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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第45話 走れ!村上君

 村上と中条、芝田と秋葉のクリスマスデート。

 偶然にも同じ時間と場所で待ち合わせた二組のカップルは、すれ違いでデートの相手が入れ替わってしまう。

 ようやく本来のデートの相手と連絡がついた時、中条は再び芝田と引き離されてしまう事を寂しいと感じ、彼にキスをしてしまう。それを秋葉が目撃した。


 秋葉の表情がみるみる怒りに染まった。つかつかと芝田に近付く。

 中条は「違うの、ごめんなさい・・・」そう呟きながら後ずさる。

 秋葉は芝田の前に立つ。思い切り平手打ちする音が、店内に響いた。

 そして秋葉の視線が中条に向くと、中条は脱兎の如く逃げだした。村上の脇を抜けて階段を駆け下り、店外へと・・・。


「里子ちゃん」と村上は叫び、後を追った。

 入り口脇の席の請求書を掴んでレジに千円札とともに置いて「お釣りはいらな・・・じゃなくて後で取りに来ます」と言ってドアを出ると、向こうに走っていく中条の後ろ姿が見える。それに向かって全力で駆けた。

「里子ちゃん、待って」

 ここで行かせてしまったら、中条は二度と戻って来ない気がした。中条が通りの信号を渡る。信号が赤に変わる。

 もう駄目か・・・、と思った瞬間、村上は全力で叫んだ。

「中条さーん!」



 中条の足が止まった。震えながら中条が振り向く。目に涙を貯めて呟いた。

「お願い。村上君、見捨てないで・・・」

 村上は車を除けながら通りを渡り、中条を抱きしめた。

 中条には、自分を呼ぶ事が「里子ちゃん」から「中条さん」に変わった事が、まるで恋人関係が解消されたように思えたのだ。

 芝田を失い、今また村上まで失うのか・・・。そんな恐怖で中条は泣きじゃくった。


 彼女を抱きしめながら村上は言った。

「大丈夫、どこにも行かないから。だから聞かせて。もしかして俺より芝田のほうが良かった?」

「違うの。村上君がいい。村上君が居れば幸せ。だけど三人の時楽しかったの。芝田君が居るともっと楽しかったの。だから・・・。私、欲張りだ。贅沢だ。最低だ」と中条。

「違うよ。前にも言ったよね。我慢しないのは里子ちゃんの長所だって・・・。里子ちゃんは俺に高いもの奢らせたい?」と村上。

「そんなのいらない」と中条。

「機嫌とかとって欲しい?」と村上。

「そんなのいらない」と中条。

「して欲しい事を言わなくても察して欲しい?」と村上。

「そんなのいらないから、一緒に居て欲しい」と中条。


村上は言った。

「一緒に居て欲しい、寄り添って欲しいってのは、それは欲張りでも贅沢でもない。だって男が女に求めてるのと一緒だもん」

「芝田君にも寄り添って欲しくても?」と中条。

「元々あいつは俺の友達だよ」

 そう村上が言うと、ようやく中条は泣き止み、言った。

「私のこと、嫌いにならない?」

「俺は里子ちゃんの事が好きだ。だからここに居るんだ」

 そう言うと、村上は中条を立たせて「戻ろうか」と促した。



 ケーキ屋に戻ると、一階席で芝田が待っていた。

「ちゃんと確保できたみたいだな。心配したぞ。なんせお前は女子三人に牛蒡抜かれする足の遅さだもんな」と言って芝田が笑う。

「抜かせ! ってか、そーいう空元気いらないから」と村上。

 中条は状況を察知すると「ごめんなさい芝田君、私のせいで。それで秋葉さんは?」

「帰ったよ。盛大に鼻を曲げてな。ま、元に戻っただけさ」と芝田。


 だが中条は「駄目だよ!」と強い語気で言った。

「悪いのは私だもん。芝田君は悪くない。私が無理やりキスしたの、秋葉さんも見てた筈だよ。私が秋葉さんと話す。私のせいで別れちゃ駄目!」

 村上と芝田は顔を見合わせた。こんな中条は初めて見る。

 大丈夫か? と心配する二人を余所に、中条は通話記録を辿って秋葉のスマホに電話をかけたが・・・。

「どうしよう。着信拒否されちゃってる」と中条は顔を曇らせる。


 だが村上は「大丈夫だよ。ここにある電話は一台じゃない」と言って、通話記録の電話番号をメモし、店の公衆電話にコインを入れてダイヤルを回した。

「もしもし?」

「その声はムッツリスケベの村上君? 可哀想な子の秋葉に何の用?」と秋葉の声。

「それがさ、結局中条さん、芝田のほうがいいって事になって、俺も可哀想な子の仲間入りって訳。なので、同じ立場として慰めて貰えたら有難いなぁ・・・って提案なんだが・・・」と村上。

「何それ?」と秋葉の笑い声。

「で、秋葉さんは今どにいるの?」と村上。


 電話を切ると、村上は芝田と中条に、近くにある喫茶店の名前を告げた。

「村上君、今のって・・・」と不安そうな中条に、「いや、ああ言った方が向こうも受け入れやすいかなぁ・・・って思ってさ」と笑って言う村上。

「お前って奴は・・・」と芝田はあきれ顔で言った。



 清算を終えて三人はケーキ屋を出た。向こうに秋葉のいる喫茶店が見える。

「二人は窓から様子を見て、俺が合図したら入って来る。オッケー?」と言う村上に、芝田は「了解だ」

 村上は真っすぐ喫茶店に向かう。芝田達は迂回して窓からそっと覗きこんだ。

 村上が店内に入る。秋葉がいる席はすぐに解った。


「村上君って嘘が下手だよね」と秋葉は、目の前に座った村上にいきなり言う。

「やっぱり解るかなぁ?」と村上。

「そりゃ解るわよ。私だって中条さんの性格くらい知ってますから」と秋葉。

「なら話は早いや」と村上。

「その前に、ひとつ言っておきたいんだけど」と秋葉は改まった表情で言った。

「私、こういう話で伝言ゲームって、信じない事にしてるの」

 それを聞くと村上は笑顔で「知ってるよ」と言って、窓辺に向けて右手を上げて合図。

 芝田と中条が入ってくる。



「ごめんなさい」と頭を下げる中条。

そして中条は秋葉に言った。

「私、久しぶりに芝田君と話せて、嬉しくて、それでついあんな事。私が無理やりキスしたの。芝田君は悪くないの。だから・・・芝田君と別れないで欲しいの」

「ふーん? じゃ、中条さんは芝田君とは、もうこれっきりでいいって事ね?」と聞く秋葉。

 だが中条は「それは嫌」と断言。

 長くなりそうだから・・・と、村上は二人に席に座るよう促す。


 中条は続けた。

「芝田君が秋葉さんのものだって事は解ってる。私には村上君が居る。だけど三人で遊ぶと楽しいの。友達なの。だから関わるな・・・なんて言わないで欲しいの。お願い」

「駄目だって言ったら? 私、独占欲が強い女かも知れないわよ。そうだとしたら、私と芝田君を取り合う?」

 秋葉のその言葉を聞いて、中条は悲しそうな表情でうつむいた。だが秋葉に向き直ると「それは芝田君が決める事だと思う。だけどきっと芝田君は、秋葉さんを選んだほうが幸せだと思うの。だからもしそうなっても、私は後悔しないから」


 つまり仕方ないと、スペックが無いから諦めるという事なのか・・・と。そんなの恋愛じゃないと秋葉の中の何かが呟いた。

 だが以前、村上と話した時の言葉が頭をかすめる。ゲームとしての恋愛、マッチョな恋愛・・・。誰かを取り合い、スペックを磨いて対象を獲得する。そんなものから距離を置いてきたからこそ、彼等はここまで来れたのだと、自分はもう知っている筈だ。



 秋葉は隣の芝田に言った。

「ねえ、芝田君にとって中条さんって、何なの?・・・って、言っとくけど、妹っていうの、止めてよね」

 芝田は少し考えると「俺にも解らん。秋葉さんと一緒に居ると楽しいよ。だけど中条さんが甘えて寄り添って来ると、放っておけなくなる」

「その寄り添うっていうの、友達なの?」と秋葉。さすがに芝田は考え込んだ。


 村上が助け舟を出して、言った。

「友達と恋人って、明確な区別があるのかな? 女子どうしでハグしたりするのって、友達として寄り添ってるんだよね? けど男女だと、無理に境目をつけようとしてる人って、居るんだよね? 友達として仲がいい男性が自分に恋愛感情を持つと、友達だと思ってたのに嘘だったのか、とか言っちゃうとか」

「そうね。性嫌悪の強い人だと、男として相手を見ない事で初めて友情が成立する・・・って人、居ると思うの。けど女どうしでも友情が同性愛に・・・ってあるからね。松本さんなんて、殆ど恋愛感情だから独占したがる訳だし」と秋葉。

「だからさ、寄り添うってのが恋愛にしろ友情にしろ、俺は中条さんと寄り添いたい。で、芝田と中条さんが寄り添うとして、それが俺や秋葉さんの恋愛と矛盾するか・・・って事なんだと思う」と村上。


「村上君は中条さんを独占したいとか、思わないの?」と秋葉。

「そんなふうに束縛しなくても、中条さんはちゃんと側に来てくれる。前に、中条さんは中条さんのものだ・・・って言って、芝田に怒られた事があるんだけどね。独占なんてしなくても十分楽しかった。俺はそれを手放したくないし、同じ想いを中条さんも持ってくれていれば、俺は十分だと思うよ」と村上。

「ふーん? 村上君は中条さんの事信じてるのね。けどね、仮にだけど、もし牧村君が中条さんの事を本気で好きになって、本気でアプローチして独占を求めてきたら、絶対離れないって言える?」と秋葉。

 中条は離れないと言いたかった。言えば村上も信じてくれると思った。けれどもそれが秋葉にとって、説得力が無いものだとは解っていた。悲しくなって村上の腕にしがみつく。

 そんな中条の肩を抱いて、村上は言った。

「その時中条さんがどうするかは、その時になってみないと解らないだろうね。けど、だとしても今までの楽しかった思い出は消えないし、俺はそれがあれば生きていけるよ。それに感謝するのって変かな?」



 秋葉は深く、けど気持ちよさそうな溜息をついた。そして続けた。

「村上君、オタサー姫って知ってる? 恋愛経験の無い男子のサークルの中に女子が参加して、その子の取り合いになってグループが崩壊するって話」

 それに芝田が口を挟んだ。

「そうなる奴らが馬鹿だってだけじゃないの? そいつらって恋愛に夢を見過ぎだろ」

 村上も「もし仮に、その中の誰かが勝ち残ってその子を独占したところで、ちゃんと面倒見れるのかって思う。むしろその子との友達付き合いで、女の子と触れあう思い出と経験重ねたほうが、遥かに生産的だろうって言いたいよ」


 さらに秋葉は続けた。

「何で恋愛って独占なんだと思う?」

「子供を産んで家庭を持つ中で必要だから・・・って事なんだろうね。けど、俺達はまだそういう段階じゃないから。多分、いつか誰かを独占する・・・っていうか独占されるのかな?」

 そんな村上の話を聞いて、秋葉は笑って言った。

「村上君って受け身過ぎだよ」

「能動的であろうとすると、頑張らなきゃいけないからね。俺は誰かに無理はさせたくない。同じくらい、自分も無理はしない。整合性はとれてると思うよ」と村上。


「その整合性は恋愛を発展させないでしょ? それに結局、今まで距離を縮めたのは中条さんじゃないの? スキンシップだって基本、中条さんからでしょ? あれって無理とかしてなかった?」と秋葉。

それに対して中条は「男性の方から近付いてくれないのって、けっこう寂しかった。だけど優しくしてくれるから、それに甘えればいいんだって思えたのかも知れない」と言った。

「誰に対しても優しい人って居るけどね?」と秋葉が言う。

「相手が自分の事をどれだけ好きか解らなくても、自分が相手をどれだけ好きかが大事だって、誰がが言ってたから」と中条。

 すると秋葉が「村上君とか受け身だから絶対拒否しないしね。それにムッツリスケベだし」と言って笑い、村上がうんざりしたように「またそれかよ」と言う。


「けど普通は、自分が相手を求める気持ちと、相手が自分を求める気持ちのバランスを、みんな気にするのよね。だから独占して、相手を自分に依存させたい。自分も相手に依存できるように、って」と秋葉。

 村上は「それだよね。依存って下手すると病的な事になったりするからなぁ」と言った。

「それが恋愛なのよ。それに自分の恋人が他の同性と仲良くしてるとイラッと来るとか、これって本能だと思う。理屈で解っててもどうにもならないから、気持ちを汲んで独占させて欲しいって事で、そういう甘えもね」と秋葉。



 村上は「さっき中条さんのキス見て秋葉さんが怒ったのも、本能なのかな?」

 それを聞くと秋葉はバツが悪そうに「あれは約束を破られた・・・ってのが大きいかな」と答える。

 その時、芝田が口を挟んだ。

「俺からもひとつ聞いていいか? もし中条さんと今の村上みたいに付き合うようになったのが俺だったら、秋葉さん、もしかして村上を誘ってた?」

 秋葉は少し考えると「多分そうなってたと思うよ。もちろん芝田君と居ると楽しいよ。おしゃべりしても遊んでも。けど、村上君となら、きっと幸せな恋愛ができるんじゃないか・・・って気はしてた。芝田君、がっかりした?」


 芝田は笑って「そんな事だろうと思ってたさ。それに、もし・・・なんて言っても始まらないし」

「こんないい女と付き合う経験できたんだもんね?」と秋葉。

「自分で言うかよ」と芝田があきれると、秋葉は笑って言った。

「本当言うとね、中条さんが羨ましかったの。モテるタイプでもないのに、こんな男子二人に面倒見てもらって、喧嘩して取合う事も無い。何の御褒美ポジションだよって。それでね、一人取っちゃったの。中条さん、怒った?」

 中条が笑顔で首を横に振ったのを見て、秋葉は続けた。

「でね、中条さん、さっき言ってた、芝田君との仲を友達として認めてくれ・・・って件、その代わりに、私も混ぜて欲しいな」



 きょとん、とする中条に、秋葉は「どう?」と続ける。

 中条は芝田と村上の顔を交互に見て「これって、私が答える事なの?」

「まあ、なんせこの人、里子ちゃんのライバルになるつもりみたいだからね」と笑いながら村上。

「私、強敵だよ。なんたって・・・」と秋葉が言いかけると村上は「ルックスとか女子力アピールはもういいから」

「何で? それ大事だよ。村上君の食生活って、ずっと同じ鍋物じゃない」と笑いながら秋葉。

「別にメイドさん呼ぶ訳じゃないんだから・・・」と村上。

「えーっ? メイドさんいいじゃん、男の夢でしょ? 何ならメイド服着て行こうか?」と秋葉。

「それは止めてくれ」と村上と芝田は声を揃えた。


 中条は笑いながら「秋葉さんがいると楽しいね」と一言。

「じゃ、決まりね」と秋葉が言うと、芝田は「決めるのは家主の村上だろ」

 村上は「秋葉さんは芝田の彼女だろ」

 中条は「何か決定権押し付け合ってるみたい」と言って笑った。


 村上はポケットから鍵を出すと、秋葉に「来たい時、いつでも来ていいよ・・・但し、入る時はブザーくらい鳴らしてね」

「一人で何かやってるかも知れないから?」と秋葉。

「そういう下ネタは止めて」と困り顔の村上。



 秋葉は「それと、ね、村上君」と、少し改まった表情で向き合う。

 村上は何だろう・・・と秋葉を見た。

 秋葉はいきなり村上の襟を両手で掴むと、思い切り引きよせて強引にキス。唖然とする芝田と中条。

 慌てる村上を放すと秋葉はにっこり笑って「これでおあいこだよ」と言った。


 ようやく満足したような表情で、秋葉は「ねえ、これからその秘密基地に行こうか」と提案した。

「四人でパーティか。いいな。じゃケーキ買って飾り付け買って」と芝田。

「御馳走も作らなきゃ。材料は何が必要かな?」と中条。



 その時、秋葉のスマホが鳴った。「もしもし?」電話に出ると、聞えるのは杉原の声だ。

「あんた、何やってるのよ。中条さんに芝田君取り返されて、クリスマスデートすっぽかされたんだって?」

「な・・・」と秋葉唖然。

「こっちじゃパーティの趣旨変更して、彼氏を奪還された秋葉女史を慰める会とか言って、岸本さんが音頭取って大盛り上がりだわよ。今どこ・・・」と杉原の声。

 秋葉はきいなり電話を切ると、こめかみをヒクヒクさせた作り笑顔で「これから渡辺君のマンションに行くわよ・・・」

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