第54話 バスケの星水沢さん
バスケットボール部に、一年の新入部員が男女二名づつ入部した。喜ぶ部員たち。
中でも、感無量といった様子なのが高橋だ。念願の女子チーム結成。公式大会への出場が目前だと意気込む。
「よく来てくれたわね。一緒に上の大会目指して頑張ろうね」と高橋は、二人の女子新入部員を抱き締めんばかりのはしゃぎようだ。
だが、その歓喜の時間に、松本の一声が水を差す。
「けど、博子ちゃん。あと二人足りないよ?」
現実に引き戻され、うなだれる高橋は言った。
「そうなのよね。あと二人。幽霊部員でもいいから、入って選手になってくれないかなぁ・・・」
(いや、選手にならないのが幽霊部員だから)と男子達は思った。誰も口に出さなかったが。
松本は、高橋の幸せな時間を折ってしまったと、激しく後悔した。そして、自分に出来る事は無いのかと・・・。
男子部員たちを見る。心配そうに見ている内海と内山。彼等は元々運動は苦手だ。実質数合わせで試合に出ている奴等だ。だが・・・
そんな思考を巡らせた末、松本は言った。
「私、マネージャーやめて、選手になる」
「松本、あんた・・・」と、高橋は驚きと感謝の混じった声で言う。
「大好きな博子ちゃんのためだもん。何だってする。足手まといかも知れないけど、運動の苦手な内海や内山君だって選手やってるんだもん。頑張って練習するから、一緒に上の大会目指そう」と松本。
「陽菜ちゃん大好き」と柄にもない言葉とともに、高橋は松本を抱きしめた。
松本は、百合の花咲き乱れるお花畑の妄想の中で高橋の腕に抱かれ、一生分の幸せを注ぎ込んだかのような甘美な瞬間に酔う。
「けどさ、あと一人はどうするんだよ」と内海が言うと、高橋と松本は一気に醒めた。
松本は無言でバッグを開けてハリセンを取り出すと、内海を思い切り叩く。
「あんたねぇ、せっかく人が現実逃避して幸せに浸ってるのに、一分もしないでぶち壊すとか、ちょっとは空気読みなさいよ!」
そう言って激怒する松本に、三年になった二人組が残念そうに言った。
「松本さん、女子マネやめちゃうの?」
「せっかくのステータスなのに・・・」
そんな上級生に武藤は「先輩達も少しは空気、読みましょうよ」とあきれ顔で言った。
そんな彼等を見て、四人の新入生は思った。
「この人達が先輩で大丈夫なのだろうか?」
やれやれ・・・といった表情で、内山は体育館の反対側に視線を向けた。
放課後の体育館は、半分に分けてステージ側をバスケ部が、反対側をバレーボール部が練習に使っている。
その日はバレー部の練習は休みで、数名の生徒がボールで遊んでいる。
その中に、小島のダイエットの名目でバスケのゲームで遊ぶ水沢達が居た。
水沢と小島のゲームを、山本が隅で見ながら囃している。小島は完全に水沢に遊ばれ、汗だく状態だ。
「見かけは変わっても、中味はやっぱり小島だな」と、大谷は笑いながら言った。
(そうだろうか?)と、彼等を見ながら高橋は思った。
水沢が小島を翻弄しているのは、確かに小島の下手さ鈍さもある。だが、それだけか?
高橋はボールを一つ持って、つかつかと、遊んでいる水沢の所に行き、声をかけた。
「水沢さん、私とゲームしない?」
「いいよ」と水沢。
ゲームでの水沢の動きに部員たちは目を見張った。
ゴール前でガードする高橋の脇を難なくすり抜ける。ドリブルで走る高橋のボールが簡単に抜かれる。
その小さな体の敏捷な動きは、男子顔負けな筈のパワーとテクニックを誇る高橋を翻弄した。
自分の彼女の思わぬ活躍に山本も、そして小島も大喜びだ。
内海は言った。
「そう言えば山本が言ってた。水沢さんは格ゲーで自分より強いって。あれって結局、反射神経と動体視力だろ?」
山本に褒められてはしゃいでいる水沢に近付くと、高橋は楽しそうに息を弾ませながら、水沢の小さな両肩に手を置いて言った。
「水沢さん、お願い。バスケ部に入って試合に出て欲しいの」
きょとん、とする水沢。
「水沢さん、凄いよ。一緒に出てくれたら、きっと上の大会目指せる。お願い」と松本も一緒になる。
懇願する高橋と松本に、水沢は「どうしよう」と山本を見た。山本も水沢もスポーツとか大会に興味は無い。
入部ともなれば遊ぶ時間も減るだろう。
だが、さっき山本に褒めてもらって嬉しかったのを思い出した。山本があんなに褒めてくれるなんて事は滅多に無い。
「山本君は私が試合に出るの、嬉しい?」と水沢は山本に問う。
「そんなの自分で決めろよ。自分がどうしたいか、だろ?」と山本。
「でも・・・」と水沢は柄らも無く悩む。
水沢が自分を見つめる物欲しそうな目に、山本は困惑した。
その目が何を欲しがっているのか、山本にも解らない。たぶんこいつ自身にも解らないのだろう。
だが、自分が本当は何を求めているかを解る奴など、少ないのではないか。だからみんな、色々な事をやってみるのではないか・・・。
「ま、いーんじゃね? 大会で活躍するってのも高校の思い出だし・・・」という山本の無責任な賛成で、水沢は入部を決めた。
「それじゃ水沢さん、早速、一緒に練習しようか。着替えてきてよ」と高橋。
「うん、解った」と水沢。
「じゃ、俺ら帰るわ」と山本と小島が帰宅しようと背を向けた時、内山が言った。
「ちょっと待って。バスケでのああいう動き、山本も出来るんじゃね?」
「あ・・・・」
小柄で敏捷な動き、どんな攻撃も余裕でかわす身のこなし。彼を取り囲んで箒やモップを振り回す女子達を、軽く翻弄する山本の姿を思い出した男子部員は、一様に確信した。(こいつが居れば勝てる)。
「山本、頼む。バスケ部に入って試合に出てくれ」と男子部員全員で山本に迫る。
「嫌だよ、汗臭い体育系とかお断りだ」と山本は、にべもなく拒否。
「いーじゃん。大会で活躍するってのも高校の思い出だろ?」と内海。
「勝てば女子にモテまくりだぞ」と、大谷と三年コンビが声を揃える。
「間に合ってるし。お前がモテたいだけだろ?」と山本。
モテに固執する大谷と三年を、あきれたような顔で見る高橋と松本。
その時、水沢が山本の左腕を掴んで言った。
「山本君も一緒にバスケやろうよ。小依も山本君と一緒がいい。山本君の活躍も見たい」
「俺の柄じゃねーよ」と山本。
「えーっ? つまんないよ。小依もやめようかな、バスケ」と水沢。
それを聞いて高橋と松本が顔色を変えた。
高橋は山本の右腕を掴んで「一生のお願い。バスケ部に入ってよ」
「だから嫌だってば」と山本。
「試合で活躍すれば女子にモテるから」と、高橋と松本は声を揃える
山本はあきれるが、左手を掴む水沢の、捨てられた子犬のような目を見て、(しょーがないか)と覚悟を決めた。
「解ったよ。ただし春の大会が終わるまでだぞ」と山本。
「やったー」と小躍りする部員たち。
大谷は山本の背中を叩いて「よろしくな、山本。一緒に試合に勝って、モテまくろうぜ」
「お前と一緒にするな!」と山本は口を尖らせた。
山本達は選手として訓練してきた訳ではないので、欠けている部分もある。
約一か月の練習で、試合でのルールや体系的な技術を、武藤等に叩き込まれた。
そして大会当日。山本と水沢は、それぞれ男子チーム・女子チームで活躍し、相手選手を翻弄し、それぞれ順調に勝ち進んだ。
ただ、女子チームは数合わせで出場した松本が、やはりネックとなった。
女子チームのコートでは、小島が二人のオタク仲間と一緒に、水沢の応援に出向いた。小島が所属するパソコン部の二人だ。
どちらも、かつての小島のように太っている訳ではないが、ボサボサ頭に眼鏡をかけてキャラ物の衣服の、典型的オタクスタイルだ。
ギャラリーで「小依たん」を連呼しながらオタ芸をやらかす彼等を見て、水沢が能天気に手を振るが、他の選手はドン引き。
「何? あれ」と二人の一年生
「小島が三人になった」と松本
恥ずかしいからどうにかしてくれと、高橋に訴えたが、高橋は「厄除けみたいなものだから」
試合の合間の選手たちは、上のギャラリーの一画に陣取って、試合を見つつ雑談し弁当を食べる。
小島達も、女子選手の少し離れた所に陣取り、そのうち水沢も合流してわいわいやる。
そんな高橋達を、別の高校の選手になっていた高橋の中学時代のチームメイト達が見つけた。
彼女達の一人が、またちょっかいを出そうと言い出し、賛同する者も出た。
だが、近くに小島達が陣取っているのを見つけて、躊躇した。
明らかに高橋チームの応援者である彼等は、トラブルと見て介入するであろう。
それを危惧して、高橋達にちょっかいを出す事を彼女達は断念した。
男子チームでは、新入部員は三年生以上に活躍し、上の大会への出場資格を得る一歩手前で、惜しくも敗退した。
だがそれは、ダメダメな大会成績が続いた上坂バスケチームとしては、初めての好成績となった。
そんな彼等に、ギャラリーから熱い視線を送る、一人の女子生徒が居た。
彼女は活躍する山本を見て呟く。「かわいい」と。