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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第39話 みんなの文化祭

 中間テストが終わると、文化祭に向けて本格的な準備がスタートした。

 各クラスの出し物を決める事になり、委員長の七尾静留が前に出て司会を始めるが、殆どの生徒はやる気無さそうで、なかなかまともな案が出ない。直江が「メイド喫茶」と言い出して女子達が厳しく却下すると、冗談で案を出す者も途絶えた。


 その時、藤河が手を挙げた。

「劇なんかどうかな」

 全員で「えーっ?・・・」と疑問の声。

 藤河は怯まず「私と八木と宮下で企画は全部受け持つ。漫画書いてるから、ストーリー作りは慣れてる。台本が出来たら指示するから、その通りにやってくれたら全部オッケー。どう? 任せてくれない?」


 乗り気の無い意見が相次ぐ。

「任せてったって、役者は俺達の誰かがやるんだろ?」と芝田。

「正直不安しか無いんだけど・・・」と内海。

 劇が嫌だというより、このメンバーの企画という事で、内容の予想がついてしまうのだ。だが他に案は無く、結局藤河らに任せる事になった。



 そして放課後。半分ほどの生徒が何となく教室に残っている中で、いきなり戸を開けて乗り込んでくる他クラスの生徒。1年4組の学級委員長(女子)とその他2名の男子だ。

「あんた達、劇でロミオとジュリエットやるんだって?」と4組委員長。

 その場に居た生徒全員から「えーっ?・・・」と声が上がる。

「結局それかよ」と山本。

「またよりによって」と佐川。


 どうらや初耳だったらしい反応に拍子抜けしながらも、4組の委員長は続けた。

「うちも含めて3クラス企画が被ってね。どうしようか・・・ってなったんだけど、面白そうだから、投票で順位決めようかって話になったの。この様子じゃ、優勝は4組がいただきだろうけど、せいぜい悲惨な大差で恥かかないようにしてね。うちには秘策があるんだから」

「秘策って何だよ?」と山本。

「それ聞かれて答えるようじゃ、秘策の意味無いだろ」と佐川。

 だが彼女は満面の自慢顔で「男女逆転よ」

 2組の生徒全員大爆笑。


「いや、奇をてらいたいのは解るけど、奇のてらい方が定番過ぎだろ」と芝田。

「ま、ロミジュリなんて定番やるくらいだから、そのくらい徹底した方が、かえって清々しいというか・・・」と津川。

「けど、こんな残念企画であのドヤ顔って、ある意味スゲー」と小島。

 散々馬鹿にされた4組委員長は怒り心頭。

「あっそー。だったらその残念企画にボロ負けしないよう、せいぜい頑張る事ね」と捨て台詞を吐いて、戸を思いっきり強く閉めて、足音高く去って行った。


 全員あっけにとられる。

「何か怒らせちゃった?」と津川。

「そりゃ怒るだろーな」と柿崎。

「ま、奇をてらうって事なら、うちの変態トリオも負けないと思うけど」と佐川。

「確かに、あれに負けるのは、さすがに嫌だよね」と松本。



 それから数日、他のクラスが動き始める中、彼等は台本の完成を待った。

 聞けば8割方出来ているという。しかし、翌週になっても8割方は続いた。全員不安になる。

 ついにその週の金曜に、臨時ホームルームを開いて3人を追求した。


「お前らがやりたいのって、ロミジュリの同性愛版だろ?」と芝田が切り出す。

「そうだけど、何で解ったの?」と、すっとぼけた事を聞く八木に「そりゃ解るよ。で、ロミオとジュリエットは両方男? それとも女?」と問う芝田。

「そりゃもちろん」と3人声を揃えたが、「男」と藤河、「女」と宮下と八木が同時に答え、そして3人で言い争いを始める。

「ホモは汚くてレズは美しいんだよ。どっちをやるべきか解るでしょ?」と宮下。

「そんなの偏見だよ。ってか、そういう固定観念を打破するための企画でしょ?」と藤河。

 延々と続く討論に、クラス全員唖然とする。

(これを2週間続けてたのかよ)・・・。



 割って入ったのが佐川だった。

「台本からってのが埒があかないなら、どうかな? スターシステムでいってみては・・・」

「何それ?」と藤河。

「つまりさ、作品に支持が集まりそうな役者を、先ず決めて、それに合わせて台本を作る」と佐川。

「あーそれ、ドラマでもよくやるよね」と篠田。


「で、主役の二人は誰にするの?」と吉江。

 全員の視線が牧村と水上に集中した。

「決まりだな」と佐川。

 水上も「みんながそう言うなら、引き受けざるを得ないわね。よろしくね、牧村君」。牧村も仕方なさそうに頷いた。


 だが「ちょっと待ってよ。主役が男女って、最初の設定に反するんだけど」と宮下。

 その時、村上が口を開いた。

「つまりこういう事でしょ? ホモのグループのロミオと、レズのグループのジュリエットが出会って、異性愛に目覚めて恋に落ちて・・・」

「絶対反対。それじゃまるで、同性愛が二人の仲を裂く悪者みたいじゃん」と宮下。

「ならどうすんだよ。このまま当日までこれを続けるか?」と言う佐川の追及に、藤河と宮下は声を揃えて「台本は、ちゃんと私達が責任を持って完成させます。それで・・・」

 宮下の「レズの」と藤河の「ホモの」の声がかち合い、また二人で討論を始める。


 全員が溜息をつく中、村上が声を出した。

「もうさ、こっちで続きを引き受けるって事でどう? それを藤河さん達にも見てもらって、OKが出たら先に進む。駄目だったらまた考えるって事で・・・」と村上。

 妥協できるものを作ってもらえるのならと、藤河たちは渋々納得した。



 彼女達が帰った後、全員が村上の所に集まる。

「さて、続きの台本は誰が・・・」と村上が言うと・・・。

「そりゃお前だろ。なんせ言い出しっぺなんだから」と芝田。

村上は「えーっ?・・・」

 中条は、尻込みする村上の左手を握って「村上君、ファイト!」



 そして土日、村上は徹夜で台本の未完成部分を、パソコンで打った。芝田と中条が横で、一緒にアイディアを考える。月曜日に完成版をクラス全員に配った。

 それを読んだ藤河達は「まあ、仕方ないわね。ぎりぎり合格って所かな」

 だが他からの評価は散々だった。


「いや、命あっての・・・ってのは解るけどさ、このラストは無いだろ。せめて駆け落ちとかなら解るけど」と大谷。

「お友達でいようねで分れて、元の鞘とか、さすがになぁ・・・」と柿崎。

「こんなのロミジュリじゃない」と吉江。

 だが彼等も、これがギリギリの妥協である事は、理解せざるを得なかった。


「それじゃ、残りの配役と係分担を決めて、明日からさっそく準備開始よ」と委員長。

 配役と衣装デザイン、大道具小道具の係が決まり、役者組は台詞を憶えてくるように、で解散となった。



 それから30分後、芝田のスマホから役者組全員にメールが届く。

「五時に渡辺のマンションに集合。役者以外、特に幹事の三人には絶対気付かれないように」

 渡辺のマンションで片桐が出迎える。「何でうちに」と不満顔な渡辺に「一人暮らしで親に気兼ねせず、みんな集まれる広さって、ここしか無いんだから」と芝田が宥める。

 全員集まった所で村上が口火を切った。

「実は・・・」。



 翌日から、本格的な練習が始まった。

 演出を仕切る幹事団が、やたら同性どうしベタベタさせようとするのに閉口する役者組の面々だったが、台詞の憶えも順調で、問題無く練習が進んだ。

 ただ、三日に一度何人かの役者が「用事がある」と言って、示し合わせたように練習を抜ける事に気付いた幹事だったが、スケジュールに支障は無さそうだと、特に気に留めなかった。

 三人のうち八木は、漫研の仕事があるためそちらに回り、男性陣の演出を藤河、女性陣の演出を宮下と、二人で幹事仕事を廻した。

 大道具小道具のデザインは全て小島が担当し、係の面々を指揮してオタク趣味満載の迷作を完成させていった。


 苦しかったのは、坂井がデザインを担当した衣装。出遅れを取り返すのに大わらわで、間に合わないのではと思われた時、鹿島が「演劇部が昔作った衣装が使えるらしい」との情報をもたらした。

 それは、部長も含め演劇部員の多い三年一組が確保したものだと思われていたため、全員意外と感じたが「あのクラスは別なものを用意するらしい」という事で、佐川などは「優勝は三年が浚って行くんじゃねーの?」と他人事のように言い、内海も「別に四組に負けなきゃいいんじゃね?」と呑気な事を言った。

 他のみんなも同感のようだったが、坂井はひとり「今までの苦労は何だったんだろう」と不満そうに呟いた。



 そして当日。開会式が終り、生徒が各自の企画に散る。しばらく間を置いて劇の開始。

 先ず1年4組。女装男子と男装女子の掛けあいに、観客からの笑い声が空々しく聞えたのは、2組で唯一観客席に居た委員長の七尾だ。

 一応はライバルの作品も見ておこうよと言う彼女は、準備があるからと見る気の無い他のメンバーから、チェック役を押し付けられたのだ。

 待機スペースでは、気合い入りまくりの藤河と宮下を眺めつつ、村上は水上や牧村、佐川らと目配せをする。


 やがて4組の劇が終り、2組の番。芝居のホモ・レズの演技を見守り、指示を出す幹事達。役者達もそれなりに乗っており、観客の反応も悪くない。

 特に、ロミオの友人役の岩井が、ジュリエットと連絡をとるべく女装して彼女達の館に潜入するシーン。その見事な美女ぶりに客席から溜息が漏れた。

 万事順調だ・・・けど何かおかしい。宮下が気付いた。台本と違う。「これって・・・」


 藤河と宮下に対して、村上の合図で六人の女子が一斉に動いた。手筈どうり一人に対して三人で取り押さえ、猿轡をはめ手足を縛って隅に転がす。

「悪いけど、終るまでそこで大人しくしててよね」

 いよいよラストシーンだ。もがく二人の幹事を見ながら、佐川の脳裏に二週間前の、渡辺のマンションに役者全員を集めた時の記憶がよぎる。



 集まった全員に村上が告げた。

「実は今日配ったのはダミーで、俺もあれじゃ駄目だと思ってる。だけど藤河さん達を納得させる必要がある。これから配るのが本物で、本番はこれでやりたいと思う。これでいいかどうか読んでみて欲しい」

 台本を読んだ彼等の口から肯定的な言葉が相次ぐ。


「いいじゃん。やっぱりこうなるよね」と篠田。

「けど宮下達はどーすんだよ?」と岩井。

「よーするに、縛って猿轡でも噛ませて、終わるまで大人しくして貰おうって事だよな?」と大谷。

「そういう事だ」という芝田の言葉に全員が笑った。

「こりゃ、奴らの反応が楽しみだ。絶対成功させようぜ」と大谷の気勢に場が盛り上がる。


 その日からラストシーンの練習が始まった。変更部分だけなので、練習は四~五回もあればいいだろうという事で、三日に一度集まる事にして解散した。



 その帰り路、佐川は水上に呼び止められた。


「どういうつもり?」と問う水上に「何がだよ」と佐川はとぼけて答えた。

「あなた、私のこと嫌いでしょ。なのに私が主役になるよう皆を誘導して、牧村君を相手役にして・・・」と水上。

「女王様、牧村の事狙ってたんだろ?」と佐川。

「だからよ。大嫌いな私が喜ぶような事をして、何が狙い?」と水上。

「嫌いな相手だから喜ばせたくない・・・なんて寂しい発想こそどうかと思うよ。チャンス活用すりゃいいじゃん。舞台で真似じゃなくて本当にキスして既成事実作って、私達恋人よね・・・って」と佐川。

「そんなはしたない事を私にやれって言うの?」と水上。

「はしたないってよく解らないけどね、けど企画成功させる中で、好きな相手ゲットして幸せになって、誰が非難するかよ・・・って思うよ」と佐川。


「要するに私と牧村君をくっつけたい訳ね。それで佐川君に何のメリットがあるの?」と水上。

「メリットねぇ・・・。そんなのどうだっていいさ。ただね、世の中ってのはさ、しかるべき奴が収まるべき所に収まらないと、他の奴が先に進めないんだよね」と佐川。

「つまり牧村君を狙ってる人に諦めさせて、ちゃんと他の相手探すよう仕向けろって事? けど佐川君、もう篠田さんと出来てるわよね」と水上。

「俺の事はどうでもいいんだよ。それとも水上さん、ボッチ上等なひねくれ者は、他のやつ全員不幸になればいいと思ってるに違いないとか、そんな目で俺を見てた訳?」と佐川。


 こいつと話すと何でこんなにイライラするんだろうと、水上がそんな顔をしているように、佐川には見えた。

 その時、後の方から牧村の、水上を呼ぶ事が聞えた。何でここに牧村君が・・・と不思議がる水上に佐川は説明する。

「相手役なんだからちゃんと送ってやれって、男どもにせっつかれたけど、肝心のヒロイン役はどこだって牧村が困ってるから、メールで教えてやった訳。じゃあな、うまくやりなよ」

 そう言って佐川はその場を離れた。



 そして舞台。幹事二人がもがく中を、劇のラストシーンが進む。

 ジュリエットが死んだと思って絶望し、短剣で喉を突くロミオ。目覚めたジュリエットが後追いを決意する台詞を語り、ロミオの頭を抱いてキス・・・。観客席がざわつく。

「あれ、本当にキスしてるんじゃ・・・」

 水上は牧村の頭を左手で押さえて、上体を起した状態のまま、短剣を持つ右手を振りかぶって、唇を重ねつつ自分の胸を突き、折り重なって倒れる。本物版の脚本とも違う。

「水上さん、やってくれたな」と村上の口元が綻んだ。


 そして最終場面、双方のグループのリーダーの大谷と岸本が、それぞれの恋人だった二人の死を悲しみつつ、実は彼等二人がかつて恋人だった事を告白し、互いに裏切られたと勘違いして異性不信となった事を知って、よりを戻す。

 その後は役者各自が勝手にアドリブに走り出す。

 最初はジュリエットの友人役の秋葉がホモグループの強硬派役の芝田に告白して芝田が受け入れ、「みんな、もうこんな事止めよう」と言うと、他の役者も真似を始めた。

 実は誰某が好きだったとか、誰某と内緒で付き合ってたとか、連発する暴走に、観客の笑いと喝采が渦巻く中で幕を閉じた。


 ようやく解放された幹事達は散々文句を言ったが、乗っ取られた芝居に対する好評価に、さすがにいつまでも文句は言えなかった。

 で、勝敗は・・・。三年一組が圧倒的な評価を得た。



 舞台を幕末の日本に移し、対立する薩摩藩の若君と長州藩の姫の恋という設定で、二人の仲を取り持つのが坂本竜馬とその恋人お良。

 そして二人の死で、無益な対立の非を覚った両藩は、協力して幕府打倒に向かう。

「日本の夜明けは近いぜよ」の竜馬役の台詞に、満場の拍手で観客の評価の九割を獲得した。


 二組の面々が教室に戻って祝杯を上げている時、あの四組の委員長が乗り込んできた。

「得票率たった一割の惨敗を喫した気分はどうかしら。ま、こうなる事は解ってたけど、悔し泣きもほどほどにしておく事ね。まだ文化祭は終わってないんだから・・・」


 そう言って、荒々しく戸を閉めて去っていく足音を聞きながら、山本は言った。

「確か四組って、一票も入らなかったんじゃ・・・。何勝ち誇ってるんだあいつ等」

 それを聞いて横から小島が「あれは負け犬の遠吠えって言うんだ空気読め。傷口に塩塗るとか残酷すぎる」

 全員それを聞いて爆笑。



「そう言えば何人か居ない奴がいるが、清水とか渡辺とか武藤とか」と津川。

「あいつ等は自分の企画やってるんだよ。そーいや渡辺は、片桐さんの園芸部手伝うとか言ってたな」と鹿島。

「園芸部が何やるんだよ。あそこで作ってるの野菜だぞ」と芝田。

「それで食べ物屋さん。確かじゃがバターだっけ」と篠田。

「えーっ? それ食べたい」と坂井。


 彼等はまだ文化祭を廻っていない事に気付き、残り時間を満喫しようと散っていった。

「俺達も廻ろうか」と芝田。

「そうだな。中条さんはどこに行きたい?」と村上。

「清水君が写真の展示やるって言ってた」と中条。

 芝田は「どこにとかケチ臭い事言うんじゃない。全部だ全部」と言って、二人を促した。

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