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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第52話 僕達の情報戦争

渡辺の婚約者米沢弥生が、米沢家顧問探偵の長男矢吹征太郎とともに転校してきた。

そしてクラスの主導権をかけて、水上と米沢が対立。それは二人の高校生探偵、鹿島と矢吹の情報戦争へと発展した。


 鹿島は、学校のあちこちを回って、矢吹の盗聴器を外し、自らの盗聴網を修復したが、矢吹もそれに対抗したため、文字どうりのいたちごっこが続いた。

 噂話を自粛させる件は、伝手を辿って、他クラスの生徒にも声をかけたが、全生徒に徹底させる事は不可能だった。


 そうした中で事件は起こった。

 三人の他クラスの女子が、昼休みの教室に乗り込んできたのだ。

「水上さん、居ますか?」

 そう言う彼女たちの一人は剣道の胴着を身に付けて竹刀を持ち、一人はヘルメット代わりに鍋を頭に乗せて箒の柄を握り、一人は鉢巻を締めて30cm定規を構えている。

 三人とも怯えきった様子で、だが水上が来ると、必死な声を上げた。

「牧村君をいじめないで下さい」


 はぁ? といった表情で顔を見合わせる水上と牧村。

「俺、いじめられたりしてないけど」と言う牧村に、彼女らは言った。

「更衣室で着替えてる時に、見たって人が居るんです。牧村君の背中に、鞭とローソクの痕があるって・・・」

 男子達は爆笑し、女子達の尖った視線が、水上に集中する。水上は顔を真っ赤にして無実を訴えた。

 困惑した牧村は、彼女達の前で、無言で上着を脱いで背中を見せて言った。

「ほら、鞭の跡なんて無いでしょ? それ、デマだから・・・」

 憧れの牧村の上半身。思わぬ目の保養に、三人の女子は陶然と、その場にへたり込んだ。



 直ちに鹿島は、彼女達から事情を聞き、噂のルートを追跡した。

 出所は、すぐに突き止められた。

 言いふらした生徒を追求する。聞けば米沢らに関する噂話が盗聴録音され、いじめ案件として問題にすると脅されて、手駒にされたとの事。

 そして実害は、それに留まらなかった。


 いたちごっこの中を残存する鹿島の盗聴網に「片桐が、いかがわしいJKビジネスに出入りしている」という噂が引っかかる。

 激怒する女子達。

 そして更に「鹿島が女子更衣室に隠しカメラを仕掛けている」という噂を捉えた鹿島は、ついに覚悟を決めた。



 放課後の教室で対峙する米沢・矢吹と鹿島・水上・渡辺。鹿島は、脅された生徒の供述の音声データを再生する。

 米沢は言った。

「つまり、私達があなた達の悪い噂を広めたって、批難したい訳ね。だったら、去年のクリスマスでの、あれは何なのよ」

「あれは当事者が語った事実よ」と水上。

「事実でも名誉棄損は成立するけどね。鹿島は当然知ってる筈だろ」と矢吹。

「片桐さんは友達なの。心配するのは当然でしょ?」と水上。


「心配・・・ねぇ?」と米沢は、不満と疑問を込めて言い、矢吹に目配せした。

 矢吹はパソコンを開くと、ファイルを開いて音声データを再生した。それは去年のクリスマスでの、米沢に関する噂話の録音だった。

「盗聴器、全部外してなかったのかよ」と渡辺が呆れ顔で言うと、鹿島は「まあ、何事も100%ってのは難しいのさ」

 しばらくの間、それを流すと、米沢は言った。

「こういうの、恋バナって言うんでしょ? 面白がっているようにしか、聞こえないんだけど」


 すると、その場に居た水沢が口を挟む。

「けど、避妊具に穴を開けるのは、いけないと思うの」

 米沢は赤面しつつ「わ、私は、目的のために手段を択ばない主義なの」

「いや弥生さん、少しは手段、選びましょうよ」と困り顔の矢吹。

「だって欲しかったんだもの。直人君の赤ちゃん・・・」

 米沢が拗ねたような声で言った、その言葉に、(こ、怖ぇー・・・)とその場に居た男子一同思った。


 吉江はなお米沢を批判する。

「そもそも許嫁って、親同士が勝手に決めた事じゃないの。渡辺君自身の意思と無関係だよね?」

「直人君の意思と無関係? 違うわよ。私は元々、直人君本人と結婚の約束をしたの」と米沢。

「いや、あれは子供の時のごっこ遊びみたいな話で・・・」と渡辺は慌てた。



 彼等が幼かった頃、米沢・渡辺・矢吹の間には、家族ぐるみの付き合いがあった。

 まだ米沢家と渡辺家の関係が良好な中で、彼等は互いの家を行き来し、三人で一緒に遊び、実の兄弟姉妹のように仲が良かった。

 その中で米沢は「将来は直人君のお嫁さんになる」と言ったのだった。

 だがやがて、急成長する渡辺グループを吸収しようという、米沢家の動きと、それに反発する渡辺家との対立が生じ、両家は疎遠になった。

 そうした中で、直人を想い続ける弥生を利用したい米沢家による、強引な婚約話が進み、それが更に渡辺家の警戒心に拍車をかけるようなったのだ。



 そうした過去が語られ、場が沈痛な空気に包まれる中、矢吹は渡辺に言った。

「お前にとっては、子供の遊びだったんだろうさ。けど弥生さんは、今までずっとそれを一途に信じて、支えにして生きてきたんだよ。確かにそれを、家の都合で婚約にしたのは、親だろうさ。けど、弥生さん自身に何の責任がある? 抵抗したいって家の都合に流されたのは、渡辺の方じゃないのか? 確かに、今の弥生さんは性格きついし。けどお前が、あの後も昔と変わらず優しくしてくれてたら、こんなになって無かったと思うぞ。違うか?」

 渡辺は彼に答える。

「そうだな。確かにあの頃の弥生さんは素直だったし、俺も大好きだったよ。けどそれは、お前も同じだっただろ。お前も弥生さんが好きなんじゃないのか? お前はそうやって、付き人みたいな事してるけど、顧問は家来じゃなくて、対等な契約相手だろ。しかも契約したのは父親であって、お前じゃない。なのにそこまで尽くしてるのは、弥生さんが好きだからだろ。違うか?」

 驚いたような声で、米沢は「そうなの? 征太郎」

「それは・・・」と矢吹。

 渡辺は更に言った。

「自分自身の気持ちって言ったよな? なのにお前は好きな女の幸せのために、自身自分の想いを犠牲にするとか、お前が言うなって話だろーがよ」


 矢吹は俯き、しばらく沈黙した。だが視線を上げて涙目の米沢を見ると、穏やかな、だが毅然とした声と表情で言った。

「俺の気持ち? そんなの知らないし、知りたいとも思わん。自分の事だからって、100%解る奴なんて、居るのかよ。ただな渡辺、お前は目の前で泣く女の子を見た事あるのかよ。それも子供の時から仲良しだった子が、好きな男を想って泣くんだよ。そんなのを見て、心が痛むのが男ってもんじゃないのか?」

「もういいわ、征太郎」と米沢。

「でも弥生さん」と矢吹。

「やめて、征太郎、お願い」

 そう言って米沢は矢吹を抱きしめ、俯く彼の頭を撫でた。矢吹は何かが終わった事を感じ、敗北感のような、安堵のような気持ちに包まれた。

 そして米沢は言った。

「水上さん、とりあえず休戦って事にしない? 私、ちゃんと考えたいの」

 水上が了承すると、米沢は矢吹を伴って教室を出た。



 翌日の放課後、米沢は空き教室に片桐を呼んだ。そして言った。

「ねぇ、片桐さん、あなたは直人君の事、好き?」

「好き。その気持ちは、米沢さんにだって負けない」と片桐。


米沢は語った。

「本当にそう言い切れるかしら? 私はね、小さい頃からずっと、直人君だけを想って生きてきたの。彼と約束したあの時から、あの後に育った分の体は全部、彼への想いと一緒に出来たものなの。知ってる? 人の体って新陳代謝ってのがあって、細胞が分解と増殖を繰り返しながら、数か月で体を構成する分子は全部入れ変わっちゃうんだって。つまりね、今の私は全部、直人君への想いと一緒に出来たものなの。私の全部が直人君を想う気持ちなの。この手足から髪の毛一本までね。だから私は直人君さえ居れば何も要らないし、直人君が居なければ全部無意味なの。直人君のためなら命だって惜しくない。だって彼が居なければそれだって無意味だもの。それでもあなた、私に勝てる? あなたの想いって何?」


 片桐はしばし絶句した。だが負けたくないという思いは勢いを増した。そして言った。

「私は渡辺君に助けられたの」

「知ってるわよ。親の借金から助けてもらって、住処を与えてもらってるのよね。けどそれって結局、お金って事じゃないのかしら?」と米沢。


片桐は語った。

「そうかも知れない。私の親は貧しくて、私も、ずっと不自由な中を生きてきたの。そういう人って、私以外にもたくさん居るよね? 渡辺君は今、会社を作ろうとしているよね? 会社って、いろんなのを作って、働く場所を作って、取引相手の利益にもなって、大勢の人を助けるよね? そうやって私みたいな人達が、少しでも、もっと幸せになれるようにする、それが渡辺君の想いなの。それで助かる人達を、渡辺君と一緒に助けたい。だってその人達は五年前、十年前の私だもの。そういう、私も含めた人達を助けたいと思う、渡辺君の想いが、私の大切なの。米沢さんの大切な渡辺君って、結局、ご飯食べて生きてる、動物としての渡辺君よね? だけど私の大切は、人として、誰かのために何かをやりたいと想う、人の想いとしての渡辺君なの」


 今度は米沢がしばし絶句した。だが・・・・。

「そうなのね。けど、直人君が創る会社って、成功して本当に人を助ける事が出来るかどうか、解らないよね? もし失敗したら、誰も助けられなかったら、それでも直人君を愛せる? 言っとくけど、失敗させなければいい、なんて無しだから」と米沢。

「私が全力で渡辺君を支えるよ。渡辺君は全力でそれをやってるんだもの。私だって全力を出す。愛するって、そういう事じゃないかしら」と片桐。

「そうやって頑張り続けて、何もかも、気力すら使い果たして、抜け殻みたいになった人、私は、お父様の所で何人も見てきたわ。直人君もそうならないって、言える?」と米沢。

「そうね。渡辺君だって、気力を使い果たして諦めちゃうって時が、いつかは来るかも知れない。だとしても、それはそれまで渡辺君が頑張ってきた証だもの。だからそれは私にとっては変わらず大切よ。私はずっと彼と一緒に居て、彼を支えるわよ」と片桐。



 片桐との対話は、その後も続いた。それを終えて、矢吹と一緒に生徒玄関で靴を履き替える米沢は、ぽつりと言った。

「婚約、解消するわ」

「諦めるんですか?」と矢吹。


 米沢は、相変わらず気丈な面持ちで矢吹を見て「諦めないわよ。ただ、力づくじゃ駄目だと思ったの」と言った。

 矢吹は米沢を見る。何か憑き物が落ちたような、けれども、たまらない寂しさを抱込んだような彼女の表情に、矢吹の胸は痛んだ。

「すみません、弥生さん。俺の力不足です」と矢吹。


「本当にそう思う?」と米沢。

「・・・」

 米沢は、視線を下駄箱に戻して上履きを入れながら「そう思うんなら、責任をとりなさい」と言った。

「責任って?・・・」と矢吹。

「責任をとって、私を慰めてよ。今夜、私の部屋に来なさい」と米沢。


 唖然とする矢吹にそう言って、米沢は満面の笑顔を向けると、玄関の戸口に向かって数歩駆けた。

 そして振り向くと「いいわね?」と笑顔のまま、命令口調で念を押す。

 矢吹は、状況を掴めないといった表情で「はい」と答えた。

 生徒玄関を出ると、送迎の自家用車が待っている。



 翌日、米沢は渡辺に、婚約解消を申し出るとともに、上坂高校を去る事を伝えた。

 そして水上・片桐と和解。

「いろいろと嫌な思いをさせてしまったわね。けど、私は渡辺君を諦めた訳じゃないから。きっと取り戻しに来るわ。それまで彼を大事にしてあげてね」

 そう笑顔で言う米沢に、片桐は「私も負ける気は無いよ。どんな事でも受けて立つから、恨みっこ無しでね」


 吉江は、クリスマスでネタにした事を米沢に謝り、米沢の手を握って応援すると言う。

 そんな吉江を見て、清水は言った。

「さすがの吉江さんも、反省したみたいだね。片桐さんを一番焚き付けたのは吉江さんだから」

「反省とは違うと思うよ。むしろ病状が悪化したんじゃ・・・」と鹿島が言った。


 吉江は米沢にハグをしながら言葉を続けた。

「私、米沢さんの事、誤解してた。けど、女が恋をするって、こういう事なのよね。これ、あげるね」そう言って小さなお守りを渡す。

「これは?・・・」と米沢。

「安産のお守り。いつか丈夫な赤ちゃんを産んでね。渡辺君の・・・」と吉江。

「ええ、ありがとう。吉江さんっていい人ね」と米沢。

 さすがに男子達はドン引きする。


「けど、私は片桐さんも応援するよ。友達だからね」と吉江。

「負けないわよ」と米沢。


 そして吉江は矢吹の所に行くと「矢吹君には、これをあげるわ」と恋愛成就のお守りを渡す。

 矢吹は「ありがとう。吉江さん」と苦笑しつつ、それを受け取った。


「吉江さん、いったい何に染まったんだ?」と、さすがに心配になった清水は言った。

「片桐さんに持たせたボイスレコーダーの録音聞いて、ああなったらしい」と鹿島。

「米沢さん、どんな事言ってたんだよ。俺にも聞かせろよ」と清水。

鹿島は言った。

「聞かない方がいいと思うぞ。重すぎてトラウマになりかねん」



 そして最後に渡辺の所に行く。

渡辺は「ごめんね、米沢さん、解ってあげられなくて。でも俺・・・」

「いいの。きっと直人君に、苦手だなんて言われない女になって、迎えに来るから・・・。それとね、最後にひとつだけ聞かせて?」

 そう言うと、米沢は渡辺の耳元で囁いた。

「私とのセックス、気持ちよかった?」


 (この人ってこんなに可愛かったんだ)と渡辺は思い、今まで優しくしてあげなかった事を悔やんだ。そして、ここまで自分を求めてくれた人が去ってしまう、そんな寂しさを込めた笑顔で言った。

「最高だったよ」



 クラスメート達は、和解の証として、渡辺のマンションで、米沢と矢吹の送別会を企画した。

 だが、彼等の再転校は中止となった。

 米沢は父親から「あれだけ無理に転校しておいて、一か月も経たずに元の学校に、など我儘が過ぎる」と叱られたという。

 そして矢吹も「任務でもないのに、自分の意思でついて行ったんだから、最後まで責任をとれ」と彼の父親に言われた。

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