第55話 可愛いは正義
春の大会が終わり、三年生が引退するとともに、仮入部していた山本と水沢もバスケ部を去る事になった。
「春の大会までって約束だったからな」と山本。
「そんな事言わないで、夏の大会にも出ようよ」と内海。
三年が引退し山本が去れば、彼はまた大会に出て、チームの足を引っ張る破目になる。
女子チームはもっと深刻だ。高橋は必死に水沢を引き留める。
「水沢さん、お願い、バスケ部に残ってよ」と高橋。
「でもなぁ・・・」と水沢は山本を見る。
「水沢さんが居てくれないと試合に勝てないの」と涙目の高橋。
「高橋さん。誰かを頼ってちゃ駄目だよ。自分で頑張らなきゃ」と、柄にも無い事を言って窘める水沢。
(水沢さんがまともな事を言ってる。雪でも降るんじゃ・・・)と周囲の面々は思った。
だが高橋は「水沢さんが居ないと、私がいくら頑張っても駄目なの。だって、チームが五人揃わないんだもん」
(結局、数合わせかよ)と山本は思った
その時、顧問の島田教諭が体育館に入ってきた。見ると、体育服姿の女子を連れている。そして、その場に居る部員たちに言った。
「新しい入部希望者だ。一年生の沢口歩実さん。みんな、仲良くするように」
沢口は大会の時、男子チームに熱い視線を送っていた女子である。彼女もバスケの経験者で、高校では足を洗うつもりだったが、試合を見て気が変わったという。
正式にメンバーが揃ったと喜ぶ高橋は両手を広げて歓迎の言葉を発した。
「よく来てくれたわ、沢口さん。今日から私達があなたの仲間よ」
そんな高橋の居る方を見て目を潤ませ、「先輩・・・」と呟いて、沢口は駆け寄った。
両手を広げて抱きしめようと、彼女を迎える高橋。
だが沢口は高橋の横を素通りして、帰り支度を終えた山本の手を握って、言った。
「山本先輩、私、先輩の活躍、見てました。よろしくお願いします」
そんな沢口を見て部員たちは合点がいった・・・という表情。
(要するに、山本の活躍を見て好きになって、それを目当てに入部した訳ね)
だが山本は「悪いけど俺達、今日でバスケ部辞めるから」
「そんな・・・、あんなに活躍したのに、どうしてですか? 辞めないで下さい」と沢口。
「元々、春の大会までって約束だったんだよ」と山本。
沢口はがっくりと肩を落として「そんなぁ・・・。私、何のために・・・。これじゃバスケやる意味無いよ」
すっかりやる気を無くした沢口を見て、高橋は焦った。これでは沢口が入部を辞めかねない。
「山本君、やっぱりバスケ、続けるべきよ。それだけの才能があるんだから、勿体ないよ」と高橋は必死に引き留める。
試合に勝つ事のモテ効果を目の当たりにした大谷も、山本を必死に説得した。
「そうだぞ山本。お前は神様に選ばれたんたよ。日本のバスケを背負って女にモテまくるためにな」
「だから、そういうの要らないって・・・」と山本。
「そんな事言わないで試合でモテようよ。最高のハーレムが待ってるよ」と、大谷と高橋は声を揃えた。
そんな部員たちに水沢も流される。そして言った。
「山本君が続けるなら、小依も続ける。一緒に高橋さん達とバスケしようよ。高校の思い出だよ」
「お前はもう思い出作ったろうが。俺はこういうのはもう腹一杯だ」と山本。
「岸本さんが言ってたよ。男は彼女にお願いされたら聞くものだって。小依は山本君の彼女なんだから、お願い聞いて欲しいよ」と物欲しそうな目で訴えた。
「え?・・・」と沢口唖然。
「あの・・・水沢先輩って山本先輩の・・・」と沢口。
「彼女だよ」と水沢は満面の笑顔で答える。
「そんなぁ・・・、山本先輩が彼女持ちだったなんて」
そう呟くと、沢口はがっかりして、その場にへたり込んだ。(やっぱり入部、止めようかな・・・)
その時、部活に遅れた内山が体育館に入ってきた。
「先生、用事があって遅れました」と内山。
「来たか、内山。着替えて練習に参加しろ。それと、彼女は新入部員の沢口さんだ」と言って、島田顧問は沢口を紹介する。
「ああ、よろしく。二年の内山です」
そう自己紹介した内山を見る沢口。
山本ほどでは無いが小柄で、中学生には余裕で間違えられそうな体形、山本のようなやんちゃ系というより、大人しい弟系タイプのの彼の童顔を見て、(かわいい)と彼女の脳内が叫んだ。
沢口のやる気は復活し、内山に駆け寄って、その手を握って、言った。
「内山先輩、よろしくお願いします」
「あ・・・、よろしく」
部員たちは唖然とし「結局、この人ってただのショタ属性だったのか」と呟いた。
ようやく五人体制が安定したと、安堵する高橋だが、大谷はなお山本を引き留めようと粘った。
「山本も残れよ、お前なら試合でモテまくるから」
そんな大谷に高橋はあきれ顔で言う。
「もう止めなよ大谷君、モテるために試合に勝とうとか、不純だよ」
さっきの自分自身の言葉を忘れたような高橋を見て、内海と松本は思った。
「高橋さんって、こんなキャラだったっけ?」
入部して内山にまとわりつく沢口だったが、まもなく、部活終了時にしばしば顔を見せる岸本の存在が、気になり出した。
大谷とやたら親しそうに話す岸本のことを、内海は「大谷の彼女だよ」と教えてあげた。
だが岸本は、内山とも親しげにしている。
沢口は、内山と大谷の腐れ縁の事は知っていたので「親友の彼女」という関係なのだろうと思っていたが、ある日、体育館の入口脇で、岸本と内山のキスを目撃してしまう。
沢口が松本にそれを話すと、松本は答えた。
「内山君も岸本さんの彼氏だよ。あいつら、三人で付き合ってるの」
沢口は二年の教室前の廊下で、岸本を見つけて声をかけた。そして言った。
「二股なんて不誠実だと思います。内山先輩と別れて下さい!」
だが岸本は「内山君がそう言ったの?」
「普通はそう思うんじゃないですか?」と沢口。
「それは本人どうしが決める事よ」と岸本は軽くあしらう。
沢口の周囲にも、岸本の噂が伝わる。「ビッチクィーン」と呼ばれ、様々なイケメンと付き合ってきた肉食女子であるとの事。
沢口は再度、岸本を呼び出した。
「結局、岸本先輩は、体で内山先輩を釣ったんですね? そんな安直なやり方、私にだって出来ます」と沢口。
「なら、やってみたらいいわ。私、浮気なんて気にしないから」と岸本。
悩んだ末、沢口は覚悟を決めた。
放課後の空き教室に内山を呼び出した沢口は、上着を脱ぎながら内山に迫り、言った。
「先輩は納得しているかも知れませんが、二股なんて不誠実です。エッチなら私がさせてあげるから、岸本先輩と別れて下さい」
そんな沢口に、内山は言った。
「沢口さんの好意は嬉しいよ。けどね、岸本さんと別れる代わりに・・・なんて、そんな事で我慢して無理にさせてもらっても、俺は気持ちいいとは思わない。ごめんね」
内山に窘められて落ち込む沢口は、その日の部活を休んだ。
翌日も、内山と顔を合わせるのを辛く感じ、部活を辞めようかと、教室で鬱々していると、岸本が入ってきて声をかけた。
廊下に出て岸本と話す。岸本は言った。
「内山君に聞いたよ。私のせいで部活辞められたら、高橋さんに恨まれちゃう」
「どうして内山先輩は岸本先輩を選ぶんですか? 美人だから? 美人なら二股でも我慢するんですか?」と沢口。
「そうじゃないわ。私は男を釣るためじゃなくて、自分が気持ちいいからセックスするの」と岸本。
「そんなの、ふしだらです」と沢口。
岸本は言った。
「ふしだらって何? 誰が言うの? それをどうだって言えるのは、目の前で受け止めてくれる相手だけだと思うよ。その相手を釣るために、気持ちよくもないセックスで嘘の自分を見せるほうが、よほど不誠実だと思うわよ。内山君は、自分が気持ちいいだけのセックスなんて望まない。相手にも気持ちよくなって欲しいから、女性を受け止めるの。そんな内山君だから、私は好きなの。あなたはどうなの?」
沢口は言葉に詰まった。
自分は相手を手に入れる事しか考えていなかった。そして、体さえ開けば男は言いなりになると思っていた。そんな男も多いのだろう。
だが、そんな奴等と同類として、好きな男を扱ったのだ。そんな扱いで彼を傷つけてしまったのではないか・・・。
「私は・・・私だって気持ちよくなりたい。だけどもう、させてあげる・・・なんて言ってしまった。今から違う事を言ったって、内山先輩は信じてくれない」
そう呟く沢口の目に、後悔の涙が溢れた。
どうすればいいのか、と泣く沢口に、岸本は言った。
「もし、本気の自分自身の意思が彼を欲しいと思うなら、これを使いなさい」と言って渡したのは、手錠だった。
覚悟を決めた沢口は「エアコンの調子を見て欲しい」と嘘をついて内山を家に呼んだ。
とりあえずお茶を・・・と内山をベッドに座らせると、彼の右手に手錠をかけてベットに固定。内山は驚いたが、左手を固定される事に抵抗はしなかった。
そして沢口は服を脱ぎ、内山のズボンを脱がし・・・
行為を終えると沢口はぽつりと言った。
「こんな事をした私を軽蔑しますよね?」
「しないよ。だってこれ、岸本さんの差し金でしょ? 大方、根性を見せろ的な事言われたんじゃないの?」と内山は言った。
内山は半年前、山本が同じような目に遭った時の話を思い出していた。
沢口は冷静な内山の反応に驚く。そして言った。
「先輩、岸本さんの事が大好きなんですね?」
「大好きだよ。だから別れろとか言われても無理」と内山。
「だったら、二股でいいから、私とも付き合ってくれますか?」と沢口。
「いいよ」と内山は了承した。
その後、沢口は内山とデートを重ねた。そして内山が、見かけによらず女性の扱いに慣れている事に気付く。
聞けば岸本とは、しばしば大谷を含めた三人でデートをするのだという。
「つまり、大谷がやってるのを見て、女性の扱い方を学べ・・・って岸本さんの意図だったのさ」と内山。
沢口は岸本の顔を思い浮かべ、やはりあの人には勝てない・・・と感じた。
だが、結局沢口は一か月ほどで内山と別れた。
バスケ部では、文化祭のバスケ教室の評判を聞いた地域の子供たちのチームから、定期的な指導の依頼を受けていたのだ。
そこで小中学生のバスケ少年たちを指導する中で沢口は、バスケのお姉さんとして慕われ、逆ハーレムな地位を手に入れた。
そんな楽しそうな沢口を見て、内山は微笑ましいと思いつつも、何か釈然としないものを感じた。
その日、沢口は2人の年下の男子を、バスケの本を買いに行くという名目で街に連れ出した。
自分に懐き甘えるあどけない男の子の頭を撫で、幸せを堪能しながら沢口は呟いた。
「可愛いは正義だ」