第4話 義兄妹
翌日、中条は欠席した。祖父から電話があって、風邪をひいたという。
「なあ、中条さんが風邪ひいたのって、昨日、川に落ちたからだよな?」と休み時間の雑談で芝田が切り出した。
「だろうね」と村上が答える。
「俺達の責任かな?」と芝田。
「責任・・・とは違うと思うけどね、どうする?、お見舞いに行くか?」と村上。
「そうだな」と芝田。
放課後、二人は連れだって中条の家に行った。祖父に迎え入れられて中に入り、居間に通された。
大きな家ではないが、がらんとしていて、仏壇には父親らしき男性の写真と、小さな男の子の写真があった。
祖父は、彼女が家に友達を連れてきたのは初めてだと、嬉しそうに言う。さもありなん、と村上は思った。
「仏壇の写真はお父さんですか?」と村上。
「中学校の頃に亡くなりましてね。母親はあれが小学校の頃離婚して、男をつくって駆け落ち同然だったもので、父親が引き取って実家に戻ったんですわ。家では話はできるんですが、外に出ると口がきけなくなったのは、小学校に入る少し前ですか」と中条祖父。
「男の子の写真は兄弟ですか?」と村上。
「ひとつ年上の兄がいましてね。ずいぶん懐いて、どこに行くにも兄の後ろをついて行くような子でしたが、小学校に上がる前に事故で。あれ以来母親が荒れて、離婚に至ったようなものですわ」と中条祖父。
ひとしきり話を終えると、彼は二階の中条の部屋に知らせに行き、やがて戻ってくると、二人を彼女の部屋に案内した。
部屋に入ると、中条はベットで上体を起こした姿勢で迎えた。表情が嬉しそうに見える。
「具合はどう?」と村上が聞いた。
「熱は下がったみたい」と少し元気そうに答える。
「ごめんな。風邪引いたのって、昨日川に落ちたからだろ?」と芝田が言うと、中条は「落ちたの私のせいだから・・・」と答えた。
この様子なら・・・と村上は、途中のコンビニで買った袋を取り出した。
「プリンとゼリーとヨーグルト、どれがいい?」
ヨーグルトを食べている中条の様子を見ながら、部屋を見渡すと、机の上には仏壇にあったのと同じ男の子の写真があった。それが気になった村上は尋ねた。
「お兄さんの事はお祖父さんから聞いた。仲良かったの?」
中条は少し寂しそうに答えた。「大好きだったよ。けどお兄ちゃん、私のせいで死んだの」
芝田は「事故って聞いたけど?」と聞き返す。
中条が幼い頃、保育所でいつも一つ上の兄と一緒で、どこに行くにもついて行ったという。だが、その兄が年長組から小学校に上がると聞いた時、中条は保育所から兄が居なくなると知って泣いたという。
そしてその年の正月の初詣の時「お兄ちゃんがどこにも行きませんように」と願った。その後まもなく、彼は交通事故で亡くなった。
「私がどこにも行かないようにってお願いしたから、お兄ちゃんは小学校に行けなかったの。私のせいなの。お母さんもそれがショックで離婚しちゃった」
そう言って涙ぐむ中条を見て村上は「いや、それは中条さんのせいじゃないだろ。第一、初詣でお祈りしたから効いたってんなら、俺なんか全科目満点取って超進学校行って、将来は官庁の大幹部になっちゃうよ」と言う。
芝田は「俺なんかは東大トップで卒業して大企業の社長か総理大臣だ」と芝田。
「いや、お前は肉体派なんだから、それらしくスポーツ選手とかだろ」と村上。
「肉体派って何だよ。お前、俺を馬鹿だと思ってるだろ?」と芝田。
そんなやり取りを聞いて、中条はクスっと笑った。
「ありがとう村上君、芝田君・・・。けどお兄ちゃんが生きてたら、楽しいのかなって、時々思うの」と中条。
すると芝田が「だったら俺がお兄さんの代わりになってやるよ。今日から義兄妹だ」と言い出した。
さすがにそれは・・・と村上は思った。
「あのな芝田、お前が兄貴風吹かしたい奴だって事は知ってるけどさ、兄妹になるって、具体的に何をするんだよ、中条さんも困ってるんじゃないの? 中条さんはどう?」と村上。
中条も「ちょっとイメージが湧かないかも」と少し困惑した顔で言った。
「何でだよ。劉備と張飛と関羽だって義兄弟の盃交わしたんだぞ」と芝田。
「それとこれとは違うって。それに単に兄妹って訳じゃない。小さい頃に死んだお兄さんの代わりになるって言っても、芝田とその人はそもそも別人だろ」と村上。
そう言いながら村上は、また中条の顔が悲しみに曇るのを感じた。芝田の気持ち、中条の気持ち・・・。
村上は言った。
「ねえ中条さん。死ぬ前のお兄さんって、どんなだった? 思い出せる?」
悲しそうな目で村上を見る中条を見て、酷な事をさせようとしている・・・と感じた芝田は、村上を止めようとした。
だが村上は「お兄さんが死んだのは偶然さ。しかも本来あっちゃいけない偶然なんだ。だからさ、もしお兄さんが死ななかったとしたら・・・って想像してみない? お兄さんが小学生になって、中条さんも小学校に上がって、その時のお兄さんはどんなだろう?」
中条は小さい頃の兄を思い出そうとした。自分から見た兄の大きさ、自分にかけてくれる声、手を引く兄のぬくもり、周りにいる兄の友達、どこに連れて行ってくれるのだろう、いつまで頭を撫でてくれるのだろう・・・。2年になった時の兄、3年になった時の兄、5年生になった時、中学生になった時は? そして高校生になった兄は?。
いつのまにか、中条の両手は村上と芝田の上着の裾を握っていた。
そして「高校でお兄さんはどんなふう?」という村上の問いに、中条は「芝田君と村上君を足して二で割った感じかな?」と、照れたように俯いて答えた。
その後、芝田は「義兄妹」の話は振らず、クラスの誰某が何をしたとか、昨日のアニメがどうだったとか、そんな雑談でしばらく盛り上がった後、二人は中条に別れを告げて彼女の部屋を出ると、彼女の祖父に挨拶がてら仏壇の前で手を合わせて、中条家を後にした。
翌日には何事も無かったかのように三人で登校し、いつものように三人で学校での時間を過ごした。
ただ、それまでと違って、芝田は中条のことを「里子」と呼ぶようになっていた。そして、芝田が中条の頭を軽く撫でる事が増えたのも、それがきっかけだった。