第301話 秋葉vs芦沼、宿命の決着
村上たちが卒論を提出した間もない頃。
既に春休みに入り、村上たちは残りの大学生活を満喫しようと大学に来たものの、やる事も無く、部室で雑談に耽っていた。
そんな時、ふと中条が言った。
「バレンタインデー、終わっちゃったね」
「俺たちの卒論でそれどころじゃ無かったからな」と芝田。
「私たちの卒論・・・じゃないけどね」と秋葉。
「けど、ホワイトデーがありますよ」と真田。
「バレンタインデーの予備日かよ」と桜木。
「そこまで無理にやらなくても。バレンタインデーに反対とかって意見もあるし」と真鍋。
「あれはネタで、むしろ自虐だよ。モテなくて悔しいみたいに受け取られかねない事言って、恋愛脳の頭の悪いモテヒャッハーをサポートしてるだけじゃん」と村上。
そこに芦沼が来た。そして村上たちに言った。
「ホワイトデーにスイーツパーティやらない? 今年もいっぱい貰えるからお裾分けするわよ」
すると秋葉が「私の方がいっぱい貰えるわよ」と対抗し始めた。
「また始まったよ」と男子部員たちがあきれ顔。
「まあ、これももうすぐ終わりだし」と桜木。
そんな彼等を他所に、秋葉と芦沼は「どっちがたくさん貰えるかで勝負よ」と張り合い気分。
「理学部の男子がみんな、くれるって言ってるし」と芦沼。
「経済学部の男子もみんな、私にチョコをくれるって言ってるけどね」と秋葉。
すると中川が言いにそうに・・・。
「あの、秋葉先輩。先輩たちが言ってたんですけど、秋葉さんにチョコをあげるかって話になって、バレンタインデーで義理は果たしたからいいかな・・・って」
「貰ったかしら?」と首を傾げる秋葉。
中川は「忘れてました。先輩、学校に来ないから預かってたんです」
冷蔵庫からチョコの入った袋を出す中川。
「去年より少ないわね」と秋葉。
「ってか年々少なくなってない?」と芝田。
「さんざん悪戯したり、からかって迷惑かけてたからなぁ」と村上。
秋葉は「まあいいわ。貰ったチョコの数で勝負するんだから、鈴木君、解ってるわよね?」
「多数派工作ですか? 卒業直近のこの時期に?・・・」と、鈴木と中川。
「数ってんなら一袋いくらの一口チョコでも一個は一個よ」と秋葉はドヤ顔。
「セコ過ぎません?」と鈴木。
「経済的って言うのよ。私たちの学部の名前は何だっけ?」と秋葉。
すると芦沼が言った。
「秋葉さん、小さいチョコで数を稼ごうとか思っても無駄よ。ちゃんと重量を計っての勝負だからね」
「えーっと・・・」
そう言って、秋葉はしばし視線を斜め上に逸らして言葉を濁す。
そして秋葉は、村上と芝田の肩に手を置いて「あなた達、ホワイトデーなんて馬鹿馬鹿しくてやってられないと言ってたわよね?」
「ちゃぶ台返しで来たよ」と芝田はあきれ顔。
「まあ予備日だし、双方向だし」と桜木。
すると中条が「だったらお菓子作りで勝負・・・ってのはどうかな?」
「里子ちゃんナイス」と秋葉がそれに飛びつく。
「いや、それはハンデあり過ぎなんじゃ」と桜木は心配顔で言う。
村上も「それに本来の趣旨は・・・」
「その本来の趣旨が残念だって話だったじゃない。芦沼さん、逃げないわよね?」と秋葉。
「受けて立とうじゃない」と芦沼。
「芦沼さん、安い挑発に乗り過ぎだよ」と村上。
「ごめんなさい。私が変な事言ったせいで」と中条。
芦沼は「いいのよ、私にも考えがあるから」
当日。
文学部棟の一室を借りて関係者が揃う。理学部と経済学部の学生たち、そして他の学部の学生も・・・。
村上たちの立ち合いの基、対峙する秋葉と芦沼。双方、自作品の入った大きな箱を持参。
「それじゃ、先ず、私からね」
秋葉はそう言って、大きなホールケーキを出す。
「自作のチョコケーキよ。味は保証するわよ」と秋葉はドヤ顔。
「さすが秋葉さんの女子力」と経済学部の学生たち。
そして秋葉は「どう? 芦沼さん」
それに対して「私のは、これよ」と芦沼は自作品の箱を開けた。
そこには全裸の芦沼を模ったチョコの立体像。細部までリアルに再現されている。
「誰がこんなものを作ったのよ」と秋葉。
「もちろん私よ。自作ですもの」と芦沼。
秋葉は「小島君でしょ? フィギュア作りとか、彼、得意だもの」
すると小島が「いや、工学部の三次元形成装置で作ったでござる」
「それ、自分で作ったって言えるの?」と秋葉が物言い。
「三次元スキャナーで自分の体を使ったんだから、自作でしょ?」と芦沼。
秋葉は言った。
「こんなの自作じゃないわ。市販のチョコを溶かして固めただけの、なんちゃって手作りチョコじゃない」
戸田が困り顔で「秋葉さん、それだけは言っちゃいけないと思うんだけど」
渋谷が「だったらカカオから自前で育てた渋谷農園の究極手作りチョコを」
「渋谷さん、それはもういいから」と困り顔の真鍋。
「今年のは、ちゃんと砂糖を使いましたから」と渋谷。
「あれまで自家栽培に拘る意味は無いものね」と鈴木。
渋谷は「自家栽培のビートの糖分を使いました」
「あ・・・、そう」と男子たち。
「じゃ、ここに居る人達で評決と行きましょうか」と、秋葉と芦沼。
その場に居た人達に、秋葉と芦沼の名前の入った小さな旗が一本づつ配られる。
理学部の学生は芦沼の旗を、経済学部の学生は秋葉の旗を上げた。
工学部の学生は芦沼の旗を上げた。
「俺たちの技術の成果だもんな」と工学部生たち。
秋葉は「農学部の人達はどうかしら。実は私のチョコケーキには渋谷さんのチョコを使ってるんだけど」
農学部生たちは口々に言った。
「渋谷さん、いい子だよね」
「けど、それだけじゃ・・・」
すると秋葉は「それと、真鍋君が提供してくれた、ここの実習農園未調整牛乳のクリームも使ってるわよ」
「それは・・・」
秋葉は更に「ここの実習農園の小麦と卵も使ってるわ。つまりこのケーキは、農学部の食材を使った、みんなの作品でもあるのよ」
農学部の学生は秋葉の旗を上げた。
文学部の女子学生たちは・・・。
「手作りチョコを否定する気は無いわよね」と一人の女子学生は言った。
だが、別の女子学生は「けどあれって、ある意味女の武器よね」
文学部の女子達の票は半々に割れた。
こうして両者の得票は完全に互角となった。
残りは村上たち立会人。
「あなた達はどうなの?」と、芦沼と秋葉は彼等を追及。
「いや、俺たちは中立の立会人だし」と村上。
「けど、自分の考えってあるわよね?」と秋葉。
「はっきりさせてよ。ショー・ザ・フラッグよ」と芦沼。
「村上は理学部だよな」と学部の仲間たちが村上に迫る。
村上は芦沼の旗を上げた。
「拓真君は私の彼氏よね?」と秋葉が芝田に迫る。
芝田は秋葉の旗を上げた。
これで同数。後、投票していないのは中条だけだ。
「どっちに入れるの?」と、芦沼と秋葉は中条を追及。
「お友達よね?」と芦沼。
「家族よね?」と秋葉。
中条は泣きそうになって「えーっと・・・。真言君、どうしよう」
村上は中条の両肩に手を置いて、言った。
「ねえ里子ちゃん。人間の手って、どうして二本あるか、知ってる?」
中条は両手で両方の旗を上げた。
「これで引き分けだ」と村上が宣言、
「そんなのずるい」と秋葉・芦沼。
すると村上は「まあまあ、勝ち負けを決めるなんて、何の意味があるのさ。それと、これは俺から」と言ってお菓子の包みを開ける。
それを見て「ショコラ大福だな」と桜木。
「じゃ、これは俺から」と芝田も言って、お菓子の包みを開ける。
それを見て「水沢さんお勧めの桜餅か」と津川。
すると中条が「あの、私、ごめんなさい。用意してなくて」
村上は笑顔で言った。
「いや、もう貰ってるから。里子ちゃんのその笑顔が最高のスィーツだよ・・・って、何だよお前等、その顔は」
全員の残念そうな視線が村上に向いている。
戸田が「いや、村上君が、そんな歯の浮くような台詞言うとか、雪でも降るんじゃないかと」
「悪かったな。恥ずかし過ぎる台詞で」と不満顔の村上。
「いや、誰もそこまで言ってないけど」と戸田。
「けど、本当に雪が降ってきたよ」と渋谷が窓の外を見る。
「本当だ」と学生たち。
大学構内を飾る植込みの木々の間を舞う季節遅れの雪を見て、村上は大声で言った。
「そこまで恥ずかしい台詞かよ」
「雪雲に文句言ってどーすんだよ」と芝田が笑う。
「ってか、あれは雪どころか槍でも降ってきそうなレベルだぞ」と笹尾が言った。
「本当に槍が降ってきた」と刈部が言った。
村上は「嘘を言うな嘘を」
そんな村上に佐藤が「まあまあ、けど・・・あの村上が」
「いいだろ」と村上。
「里子ちゃんのその笑顔が最高のスィーツだ」と佐竹がニヤニヤ顔で。
村上は「うるさい」
「里子ちゃんのその笑顔が」と津川が笑いを堪えながら。
村上は「黙れ!」
全員爆笑。
中条は困り顔で「ごめんね、真言君、私のせいで」
「いや、里子ちゃんは悪くない」と村上。




