にそんな酷い事できないって・・・」と遠山。
佐川は言った。
「けどあいつら、本人は男を庇って否定してるけど、友達だから解る・・・って学校に訴えたんだよ。それで俺、追求されてさ。産婦人科に見せれば解るって言われて、だから証拠にこの録音を突き付けてやったんだよ。確かにやる事はやったけど、それは断じてレイプじゃないってね」
「・・・」
「それで言ってやったのさ。いじめなんてやる奴等が卑劣な犯罪者だって教えたのは自分達だろ。なのに男の下半身ネタに陥れるような、こんな卑劣な犯罪までやると知らなかったのか? その挙句、お前等はその犯罪に加担した共犯者になったんだぞ、恥を知れこの糞大人・・・ってね。教師ががん首並べて一言も反論出来なかったよ。あれは気持ちよかったぞ」と言って佐川は笑った。
だがその目は笑ってはいなかった。
「けど、それだと不純異性交遊みたいな話にならないのか?」と鹿島。
「奴等もそこまで馬鹿じゃないさ。俺や遠山にこれ以上この件で不利益が出たら、全部実名入りでネットにぶちまける・・・って脅されて、中学生相手にリスク侵すような真似はしないだろ」
篠田ら三人は唖然としたが、遠山は漏れそうな嗚咽を押えるように口に手を当てた。
そして佐川は遠山に言った。
「俺みたいなのを遠山さんが求めてくれた。なのに俺はそれを信じなかった。何か裏があるって疑ったのさ。だからこんな録音を残したんだよ。これで解っただろ。俺はこういう男なんだよ。遠山さんに気に病んでもらえる資格なんて無いのさ。だから遠山さんも・・・」
「違うよ!」と遠山は大声を放った。
「佐川君はそれで助かったんでしょ? 私、佐川君に助かって欲しかった。佐川君がちゃんと自分の身を守ってくれたの、私、嬉しいよ。それは絶対裏切りなんかじゃないから」
そう言いながら遠山は、佐川にしがみ付いて号泣した。その頭を撫でる佐川。
やがて泣き声がおさまると、遠山は佐川に聞いた。
「ねぇ、佐川君は私があの時抱いて欲しいって言ったの、あいつらに言われたからだって、思ってた?」
「俺が遠山さんと付き合ったのを後悔しないように・・・じゃないの?」と佐川。
「佐川君は後悔しなかったの?」と遠山。
佐川は「俺はさ、辛い事があると、あれを聞くんだ。一回だけだったし、裏にあいつらの意図がある・・・って知っても、それでも遠山さんは俺を陥れるのをちゃんと拒んだし、俺に悪い思い出じゃないものを残したい、って思ってくれた。だからあの一回があったから、俺は生きてこれたんだ」
「そうなんだ。でも本当は違うの。私ね、始めては佐川君がいいな・・・って思ったの。その後に裏切って別れれば、すごく恨まれるのは解ってた。それでもこれは、まだ優しい時の佐川君との思い出だから、私は幸せだよ」と遠山。
しばし沈黙が続いた。それを破ったのは岸本だった。
「ねぇ、遠山さん。あなた、佐川君とよりを戻す気、無い?」
篠田は慌てて「ちょっと、岸本さん、佐川君には私が・・・」
「あら、私だって二人同時に付き合ってるわよ。佐川君だって・・・」と岸本。
「いや俺、元々ぼっち上等の一匹狼だよ。一人でも手一杯なのに」と佐川。
「でも、そのぼっち上等は、もう卒業でしょ?」と岸本。
「だから、遠山さんとの思い出は、あの一回で十分だから」と佐川。
「あら、私って一回でやり捨て可能な、いらない子って事なのかな?」と、いつの間にか笑顔を取り戻した遠山が、軽口に混ざる。
佐川は焦って「そうじゃなくて、あの一回で百万回分の価値があったって言ってるんだよ」
「おいおい、百万回もやったら、さすがに妊娠するぞ」と鹿島。
佐川は「お前、そういう下ネタ言うキャラだったかよ」
全員で笑った。
遠山は言った。
「ありがとう。佐川君、篠田さん。それと鹿島君と岸本さんも。本当言うと佐川君に未練あるんだけどね、今、私に告白してくれてる人がいるの。いい人でね、けど自分を愛してくれた人の気持ちを踏み躙った私に、誰かを好きになる資格なんてあるのか・・・って思って。そんな時に佐川君が彼女らしい人を連れてるのを見て、すごく嬉しかったの」
「そうか。そいつの事、大事にしなよ」と言って佐川は笑顔で遠山の頭を撫でた。
「うん」と遠山は嬉しそうに頷いた。
その時岸本は言った。
「遠山さん。人を好きになるのに、資格なんて必要無いの。もし、そんなものを要求する奴が居たら、私がぶっ飛ばしてやるから」
「岸本さん、男の台詞を取っちゃ駄目だよ」と、佐川と鹿島が声を揃えた。
遠山と別れた四人は、とりあえず学校に戻る。
歩きながら岸本は佐川に言った。
「佐川君が、めでたくぼっち上等を卒業した所で、今日からノルマを課すわね、いい?」
「いいか?・・・って言われても、内容によるけど」と佐川。
「今日から毎日、篠田さんに、好きだって一日五回以上言う事。あなたの課題よ」と岸本。
「承りました。女王様」と佐川はふざけて言うと、篠田の両肩に手を置いて、言った。
「薫子、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」
岸本は溜息をつくと「佐川君、そこに座りなさい!」
「岸本さん、せめてそれ、椅子とかある所で言わない?」と鹿島が言った。




