第43話 内海君失恋の危機
高橋が、松本や内海とともにバスケ部に正式入部し、内海にとっては体育会系の暑苦しい日々となったが、練習は思ったほどきつくはなく、松本もマネージャーの仕事は経験済みで、女子の扱いに慣れている二年の先輩があれこれ構ってくる中、次第に他のメンバーとも打ち解けるようになった。
また高橋は、男子選手としても実力のある大谷や武藤を相手に練習する事で、長いブランクが埋められていくような気がして、充実した部活生活を満喫していた。
だが、何しろ本気でバスケをやる気のあるのは武藤だけで、練習時間もそう長くはなく、集まりも内容もいい加減な事に、高橋は次第に物足りなさを感じ始めた。
そんなある日の朝、松本は高橋から、朝練をやるから先に登校するとメールを受け取った。小学校の時から友達として、一緒に登校していた仲が急に何故? と松本は急いで支度を終えて、登校して体育館を覗くと、高橋と武藤が楽しそうに朝錬をやっている。
明らかに技量は女子の高橋が上であったが、武藤は全く気にする様子も無く、一緒に腕を磨ける仲間として向き合っているのが伺える。高橋も、普通の女子選手相手以上の充実感を感じているように見えた。
そうした二人を松本は「お似合い」だと思い、かつて内海に感じた以上の焦燥感を憶えた。
休み時間に松本は、内海を呼び出して言った。
「博子ちゃんが武藤君と朝錬やってるって、知ってた?」
「そうみたいだね」と内海。
「ぼさっとしてていいの? そのうち博子ちゃん取られちゃうわよ」と松本。
「武藤に? まさか。あいつスポーツにしか興味無いじゃん」と内海。
「朝練見たけど、すごくいい雰囲気だったよ」と松本。
「っていうか松本さん、何で俺の心配してるの?」と内海。
「彼氏があんたみたいな優しいだけの男だから博子ちゃん、まだ私に構ってくれてるけど、武藤君みたいなお似合な人だったら、きっと夢中になって、私なんか邪魔にされちゃう」
そう言って松本は涙目になる。内海は何だか自分が馬鹿にされているような、釈然としないものを感じつつも、武藤と高橋が楽しそうにゲームしている様子を思い浮かべ、「そうだよなぁ・・・」と呟いた。
それを見て松本は更に苛立つ。そして言った。
「あんたねぇ、何他人事みたいな顔してるの。あんたが失恋するかも・・・って話なんだからね!」
そんな中で文化祭が近付いた。バスケ部では、来場した子供向けに「バスケ教室」と題して、ドリブルやシュートのコツなどを教えるイベントを企画した。
元々子供好きな高橋が発案したが、大谷や二年生は、子供には興味が無いと乗り気は薄く、内山も内海も子供は苦手だった。だが武藤は意外と子供に好かれるタイプで、技術的な知識も豊富な事から、子供の相手は専ら武藤と高橋が廻した。
子供達には好評で「お兄さんはお姉さんの彼氏なの?」と聞かれる始末。それがさらに松本に気を揉ませた。
文化祭が終り、彼等は部室で「反省会」と称して打ち上げを行った。イベントに来た子供達の話題で盛り上がる高橋と武藤。テーブルの反対側では、何故か大谷・内山と付き合い始めた岸本も混ざり、二年生ふたりと一緒に盛り上がっている。
そんな様子を見ながら松本は内海に説教する。
だが内海は「高橋さんが本当に武藤の事が好きになったなら、仕方ないと思う」と弱気だ。
「あんた、本当にそれでいいの?」と思わず松本が怒鳴る。
その声に場が静まり、全員の視線が松本に集中する中、内海は必死に誤魔化してその場を取り繕った。
打ち上げが終わって、三人で帰ろうと言う高橋に、松本は用事があるからと別行動を申し出た。
内海と並んで帰路を歩きながら、高橋は「明日は日曜で部活も休みだから、久しぶりに家に来ない?」と誘う。
雰囲気は悪くない。これなら本音が聞けるかも・・・と内海は覚悟を決めた。
そして言った。
「うん。行くよ。それでさ、前にスポーツセンターに行った時、高橋さん言ってたよね? 私の彼氏なんだから体は鍛えて欲しい・・・って。俺、高橋さんの期待に応えてるのかな?」
「内海君は部活に入って、体を鍛えてるでしょ?」
「でも選手としても全然駄目だし、俺より強くて真面目にバスケやってる奴のほうが・・・」
「それ、もしかして武藤君のこと?」
高橋の声のトーンが変わった。内海は足を止めて高橋を見つめた。
その頃、松本は高橋達と別れて、武藤が帰った方向へ急いだ。そして一人で帰途に就く武藤に追いつき、声をかけた。
「どうした、松本」と怪訝顔の武藤。
「武藤君に聞きたい事があるんだけど」と松本。
長くなるならと、ちょうどさしかかった公園に入って、ベンチに並んで座る。
松本は直球のつもりで聞いた。
「武藤君は博子ちゃんの事、どう思ってるの?」
「いい選手だと思うぞ」と武藤。
「そうじゃなくて、女の子として・・・」と松本。
武藤は少し考え、なるほど・・・という顔で言った。
「打ち上げの時のあれは、そういう事か・・・」
「・・・」
「松本って、いい奴だな」と言って武藤は松本の頭をポン、と軽く撫でる。
そして「要するに、俺に彼女を取られるんじゃないかって、内海の事を心配してやってるんだろ?」と武藤は言った。
心配していたのは自分自身の事・・・とはさすがに松本は言えなかった。
そんな自分が恥ずかしく、けれども自分の行動を好意的に受け取って貰えた事は嬉しかった。
武藤は続けた。
「俺はバスケは好きだが、バスケが強い女が好きな訳じゃないぞ。高橋は練習相手として申し分ないし、一緒に練習していて楽しい。けどそれだけだ」
結局それだけの事だったのか・・・と、松本は、妙な気を回した自分が恥ずかしくなった。
「解った。聞きたい事はそれだけ。私、帰るね」と言って松本はベンチから立って公園の出口に向かう。
すると武藤が「だいぶ暗くなったな。松本は反対方向だろ。送って行こうか?」
「うん」と少し照れたように、松本は答えた。
松本は武藤と並んで歩きながら、自分が何故、彼と高橋が「お似合」だと思ったのか解った気がした。
二人は似ているのだ。背が高く落ち着いた雰囲気、頼もしさと優しさ。
イベントで武藤と高橋に相手をしてもらっている子供を見ながら自分が感じたものが、羨望だった事に、松本は今更ながら気付き、さっき武藤が頭を撫でた時の感触を思い出して、胸が少しだけ熱くなった。
その頃、高橋と内海は・・・。
「もしかして武藤君のこと?」と高橋に言われた内海は、足を止めて彼女を見つめた。
高橋は笑いながら「内海君、松本さんに変な事吹きこまれたでしょ? 私と武藤君がくっつくんじゃないかとか・・・。打ち上げの時のあれも、そういう事ね?」と言って、気持ちよさそうに伸びをした。
「私、運動くらい出来るようになって欲しいとは思ったけど、選手として活躍して欲しいなんて思ってないわよ。部活に引っ張り込んだのも、部活にいる時も一緒に居れたらいいな、って思っただけだし。そりゃ武藤君と練習するのは楽しいよ。けどスポーツと恋愛は違うもの。それに・・・」
そう言って高橋は内海を抱きしめると、耳元で「内海君はこんなに優しいもの」とささやいた。
内海は妙な取り越し苦労をしたと赤面する。そして高橋は抱擁を解くと、小踊りするように内海の周りを歩きながら言葉を続けた。
「けど、嫉妬されるって気持ちいいね。だって内海君って受け身過ぎるもの。これがあの、高橋さんさえ味方でいてくれたら怖いものは無い・・・なーんて言って告ってくれた人か・・・って思うくらい」
内海は赤くなって、そういうのは止めてくれ・・・と言いつつ、こんなはしゃぐ高橋を始めて見た・・・と、胸が暖かくなるのを感じた。