第53話 花の命は短くて
四月の上坂市。あちこちで桜が咲く時期になっていた。
そんな街の様子を見て、秋葉が花見に行こうと言い出した。上坂神社の公園の一画に、桜を植えた広場がある。
週末の日取りを決める。自転車で、と言い出したのは村上だ。
「お弁当のおかずは任せて。私の女子力を炸裂させちゃうから」と秋葉が言うと、「それは楽しみだ」と芝田。
10時に神社の鳥居前に集合。芝田と村上は自転車で、中条家に迎えに行く。中条は自転車に乗れない。少し遠出をする時は、芝田か村上の自転車の後ろに乗る。
三人が神社の鳥居で待っていると、まもなく秋葉が来た。後ろに四角い荷物を積んでいる。重箱の三段重ねだ。「こりゃ豪勢だな」と盛り上がる芝田。
じゃ、早速と、彼等は目的地へ歩いた。
公園は神社のある高台の脇の谷間にあり、反対側の尾根の道を登ると、遊具のある芝生の周りに、たくさんの桜の木。満開なら、さぞかし華やかなのだろうが、どうやら少し早かった。
「三分咲きって所かな・・・」と残念そうな村上。
「その分、お弁当が埋め合わせるからね」と秋葉が自慢気に重箱を開く。重箱の中に並んだ、おかずの数々に、芝田達は目を輝かせる。
四人で芝生に座って弁当を囲み、芝田と村上は、用意した飲み物とお菓子を出し、中条は、持参したお握りを出した。
飲み食いしながら、わいわいが始まった。
「これで桜が万全なら、申し分ないんだけど」・・・と、そんな話が続いた時、村上が切り出した。
「桜の名所は他にもある。そっちならもしかして、もっと咲いてるかも知れないよ」
「自転車で、って言ったのは、そういう事か」と芝田。
「村上君、こうなる事、予想してた?」と秋葉。
「まあね。それに一日は長いんだから、一か所だけって、もったいないじゃん」と村上。
「じゃ、行ってみようよ」と中条。
秋葉の弁当は、まだたくさん残っている。それをしまうと、四人は鳥居脇の駐車場に戻って、自転車に乗った。
駅の脇の踏切を渡って、上坂川左岸の土手道を下流に向かうと、桜の密集した場所がある。排水場の周りに造成された公園だ。
だが、そこに入ると、散り始めて小さな葉が出た所だ。
「こっちは満開終わってるじゃん」と芝田。
「でも、さっきよりましだよ」と中条。
桜の下の芝生に座って弁当を広げる。
飲み食いしながらの談笑は、また桜の咲き具合の話になる。
「うまくいかないものだね」と村上。
「花の命は短くて、って言うからな」と芝田が柄にもない事を言う。
「そうよ。あなた達、感謝なさい」と何故かドヤ顔の秋葉。
「何の話だよ」と芝田が怪訝そうな顔。
「女性が綺麗な時期が短いって事の、例えだって話だろ、その言葉」と村上は(知らないで言ったのかよ)と吹き出しそうになりながら言った。
「そうよ。つまり今の私達の事よ」と秋葉。
「はいはい。JKは世界最強のブランドですから(笑)」と芝田がふざけて言う。
すると中条は、村上の上着の裾を引っ張る。
「村上君、私も綺麗な時、なのかな?」
「そうだね、里子ちゃん、すごく綺麗だ」と村上は言って、中条を膝の上に乗せて頭を撫でた。
嬉しそうな中条。
「けどさ、花が桜の盛りだなんて、人間が勝手に言ってるだけじゃないのかな? だって桜って、散ってから葉を出すんだぞ。桜も葉の光合成で養分取るじゃん。だとすると桜自身にとっちゃ、むしろこれからが盛りなんじゃないの?」と言って、芝田は上に手を伸ばして枝についた小さな葉をつまんだ。
三人の目が点になる。
「芝田がまともな事言ってる」と村上。
「雪でも降るんじゃ・・・」と秋葉。
「お前等、俺を何だと思ってるんだよ」と芝田は憤慨し、中条は楽しそうに笑った。
「そうだよね。命短いとか言うけど、むしろ振り回されて遊ばれてるみたいだ」と笑いながら村上。
「誰かで遊ぶのって楽しいものね。てへ」と秋葉。
「あー、はいはい」と芝田は呆れ顔。
そして気を取り直すと「だったら、とことん遊ばれてやろうじゃん。まだあるんだろ? 花見のハシゴだ」
次に上坂川右岸上流。土手の脇の小高い森の神社の前に、桜並木がある。
やはり満開は終わっていた。
「さっきよりはマシかな?」と、彼等は神社脇の芝生で弁当を広げ、かなり散ってしまった桜を見ながら、しばらくわいわいやる。
そのうち、中条が道路の反対側を指さす。丘陵の一画を桜の桃色が覆っている。
「丘陵公園だな。今度はあそこに行こうか」と村上。
丘を登ると、桜が並ぶ場所に出る。整備された遊歩道を歩く。
ベンチのある見晴らしのいい所で弁当を広げるが、桜はまだ満開に至らない。
歓談しながら、上坂川両岸の平野を見晴らすと、川の反対側の丘陵の、わりと低い所にも、桜の群生が見える。
「上水場施設の山に桜を植えてるんだよ」と村上。
食べかけの弁当をしまい、四人で自転車を漕いで、そこに向かった。
自転車を置いて丘に登る。桜は四分咲きくらいか・・・。
その後、水田中の用水路の桜並木が満開を終えているのを見た頃には、時間も午後をかなり回っていた。
いい加減疲れた、と秋葉が言い出した時、中条が少し遠くに、大きくはないが鮮やかな桃色の場所を見つけた。
最後にあそこに行ってみよう・・・という事になった。
「だけどもう、弁当箱も空だよ」と秋葉。
「だったらあそこ」と芝田が指さす。道路脇のコンビニだ。
そこでお菓子と飲み物を買って、中条が見つけた桃色の場所を目指した。
満開だった。
神社の境内に桜が数本。どれも見事な巨木だ。そのうちの一本が抜きん出て大きい。
神社の建物も古そうで、軒先の龍の彫刻が、まるで生きているようだ
広く張った枝で覆われた空間が、鮮やかな桃色に染まり、四人を酔わせた。四人は桜の根本で輪になって座り、飲食しながら歓談を楽しんだ。
神社にお参りにきた老人が彼等に声をかける。
「お花見ですか?」
「はい。ここの桜はソメイヨシノですか?」と村上。
「エゾヒガンザクラですよ」と老人。
「どうりで大きい訳だ」と村上。
「エゾヒガンザクラだと大きいの?」と中条。
「そこらにある桜は殆どソメイヨシノなんだけど、それって江戸時代終わり頃の品種改良でね、古くても百年少ししか育ってないんだ」と村上は説明する。
老人は言った。
「ここの桜は伝説がありましてね。300年前にこの神社を建てた私達の先祖が植えたって、言われてます」
「なるほど、大きい訳だ」と芝田。
「けど、あの切株も、残ってたら大きかったろうね」と中条が指さす。
見ると、朽ちた大きな切株の脇に祠があり、切り株の真ん中から若木が伸びている。
老人は「あれは杉です。あれも伝説がありましてね、昔、ここで戦があった時、勝った側の大将が戦場ヶ峰の上から射た矢が、あれに刺さったと言われてます。それでここの御神木だったんですが、枯れて、生えてるのはその二代目です」
「そうですか。成長して大きな木になるのが楽しみですね」と村上。
「そうですね。けど、私はそれまで生きていないでしょうね。代わりに皆さんに見届けて貰えたら、嬉しいです」と老人。
老人が帰った後、芝田は言った。
「ところでその戦場ヶ峰って、どこだよ」
「俺達の学校の裏山だよ」と村上。
「えーっ、あんな所からとどいたのかよ。大将すげーな」と芝田。
「作り話だけどね」と村上。
「何だよ、つまんねー」と芝田。
「だから伝説だって言ってたじゃん」と秋葉が言って笑った。
「ほんと、芝田ってそーいう奴だよな」と村上。
「お前等、俺を馬鹿だと思ってるだろ」
芝田がそう言って口を尖らすのを見て、中条は笑った。




