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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第38話 内山君と岸本さん

 山本の件で、岸本が水沢に言った「悪者にしないで済むよ」という言葉を聞いた時、内山は(岸本さんって大人だな)と思った。

 そんな岸本が彼氏と別れたという情報で、自分も彼女と別れたばかりの大谷が、岸本にアプローチするという。

 大谷は性欲の塊みたいな奴だが、内山の昔からの悪友で、運動の苦手な彼をバスケ部に引っ張り込んだ張本人でもある。



 そんな大谷が岸本への告白から戻ってきた。

「どうだった?」と内山が聞くと、大谷は言った。

「結局、岸本さんって、節操無しにコロコロ彼氏を変えるビッチだもんな」

 内山はそれを聞いてカチンと来た。そして言った。

「何だよそれ。そういう岸本さんが好きでアプローチしたんだろーがよ」

 これまで内山が本気で怒る所を見た事が無い大谷は、驚いて「お前、何怒ってんだよ」と怪訝そう。

 内山はおさまらない。

「大体お前は何だよ。節操無しに女に声かけてるの、お前だろ。俺はそれ、お前の長所だと思ってたよ。それが女が同じ事やるとビッチか? 恥って言葉知ってるか?!」


 さすがに大谷もカチンと来た。

「何だと? 表に出るか?!」と大谷が、内山の襟首を掴む。

 内山は「上等だ!」と怒鳴って、脇の壁を思い切り右の拳で叩いた。



 その時戸口で「何やってるの貴方達」と怒鳴る声。岸本だった。

「何かわかんないけど、大谷が岸本っちの悪口言って、内山がキレたらしいよ。内山って岸本っちの事好きなんじゃね?」

 そう、大野が面白おかしそうに言って、キャハハハ笑い。

 だが岸本は、大野を凄い剣幕で睨みつけて黙らせると、つかつかと大谷・内山に向かって歩いた。

「あの・・・さ」と大谷が、その剣幕に気押される中、岸本は内山の右手を掴んで「こっちに来なさい」と、引っ張って教室を出て行った。

 しんと静まった教室で、大谷は気が抜けたように腰を下ろすと、一言「あービビった・・・」


 やがて場の緊張が消え、女子達はまたヒソヒソ始める。

 そのうち大野は「内山ってもしかして、岸本っち庇って機嫌とってやらせてもらおう・・・とか思ってたりして」と言い出す。

 それを聞くと大谷は立ち上がって、大野に向けて怒鳴った。

「あのなぁ、内山は大野さんみたいなのを庇ったんだぞ。それで調子に乗ってそれかよ。俺はいろんな女に手を出してるけど、大野さんみたいなのだけは御免だ!」と言って、大谷はそのまま教室を出た。



 岸本は、内山の手を引いて人気の無い階段口まで来ると、掴んでいた内山の右手を見て、言った。

「こんな柔らかい手で壁なんか殴っちゃ駄目」

 そしてポケットから絆創膏を出し、血が滲んでる所に貼った。さっきの剣幕とうって変わった優しい行動に、戸惑う内山。


「ありがとう、岸本さん・・・それで」と言いかける内山に、岸本は「さっきの話、聞いてたよ。私を庇ってくれたんだよね?」

「それは・・・」と内山。

「けどね。内山君が言ってた、自分が節操が無いくせに、節操の無い相手を非難するって、あれ、私の事なの」と岸本。

「え?・・・」

「私ね、大谷君に告白されたの。それで彼に言っちゃったの。あなたって、いろんな女子に声かけて彼女替えたりするでしょ。ちゃんと自分だけ見てくれる人でないと信用できないな・・・って」と岸本。


 自分を正当化しない岸本を見て、思わず内山は「岸本さんは悪くないよ」と言ったが、「どうして?」と聞き返す岸本に、内山は言葉に詰まった。

 目の前の男子が理屈抜きで自分を肯定してくれる事が、岸本は嬉しかった。

 でもそれに甘えたくは無かった岸本は、自分が何故そんな事を言ったのか、知ってもらう必要があると感じた。



「私、今まで付き合って、自分から相手を振るのが続いたから、振られたのが久しぶりで、鬱になってたのを大谷君にぶつけたんだと思う。その彼氏ね、社会人でそれなりの会社の研究員なんだけど、大学の時から研究で活躍した人でね、今までの彼氏と違って、真面目で尊敬できる人なの。それで私本気になっちゃって、振られたショックが大きかったんだよね」と岸本。

「経歴のふかしとかじゃないんだよね」と内山。

「そこらへんは鹿島君に調べてもらったわよ」と岸本。

 内山は(さすが岸本さんだな)と苦笑した。

「それが上司の娘から婚約申し込まれて、相手がすごくいい人で、随分悩んだみたい。私に相談してくれて、君が納得できないなら断ってもいいよ、って言ってくれたんだけど、私、かっこつけちゃって」と岸本。

「大谷はそういうの、知ってるの?」と内山。

「これは彼の問題じゃないわ。それに今まで散々付き合った男を振ってきたんだものね。自分が選んだスタンスだもの。自業自得よね」


 そう言って自分を責める岸本を見るのが、内山には辛かった。

「だとしても俺、岸本さんがそんなふうに悲しむのは嫌だ」と内山。

「内山君、優しいのね。どうして大谷君とつるんでるの?」と岸本。

「俺ってチビだし取り得も無いし、恋愛とかできる奴じゃないと自覚してるけど、憧れってやっぱりあってさ、それで女性にガンガン行ける大谷の性格が羨ましかったんだよね。それでずるずる腐れ縁が続いてさ、運動得意じゃないのにバスケ部なんかに入る羽目になって。だからあいつがそのスタンス自分で否定したのが、余計許せなくてさ」と内山。


 内山はそう言いながら、先ほど岸本が絆創膏を貼ってくれた時の手の感触を思い出していた。

 その様子を見ているうち、岸本の表情に笑顔が戻った。

「ありがとうね。内山君に話したら、何だかすっきりしちゃった。それじゃ私、教室に戻るね」と岸本。



 岸本がそこを出て廊下に戻ると、物陰に大谷が居た。

 並んで歩きながら、大谷に「聞いてたの?」と尋ねる。大谷は言った。

「俺ももし同じ立場だったら、ああ言ってたと思う。結局自分の事しか考えて無かったんだな。これじゃ岸本さんに告る資格なんて無いわ」

 すると岸本は「まだ私、お断りしますなんて言ってないわよ」と岸本。


 その日一日、内山は大谷と口をきかず、大谷も内山に構おうとしなかった。

 二人は部活にも顔を出さず帰宅し、内山は大谷との仲が切れたのならバスケ部に居る理由は無いと、退部届を書いた。



 翌日、内山は岸本に呼び出された。岸本は言った。

「私、今回の事で自分がやってきた事について、いろいろ考えさせられちゃったの。いろんな男に抱かれる女って、内山君はどう思う?」

「それは男の性欲を全否定しないで受け入れてきたって事でもあるよね。それを男がビッチとか言って非難するのは、おかしいと思う」と内山はきっぱり答えた。

「つまり、曲がった事だから怒った訳で、私の事が好きだから庇ってくれた訳じゃないのね」と岸本。

「それは・・・」と内山。


 意外な方向に話が行く事に、内山は戸惑った。そして自分にとって岸本が何なのかを考える。

 確かに自分は岸本が悪く言われるのが嫌だった。岸本が悲しむのも嫌だった。そして岸本が笑顔を取り戻すのが嬉しかった。

「多分俺、岸本さんの事が好きなんだと思う。というか憧れなのかも。岸本さんが今まで付き合ってた男って、みんなイケメンですごくモテて、俺はこんなチビで、岸本さんと付き合えるとか思って無いけど・・・」と内山。

 すると岸本は「私、内山君のこと、嫌いじゃないわよ。可愛いもの」と岸本。

「可愛い・・・か。けど、"好き"と"嫌いじゃない"は違うよね」と内山。


「私もね、自分の内山君に対する気持ち、よく解ってないのかもね。ねえ内山君、執着の分散戦略って解る? つまり一人の相手だけ見てると、失った時のダメージが大きいの。それを緩和するためもう一人、執着する相手をキープしておくって話」と岸本。

「つまり二又・・・っていうより控え・・・って奴だね」と内山。

「そういう事になるわね。今からすごく酷い事言うけど、内山君、私の控えにならない?」と岸本。


 内山は驚いて岸本を見た。岸本は自分から見れば手の届かない存在だ。それが今すぐそこに降りてきている。でも、これって・・・。

「それは俺がチビだけど・・・その・・・可愛い・・・から?」と内山。

「内山君が優しいから調子に乗ってるのね。だから怒っていいのよ」と岸本。

「怒らないよ」と内山。



 狡いとは思う。そんな事を言われたら怒るに怒れない。自分にだってプライドはある。これが大野や吉江だったら速攻断ると思う。

 だがそもそも奴らなら「あなたが優しいから自分は調子に乗ってる」なんて台詞は口が裂けても言わないだろう。そんな岸本の側に少しでも居られるのなら。

 もしかしたら岸本は、自分の言いなりになって支配されてくれる相手を求めているのだろうか。

 だが自分を支配して何をする? 男性は女性に癒しを求めるが、男性には異性を癒す力なんて無いと内山は思っていた。けれどももし自分にそれがあって、岸本がそれを求めているのであれば・・・。


「いいよ。控えでも何でも俺、少しでも岸本さんの側に居たい・・・けどまてよ? 控えって事は、もしかして本命彼氏ができたって事?」と内山。

 今更のように内山が聞くと、岸本は笑顔で言った。

「今度、紹介するわね」

「紹介・・・って」と内山。

「隠れて浮気とか言われたくないし、喧嘩されても困るものね」と岸本。



 次の土曜日、内山は岸本に呼び出された。

 彼氏を紹介するからと言われ、待ち合わせの喫茶店に入ると、奥の席で岸本が手を振っている。そして対面に居たその"彼氏"が振り向いて目が合った瞬間、双方唖然。

「こいつが?・・・」と、内山と声を揃えて叫んだその"彼氏"は大谷だった。


「いや、いくら控えったって、岸本さんの好みと違い過ぎでしょ」と大谷が言う。

 岸本は「私だっていろんなタイプと付き合ってみたいわよ。それに逆ハーレム系の漫画とかにも、内山君みたいなタイプ、必ず居るじゃない?」

「っていうか大谷、確か振られた筈じゃ?」と言ったのは内山だ。

 大谷は「いろいろあってな。けどまいった。控えが居るって言うから、後で呼び出してぶちのめしてやろうかと思ってたんだが、相手がお前じゃ・・・」と危ない事を言う。

 すると岸本が「私、そういう暴力的な人とは、速攻別れる事にしてるから」と釘を刺し、大谷は慌てて「いや、冗談ですごめんなさい」と言った。


 大谷は改めて内山を見る。こいつの事はよく知っている。絶対自分と競合するタイプでない事も・・・。

 そして気を取り直して「ま、穴兄弟として仲良くやろうぜ」と内山の頭をポンポンする。

「岸本さんの事を穴とか言うな。下品過ぎだ」と内山は口を尖らせた。

「いーじゃん、それが俺の持ち味だろ?」と大谷。

 すると岸本が笑いながら「それが兄弟だってんなら、私が今まで付き合った男も全部そうだって事になるわよ」

「いいね。兄弟が大勢。団子大家族だ」と大谷。

 だが岸本が「それ全部大谷君よりずっとレベルが上なんだけど」と言うと大谷は「そ・・・それは嫌だなぁ」



 しばらく談笑が弾む。大谷はさすがに女性との会話に慣れてるな・・・と内山は思った。岸本もそう。自分は時々口を挟む程度だ。

 彼等を見ながら内山は芝田と村上を思い出した。自分はもしかして、彼等と一緒に居る中条みたいな立ち位置なのだろうか。

 岸本が「これからどこかに行かない?」と席を立った。

 岸本について行く大谷と内山。(こっちの方向ってもしかして・・・)と二人が不安になる。案の定、着いたのはラブホテルの前だ。


「ねえ、これから3Pしよっか」と言う岸本に、大谷が「いやいやいや、いきなりそれって」と言うと内山も「というか付き合ってすぐって、恋愛のセオリーに反するんじゃ・・・」と言った。

 だが岸本は「誰かに相談されたらセオリーで答えるけどね、自分が付き合う時は、私はこうするわよ。だって男って、やっちゃうと優位に立ったつもりで横柄になる奴っているでしょ? そんなのとはさっさと別れた方がいいじゃない?」

 なるほど・・・さすがに大人だと思った内山は「それが岸本さんの駆け引きなの?」と聞く。

「駆け引き・・・ねぇ?」と言って岸本は笑った。

「よく恋愛って、好きになったら負けって言うわよね。けど恋愛が気持ちいいのって、相手を好きになるからじゃないのかな?」と岸本。

 やはり岸本には敵わない・・・と内山は思った。


「じゃ、入ろうか」と言う岸本に「けど・・・」と内山はまだ抵抗する。

 その様子を楽しむかのように岸本は「3Pで童貞喪失は嫌?」と言った。

 すると大谷が「それは面白い。処女喪失なんて一生立ち会えないと思ってたが、童貞喪失に立ち会うってのも悪くないな」といきなり乗り気になった。

 そして岸本と二人で内山を引っ張って中に入った。

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