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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第48話 墓前にて

 元日の朝、村上が目を醒まし、昨夜の事を思い出した。

 (年明け早々に4Pとか・・・)。

 自分に半ば覆いかぶさるように眠っている、パジャマ姿の秋葉の寝顔。隣の布団では、芝田の上でうつ伏せに寝ている中条が居た。


 秋葉の下から抜け出して暖房に火をつけ、窓の外を見ると日が登ったばかりだ。

 とりあえず・・・と太陽に向かって適当な柏手を打つ。(こんな時間がずっと続きますように)という言葉が自然に浮かぶ。

 ・・・と、いきなり背後で柏手の音。ギクリとして振り向くと、さっきまで寝ていた3人が同じように初日を拝んでいた。

 そして中条が笑顔で「村上君、あけおめ」



 そして元旦の朝食。

 鍋で雑煮と餡子を加熱。餅はそのまま煮るとドロドロになるからと、人数分をレンジで加熱し、四人でお節を囲んだ。


 食べながら「面白い初夢見たんだよ」と秋葉

「それは初夢じゃないよ。昔は元日の日の出が年明けだからね」と村上。

「なーんだ、違うのか」と秋葉。

「て、どんな夢?」と中条。

「村上君を縛って、あーんな事やこーんな事を」と秋葉は悪戯っぽく笑いながら言う。

「夢ですら無いじゃん」と芝田。



 四人で上坂神社に初もうでに行くと、小学生らしき和服の男女を連れた男性が居た。

「初詣というより七五三だな」と芝田が言ったが、近付くと、水沢山本のカップルと小島だ。


「三人で初詣の約束したんだけど、にい達に言ったら、その前に山本君を家に呼びなさいって言われて」と水沢。

「それで呼び出されて、行ったらこんな格好させやがった」と山本。

「あの人達、絶対面白がってるよな」と芝田。

「お兄さん、着付けなんて出来るの?」と秋葉。

「着付けしてくれたのはにいの彼女、小依のお姉さんになる人だよ」と水沢。

「山本の着付けも?」と村上。

「あの人も俺、苦手だ」と山本。


 芝田も村上も、年上の女性の着せ替え人形になる山本の図を想像して、思わず笑った。

 山本と対照的にテンションの高い小島は「贅沢を言うんじゃない。着物文化は世界の宝でござるぞ」と、水沢の着物姿にうっとりしながら言った。



 お参りを終えて小島達と別れ、お年始に行こうという話になると「その前に、うちに来ない?」と秋葉。

「村上も中条さんも、秋葉さん家は初めてだよな?」と芝田。

「じゃ、お土産でも買って行こうか」と村上は言い、四人はお菓子屋によって、中条家のも含めて菓子折りを二つ買う。

中条が「どうせなら芝田君の家にも行かない?」

「うちは三人とも来た事あるだろ? それに多分、兄貴は早苗さんと出かけてる」と芝田。


 秋葉家に着くと秋葉の母が出迎えた。

「あら芝田君、あけましておめでとう。今年も睦月の事、よろしくね。それで、そちらが村上君と中条さんね。初めまして。睦月の母です」


 菓子折りを渡し、居間に通されて世間話が弾む。

 秋葉母はそっと秋葉に耳打ちした。

「中条さんっておとなしそうな子ね。あれなら睦月の敵じゃないわね」

「そういうのじゃないから」と秋葉。

「村上君も真面目そうな子ね。もしかしてあっちが本命?」と秋葉母。

「だから違うって・・・」と秋葉。


 話は聞こえなくても内容はおよそ察しがついて、村上も芝田も苦笑いする。

 そして秋葉母は村上に「村上君は進路は大学? 将来はどんな仕事に就くのかしら?」

 秋葉が鬼の形相で割って入る。「お母さん、それ以上言ったら、本気で怒るからね」

 やがて秋葉家を出ると、芝田は苦笑いしながら「俺も散々、あれをやられたよ」と言った。 



 喫茶店で軽く食事し、中条家に行くと、出迎えた祖父は、宿題会の時の残念な様子を思い出し、秋葉が孫の本当の意味での友達になった事を喜んだ。

 菓子折りを渡し、居間に通される。

 世間話は自然と、幼い頃に死んだ中条の兄の話題になる。

 彼女が兄に懐いていた事、その兄の死で自分を責め続けていた事、それが元で外で話せない体質になった事。

 初めて聞く話に秋葉は俯いた。


「命日って、もしかして、もうすぐですか?」と村上。

「一月の末頃だよ」と中条。

「お墓参りとか、するの?」と秋葉。

「毎年やってますよ。今年もそんな時期になりますねぇ」と中条祖父。

「俺達も一緒していいですか?」と芝田。

「あの子も喜ぶと思います」と中条祖父。


 中条家を出て村上のアパートに向かう。

 芝田と並んで歩く中条。その後を村上と並んで歩く秋葉は、ふと立ち止まると「私、中条さんに悪い事しちゃったかな?」

「何を?」と村上。

「芝田君に妹設定止めろって言った事」と秋葉。

 中条はそれを聞くと笑顔で「私はもう大丈夫だよ」と答えた。

 秋葉は目の前の二人を抱きしめると「ごめんね中条さん、それに芝田君も。私、何も知らなくて・・・」

 芝田は秋葉の頭を撫でながら「お前は気にしなくていい事だよ」

 中条も「私、秋葉さんからも、いっぱい思い出貰ったから」

 秋葉が「私・・・中条さんの・・・」と言いかけると、村上は笑顔で「もしかして、自分が中条さんのお姉さんになる・・・とか言う?」と冗談めかして言う。

 秋葉は意外と真面目な顔で「駄目?」

「そういうの、もう要らないから」と中条は笑顔で言った。 



 新学期が始まり、いつもの学校での日常が始まった。


 一月末に中条の兄の命日。雪の残る墓地を、中条と祖父に案内され、墓地の隅の小型の墓石に花を供え、蝋燭に火を灯して五人で合掌する。

 全員が合掌を解いて蝋燭の火を消すと、祖父は中条の兄の生前の様子について語り始めた。


 ひとつ年上の兄の後を追うように成長した中条は、自由に動けるようになると、どこに行くにも兄についていき、妹の面倒を見ていた兄に友達が出来ると、彼等と一緒に遊ぶようになったという。

「大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる」が口癖だった彼女は、やがて兄弟は結婚できない事を知ると「だったら誰某のお嫁さんになる」と言うようになったという。


「その相手が毎度変わるんですよ。何せ小さな子供の事ですから。その子達も里子を自分の妹みたいに可愛がって・・・」と中条祖父。

「中条さんはその頃の事、憶えてる?」と村上。

「はっきりとじゃないけど、すごく幸せだったのは憶えてるよ」と中条。

「それがあの事故で、里子は随分泣いて、火葬場に行った後はもう抜け殻みたいに。母親が荒れたのも追い打ちでしたよ」と中条祖父。

「でも、お兄ちゃんのお友達が優しくしてくれたから」と中条。

「それで里子は随分と救われたみたいで、有難い事です。けど、その子達もそのうち、他の女の子と仲良くなって、次々に里子から離れていくようになりましてね、小学校に上がる頃にはもう一人ぼっちで、誰とも話せなくなったのはその頃からです」と中条祖父。


 その後も中条の子供時代の話が続いた。

 村上は大体のことは本人から聞いていたが、一緒に聞いていた秋葉は、その中条の友達と仲良くなった女の子がやった事が、まるで自分がこれからやろうとしている事と同じではないかと言われているように感じ、祖父がそんなつもりで言っている訳ではないと知りながらも、居たたまれない気持ちになった。


 墓参りが終わり、中条家に戻ってしばらく、四人は中条の部屋で遊んだ。夕方にはそろそろ帰宅しようという事になった。

 中条は命日の夜でもあり自宅で過ごす事に、芝田も、兄と外出の予定があるという事で、迎えに来た兄の車で外出先に向かった。

 秋葉はこのまま村上のアパートに泊まりたいと言い出し、村上と二人でアパートに向かった。



 雪の残る歩道を歩きながら、秋葉が口を開いた。

「中条さんには敵わないな」

「敵わない・・・って、まだ競争してるつもり?」と村上。

「そうじゃないんだけどさ、やっぱり女としての価値って、認めて欲しいよ」と秋葉。

「誰もそんなの求めてなくても? それに秋葉さんには・・・」と村上。

秋葉は「ルックスとか女子力とか、そんなの意味ないって、解ってる。だから」

「俺は秋葉さんと一緒に居て楽しいよ」と村上。


「そうやって思い出を作るんだよね。それがその人の自分にとっての特別な価値なんだって。けど普通は、ちょっと違うと思うよ」と秋葉。

「普通は・・・って?」と村上。

「そういう思い出って普通、告白して付き合う中で作るよね。けど告白って、相手が自分にとって特別だから・・・って前提で、好きだって言って告白するんだよね。その時点ではまだ特別になるだけの思い出って、作る前の筈なんだよね」と秋葉。


「なるほどね。普通は思い出以外に、相手の価値ってのが必要って事になるんだ。それがスペックって事なのかな?」と村上。

秋葉は「それが何なのか解らない。けどそういう特別を求めて、そんな人居ないって言って、何もしないで年とっちゃったり・・・とかね(笑)。恋人として付き合う前でも、友達としての思い出・・・ってあると思う。けど、友達だと思ってたのに嘘だったのか・・・とか言っちゃう人だと、難しいよね」


「その思い出の中味にもよるだろうけどね? 恋愛に過大な期待をしてると、友達としての楽しい思い出が通用しない、なんて事になるのかも」と村上。

「そうね。けど中条さんは、村上君達にとって、楽しい思い出を作れる人だったんだよね? 逆に、一緒に居ても相手にとっての楽しい思い出を作れない人って、居るよね?」と秋葉。

「それが俺達にとっての中条さんの価値って事?」と村上。

「そうだと思うの。それってつまり、男性に対する向き合い方・・・じゃないのかな?」と秋葉。


村上は「確かに中条さんは、俺達と寄り添う事を素直に求めてくれる。その寄り添うってのが俺にとっても気持ちよくて、同じものを求めてるんだって実感できる」

「中条さんがそうなのは、ずっと寂しい思いをして、人との関係性が欲しかったからだよね。それは小さい頃のお兄さんが死んだトラウマとか、そんな不幸が根っこにある。だとしたら不幸にならないと求めてもらえないって事なのかな? それは困るよ」と秋葉。

「同じ不幸でも、逆に性格歪む人はいる。逆にそんなの無くても素直に向き合えるって人もいる。秋葉さんにそんな不幸な過去とか無くても、俺は秋葉さんと居て楽しいよ。秋葉さんは俺達と居て楽しい?」と村上。

「楽しいよ。だからそれを自分のものにしたいと思う」と秋葉。

「相手のものでなくて自分の?」と村上。


「そうね。一緒に楽しむ事と、相手を利用して楽しむ事の違いが、よく解ってない事って多いよね? 漫画のラブコメとかだと、女の子が思わせぶりな事を言って、相手がその気になると、途端にキモいとか言って相手を振り回して楽しむって、あれって相手に対して優位に立つっていう楽しみ方だよね?」と秋葉。

「女性が思わせぶりな事を言うのって、相手をその気にさせて向こうから近付くように仕向けるんだよね? 女性は求められる立場で有利だって意識で、自分が求める相手を自分が求める時に・・・って。だったらちゃんと自分から関係を作るかっていうと、大抵の女は求められてこそだって言って相手にやらせようとする」と村上。

「リスクは負いたくない。だけど相手に負わせるリスクは容赦しないって事よね。男ならそれを根性で乗り越えろ・・・って(笑)。中条さんがそういう駆け引き抜きで村上君達に近付くのも、不器用さってのもあるんだろうけど、それがあの子の強みなんだなって思うの」と秋葉。


「特に最近、男性の異性恋愛に対する風当たりが強いからね。告ハラなんて言ってアプローチ自体を弾圧したりとか。それでそういうのから距離を置くと、自分が傷つきたくないだけの臆病者だとか・・・」と村上。

「そういう男性って、本当は自分が傷つきたくないから、っていうより、相手に嫌な思いをさせたくないって事だと思うの。それでもう恋愛には期待しない、女性を女性として見ないから優しくもしない・・・っていう空気なのが辛いの。だって本当に優しいのはそういう人達だもの。それを思い出して欲しい」と秋葉。

「男性の優しさなんて意味は無い。女性の立場で評価に値しない・・・って言っちゃう人も居るけどね」と村上。

「それで好きになったヤリチンから捨てられたりする人が、絶えないのよね。けど、優しくされて好きになるってあるよ。それを当たり前だと思って、ちゃんと見ないからそんな事を言っちゃうんだろうけど」と秋葉。


「女性のそういう矛盾ってさ、大抵は別に悪気があってやってる訳じゃなくて無意識だってのは解る。経験の無い奴がマスコミの変な情報に乗せられて、残念なアプローチする場合ってのも、現状でアプローチするのに、遊び目的のヤリチンが多いってのもね」と村上。

「そういう現状を作るのは結局は立場の強い側で、今時の恋愛の問題で立場が強いのは結局は女性なのにね。けど、立場が強いってのは、モテとか言ってマウンティングしたがるヤリチンも同じだよ」と秋葉。

「マウントクライマーなんて、傍から見ればただのシャドーボクサーなのにね。ただ、モテを強調するのも女性なんだよね。モテる仕草とか服装とかあるらしいけど、よく解らないし」と村上。

「それを勉強しろって言ってる訳よ。そのために女性経験を積めって・・・。そこらへんがゲームなんだよね。けど本当の意味の女性経験って違う気がするの」と秋葉。


「ゲームってのは、誰かが作るルールの中に縛られるのが前提だからね。それで勝ち負けを競う。そういうのって女子集団の中でも同じなんじゃないかな。嫌われないためにとか、主導権握るためにとか、それで失敗したんだからイジメめられても仕方ないとか、勝者だから敗者をイジメる資格があるみたいな」と村上。

「結局、相手が男か女か以前の問題なのよね。だから仲良くなるのも、先ず人として、同じ人間として解り合えたらいいと思うの。けど恋愛意識すると、特別なものみたいに夢を見たり、変な被害者意識持ったり、ゲームに走って壁作ったりダメ出ししたり、アプローチだってやたら必死だと引くんだよね。そういう必死さを求めてるのは女性なのに」と秋葉。

「漫画とかでの告白する男子って、やたら必死な勇気とか強調されて、振られると世界の終わりみたいにダメージ受けるんだよね。ああいうの見てイメージ植え付けられたら、そりゃやる気失せるよ(笑)」と村上。


「アプローチの必死さって、つまり想いの強さなんだよね。女性としては、いい加減な気持ちじゃないんだってのを見せて欲しいの。けどその想いの内容が何なのかが、実は解ってないから、マッチョ的な強さの大小になって、マッチョなヤリチンの独断場になっちゃうのかもね」と秋葉。

「そうだね。恋愛って本来は"好き"の相乗効果なんだよね。相手が自分を好きでいてくれる事で自分も好きになれる。けどそれがゲームになると、好きになった方が負けになって、告白は降伏宣言になっちゃう。それを付き合ってから挽回しよう・・・って事で告白する訳だけど、勝ち負け前提だから、勝ってる方は下手すると調子に乗る」と村上。

「そういう発想から、どうすれば抜け出せるか・・・なんだよね。現状は女性がその気になるのが前提だから、男性からは色々大変なのは解る。けど、もし仮に女性がどんどん自分からアプローチするようになったとして、普通の女性が普通の男性にアプローチするようになったとしても、それでもあぶれる男性って出てくるわよね。男性が自分でアプローチする意欲は否定して欲しくないな。私だってたまにはアプローチされてみたいもの(笑)」と秋葉。

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