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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第41話 三人の想い

 家庭の事情で村上のアパートに引き籠った芝田が中条を抱いた。

 そして彼は村上のアパートに来なくなり、帰宅時も別行動をとるようになった。

 そして四日目。


 芝田は校門で二人と別れると、市街地へ行き、河川敷公園に降りてベンチに座って河原を眺める。

 ふいに誰かに肩をポンと叩かれ、ギクリとして振り向くと、そこに居たのは秋葉だった。

「用事があるって聞いたけど、用事って河原でぼーっとする事?」

 そう、何やら興味深々そうに言う秋葉を見て、芝田は言った。


「秋葉さんも河原でぼーっとしに来たの?」

「興味があって、跡をつけてきたの」と秋葉。

「興味って俺に? もしかして俺、遠回しに告られてる?」

 そう、ふざけた口調で言う芝田に、秋葉は言った。


「芝田君、もしかしてあの二人に距離おいてる?」

「興味ってそっちかよ」と芝田。

「みんな興味持って見てるよ。いつ、どっちが中条さんと付き合うのかって」と秋葉。

「そう簡単にいけば世話無いんだけどなぁ」と芝田は遠い目で呟く。


 それを見て秋葉は言った。

「ねえ、もしそういう事なら、芝田君、私と付き合わない?」

「へ?・・・」

 芝田は驚いて秋葉を見た。いたって真面目そうな秋葉の表情に芝田は戸惑った。


「なんだ、やっぱり告られてるんじゃん」と芝田。

「で、どうなの?」と秋葉。

 芝田は少し考えると「とっても魅力的な申し出ではあるわな。返事は少し保留でいい?」

「いいよ。私も別に、今すぐ彼氏が欲しい訳じゃないし」と秋葉は言った。



 その後、芝田は秋葉と別れて自転車に乗って帰宅すると、ベットに寝転んで四月からの事を思い起こした。

 特別棟の階段で、あの水着写真集を一緒に見ながら、村上が「中条さんは?」と聞いた時、芝田は(こいつ、中条さんの事が好きなのかな)と思った。微笑ましさと応援したい気持ちが湧いた。

 だが、その付き合う風景を想像すると、元々会話が得意ではない村上と、全く言葉の出ない中条との残念な構図が浮かんだ。

 どうにかしてやれたら・・・と思っていた最中に、あの事件が起こった。


 二人で無修正本を見ているのを目撃されたのは、致命的な失態だけれども、同時に二人を取り持つチャンスだ、と咄嗟に感じて中条の手を掴んだ。口止め料を口実に中条を誘い、三人で街に出た。

 孤独を感じ、人との繋がりに飢えていたのだろう。すぐ打ち解けて仲良くなったものの、会話が壊滅的な中条とのコミュニケーションとしては、自分と村上との会話に巻き込むのが唯一の方法だった。

 村上と一対一で対話できるまでは・・・のつもりで三人で行動する中、自分にも村上にも素直に懐き甘える中条を、次第に可愛く思えるようになっていくのを感じていた。

 村上も同じように感じているのが解る。


 もし中条に求めたら、受け入れてくれるのだろう。だがそれに甘えていいのか、それは元々村上がやる筈の事だと思って彼女を迎え入れたのであり、だから「兄妹設定」で、自分がそうなるルートを断ったつもりだった。

 村上に対して「さっさと手を出せよ」とも思ってはいたが、彼が簡単にその方向に動く奴でない事も解っていた。

 もし中条が居なかったら、二人とも女性とこんなふうに仲良くする機会なんて、一生無いかもしれない・・・と思うと、ずっとこの状態でいいかな、とも思えた。


 そんな中で、中条が自分に体を求めた。

 不登校になりかけた自分を心配した挙句なんだろうな、と思うと、それに甘える事に胸が痛んだ。だから避妊を口実に彼女を止めたものの、それでも自分を求めた中条の可愛さが、抵抗を押し切った。

 もし村上に自分のような問題が起こっていたら、中条は村上を求めたに違いない。元々村上との仲をサポートするつもりで二人で構ったのに、自分が結ばれたまま行っていいのか? そんな思いであの二人と距離を置いたのだ。



 そもそも恋愛って何だ?

 世間で恋愛といえば女性を接待するようなスキルを要求し、して欲しい事を無言で察しろと言うエスパーみたいな要求、キモ連呼や「気安く触るな」のような被害者意識の存在を聞かされる中で「めんどくさいもの」という認識が根強くあった。

 だから、自分から女性に恋愛関係を求めようとは思わないし、無いなら無いでいいと思っていた。

 恋愛というのは、ひたすら努力して得難いものを勝ち取るゲームなのだ。そんな努力が本当に「気持ちいい」のか?

 少なくともそうではないから、そんな努力を要求しない中条との時間が心地よく、彼女が得難い存在なのだと思った。


 秋葉は自分に何を求めているのだろう。もし女性を接待する努力を求めているとしたら、そんなのに答えるつもりは無い。だが・・・。

 盗聴器を通じてみんなで聞いた、彼女が村上と交わした談義を思い出す。多分彼女は他の女と違う恋愛観を持っているのではないか。

 自分はどうしたらいい? いや、そうじゃないだろ。自分はどうしたいのか・・・だ。



 翌日、四時間目の体育の時間の後、更衣室前で中条と3人で、着替え後の待ち合わせについて話す村上に、芝田は「すまん、着替えが終わったらお前に、二人で話したい事があるんだ」と言った。

 村上も「ちょうどよかった。俺も芝田に話がある。って訳で中条さん、悪いけど一人で教室に戻っててくれないかな」

 中条は了承し、芝田と村上は手早く着替えを済ませると、あの特別棟の最上階の踊り場に向かった。



「で、話って何だ?」と芝田が切り出す。

 村上は「お前もだろ。芝田から言えよ」と返すが芝田は「多分、同じ話じゃないのかと思うが」

 それを聞いて村上は覚悟を決め、話を切り出した。


「想像はついてるって訳だな? じゃ聞くが、お前、あれ以来俺と中条さんに距離とってるだろ。何でだ?」

「言わないと解らんか?」と芝田。

「解るかよ。俺はともかく、あそこまでした中条さんがどんな気持ちでいると思うよ」と村上。

「お前はそれでいいのか?」と芝田。

「どういう意味だよ」と村上。

「お前は里子の事をどう思ってるんだ?・・・って聞いてるんだ」と芝田。

「俺の事なんてどうでもいいんだよ」と村上。

「いい訳あるか!」と芝田の声が大きくなる。


 村上は一呼吸置くと、真剣な顔で言った。

「これだけは言うまいと思ってたんだがな。男にはたまに、女とやるとその女に対して興味が薄れる事があるんだそうだけど、まさかそれじゃないよな?」

「そんな訳あるかよ! 里子は可愛いよ。あんなに素直に自分になついてくれる女が可愛くない訳無いだろ。けどさ、だからお前に聞いてるんだ。お前は里子を自分のものにしたいと思わないのかよ?」と芝田。

「中条さんは誰のものでもない。中条さん自身のものだ」と村上。

「そんな事聞いてるんじゃない。お前自身は里子が欲しくないのか?、って聞いてるんだ。俺も、これだけは言うまいと思ってた事があるんだけどな、お前、里子のことを構ってやる居場所作るの、俺に頼ってないか?」と芝田。



 村上は返事に詰まった。

 図星だった。

 会話が弾むのも遊びに行くのを言い出すのも、いつも芝田が三人の中心だった。だから中条と結ばれるのは・・・そんな意識が村上の中にあった。

 芝田は続けた。


「お前は女にガツガツ行くとか出来る奴じゃないってのは知ってる。俺だってひとりで女と仲良くなるとかハードル高いよ。けどここまで仲良くなって、いつまでモラトリアム決め込むかよ。いい加減に自分一人で求めてみろよ。お前、里子が欲しくないのかよ」

 そんな、抱え込んだ言葉を出し切ったかのような芝田を前に、村上もまた、抱え込んだ何かが溢れてくるのを感じた。


「欲しいよ。中条さんが欲しい。素直で、小さくて、だけど・・・」

 そう言いながら、(自然とそうなるものなんじゃないのか?)と心の中で問いかける。

 だが、本当にそうか? 今まで距離を縮めてきたのは、一方的に中条ではなかったのか? 自分はそれに甘えて、ぬくもりを与えられる心地よさに満足してきただけなのではないか?・・・。

 その時、ふと階段の下に気配を感じ、村上は手すりの下を覗いた。人の姿は見えなかったが、話を終えて教室に戻るまで、正体不明な不安が村上の脳裏に居座った。



 教室に戻ると中条の姿は無かった。鞄も消えていた。津川が怪訝そうな顔で村上に言った。

「中条さん、急に体調が悪くなったから早退するって言ってたけど、どうしたのかな?」

 それを聞いて、(聞かれていたんだ)と村上は確信した。不安の正体はこれだったんだ。


「中条さんが欲しい」という自身の声が耳に残る。女は男の性欲に対して本能的な嫌悪を感じるという。「気持ち悪い」という奴だ。

 中条に限ってそんなものとは無縁だと、村上はこれまで思っていた。だからここまで彼女を可愛いと思い、欲しいとすら思えたのに・・・。

(顔も見れないくらい俺が気持ち悪いのかよ・・・)という声が脳裏に響く。

 裏切られたような気持ちが胸に澱み、放課とともに一人で帰宅し、そのまま布団に身を投げた。



 四月の入学式の日の最初のホームルームで、自己紹介の順番が回って、席を立ったまま何も言えず、ペコリと頭を下げる中条の姿を思い出した。

 たまに誰かに話しかけられても何も話せず「何を考えているのか解らない奴」として、周囲の関心から外される彼女を見ているうち、話さないのではなく話せないのではないか・・・と気付くようになった。


「他人にどう受け取られるか解らない」という恐怖がある事は知っていた。

 コミュ力という言葉がある。それは意思の疎通というより「他人に好意を持たれる」ためのスキルという意味で、求められる事が多い。

 それが、どう動くか解らない相手の感情に振り回される事であるという虚しさは、村上に物事を務めて理屈で考えようとする傾向を持つよう促してきた。

 他人の視線に対する恐怖という、かつて自分が感じていたのと同じものに怯えている彼女。だから「守ってあげたい」と思った。


 芝田と二人で街に連れ出した日の別れ際、中条が自分の上着の裾を掴んで何か言いたそうにするのを見て「このまま友達であり続けたい」という意志表示なのかも知れない、そうであって欲しいという想いとともに、そうではないのかも知れないという不安もあった。

 そうした葛藤を迫られる事はその後も続いた。その度に、芝田と二人で乗り越えてきた。


 そして、中条自身がその気持ちに答え、友達として彼女と自分達との関係性をプラスに受け止めてくれる、その素直さが嬉しかった。

 自分達に甘えるけれども、我儘やダメ出しは絶対見せない中条の姿は、これまで寂しい思いをしてきた事への反動なのだろう。

 だから自分はそれに甘えたのか。それがいけなかったのか。元々は中条と結ばれるなら芝田の方だろうと思っていたのに、事実その通りになったのに・・・。



 その時、玄関のチャイムが鳴った。村上が布団から起きてドアを開けると、中条が立っていた。

 彼女を見て村上の脳裏に様々な言葉が一気に噴き出した。なぜ早退したのか、自分達の会話を聞いたのか、それを聞いてどう思ったのか・・・。

 それらを村上は、心の中で強引に押し止めると「入りなよ。今お茶入れるから」とだけ言って奥に戻ろうとした。


 だが中条はドアを閉めると、背を向けた村上の服の裾を掴んで、俯きながら言った。

「村上君、芝田君と階段の所で・・・」と中条。

「聞いてたの?」と村上。

「うん。それでね、村上君が私の事を欲しいのか、って思ったら、我慢できなくなっちゃって、それで家に帰って、自分でしちゃったの。けど何回やっても満足できなくて、それで来たの。あのね・・・」


 そう言って、必死に何かを伝えようとする中条。頬が紅潮している。目が潤んでいる。羞恥で全身がこわばっているのが解る。

 いたたまれなくなった村上は中条を抱きしめ、言った。

「もういい。あとは俺がやるから、全部やるから、だから中条さんはこれ以上頑張らなくていい」

 村上の腕の中で、中条の体のこわばりがすーっと消えていくのを村上は感じた。

 彼女の嬉しそうな笑顔を見て、何かがふっ切れたのを感じた村上は、そのまま中条を布団に誘い、置きっぱなしになっていた避妊具を手に取った。



 布団の中で自分にしがみつくように、安らかな笑顔で眠る中条。あの日見た、芝田に抱かれた後と同じ寝顔だ。

 芝田に焚きつけられ、半ば強引に背中を押されるように、ここまで来た。

 あいつは何がしたかったのだろう。

 村上の部屋に転がり込んで、中条と関係を持ってしまった事への引け目か? 中条に対して二人、同じ立場に立ちたかったという事か? それとも本気で、村上と中条の仲を取り持つつもりだったのだろうか。

 だとしたら・・・芝田らしいな・・・と思う。これから自分達はどんな関係になるのだろう。三人で愛し合う事になるのか。それも悪くない・・・と思った。


 中条があの日言った「村上君も大好き。だから村上君とも」という中条の言葉を思い出す。

 あの時は、村上の部屋で芝田と関係を持ってしまった引け目から、その事への償いのつもりなのではないか、とも思っていた。

 だが引け目って何だ? 償いって何だ? 中条を抱いた後の芝田に自分が言った「悪い事であってたまるか!」という言葉を思い出す。あの時それを本気で正しいと思った。今でも正しいと思う。

 横で寝息を立てる中条の頭を撫でた。こいつは本気で俺を求めてくれていたんだ。そんな想いをさっきまで疑っていた事に胸が痛んだ。離したくない・・・と思った。そしてこいつの想いを満たしてやりたい。



 翌朝、一緒にアパートを出て登校する二人に、芝田の自転車が追いついた。

 事情を察した芝田は、いつもと同じように声をかけた。それに対していつもと同じように答える村上。

 どう反応したらいいのか迷う中条だったが、昨日の事と無関係な話題で会話が始まると、いつもの日常が戻ったのだと中条は理解し、表情にいつもの笑顔が戻った。

 そして休み時間に三人で雑談し、昼休みには三人で昼食を食べ・・・。


 だが放課後、三人で帰ろうと帰宅を準備する村上と中条を、芝田が呼び出した。

 特別棟の廊下で待っていた秋葉と合流すると、芝田は二人に言った。

「俺達、付き合う事にしたから、これからはあまり一緒に居られないと思う。ごめんな、里子」

 そして、(そういう事かよ)という顔をしている村上に「言いたい事があったら今のうちに聞いとく」と言った。


 村上が「ひとつだけ聞きたいんだが、誘ったのはどっち?」と聞くと、すかさず秋葉が「私よ」と答えた。

 そして秋葉は「そういう訳で、これから芝田君は私のものだから、特に中条さんはあまり関わって欲しくないの。ごめんね。それから兄妹ごっこも無しにしてくれる?」と言った。

 芝田はそれに対して「あれは、俺が里子に手を出さないっていう、保障みたいなものなんだけどな」と言ったが、秋葉は「もう必要無いでしょ?」と念を押した。



 芝田達と分かれて、村上は中条とアパートに向かった。

 歩きながら中条は、ぽつりと「秋葉さんって、綺麗だよね」と言った。

「そうだな」と村上。

「芝田君、良かったね」と少し寂しそうに呟くと中条は、その頭を撫でる村上にしがみついた。


 一緒にアパートに入り、とりあえずコーヒーを入れる。

 無言でコーヒーを飲んでいると、中条は寄り添ってきて座布団に座る村上の膝に頭を乗せた。その頭を軽く抱くように手を添える。村上が頬に添えた手に中条は自分の手を重ねた。

村上は思った。

(そうか。こうしてあげれば良かったんじゃないか)


 その後、中条は前にも増して村上のアパートに入り浸るようになった。村上が直接中条を呼ぶ時は「里子ちゃん」と言うようになった。

 まだ第三者との会話では「中条さん」が続いたが、それでも中条には嬉しかった。

 次第に気候が寒さを増す中、二人はより互いの体温を求めた。

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