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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第33話 小島君のダイエット

 新学期が始まった。次々に一カ月ぶりの教室に入る、クラスの面々。

 変わった奴、変わらない奴。「おはよう」「何やってたよ」・・・と、そんな言葉が飛び交う中で、教室に入って来た一人の男子生徒に全員思った。

(誰だこいつ・・・?)。


 細身の体に整った顔立ち、どことなく見覚えのある眼鏡に、ぼさぼさの髪と憮然とした表情。

 見知らぬイケメンの登場に、女子達は一瞬色めきたった。


 その時、「あっ、小島君だ。どーしたの、それ?」と嬉しそうに叫んだのは、水沢だ。

「えーっ?」と女子達の悲鳴にも似た、さっき一瞬でも期待した事を後悔するような声が響いた。

 確かに小島の面影がある。あの小島が痩せると、こんなになるのかと、男子も含めて全員が溜息をついた。


 一方で当の小島は「小依たん、俺が解るお?」と嬉しそうに聞き返す。

「解るよ。小島君だもん。ダイエットしたの? すっごくかっこよくなったよ」と水沢。

「そう思う?」と小島。

「うん。ダイエット、続けるんでしょ?」と水沢。

「もちろんだお。死ぬ気で食べるの我慢するお」と俄然張り切る小島を見て、いきなり大野がキレた。



「ふっざけんな。あれだけあたしが、リバウンドすんなって言ってやったのに、やれ女は関係無いだの食は人生だのとぶーたれといて、水沢っちに一言言われたらコロッとかよ」と大野。

「いや、小汚いギャルに言われるのと、可愛いは正義の小依たんに言われるのとでは、全然重み違わね?」と小島。

「誰が小汚いだ!」と応酬する二人。


 隣に居た岸本が興味津津な顔で「大野さん、知ってたの?」

「バイトが一緒になった。不本意ながら・・・」と大野。

「不本意なのはこっちだお」と小島。



 夏休みが始まって間も無く、大野はバイト先をクビになった。

 喫茶店だったが、接客態度が最低なのと、厚化粧が清潔感に欠けるのが、再三注意されていたが、新しい女性店長が来てから厳しくなり、ついに・・・である。

 だが化粧品に偽ブランド品の購入、ギャル仲間との付き合いで、出費の多い彼女に収入源は欠かせず、新しいバイト先を探して辿りついたのが、レンタルビデオのチェーン店であった。

 そこでバイトしていたのが小島である。


 互いに「アホギャル」「キモオタク」と軽蔑し合う二人が、店で最初に鉢合わせた時の言葉は「げっ!」の一言だった。

 だが、間もなく小島は、毎度のシフトで大野と組まされている事に気付いた。

 店長に変更を求めると「悪いけど他のバイト、みんな大野さんと組むのを嫌がるんだよ。小島君、ここで一番仕事出来るしさぁ、何たってクラスメートだろ?」と店長。


 なるほど・・・、大野ときたらレジは憶えない接客態度は悪い、おまけにここのバイトはみんな何かしらのオタク気質で、そもそも大野と相性が悪い。

「何であんなの雇ったんですか・」と小島。

「仕方ないんだよ人手不足だしさぁ、規定で二人一組ってなってるから、それでシフト埋めなきゃなんないし。給料に色つけてあげるから、頼むよ」と店長。

 結局、大野はただ居るだけで、客の応対は全て小島一人でやる羽目になった。



「それで夏休みの間、小島とバイト?」

「レジ打ちとか問い合わせの物探すとか、みんな小島がやるから、これで隣に居るのがこいつで無きゃサイコーってゆーかー」

 休み時間に集まった女子達に、臆面もなく好き勝手言う大野。


 近くで聞いている小島は、隣にいる清水に不平をこぼす。

「ああいうの、一般勤労者としてどう思うよ」

 清水は笑いながら「まあ何だ。いわゆる給料泥棒ってやつ?」と他人事のように言う。

 それを聞いて大野は「天下の女子高生セクシーギャルが、むさいデブの隣に居てやってるんだから有難いと思えっつーの!」

「いや、いらないから」と小島。


「それで、夏休みが終わる前に、バイトの慰安旅行?」と吉江。

「夏休みが終ると学生のバイトが減るから、引き止めに会社からの補助で、毎年やってるっていうんだけどさ」と大野。



 旅行先は山間地域の奥地の温泉だ。バイト先の金で温泉に行けるのならと、参加した大野。

 駅から降りて、谷沿いの山道をバスが走る。性格が攻撃的で、特に男性には容赦なくキモ連呼を飛ばす大野を、オタク気質のバイト達は怖がって近寄らず、大野は後部座席の隅で1人でスマホをいじる。

 小島はバイト達の輪の中に居るものの、必要な時に大野の面倒を見る役回りは、彼の所に廻ってこざるを得なかった。


 夕食の宴会でカラオケになり、バイト達がアニソンを歌ったりするものの、まもなくネタは尽きる。大野は離れた所でスマホをいじっている。

 小島は見兼ねて「大野女史も何か歌えば? カラオケはギャルの十八番じゃん」

 その気になって何曲か歌うと、大野は小島の隣に陣取って、店長や他のバイトの愚痴を言い始めた。

「大野さん、もしかして酒飲んでる?」と小島。

「うちらは未成年。気分だ気分」と大野。

 小島には明らかにアルコールが入っているように見えた。



 そして翌日、豪雨の中を帰りのバスに乗った時、大野がお気に入りの偽ブランドのバックが無いと騒ぎ出した。

 あれを置いて帰るのは絶対嫌だと、駄々をこねる大野に、店長は困り果て、次のバスに乗れば電車に間に合うからと、小島に任せてバスは出発した。

 小島は仕方なくバスを降りて旅館に戻り、一緒に大野の偽ブランド品を探した。


 間もなく品物は見つかり、次のバスに乗る時、小島は荷物一式を、さっきのバスの中に置いてきた事に気付いた。あの中には、大事な動画やら、大量の画像やら、ゲームのセーブデータやらが入ったノートパソコンがある。

 小島は慌てて店長に連絡したが、誰も小島の荷物に気付かなかったという。バス会社に置き忘れ荷物の確保を頼み、小島と大野が乗ったバスは駅に向かった。

 だがバスが走る谷沿いの道路は、前夜からの豪雨によって地盤が緩み、運転手の目前で崖崩れを起して、道路は不通となった。復旧するまで足止めである。

 仕方なく彼等は旅館に戻り、店長の手配で復旧まで泊めてもらう事になったが、同時に小島にとって最悪のニュースが入った。パソコンが入った荷物が見つからないと、バス会社からの連絡。本格的に紛失である。

 小島のショックは大きく、抜け殻のようになった小島は食事もとらず、三日三晩宿の布団で寝込んだ。



 そして三日目、復旧の見通しが立ち、明日ようやくバスが通るとの事。

 それとともに、小島の荷物が見つかったとの連絡が入った。間違えて持ち帰った人が届け出たとの事で、布団の中でそれを聞いた小島は大喜び。

「ヤター!」と叫んで布団から跳ね起き小踊りするその男子に、大野は一瞬見とれた。それは大野が見慣れた太ったオタクではなく、見たことも無いイケメンだった。


 唖然として「誰?」と呟き指さす大野に、小島は「何言ってんの?」と怪訝そう。大野は憤然とコンパクトを取り出して、鏡を突き付けた。

 状況を察した小島は「またやったんだ」と一言。

 その夜の夕食で、小島は欠食児童の勢いでご飯をかき込みながら、大野に説明する。


「俺、太りやすく痩せやすい体質で、たまにご飯食べないとかエネルギー大量消費でこうなるんだよね。またすぐ元に戻るんだけど」

「戻るって・・・体型維持しようとか思わないわけ?」

「何で?」と小島。


 大野は絶句し、言った。

「何で・・・って、そうでないとモテないし女子に嫌われるし彼女できないし・・・」

 小島は笑って言った。

「それ全部同じ意味じゃね? ってか俺オタクだし、彼女なんかいらないし」

「ふっざけんな。人がどれだけの思いでダイエットしてると思ってんだ」と大野。

「それ、俺に関係無いし・・・」と小島。

「あんた一人のせいで、うちのクラスの顔面偏差値ダダ下がりなの解ってる? すっごく迷惑なんですけど」と言うと大野は、お代わりをもらおうとした小島の茶碗を取り上げた。


 旅館の人が笑いながら言った。

「まあまあ、太り過ぎは体に良くないですし、お兄さんもここはひとつ、彼女さんの言う事聞いてみては?」

「いや、彼女じゃないです」と二人は声を揃えた。



 食事を終えると、小島の荷物が届いたとの連絡が来た。

「ヤッホー!」と叫んで荷物を受け取りに走る小島。それを抱えて部屋に戻ると、パソコンを出して頬ずりする。

 その時、大野が荒々しく戸を開けて部屋に踏み込み、小島のパソコンが入っていた荷物のリュックを逆さに振る。

 なだれ落ちる大量のお菓子を抱えて「これ全部没収。リバウンドとか絶対させないし」

「大野さん、変な意地張ってね?」と小島。

「こんなふざけたもん見せられりゃ、そりゃ意地のひとつも張るっつーの!」と大野。


 小島は溜息をついて、スマホで家に電話し、帰る目途がついた事を伝えた。

 そして電話を切ろうとした時、大野がそのスマホをひったくって、小島の親に話し始めた。

「あたしー、小島君とバイト一緒してる者ですがー、本人と明日合うとびっくりすると思うんですがー、別人みたいに痩せてましてー、それで会った時解るよーにお伝えしておこうと思いましてー、それで話聞くとー、またすぐリバウンドして元に戻っちゃうって言うんですよー、それってすっごく健康に悪いと思うしー・・・」

 スマホを取り返そうとする小島の手をかわしながら、言いたい事だけ言って電話を切る大野。

「もう勘弁してよ」と、うんざりした顔で小島は言った。



「それで小島、リバウンドしないよう、親に監視されてるって訳?」と、教室で食い入るように話を聞く女子達の輪で、篠田が質問した。

「あいつ、妹がいてさ」という大野の証言に、何人かの男子が興味を示すが、小島は「大野さんに負けないくらい小汚いギャルだけどね」

 大野は続けて「駅に親と一緒に迎えに来てて、あたし、その妹と意気投合しちゃってさ、兄貴があんなので友達に恥ずかしかったんだーとか言っちゃって、これからはちゃんと監視して体型維持させるんだって・・・」と笑いながら言った。


「勘弁してくれよ」とうんざりする小島だが、水沢が「でも小島君、死ぬ気で食べるの我慢するんだよね?」と言うと、小島はさっき調子に乗って言った事を、既に後悔し始めた。

 そこに山本が来て「ダイエットってのは、食べないだけじゃなくて運動も大事なんだぞ」

「お前、面白がってるお?」と小島。

「当たり前じゃん」と山本が言うと、水沢は小島の手を引いて「じゃ、運動しよ。グランドで遊ぼうよ」と言い、山本と二人で小島を引っ張っていった。


 新しい玩具を手に入れたようにはしゃぐ水沢と山本、彼等に引っ張られて不平を言いながらも満更でも無さそうな小島が教室を出て行くのを、藤河は見送ると、彼女は期待を込めて大野に尋ねた。

「ところで、バイト先の店長って、もしかしてホモだったりしない?」

「はぁ? どっからそんな話が出て来る訳? っつーかあいつ奥さん居るし、むさいオヤジだし・・・」と大野。

「そうなんだ。いや、よくあるじゃん?」と藤河。

「そんなの漫画やアニメの中だけだっつーの!」と大野。

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