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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第46話 聖夜その後

 村上達を引き連れて渡辺のマンションに着いた秋葉は、いい加減なデマを播いたと鹿島を糾弾したはいいが、すぐに本当はどうだったかの説明を求められ、秋葉達を囲んでの説明会の様相を呈した。


 だがやがて、直江と柿崎によって牧村が拉致同然に連れてこられ、彼を奪還しようと水上が乗り込んできたものの、女子達に囲まれて恋話を強要された。

 すぐに調子に乗って語り始める水上の、美男美女ののろけ話の中、柿崎だけは、水上が牧村を束縛し過ぎると、彼女を責め始めた。だがその柿崎の主張が、牧村を好きな坂井を案じての事であると、佐川に指摘され、まもなく柿崎は、実は坂井が牧村を好きな訳ではないと、知らなかったのは自分だけだと知らされ、愕然とした。

 これを見ながら岸本が坂井に言う。

「この様子だと柿崎君、あなたが本当に好きなのは自分だって、まだ気付いてないみたいみたいね」

「そういう所が柿崎君のいい所なんだけどね」と坂井。



 ようやく説明会から解放された秋葉が一息つく頃、家主の渡辺が居ない事に気付いた。

それについて秋葉が周囲に訊ねると「渡辺なら、買い出しじゃない買い出しに行ってるよ」と鹿島が答えた。

「何それ?」と怪訝顔の秋葉。


 間もなく渡辺が、武藤と津川を連れて帰還。それぞれ大きな段ボールを抱えている。

中にはショートケーキやらプリンやらお菓子がぎっしり。

「渡辺の差し入れか? 庶民に奢るのは家訓に反する・・・んじゃなかったっけ?」と村上が聞くと、実家の会社の系列から賞味期限切れの回収処分品を貰ってきたとの事。

「なるほどな。けどそういうのって、ラベル貼り替えて賞味期限更新するんじゃ・・・」と芝田が言うと、渡辺は「うちの会社を何だと思ってるんだ」と憤慨した。



 お菓子を配分して一息ついた渡辺は、片桐がお茶汲みに奔走している事に気付いて彼女に言った。

「片桐さんもクラスの一員なんだから、メイドさんみたいな事しないで座りなよ」

「けど私、居候の身だし」と遠慮がちな片桐を、渡辺は薙沢の隣に座らせた。

 たちまち女子達が片桐を囲んで質問攻めにする。

(こうなるのを避けたかったんだけどなぁ)と片桐は思いながら、彼女達に対応した。


「渡辺君との関係は進展したの?」と吉江。

「親切で住まわせて貰ってるだけだよ」と片桐。

「何言ってるの。アパート捜すとか言って五カ月も居座ってるのって、渡辺君の側を離れたくないからでしょ」と篠田。

「いいなぁ。好きな男子と同居とか」と坂井。

「そうじゃなくて、修学旅行の積立がたまるまで、居ていいって・・・」。これを聞いて一瞬、場が静まった。


「それじゃ、もしかして文化祭のじゃがバターの売上も?」と薙沢。

「積立の足しにしろって渡辺君が言ってくれて・・・」と片桐が言うと、連行されていた渡辺が「家訓があるから援助は出来ないし、片桐さんも親の遺産放棄の目途が付くまで、バイトも出来なかったからね」

 吉江が「渡辺君優しい。片桐さん、もうこのまま、ここに永久就職しちゃいなよ」と言うと渡辺は「簡単に言うなよ。俺が大学出て創る会社だって、うまくいくと限らないんだからさ」

「それに渡辺君、許嫁がいるし」と片桐が寂しそうに言うと、女子達は「えーっ?」と声を上げる。



 どういう事かと渡辺を追求する吉江を、片桐が必死に宥める。


「親どうしが決めた事で、渡辺君は悪くないの」と片桐。

「政略結婚ってやつだろ?」と佐川が口を挟んだ。

「っていうか、俺の親が昔世話になった人で、断りきれなかったらしい」と渡辺。

「何者だよ」と山本。

「米沢弥生さん。北東銀行の頭取の娘だ」と渡辺。

 この地方の金融を支配する有力企業の名前が出た事に、一同「えーっ?」と声を上げる。

「だからさ、そんなのと俺が結婚してみろ。渡辺グループが米沢家の配下に組み込まれちまう」

「じゃ、渡辺が自立を言い渡されてるのって・・・」と津川。

「そうなった時、俺を切り離して渡辺家を守るためさ」という渡辺の言葉に一瞬、場が静まる。



「俺、金持ちの家に生まれなくて、ほんっと良かったわ」と大谷。

「で、その弥生さんってどんな人なの?」と水上。

「文化祭の時見に来たんだけど、すごく綺麗な人だよ。けど、いかにもお嬢様育ちって感じで、性格きつそうで独占欲強そうで・・・」と片桐。

「お嬢様で美人で、けど性格きつくて・・・」全員の視線が水上に向いた。

「許嫁が女と同居始めたんで、牽制しに来たって訳か」と内海。

「何か言ってた?」と吉江。

片桐は「それがね・・・。あなた処女でしょ? でも渡辺君は童貞じゃないわよ・・・って」



 どういう事かと渡辺を追求する吉江を、片桐が必死に宥める。


「力関係の問題だろ?」と佐川。

「俺も正直あの人苦手なんだけど、いろいろあって逆らえなくてさ。親は結婚はあくまで本人の意志だって言ってるけど、俺が創る会社に資金援助するからとか強引に言い出してさ、会社がうまくいけば援助なんていらないって突っぱねられるんだけど・・・」と渡辺。

「もしかしてお前の親、片桐さんに期待してるとか? だからここの事も黙認してると」と津川。


「でも許嫁も黙認はしてるんだよね?」篠田。

「表向きはね。けどこれ」と、横から鹿島がポケットから小さな電子部品を出して見せた。

「お前が使ってるのと同じ盗聴器だよな」と大谷。

「ここに来る度に二~三個見つける」と鹿島。

「仕掛けてるのって、まさかそのお嬢様じゃないよね?」と清水。

「文化祭の時、付き人みたいなのが居ただろ」と渡辺は片桐に言った。

「あの眼鏡かけたかっこいい人?」と片桐。


「何者だよ」と聞く佐川に鹿島が「矢吹征太郎、高校生探偵だよ。米沢家顧問のな」

「お前みたいなのがまだ居たのかよ、ってかそんな権力者が高校生雇うのかよ」と大谷が鹿島に言う。

「顧問契約結んでるのはその父親だ」と渡辺。

全員、溜息をつく。


 すると片桐が「その人ね、時々ここに泊りに来るの」

「ライバルができたって焦ってるのね? けどそういう時って片桐さん・・・」と吉江。

「私の所に泊りに来てるよ」と薙沢が言った。

薙沢は続けて「最初に来た時その人、自分のせいで迷惑かけるからって、片桐さんに菓子折持たせたのよね。親が開けたら、箱の中に百万円の札束の袋が入っててね。お父さんがそれ見て、庶民を馬鹿にするなってすごく怒って、すぐ渡辺君のマンションに行って、間違ってこんなのが入ってましたよ・・・って、突き返したの」

「薙沢パパかっこいー」と内海。

「その後お父さん、お母さんに目茶苦茶怒られたんだけどね」と薙沢。


 それを聞いて全員ががっかりする中、吉江は片桐の両肩を掴んで「片桐さん、そんな人に負けちゃ駄目だよ」

 片桐は「いや、何を負けるなと・・・」


「けどさ、そんなのでデキ婚とかになったら最悪だよな」と清水が言うと、渡辺が「避妊具は向こうが持ってくるんだけどさ、鹿島に言われて、こっちで用意したのとすり替えて使ってるんだよ。で、向こうが持ってきたのを調べてもらったら・・・」

「針で穴が開けてあった」と鹿島。

 それを聞いた片桐は渡辺の両肩を掴んで「渡辺くん、私、そんな人に負けないから」

 渡辺は「いや、何を負けないと・・・」



 その話を少し離れた所で聞いていた杉原が、ふと隣に居た藤河に言った。

「藤河さんは八木君とはどうなってるの?」

「どうって? あいつはただの部活仲間だけど」と藤河。

「けど最近、下の名前で呼んでるよね?」と杉原。

「文化祭が終わってから、先輩たちがそう呼ぶようになったんで、何となくだよ」と困り顔で弁解する藤河に「よーするに、文化祭準備で部活を留守にしてる間に八木君と仲良くなった先輩たちに、対抗してる訳ね」と、いつの間にか混ざっていた岸本が笑いながら言う。

 藤河は慌てて「いや、そういうのじゃないから」と否定するが、「これは証人喚問が必要だな」と大谷と内山が八木を引っ張ってくる。


「八木君、そこに座りなさい」と岸本。

「座ってるけど」と八木。

「あなた、パートナーの藤河さんを差し置いて、他の女子と随分仲良くしてるそうじゃない」と岸本。

「いや、そういうのじゃなくて」と赤面する藤河。

 八木は「文化祭の準備でいろいろあったからね。やる事は先輩の指示に従うしか無いしさ。それに三人も女子が居てが優しくしてくれたら、嬉しいじゃん。ハーレムって言うかさ・・・」

 隣に居た藤河が思い切り八木の足を踏む。


「やきもちだ」と口々に言う周囲に、藤河は「違うって。ただ、隣に鼻の下の長い奴が居るとむかつくだけよ」

「けど、やさしくされて無碍にするってのも失礼かと」と言う八木に、藤河は「あれはあんたを玩具にして遊んでるだけよ」

「要するにさ、その分八木が藤河さんに優しくしてあげれば・・・って事じゃないの?」と言ったのは村上。

「けど藤河さん、自分はBL一筋だから男なんて要らないって・・・」と困り顔の八木。

「あんただってリアル女は要らないって言ってるじゃん」と藤河は口を尖らせる。


「まあまあ、別に彼氏彼女になれって言ってる訳じゃないんだしさ」と内山が宥めた。

 八木は困り顔で「そもそも優しくするって、何をするんだよ」言う。

「八木が先輩にして貰った事を、藤河さんにしてあげればいいんじゃね?」と芝田が言うと、八木は「膝まくらとか?」

 その瞬間、女子達の鋭い視線が八木に集中し、藤河は思い切り八木の足を踏んだ。



 少し離れた所に居る小島の隣には山本・水沢・内海とともに、何故か大野が居る。

「折角のクリスマスなのに何で小汚いギャルがここに居るお?」と小島が不平を言いながらショートケーキの入った大皿に手を伸ばすと、大野は素早く大皿を引っ込めた。隣の大皿のシュークリームに手を伸ばすと、大野はそれも引っ込める。

 そして「調子にのってケーキとか爆食いしてリバウンドしないよう、天下のセクシーギャルが監視してんだ文句言うな」と大野。

 小島も負けずに「天下のセクシーギャルなら、クリスマスイブなんだから彼氏とラブホにでも行けば?」

「あたしだってイブ直前に彼と別れてなかったら、こんな所に居ないっつーの!」と大野。


 横から内海が「どうせ、これが終わったら各自自分達のデートだろ。山本もそうだよね」と言うと山本は不機嫌そうに「その話は止せ」

 対照的に元気な水沢が言った。

「山本君は小依の家にお呼ばれだよね」

「あの兄貴連は苦手だ」と山本。

 だが小島が「ってかそもそも、小依たんは清い交際なの。お前らと一緒にするなと」と内海に言うと、大野が溜息をついて「あんた、まだ知らないの?」と呆れ顔で言った。

 山本は「だから止せって」と制したが、水沢は元気な笑顔で「あのね。この前うまくいかなかったのって、前戯っていうのをしてなかったからなんだって」

 小島唖然。

 内海が「山本の怠慢だな」と言うと山本は「手錠で拘束されてた俺にどうしろと」

 小島はおそるおそる「ぜ・・・前戯って・・・」と呟くように言うと、水沢はさらに元気な笑顔で「すっごく気持ちいいんだよ」

 小島は絶望的な表情で天を仰ぎ、叫んだ。「Oh NO!」


 その後頭部を、大野はハリセンで思い切り叩いて「あー鬱とおしい。あんたは童貞こじらせ過ぎ。いっそあたしが貰ってやろうかその童貞」と言う。

 たちまち小島は冷静になって「超絶断固お断り」

 大野はムキになって「あんたみたいなロリコンには理解できないだろうけど、女の魅力ってのは・・・」

「ケバい化粧とかゴテゴテアクセですか? 方向性間違ってね?」と小島。

「あんたの方向性はモェーだろ。キモいっつーの!」と大野。

「キモい・・・ねぇ? けどそのネガポジ化粧ってさ」と小島。

「ガングロが何だってのよ」と大野。

「とある心理学者曰く。ガングロは威嚇を示すものであり、ゴリラが歯を剥くのと同じであると」と小島。

「ゴリラって何だよ」と大野が憤慨すると小島は「大野女史のそれって、やるとナメられないからでしょ?」

「そうだけど」と大野。

小島は「やっぱり威嚇じゃん。ヤクザが刺青見せびらかすのと、どこが違うん?」



 パーティが終わった頃には夕方になっていた。八木は方向が同じな藤河と一緒に家路につく。


 ふと八木は「藤河さん、男が男に膝まくらするのって、見たい?」

 藤河は驚いたが、すぐ目を輝かせて「見たい。誰としてくれるの? 岩井君?」

「いや、俺がするのは嫌だけど・・・」と八木。

「なぁんだ、してくれないのか・・・」と藤河。

すると八木が「俺も女どうしの膝まくらとか見て喜んでたクチだったけどさ、最近、見るよりも自分で体験する方がいいんじゃないのかなぁ・・・と思うようになってさ、腐女子はどうなんだろ・・・ってちょっと思っちゃってね」


 藤河は八木がこの話を振った時、芝田に言われた話を思い出し、自分にしてやろうというつもりなのかな・・・と思った。

 だが話が進んで、そうではないのか・・・と思うと同時に、自分の中に寂しさに似た気持ちがある事に気付いた。

 自分が今までやって来た事は、本当に自分がやりたい事なのか。八木を見ると、八木は相変わらず前を向いて、けれど何だか遠い目をしている。こいつも同じ疑問を抱えているのだろうか・・・。


 ふと藤河は廻りを見ると、小さな公園がある。藤河は「ねえ」と言って八木の上着の裾を掴み、公園のベンチを指さした。



 その翌日は、小島と大野のバイトのシフトだった。

 大野が店に現れた時、レジに居たバイト二名は一瞬、それが大野だと解らなかった。ガングロではない普通のメイクだったからだ。

 大野が奥に行くと「何が起こったんだろう」とひそひそ声で噂を始める。

 まもなく店に来た小島に、店長は心配顔で「彼女、どうしたの?」と聞いたが、小島は「知らないけど、彼氏にでも振られたんじゃないですか?」

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