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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第61話 禁断の唇

 岩井と宮下が演劇部の演題として、藤河の漫画「マッキー&タッキー」を原作に・・・と、2年2組の教室で原作者と交渉。

 結局、原作はОKという事で、岩井と宮下は演劇部に戻る。

 原作の漫画を前に、あれこれ検討する部員たち。宮下は何かが足りないと、もやもや感を抱えていた。それが何なのかは解らず・・・。


 そんな中で一年生の一人が言った。

「あの、女装した岩井先輩は何の役になるんですか?」

「それだ」と宮下は叫ぶ。

 岩井は「それ、必要か?」と疑問を呈するが、宮下と一年生三名が「絶対不可欠です」と声を揃えた。

 いや、それは単に自分達の趣味だろうと、男子達は思ったが、北村も乗り気になる。


「悪くないわね。けど、このままだと無理よね?」

 その時、野村が提案した。

「男女逆転したらどうかな? つまりホモのカップルが女の子を育てるんじゃなくて、レズのカップルが男の子を育てるってのは」

 原作通りなら、自分達がホモ役をやらされる事になる。彼にとっては一石二鳥だ。

 そして宮下にとっても、思いがけず、自分の世界で芝居が出来る。



 なし崩し的に、主役の一方は岩井が女装してやる事になった。もう一方を誰がやるか。

 北村は演出として、宮下と一年生三名による、役の奪い合いとなった。

 じゃんけんで勝った者が・・・となったが、決着がつかず、宮下が先輩権限と言い出せば、一年生は、先に入部したのは自分達だと言い返す。

 結局岩井に決めてもらおう・・・という事になった。


 岩井は宮下以外なら、と三名の一年女子を見比ていると、横から宮下が言った。

「岩井君、バレンタインデーで私があげたチョコ、食べたわよね?」

「いや、あれは意味の無い友チョコだって・・・」と岩井。

「友チョコとして食べたんだから、友達として私を選んでくれるわよね?」と宮下。



 ホモの演技を期待していた藤河は、男女逆転と聞いて落胆し、原作者権限を行使するとまで言い出した。

 だが村上達は、モデル扱いが遠ざかった事で安心し、ゴネる藤河の説得に回った。

 最後は、書き換えの約束をサボった件をちらつかせて、ようやく藤河を黙らせた。

 子役については、小さな男の子という事で、最初は山本に頼もう、という事になったが、本人が断固拒否。

 だが、下田が山本ほどではないにしても、内山と同じくらい小柄で、彼が演じる事になった。

 台本を整え、衣装を用意し、練習を重ね、1か月後に自主イベントとして上演に漕ぎ付けた。



 幕が上がり、主役の宮下と女装岩井の二人が登場。

 登山で道に迷い、廃村に迷い込んだレズのカップルが、孤立した男の子と出会って引き取る。

 家族としての絆を求める男児に促されるように、破綻しかけた関係を修復する二人。


 元々原作では、甘える幼女を満たしてあげたいという、二人の男性の想いで進むストーリーだったものだ。

 それを、レズの女性として地で演じている筈の宮下が、幼い男児に対する母性を演じる妙な感覚を味わった。

 そして最終場面。事故で閉じ込められた中から、子供を守って協力して脱出する中で、関係を取り戻すというラストでのキスシーン。

 キスの真似をするつもりで女装岩井に顔を近づける宮下の脳裏には、昨年の街中で出会った、名も知れぬ美少女への想いが蘇った。

 あの時焦れた唇が、今ここにある。そんな思いが衝動となって宮下を衝き動かした。

 客席がざわつく。

「あれ、本当にキスしてるんじゃ・・・」



 宮下の性癖を知るクラスメート達は唖然とした。宮下に一体何が起こったのか。

 だが最も衝撃を受けたのは岩井だった。

 自分にとって大嫌いで、相手も自分が大嫌いな筈の女性が、シナリオを無視して唇を重ねてきたのだ。

 舞台の幕が下りても、撤収して部室に戻っても、まだ彼は状況を掴めなかった。

 それは宮下も同様だったが、茫然と女装姿で歩く岩井は、宮下から見て、やはり美しかった。

 そして、自分はこれを手に入れたのだと、彼女は感じた。


 一年生が宮下に言う。

「先輩、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ」と宮下。

 彼女達は既に宮下の性癖を知っていた。


 野村達も岩井に言う。

「岩井、大丈夫か?」

「大丈夫だよ」と岩井は茫然と答えた。


 先ず、女子が部室に入って着替える。それが終わると男子が着替える。

 宮下が部室を出ようとする中、岩井がカツラを外し化粧を落として普段の顔に戻る。

 それを見た瞬間、宮下の気分は一気に褪めた。



 吐きそうだと言わんばかりに口を押えて部室を飛び出し、水飲み場に駆け込んでゲーゲー言いながら嗽を繰り返す。

 そして宮下は「男とキスしちゃった。最悪」・・・。


 彼女がようやく冷静さを取り戻した時、背後に着替えを終えた岩井が立っていた。

(やってしまった・・・)と心の中で呟く宮下。


 宮下は自分が彼を汚物扱いしてしまった事を思い出し、おろおろしながら岩井を見る。

 彼の無表情な顔。ゴミを見るような目。

「岩井君、違うの、これはね・・・」と宮下。

 岩井は「帰る」と一言言って、そのままその場を去った。



 翌日、宮下の心配をよそに、岩井は登校したが、以来、岩井は宮下を無視し続けた。

 周囲の女子は宮下を批難し、宮下は何とか許してもらおうと、岩井に謝罪を続けた。


「さすがにあれは酷いよな」と男子たちも言う。

 その日の昼休みも、何人かの男女が岩井を囲んで、先日の劇での一件を噂した。

「あれ、明らかにキスしたのは宮下さんだもんな」と清水。

「初キスであんな扱い受けたら、俺だったら立ち直れないよ」と内海。


「ま、岩井はお姉さんと散々やってるけどね」と八木。

「いや、姉さんは家族だから」と岩井。

八木は「あれは家族の範疇越えてると思うぞ」

「いいよな、家庭内リア充」と内海。

「俺だって、まともな恋愛したいよ」と岩井。

「にしては岩井君、がっついてる所、全然無いよね?」と松本。

「結局、色々満たされてるんだよな」と津川。


「まさか、お姉さんに童貞あげちゃってる、なんて事無いよね?」と吉江。

 それを聞いて、岩井は、飲みかけのジュースを盛大に吹いた。

 全員の疑惑の視線が岩井に集中した。

「えーっと、その・・・」と、岩井は冷や汗を流しながら弁解した。


 その後、周囲の男子達の説得もあって、2週間ぶりに、ようやく岩井は宮下を許した。



 岩井と宮下が部活を休んでいる中、北村は次の活動の構想を練っていた。そんな中、1年女子が北村に尋ねる。

「そういえば、去年の先輩たちが残した台本って無いんですか?」

「探せばあると思うけど・・・」と北村。

「だったら、台本はそれでも良かったんじゃ・・・」と1年女子。


 北村はきょとんとした顔で一瞬彼女を見ると、立ち上がって叫んだ。

「その手があったか!」

 その場に居た全員が思った。

(やっばりこの人って馬鹿なんじゃ・・・)

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