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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
339/343

第339話 結婚という名の軛

芝田兄の元に高校時代の同級生が訊ねてきた。


芝田家の居間で向き合う旧友。

「久しぶりだな、松江」と芝田兄。

その、松江という男性が柴田兄に言った。

「なあ、杉原朋恵さん、今、どうしているか、知ってるか?」

「最近、ちょっと縁があってな。弟の友達のお姉さんだったんだ」と芝田兄。

「あの人って、お前の事好きだったんだが・・・」と松江。

「そうらしいな。実は、最近知った」と芝田兄。


松江は「実は、あるグループで一緒だったんだ」

「もしかしてウーマニズム団体か?」と芝田兄。

「まあな」と松江。

「彼女に優しくしてる人が居るって、もしかして、お前の事か?」と芝田兄。

「まあな」と松江。

「もしかして好きだった?」と芝田兄。

「まあな」と松江。


「それじゃ、そこに入ったって、彼女目当てで?」と芝田兄。

「そういう奴も居るよ。何せ結婚についてどうこうって、そういう触れ込みの会だからな」と松江。

「出会いの場って訳かよ。けどウーマニズムだろ? 出会いの場としては最悪じゃないのか?」と芝田兄。

「そうは言うが、あの人達が言ってる事って女性の立場って事だよな? 女性に優しくするって、そういうのを理解するって事じゃないのか?」と松江。

「あれって、女性の利益とお気持ちのために、男性を犠牲に・・・って話だろ。自分を殺して相手に尽くすのは本当の優しさじゃないぞ」と芝田兄。

松江は溜息をつくと「お前はいいよな。モテるし」

「好かれよう、良く思われようと必死になるから、萎縮してうまくいかないんじゃないかと思うぞ」と芝田兄。

松江は「まあ、そうなんだろうけどさ」


「それで、あの人、今どうしてる?」と芝田兄。

「団体を辞めた」と松江。

「お前は?」と芝田兄。

「俺も辞めた」と松江。

「それで、その後彼女がどうしてるか?・・・って訳だ」と芝田兄。

松江は言った。

「それなんだが、どうも仕事に出られず引き籠ってるらしい。彼女の妹が、姉と別居して彼氏の家で同棲中だってのが原因らしいんだが」



その頃、自室に居る芝田に杉原から電話があった。

「どうしたの?」と尋ねる芝田に、杉原は言った。

「姉さんが会社を休んでるって連絡があったの。精神的な問題で引き籠ってるって。姉さん、昔、お兄さんの事が好きだったって聞いたんで、お兄さんなら話が通じるかなって」


電話を終えて、芝田は部屋を出て、兄の居る居間へ。ちょうど兄の友人が帰った所だ。

「なあ、兄貴にちょっと相談があるんだが」と芝田は兄に・・・。

「実は俺もお前に相談があってな」と芝田兄は弟に・・・。

「じゃ、兄貴から言えよ」と芝田。

「最初に切り出したのはお前だが」と芝田兄。


芝田は「だったら言うが、睦月の友達の杉原さんのお姉さんが・・・」

「仕事に行けずに引き籠ってると?」と芝田兄。

「知ってたのかよ」と芝田。

「俺の相談ってのも、実はそれでな」と芝田兄。


互いの情報を交換する兄と弟。そして相談を持ち込んだ杉原と松江に連絡をとった。



とにかく杉原姉と話をしようという事になる。

四人で杉原家に行き、玄関のブザーを押す。


「誰ですか?」とドアの向こうから杉原姉の声。

「私よ」と杉原が答える。

杉原姉は嬉しそうに「和恵、帰ってきてくれるの?」

「その気は無いけど、姉さんにそんなになって欲しくないから」と杉原。

「都合のいい話ね」と杉原姉。

杉原は言った。

「都合で言うなら私は困らないわよ。けど、たった一人の姉妹だものね。だから連れて来たの。芝田哲真さん。好きだったんでしょ?」


杉原姉がドアを開けると、芝田兄と松江が居た。

杉原姉は松江を見て「そういう事ね」

「あのさ・・・」と松江は杉原姉に、何かを言いかけた。

「帰って」と言い放って、杉原姉はドアを閉めた。



芝田家に戻って、居間で四人で話す。

「すみません。こうなるだろうとは思ってたんですけど」と杉原。

松江は「妹さんのせいじゃない」

そんな松江に杉原は「姉の事、好きなんですよね?」

「そうなのかな?」と松江。

「出来れば結婚とか?」と杉原。


松江は言った。

「それはもう諦めたんだ。だから最後にもう一度会っておきたかった」

「何かあったのか?」と芝田兄は松江に・・・。

「高松がさ、離婚するんだよ。あのグループが推奨してる結婚契約書ってのに、ついていけなくて」と松江は言った。

「あいつもそのウーマニズムのグループに居たのかよ」と芝田兄は言って溜息をついた。



松江と高松、そして杉原姉が属していたグループ。その名は「上坂女性の翼の会」

それは、かつて結婚制度に否定的な女性団体に属していた人達によって設立された。

典型的なウーマニズム思想を唱えた彼女たちは、多くの結婚に肯定的な女性から批判を受けたのだ。

そのため新たな主張として掲げたのが、結婚制度を女性に有利なものに改革すべきというものだった。

その要として作られたのが、彼女たちが推奨する「結婚契約書」の文言だった。



高松という芝田兄の友人を伴い、再び芝田家を訪れた松江。

その場には杉原と、そして村上・芝田・中条・秋葉も居た。


「どんなものなんだ?」

そう問う、かつてクラスメートだった芝田兄に、高松はその結婚契約書の内容を示した。

全員でそれを一読すると「これは駄目だろ」と言った芝田の言葉に、全員頷く。

「けど、どうする?」と芝田兄。


芝田は言った。

「渡辺の所で片桐さんが男性の結婚問題で無料の法律相談をやってくれているんだ」

「けど、この契約書で、離婚その他で夫が弁護士その他に法律上の相談をする時は、妻の許可をとる事ってあるんだ」と松江が深刻そうに言った。


横で聞いていた村上が言った。

「とりあえず渡辺の所に持ち込んでみたらどうかな? 直接片桐さんと話す訳じゃないなら、契約違反にはならないですよね」

「けど、法律の事は渡辺にも解らないと思うぞ」と芝田。

「なら、渡辺から片桐さんに契約書を渡して見せてもらう」と村上。

「いいのかよ、それ」と芝田。


村上は「弁護士その他の"その他"が何なのかは明記されていない。だとすると推測するしか無い。その推測の手掛かりとして法律上とあるって事は、司法書士とか法律関係の人で、渡辺は法律面では素人だ」

「思いっきり詭弁だと思うが」と芝田。

「俺もそう思う」と村上。

「おいおい」と芝田。

「それに、多分これ、公序良俗違反で無効だと思うわよ」と秋葉が言った。



渡辺の会社に行く。念のため、事前に渡辺には連絡して、片桐にも話を通しておいた。

結婚生活に関しての相談窓口で係員と面接。問題の契約書を手渡す。

やがて契約書を持って片桐が出て来た。

片桐はきっぱりと言った。

「この契約書は無効に出来ます。法律の保護を求める権利を侵害しており、公序良俗に反します」



高松は片桐に伴われて上坂女性の翼の会の事務局へ出向いた。

応接室に通され、相手方と向き合う二人。

対面には会の代表と高松の妻。


片桐は、目の前の代表に対して、結婚契約書のコピーを示して、きっぱりと言った。

「率直に申し上げますが、この契約書は無効です」

「双方の判が押されて書式の形式は完璧です」と代表は抗弁する。

「公序良俗に反します」と片桐。

「具体的には?」と代表。



片桐は言った。

「先ず、夫側の義務のみが要求され、妻側の義務が一切書かれておりません。非常に一方的で不公平な内容となっています。そして、夫の収入は全て妻が管理し自由に使用できる。夫は小遣い制で、その額は妻が恣意的に決める権利を持つ。これは経済的DVに相当する疑いがあります」

「小遣いが常識的な額であれば問題は無いのでは」と代表。

「常識的なものを求める手段がありません。つまり経済的DVを行う権利を妻に保障しているという事です」

そう言うと片桐は、隣に居る高松に訊ねた。

「高松さんは、その小遣いをいくら貰っていますか?」

「月二万です」と高松。


「昼食が一食500円として勤務が月20日で一万円、通勤のガソリン代が5000円。日用品や職場のグループ会費等でほぼ消える額ですね」

「多くの家庭での相場です」と代表。

「それは家庭レベルで経済的DVが蔓延しているという事に過ぎません」と片桐。

「夫の収入が少なければ小遣いが少ないのは当然です」と代表。

片桐は隣に居る高松に「高松さんは年収はいくらですか」と尋ねた。

「500万です」と高松。


「小遣12か月で24万ですから5%以下ですね」と片桐。

「家計は生活を支えるもので日々の労働の源で、それを担うのは妻です」と代表。

片桐は言った。

「実際に収入を産み出すものは夫による労働ですね。もしこの労働をサポートする環境を担う部分があったとしても、産み出す価値の源泉の主体は労働者たる夫です。そうした価値を生み出す人格が受け取る基準として労働配分比率がありますが、この基準は50%と言われています。5%というのは、例えば資産を"価値を生む事業を行う事業主"に預けた資本所有者が利息として受け取る比率の基準で、元手となる"人格無き資本の総額"を基準に"人格ある事業者側の労働成果"から支払うのが利息です。それが過大な搾取にならないように、と抑えられた規模なのですよ。それを労働によって価値を生み出した側の取り分としてバックして残りを自分が、というのは、相手の人格を認めていないに等しい。これはいわば奴隷労働に類するものです」



「そうは言っても家庭を維持する必要経費ですよ」と代表。

「その具体的収支を家計簿につけて報告していませんよね。報告したとしても支出に対して夫は意見を言えない。言ったとしてもそれに従う義務は妻には無い」と片桐。

「ですが食費等不可欠な分を確保するのは当然でしょう」と代表。

「その場合、生活費として渡す必要額は六万円とされています。これは高額な家賃等が無いなら、贅沢さえしなければ十分賄える額です。つまり、残りは妻自身のための出費という事になります」と片桐。


「妻は家事労働を負担しています」と代表。

「この契約書では夫は家事を負担すべし、その内容は妻が恣意的に決めるとあります」と片桐。

「社会一般では妻のみが負担しています。それを金額にすると年収2000万に相当します」と代表。

「その根拠は?」と片桐。

「24時間拘束され、家事をプロに任せた場合の対価の合計です」と代表。


片桐は言った。

「プロとしての品質を要求したりとか、顧客としてクレームをつける事は夫は普通しませんし、その半分は妻自身のためのものです。それをやるのは、二人が自分自身のためだけに別々にやるより効率的だからに過ぎません。そして24時間拘束と言いますが、その24時間をどう使うかを決めるのは妻自身です。そして夫婦は家族として互いに対応を求め合う関係であり、その意味で拘束されるのは夫も同じです」

「女性というのは常に高品質な家事を心掛けています」と代表。

「それは自らがそうした品質を要求する基準だからでしょう。それが本当に高品質だというなら、自分自身のための高品質サービスであり、その料金は自らが支払うべきものという事になりませんか?」と片桐。

「・・・」



片桐は隣に居る高松に問うた。

「高松さん、セックスはどれくらい?」

「最初の頃に何回か。それだけです」と高松。

「それは求められなかっただけです」と高松の妻が抗弁。

「夫は性行為を求める際に妻に不快を感じさせてはならないと明記されていますね?」と片桐。

「当然でしょう」と代表。

「求めたら不快な気持ちになったから契約違反だと何度も言われました。これでは怖くて求められません」と高松が抗弁。

「理由を言って断ったから止めるというならともかく、言った時点でアウトだと言うなら、求めるなと言っているのと同じです」と片桐。

「・・・」


片桐は言った。

「夫は妻が不快に感じる発言や行動をしてはならないとありますね?」と片桐。

「当然でしょう。それはDVですよ」と代表。

「妻がそのような事をしてはならないという記述はありませんね?」と片桐。

「男性は強い立場ですから」と代表。

「何が強いのでしょうか、腕力ですか? 言葉の暴力というのに腕力は無関係です」

そう言うと片桐は、隣に居る高松に訊ねた。

「高松さん。あなたの妻の発言で不快に感じた事はありますか」

「いつもです」と高松。


高松の妻は、辛そうに溜息をついて、言った。

「もういいです。契約の破棄に同意します」

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