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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第341話 仔ウサギと中条ジュニア

研究所では、人工子宮による動物の胎児生育実験が急速に進んだ。

困難と言われた段階を次々とクリアする。


授精から誕生に至る全過程を通した実験の主要なターゲットとして育成された兎の胎児は、誕生まで一か月ほどの時間を要する。

五月に授精した実験体は多くの段階をクリアしながら、あと一歩という所で実を結ばなかった。

問題点が洗い出され、改善策が施される。

今度こそ・・・という期待を込めて、着床用人工子宮に受精卵を埋め込む。



人口子宮の中の着床を終えたばかりの受精卵を記録しながら村上は言った。

「これが成功すれば、いよいよ人工出産兎の誕生だね」

「そういえば中条さんの奥さんも、予定日まであと一か月よね」と小林。

「どっちが早いかしら」

そう言ってはしゃぐ芦沼は、以前から頻繁に研究所を訪れている。



そして数日が経過。再び、芦沼が研究所を訪れる。

「様子はどう?」と芦沼は、既に胎盤が形成された人工子宮を記録する村上に訊ねる。

「血液循環の段階はほぼクリア出来てる」と村上。

「何で躓くか解らないからね」と芦沼。

「それより、修士論文の進みはどう?」と村上。

芦沼は「順調よ」と一言。


「来年はいよいよ助手だね」と村上。

「鮫島さんの行き先も決まったし。講師って準教授と同格なのよ。だから、ここで修論が躓いたらシャレにならないの。それより中条さんの様子はどう? そろそろ臨月よね」と芦沼。

「もう、いつ生まれてもおかしくない状態でさ、この間のエコー写真なんか、顔がちゃんと人間になってるんだよ」と村上。

「この人工子宮の小ウサギとどちらが早いかしら」と芦沼は言った。


「この子兎、今度は成功すると思う?」と村上。

「もちろんよ。今までの実験の子たちは全部、ちゃんと産まれさせてあげるつもりでやってきたんだから」と芦沼。

「けど、設備的には最後までは無理だったんじゃ・・・」と村上。

「人工物の中に居る胎児はいつ死んでもおかしくない。だから一日一日を生かす事の積み重ねだと思うの。今日生きていた子を明日まで生かせたら、それは成功だと思うわよ」と芦沼。

「そうだね」と村上。



その頃、中条は一階の畳部屋に移っていた。かつて祖父の寝室だった所だ。

階段の上り下りをしなくて良いように、という周囲の配慮だ。

秋葉母が住み着いて世話をしている。夕方には村上が帰宅する。秋葉と芝田もここに住み着いていた。



研究所では兎の胎児を誕生用の人工子宮に移植を終えた。

へその緒を人工血管に繋ぎ、酸素栄養交換機による循環に切り替える。

人工羊水に満たされた中に浮かぶ胎児は日に日に成長を続けた。


県立大農学部の千葉も様子を見に来る。そして湯山教授も。

「どうだね?」と、人工子宮の前で湯山は村上に・・・。

「今度こそ・・・と思いたいです」と村上。

「生まれるまで保って欲しいものだ。だが、せめて前回クリア出来なかった段階は越えて欲しい」と湯山。

「明後日で前回の生存記録と並びます」と村上。

「それまでは保ちそうかね」と湯山。

「それは大丈夫かと」と村上。



米沢老が視察に来る。

「これが兎の胎児か」と、人工子宮の前で米沢老は村上に・・・。

「今日で前回の生存記録を越えます」と村上。

「新たな一歩という訳だな」と米沢老。

そして米沢老が言った。

「娘が言っておったよ。芦沼さんという人が言った台詞だが、人工子宮で生まれた子はロケットと宇宙服で月に降りた人と同じ、前人未到の一歩を刻むのだとね」

「それは人間の赤ん坊が生まれた段階に当たるんだと思いますけど」と村上。

「そうだな。だが、前人未到の場所へ辿り着いた時に振り返ると、そこには一筋に連なる多くの足跡を見るだろう。それ全てが前人未到だったのではないかな」と米沢老。

「そうですね」と村上。



佐竹が高校の教え子を引率して見学に来た。

人工子宮の周りでわいわいやる高校生たちが、兎の胎児を見て、あれこれ言う。

「すげー」

「SFだぞSF」

「これって、デザイナーズチルドレンだよね」

「いや、兎だろ」

「それにこれは、遺伝子いじってないから」


そんな生徒たちを遠巻きに見る佐竹に、星野が来て話しかけた。

「あの、佐竹先生、私の事、憶えてますか? 実習で来てくれた時にお世話になった・・・」

「村上から聞いてるよ。自分の質問内容忘れた星野さんだね?」と佐竹。

星野は困り顔で言った。

「あれは冗談だったんですよ。みんなで忘れたフリしてからかってやろう・・・って、男子が言い出して、みんなが乗ったんです」

「そうだったんだ」と佐竹。


そんな二人に生徒たちが気付く。

「その人って、もしかして、先生の彼女?」と男子生徒が星野を見て、佐竹に言った。

「違うから。ここの事務の人でお前等の先輩だ」と佐竹。

「もしかして高卒で事務受けたんですか?」と女子生徒。

「そうよ」と星野。

「すごーい。競争率高かったんですよね?」と女子生徒。


「もしかして佐竹先生の地理の授業受けました?」と男子生徒が星野に・・・。

「受けたわよ」と星野。

「じゃ、常春気候って知ってます?」と男子生徒。

「そんな気候は無いわよ」と星野。

高校生たちが笑った

「実はあるんですよ」と女子生徒が言った。



中条のお腹が大きくなる中で、一枚の布団では狭さを感じるようになる。

二枚の布団を並べて寝る。


中条が隣に居る村上に「真言君、ちょっとこっちに来て」

村上は二枚の布団の間に身を置く。


「腕枕して」と中条がねだる。

横向きになって右腕を差し出す村上。中条の頭の重みが腕にかかる。

そして村上は「もうすぐここに小さな子供が来るんだよね」



兎の胎児は、ほぼ生まれる段階と同じ大きさにまで成長した。


胎児の記録をとりながら、牧村が言った。

「そろそろだよね」

「今日はまた芦沼さんが見に来るんだよね」と村上。

「彼女、兎の誕生に立ち会えたりしてね」と鳥塚。


その時、胎児の異変に気付いた小林が言った。

「ちよっと待って、これ、分娩の前兆じゃないかしら」


兎の胎児が何やら手足を動かしている。

「胎児の活動が活発になってる」と鳥塚。

一気に実験室が慌ただしくなる。


そして、芦沼が実験室に来た。すぐに、いつもと違う様子に気付く。

「村上君、様子はどうかしら」

そう話しかけた芦沼に、村上は言った。

「芦沼さん、ちょうどいい所に来た。始まったかもしれないんだ」



「交換機の血液成分、見て下さい」と小林。

芦沼がモニターを見る。そして隣に居る村上に言った。

「これって前兆物質? 分娩のための子宮口の解放を促してるんじゃないの?」

「分娩時に母胎で出るホルモンがあったよね。あれを投与してみたらどうかな」と村上。

「どうします? 堀江チーフ」と小林。

「やってみてちょうだい」と堀江。


胎児の様子を見て鳥塚が「胎児、もがいてるんじゃ・・・」

「これ、産まれようとしてますよ」と牧村。

堀江が大声で指示する。

「人工羊水を抜いて。最終段階よ」



ガラス製容器を満たす液体が抜かれていく。

へその緒で繋がった小さな胎児をロボットアームが持つ容器が受け止めた。

人口子宮から出された胎児を観察する牧村の声が響く。

「自律呼吸確認。成功です」


実験室に「やったー」の歓声が響く。

「やったな、村上」と牧村。

「頑張ったな、牧村」と村上。

「鳥塚さん」と言って、小林は隣に居た鳥塚の胸で泣く。

鳥塚は「よーやったわ。小林はん、みな、おおきにな」


そして、立ち尽くしている芦沼に、村上が呼びかけた。

「芦沼さん」

芦沼は大声で泣きながら村上と牧村に抱き付いた。

そして「やったんだよね。成功したんだよね」


その時、堀江は大きな声で彼等に言った。

「みんな、まだ終わりじゃないわよ。この子を一日でも長く生かすの。生まれたら終わりじゃないからね。胎児に障害が無いかどうかチェックを急いで」

再び慌ただしくなる実験室。

村上は芦沼に「見ていく?」と・・・。

芦沼は「いえ、帰って報告しなきゃ、実験データ、頂けるかしら」

「用意するよ」と村上。



その時、知らせが来た。

「村上さんに電話です。緊急だそうですが」

それを聞いて村上は(もしかして)と・・・。


受話器を受け取る村上。

「もしもし、村上ですが」

「真言君、すぐ来て。陣痛が始まったの」と言ったのは、中条家に居る秋葉母の声だ。

村上は「すぐ行きます」と叫んで電話を切った。


村上は堀江チーフに「里子も陣痛が始まったって」

「すぐ行ってあげなさい」と堀江は村上に言った。

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