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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第5話 ひざまくら

 その週の土曜日、中条は朝食を食べ終わると、する事も無く自室のベットで横になっていた。ふいに先日芝田から受け取った鍵を思い出し、制服のポケットから出して手に取った。

 (秘密基地って・・・)

 友達のアパートをそんなふうに呼ぶ芝田の図々しさが、少し眩しく感じられた。

 (いつ来てもいい・・って言っても・・・)。友達というのがどういうものか、中条はまだイメージ出来ない。

 いきなり行ったら迷惑だろうとか、そんな事を考えた挙げ句、中条は家の電話をとって、村上の携帯の番号を押した。


 何度か着信音が鳴って、中条が受話器を置こうとした時、村上が出た。「もしもし?」と少し眠そうな村上の声。中条はか細い声で「もしもし、村上くん?」と、とまどいながら話す。

「もしかして中条さん? どうしたの?」と村上。

「今日、そっちに行っていい?」と中条。

「今から? いいよ。待ってる」と村上。


 先日は緊急避難的な来訪だったが、友達としてきちんと「遊びに行く」約束をしたのは初めてだ。心が躍った。

 着ていく服を選ぼうと思ったが、そもそも服をそんなに持っていない。だが二人の顔を思い浮かべて、おしゃれとか気にする人達じゃない・・・と思うと、気が楽になった。

 簡単に支度を整えて家を出ると、先日行ったばかりのアパートに向かった。



 玄関でチャイムを押すと、中から「開いてるよ。入って」と村上の声。開けると、中に朝食の支度をしている村上がいた。

 いつもの笑顔で「入って。何か飲む?」と聞く。中条は村上が忙しそうなので遠慮することにした。


「朝ご飯?」と中条。

「うん。俺はこれから。中条さんは?」と村上。

「食べてきた」と中条。

 そう言って中条は調理台の上を見る。湯気の立った味噌汁の椀とご飯。そして村上は湯飲みを出すとその中に卵を割り、出汁醤油を垂らしてレンジに入れ、時計の秒針の進みを数える。


「何を作ってるの?」と中条。

「世界一簡単な卵料理さ」と村上。

 レンジを開けて取り出された湯飲みの中を見て中条は「温泉卵みたい」と一言。

「中条さんの分も作る?」と村上は尋ねた。

「うん」と中条は嬉しそうに答えた。



 村上が簡単な朝食を食べている間、中条は目の前に出された湯飲みの卵と味噌汁を食べる。

 卵は見かけ通り、半熟のとろりとした黄身の食感が口に広がる。味噌汁は玉葱とキャベツとワカメだが、具がとろけるように軟らかい。

 食べながら村上は何度かあくびをした。(眠いのかな?)と中条は思いながら、朝食としては遅い時間である事を思い出した。


「昨日、遅かったの?」と聞くと村上は「ゲームに嵌まって徹夜状態だったからね」と答えた。

 自分が来なければまだ寝ていたのかな・・・と中条は思うと、来た事で迷惑をかけたような後ろめたさで、胸がちくりと痛んだ。

 (帰ろうか)とも思ったが、家に帰って一人になりたくなかったし、また、機嫌を損ねたと誤解されるのを恐れた。



 朝食を終えてコーヒーを出される。


「芝田君は来るかな?」と聞くと「今日の午前中は大谷達に無理矢理付き合わされてるらしいよ。ナンパだってさ」と笑いながら言った。

 中条は、クラス内の随一の肉食系である大谷彰良の顔を思い浮かべた。達・・・という事は、一緒にいるのは直江だろう。

 彼等と一緒に女性に声をかける芝田を想像して、中条は少し笑った。

 その後、村上が二三話題を振るが、会話はあまり続かない。


 暫くして村上が「アニメでも見ようか。この間言ってたやつ」と、中条が原作を読んだ事のある作品の名を口にした。

 中条が頷くと、村上はパソコンをモニターに繋ぎ、動画データをクリックして、二人並んで鑑賞する。

 ストーリーは知っていて、嫌いな作品ではないので、抵抗無く見れたが、しばらくすると村上はうつらうつら始めた。



 (何回も見てる作品だから退屈なのかな)と中条が思っているうちに、村上の上体が大きく傾き、中条に倒れかかった、その瞬間村上は目を覚まし、あわてて「ごめん」と言った。

 中条はドギマギしつつ「平気」と笑顔で取り繕ったが、もたれかかったままにならなかったのを、内心少し残念に感じた。

 そのうちまた村上はうつらうつらを始め、上体が傾いて中条に倒れかかる。それを今度は目を覚まさないよう、中条は肩と頭をそっと受け止め、ゆっくり横向きに寝かせた。

 村上の頭が膝の上に着地する。膝にかかる頭の重みが心地よい。


 中条はそっと村上の頭を撫でた。髪質は太目だがつややかで、もふもふ感が掌をくすぐった。

 頬と顎を柔らかく撫でる。髭を剃った所はすべすべしているが、所々そり残した部分のざらっとした感触も心地よかった。

 手や腕に触る。細いが柔らかいのは、筋肉があまりついていないためだろう。

 (芝田君ならもっと堅いのかな)と、そんな事を思いながら、芝田が頭を撫でる時の感触を思い出すと、そっと村上の手をとって、それで自分の頬を撫でた。柔らかい掌の感触が気持ちいい。

 袖を少しまくって腕に触る。二の腕の内側を触ると、奥に控えめな筋肉のこりこりした感触と、それを包む脂肪層・・・。



 村上は夢から覚めたようなぼんやりした状態から、次第に意識がはっきりする中、中条と一緒にアニメを見ながら寝落ちしていた事を思い出した。

 同事に、自分が何か柔らかい物を枕に横向きに寝ている事に気付いた。

 薄目を開けて、膝枕をされている事を知る。中条があちこち触っているのを感じる。どうやら自分が寝落ちしているのをいいことに、スキンシップを楽しんでいるらしい。


 そんな中条を村上は可愛いと思うと同事に、下手に起きたら中条が恥ずかしい思いをするのでは、という事を危惧した。

 そして何より気持ちよかった。

 ここは寝たふりを続けて目を覚ます機会を伺うに限ると、村上が狸寝入りを決め込んでいる時、「村上いるかぁ」と芝田の声がして、玄関のドアが開く音がした。



「大谷にしつこく誘われてついて行ったけど、あんなの二度と御免だ」と言いかけて芝田が居間の戸を開けると、寝ている村上の頭を膝に乗せてあたふたしている中条がいた。

 何やら言い訳をしようとしている中条に、芝田は呆気にとられたが、村上を見て直感的に(こいつ寝たふりをしてるな)と感じた芝田は、中条に向かい、口に指を当てて"しーっ"のポーズをとる。

 そして村上の前に回って、彼の右手をひょいと持ち上げて、脇の下をつんつんと突き、ピクリと反応したのを確認する。

 そして「いつまで寝たふりしてんだ」と言って脇の下をくすぐった。


 村上は笑いながら跳ね起きると「いや、少し前に目が覚めたんだが、あまりにも気持ちよくて、おきるのが勿体なくて、つい」と言い訳する。

 そんな村上にじゃれてヘッドロックをかましながら「そんなに気持ちよかったか? うらやまし過ぎるぞ、おい」とはしゃいでいる芝田の後ろから、中条は上着の裾をつまんで引っ張った。

 芝田が振り向くと、中条はもじもじしながら正座の状態で自分の膝を指さし、期待を込めた目で「芝田君も、する?」


 芝田は慌てて「いや、冗談。別に催促した訳じゃなくて・・・」

 形勢逆転とばかりに、今度は村上が芝田にヘッドロックをかましながら「何遠慮してんだ。お兄ちゃんが妹の好意を無駄にするなよ」



 芝田の頭を膝に乗せて、嬉しそうにその頭を撫でる中条。バツが悪そうに、されるがままの芝田。

 村上はゴソゴソと何かを探し始めた。嫌な予感がした芝田は「おい、何を探してるんだよ」

「あった。これこれ」と村上が手に持って見せたのは、耳かきだった。

「やっぱり膝枕と言えば、これだよな」


 慌てて起きようとする芝田の頭を村上と中条が抑える。

「ささ、中条さん。容赦無くぶすっとやっちゃって」

「うん」と楽しそうに頷く中条。

 芝田は「ぶすっとやっちゃ駄目だろ。やさしくそーっと・・・ってか俺、耳かゆくないし」

 村上さらにふざける。


「痛いのは最初だけ。すぐ気持ちよくなるから」と村上。

「何の話をしてるんだよ」と芝田。

「鼓膜喪失でお赤飯だろ」と村上。

「そういう下ネタは止めろ」と芝田。

「ほーら暴れると痛いぞ」と村上。

そして芝田は「さ、里子、もっとやさしく、あ・・・痛てーっ!」

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