第60話 岩井君の親衛隊
岩井は、本来なら牧村に負けない美少年であった。
だが、三学年に在籍していたブラコンな姉が、教室に乗り込んでは過剰なスキンシップを繰り返したせいで、入学早々に女子達に引かれていた不運なイケメンである。
その姉が卒業した事で、岩井にもモテ期が到来するのでは・・・、誰もがそんな予感で岩井を見ていた。
そんな状況に気をもんでいたのが、宮下である。
本来は女好き男嫌いなレズ体質の宮下だったが、岩井の女装姿に一目惚れしてしまい、それが男と知った後も、諦めきれない悶々とした日々が続いていた。
そんな岩井に親衛隊が出来たのでは・・・という話が出た。三人の一年女子が、彼の周りをうろうろし出したのだ。
ようやくまともな恋愛が出来る・・・と喜んだ岩井だったが、三人で牽制し合っているのか、告白して来る様子は無かった。
いっそ、岩井のほうから接触してみろ、などと無責任に煽る声も出る。
そんな頃、彼の下駄箱から、ラブレターらしき呼び出しの手紙が発見された。
恐らく、その三人のうちの誰かであろう、と岩井は思いつつ、約束の場所に出向くと、来たのは三人一緒である。
他の二人は付き添いかよ・・・と思いつつ、岩井は言った。
「で、この手紙を書いたのは誰かな?」
三人は互いに目を合わせると「三人で書いたんですが・・・」
ハーレム前提の告白か? そんな無茶な・・・けれども、もしかして恋愛以外の話なのかも、と少しがっかりしつつ、岩井は確認した。
「で、どんな用事?」
三人は声を揃えて「私達と付き合って下さい」
近くの繁みで大きな音がして、見ると、前のめりにコケている女子生徒が居る。
「宮下さん、何やってるの?」と岩井。
「いや、たまたま通りかかっただけで」と苦し過ぎる言い訳をする宮下。
「それより何? 三人でって・・・」と宮下は必死に話を逸らそうと試みると、三人は答えた。
「岩井先輩を見て、一目惚れっていうか、すごく綺麗な人だなって・・・」
「あはは、すごく嬉しいけどさ」と岩井。
「ドレスが凄く似合うし、周りの女性なんか目じゃないっていうか・・・」と三人のうちの一人が言う。
「な・・・何の話?」と嫌な予感を感じる岩井。
「だから去年の文化祭ですよ。劇の録画映像見て、感動しちゃって。先輩の女装・・・」と三人の一年女子。
(要するに宮下さんの同類かよ)と、岩井はかなり落胆した。
だが、それでもレズという訳では無さそうだ。女装で惚れられたにしても、ブラコンよりはマシかと、岩井は気を取り直した。
一方の宮下は、いきなり同調。そして言った。
「そうよね。岩井君の女装って最高よね。あれの演出、私がやったのよ」
「そうだったんですか」と三人のうちの一人。
「けどね、付き合うのに何人も一緒にって、どうかと思うわよ」と宮下。
「そうですか? 部活って大勢でやるものだと思いますけど」と三人のうちの別の一人。
「部活?」と唖然とする岩井。
「ですから、演劇部に入って私達の活動に付き合って欲しいんです」と三人のうちのもう一人の女子。
前のめりにコケる岩井を見て三人は言った。
「岩井先輩、何やってるんですか?」
がっかりしながら、彼女達に演劇部の部室へと連行される岩井。状況を呑み込めないまま、ついて行く宮下。
部室には、一人の女子と二人の男子。
女子に見覚えがある。去年の文化祭で、一年二組の教室に乗り込んで馬鹿にされた、一年四組の委員長だった人だ。
「演劇部にようこそ。部長の北村佳南よ」
他の二人は野村と下田。あのとき北村と一緒に居た男子だ。
演劇部は卒業した三年に多くの部員が居て、いくつもの芝居が高い評価を得ていた。
そんな先輩たちに憧れて、北村は入部した。
他にも下級生部員は居たのだが、先輩たちの理想主義についていけず、退部者が続き、残った部員は彼等三人だけだった。そこに、一年生三名が入部。
なし崩し的に入部させられた岩井と宮下は、一年生とともに、北村の「芝居とは」のドヤ顔での弁舌を聞かされた。
その最中、岩井は隣にいる下田に尋ねた。
「君達って北村さんの何なの?」
「まさか、彼氏とかに見えたりしてないよね?」と下田。
「あはは、そんなふうに見られたら、俺も嫌だな」と岩井。
「あの人って、仕切りたがり屋っていうかさ。そのくせ、やる事は残念で、けどクラスの奴等って、みんなやる気無くて。北村さんがやるって言うんだから任せとけばいーじゃん、みたいに、みんな無責任でさ、それで独りで空回りするのを放っておけなくて、ついつい野村と一緒に手を貸して、関わっちゃってるうちに、ずるずるここまで来ちゃった訳さ」と野村が言った。
なるほど、あの劇の残念さは、そういう事だったのかと、納得する岩井。
「あの劇も北村さん、先輩たちに認めて欲しいって、クラス巻き込んだんだよ。先輩たちが三年一組の企画に行っちゃって、しかも、もうすぐ卒業で、自分達で後を引き継げますって言いたかったんだよね。だから三年に負けるのは当然だって納得してたけど、お前等に負けたのは相当悔しかったみたいだよ」と下田。
その日から、活動としての演劇の企画が始まった。
台本は何本か、北村自作のオリジナルがあるのだが、どれも残念過ぎる出来で、最後まで読むのも辛い。
「ストーリー展開が無理過ぎ」と宮下。
「会話とか空回りしてね?」と岩井。
男子二人と一年生が北村に遠慮して言えなかったダメ出しが、岩井と宮下の口からバンバン出て来る。
さすがに北村はキレた。そして言った。
「だったらあなた達、作って見なさいよ。劇の台本作るのって大変なんだから」
岩井は考えた。そして宮下に言った。
「去年の文化祭の劇の台本作ったのって、宮下さんだよね?」
「あれは主に藤河が書いたのよ。漫画書いてるから、ストーリー作りには慣れてるって」
その会話に一年生が割って入り、言った。
「藤河さんって、あのマッキー&タッキーの作者の人ですか?」
どうやらファンらしい。そんな人が台本を書いてくれると、決まってもいないのに、一年生がはしゃぎ出す。
すると下田が提案した。
「だったらいっそ、それを原作にしたらどうかな? よくあるじゃん。漫画原作のドラマとか」
「それだ」と一気に全員乗り気になる。
さっそく藤河に交渉しようと、話が決まる。そんな中で岩井が下田に言った。
「ところでお前、マッキー&タッキーが、どんな漫画か知ってるのか?」
「何か問題のある作品なのか?」と下田。
「あれ、BLだぞ」と岩井。
下田は一言、「げっ・・・」
宮下と岩井が藤河に原作話を持ち掛けると、早速藤河は乗り気になった。
そして村上と芝田の所に来て言った。
「あんた達、演劇部の芝居に出ない? 今度マッキー&タッキー原作の劇をやるの」
「ちょっと、藤河」と宮下が藤河の暴走に慌てる。
「だってあれ、この二人がモデルなんだよ。イメージぴったりじゃん」と藤河。
「絶対嫌だ」と村上と芝田が声を揃える。
「いい加減、俺達をモデル扱いするの、止めてくれないかな。そう思われないようにって約束も、なし崩しになっちゃうし」と芝田が苦情を言う。
やれやれ・・・と村上も溜息をつく。
「けど、中条さんはどうなの? お芝居、やりたいよね?」と藤河は食い下がる。
「私、お芝居はちょっと・・・」と中条。
「何でよ。写真のモデルはやったじゃん。小さいし童顔だし、イメージぴったりなんだけど」と藤河。
「子役ってんなら、もっと適役がいるじゃん」と横で聞いていた津川は言って水沢の方を見る。
なるほど・・・と、藤河は水沢の所に行って、彼女に言った。
「水沢さん、芝居に出てみない?」
水沢は何も考えずに「お芝居? いいよ」と笑顔で答えた。
ところが宮下は「小依ちゃんは駄目よ」と却下を宣言。
「養い親は、ホモ役って言っても男よ。それが、汚れを知らない小依ちゃんに、頭なでなでしたりハグしたりするのよ。冗談じゃないわ」
「それ、今更じゃね?」と津川は言いながら、山本に抱き付き小島の頭を撫でている水沢を見る。
「いっそ、小島と山本に養い親の役をやらせたらどうよ」と岩井。
「けど、それだと親二人に子供一人じゃなくて、子供二人に親一人になるぞ」と津川。