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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
295/343

第295話 扉は開いた

村上の卒論のための人口子宮実験。

間質細胞に充填する必要成分の特定がようやく終わった。


細胞の隙間を流れる体液に含まれる関連成分は、毛細血管から供給される酸素や養分とともに受精卵に送られる。

ホルモン系の成分を始め、何種類かは既に必要と判断されている。

後はそれぞれを除外した実験だ。ある成分を除外して実験し、着床しなければそれは必要成分という事になる。

実験が進む中で迎えた12月23日。最後の四つの成分の実験のため、各成分を除いた人工細胞チップに受精卵を植え付けた。

(明日にははっきりするぞ)と村上は確信した。


翌日はクリスマスイブ。

例年の如く渡辺のマンションで高校の同級生たちのパーティが開かれるが、村上と中条は不参加と連絡済みだ。



そしてクリスマスイブ当日、村上と中条は村上の運転で大学に向かう。

「里子ちゃんもパーティ、出れば良かったのに。芝田も睦月さんも行くんだから」と村上。

「真言君の実験が成功する所が見たいの。だって凄い事なんだよね?」と中条。


研究室には湯山教授が居た。芦沼と真鍋、そして何人かの学生も居た。


「お前等、何で居るんだよ」と村上は学生たちに・・・。

「人工子宮で着床が成功するんだろ?」と笹尾。

「大きな成果なんだから、成功が待ち遠しいじゃない」と芦沼。

「立ち会わない手は無いですよ」と真鍋。

「みんな気持ちは同じさ。私にとっても記念すべき一歩だ」と湯山教授。


村上は「ありがとうございます」と教授に頭を下げる。

「それは結果を見てからだよ」と教授は言った。



実験室に入る。

無菌を保つアクリルケースに4つのビニールパック。中に小さなチップ型人口子宮。

最初の実験体チップに超精細顕微鏡カメラを当てて確認する。

受精卵は生きて、間質細胞の間に伸ばしている突起が見える。


「成功だ」と村上。

「やったね、村上君」と芦沼。

すると中条が「けど、これって成功なのかな? だって除外した物質が着床と無関係だって事だよね?」

「無関係だと解った事が成功なんだよ」と村上。

「けど、もし全滅してたら、単なるアクシデントって可能性もあるよね?」と中条。

「そーだった。成分を除外しないものも一緒に実験しなきゃ」と村上。

「一緒に実験しなかったのかね?」と湯山。

「すみません。忘れてました」と村上。

「まあ、終わり良ければ全て良しだ」と湯山。

「それより、次に行こうよ」と笹尾が促す。


4つの実験体を観察する。

2つが着床成功。2つが着床せず。この2つの成分を加えて必要物質のセットが揃った。



湯教授山が言った。

「人口子宮による着床の完成だ。おめでとう、村上君」

「ありがとうございます」と村上。

「それじゃ祝杯だ」と鮫島助手。

村上は「いや、俺、酒は飲めないんですけど」

「いいじゃん。一生に一度の大仕事をやり終えた後なんだから」と芦沼。


「それよりこれ、特許対策とかいらないのかな?」と笹尾が言い出した。

「産業スパイ対策か」と湯山教授。

「大陸国とかが嗅ぎ付けて、先に特許出願でもされたら、大変な事になりますよ」と鮫島。

「ネットで発表しますか? 周知の事実になれば特許は成立しませんから」と真鍋。

「彼等による後追いを助ける事になる。ある程度この後の成果を積み重ねてからの方がいい」と湯山。

すると村上が言った。

「なら、いい方法があります。文芸部の作品として簡単な報告を出すんです。それをこの研究室に置いておけば、既に発表した事になる。特許権はどこも先発明主義だから、既に発表したって言えれば、盗んでも特許は成立しません」


村上は文芸部室に行って、備え付けのパソコンで簡単な報告冊子を書き、製本して文芸部作品として登録した。

「じゃ、祝杯だ」と、その場に居た人達でお菓子と缶ビールを前に長机を囲む。

すると中条が「その前に拓真君たちに知らせなきゃ」


携帯で電話する村上。

「やったな、村上」と芝田の喜ぶ声。

「今、どこに居る?」と村上。

芝田は「渡辺のマンションでの毎年のパーティ、始まってるぞ。お前も来いよ」

「そのうち行く」と村上。



研究室で祝杯を上げる教授と学生たち。

強引にビールを飲まされる村上。

「これで心置きなく年を越せるね」と芦沼。

「本当に目出度い」と関沢。


すると湯山が「ちょっと待て。これから執筆が待ってるのは解ってるよな?」

「そうだった」と村上。

「先生、せっかく一仕事終えて現実逃避に浸ってる教え子に、その仕打ちはあんまりですよ」と宮田。

湯山は「いや、その・・・」と口ごもる。

「先生は鬼ですか?」と笹尾。

湯山教授、開き直る。

「俺は教育の鬼だ。大体、お前等のあのレポートは何だ。大体、研究ってのはだな・・・」


ビールを飲みながら学生たちに説教を始める湯山教授。

「先生、出来上がってるよ」と関沢。

「この人、説教上戸だから」と宮田。

村上は「俺、そろそろ行くわ。先生、高校の同級生が待ってますんで」

「そうか。気を付けて帰れよ」と湯山教授。

「お疲れ様です」と真鍋。

「じゃ、村上君、良いお年を」と芦沼。

「芦沼さんもね」と村上。



帰り支度を終えて荷物をまとめ、中条と一緒に研究室を出ようとした時、真鍋が言った。

「ところで先輩、どうやって帰るんですか?」

「俺の車だけど」と村上。

「先輩、ビール飲みましたよね」と真鍋。

村上は「あ・・・」

「飲んだら乗るな・・・だっけ?」と芦沼。

「どーしよう」と村上。


すると中条が「私が運転する。飲んでないから」

「けど里子ちゃん・・・」と村上は心配顔。

「免許は持ってるから。あれから3年も経ってるし、それなりに上達したと思う」と中条。

「いや、3年乗ってないって事はむしろ忘れてるんじゃ・・・」と村上。

「俺が運転して送ります」と真鍋が言い出すが・・・。

「お前も飲んだだろーが」と村上。

そして村上は「こうなったら警察が居ない事に・・・」と言いかけた時、湯山が言った。

「期待してしれっと運転・・・とか言わないでくれよ。正月目前に飲酒運転で逮捕とか縁起悪すぎだ」

村上は「解りました。里子ちゃん、頼む」



中条が運転席に座る。

「運転憶えてる?」と村上。

「何となく」と中条。

エンジンスタート。

中条は「アクセル踏むんだよね?」

踏んだ瞬間ガクンという衝撃とともにエンジン停止。

「そっちはブレーキだから」と村上。

「そうだった」と中条。


道幅の狭い農道に怖くて入れない中条。上坂に向けて国道をゆっくり走る。

背後に長蛇の渋滞列。

「盛大に社会の迷惑になってるような気がするんだけど」と中条のおろおろ声。

「たまにはいいさ。一生に一度の大仕事をやり終えた後なんだから」と村上。



昼前に上坂に着く。そして渡辺のマンションへ。

実験の成功を芝田から聞いていた同級生の仲間たちが、村上を歓声で迎えた。

「やったな、村上」と渡辺。

「頑張ったね、村上君」と坂井。

「後は卒業だけじゃん」と山本。


そんな山本に村上は「いや、卒論はこれから書くんだが」

「研究は成功したんじゃないの?」と水沢。

「論文としてまとめなきゃ。卒論なんだから」と村上。

「原稿用紙一枚だろ? 一時間で書けるじゃん」と内海。

「入試の小論文じゃないんだから。二万字くらいは書く事になるんだよ」と村上。

「二万・・・って」と内海絶句。

「原稿用紙だと50枚だ」と津川が口を挟む。

大谷は「大学って、彼女作って遊ぶために行く所じゃ・・・」

村上は「あのなぁ。研究して社会に貢献するために行くのが大学だ」


「それで卒業して研究所に勤めて、勉強は一生かけてかよ。建前臭が半端ないぞ」と佐川が笑う。

「いや、それなりに遊んだりするけどね、ってか佐川だって同じだろ。一生かけてイジメや暴力を撲滅するために、勉強を続ける訳だよな? 入院してまで」と村上。

「佐川君、どこか病気なの?」と水沢。

村上は佐川を指して、水沢に「こいつは院に入るんだよ。大学院にね」

水沢は「大学院って?」

「大学を出た人が勉強する所だ」と鹿島が笑って言った。

「佐川君すごい。勉強に人生を捧げるんだ」と水沢。

佐川は頭を掻いて「弁護士資格をとるために行くだけだけで、勉強が好きって訳じゃないから」



「弁護士ってエリートだもんね」と松本。

「けど片桐さんはそんな所に行かなくても、もう弁護士の資格取ったんだよね?」と吉江。

「佐川負けてるじゃん」と清水。

佐川は口を尖らせて「何と戦えって言うんだよ。片桐さんは目的があって頑張っただけだから」


「けど、佐川君もイジメ撲滅って目的があるんだよね?」と薙沢。

「中学の時にいじめられた仕返しで」と清水。

「恨み晴らさでおくべきか・・・って」と山本。

「何か暗い」と内海。

佐川は口を尖らせて「悪かったな」

その時、中条が言う。

「けど、特定の誰かにって訳じゃなくて、いじめの無い社会を作るんだよね? 立派な志だと思う」


佐川は目をうるうるさせて「やっぱり中条さんは天使だなぁ。村上、お前はいい彼女を持ったなぁ。羨ましいぞ。滅茶苦茶羨ましい・・・って、篠田さん、どうしたの?」

篠田は膨れっ面で「どうしたのじゃないわよ。何よ、こんな可愛い彼女が居るのに、中条さんみたいな地味な子がそんなにいいの?」

「いや、そういう訳では」と佐川。

「私みたいなのが彼女で悪かったわね。どーせ私なんかクラスじゃトップに媚びる提灯持ちだし、注射も下手な駄目ナースだし」と篠田は拗ね続ける。

佐川は冷や汗をかきながら「いや、篠田さんは十分可愛いよ」



彼等は地雷化した篠田から離れた話題を探した。

そして・・・。

「出世頭と言えば、何たって大谷だよな」と武藤。

「一軍に昇格してスター選手だもんな」と内海。

「スポーツで活躍して子供たちに夢を与えるためにバスケを始め、トップに上り詰める俺たちのヒーロー」と芝田が煽てる。

「いや、彼女作って遊ぶためにバスケを始めたんだけどね」と照れモードの大谷。

すると村上が「有名人になると、そこらでナンパとか出来なくなるぞ」

「パパラッチは怖いぞぉ」と小島。


大谷は「そんなのに負けてたまるか。ナンパは俺の人生だ。一生かけて世界中の女をモノにするんだ」

そんな大谷の隣で鹿島が、スマホを操作しながら「・・・と愛人氏が申しております・・・と。で、福原社長のメルアドが」

そんな鹿島を見て慌てた大谷は「録音したのかよ。で、それを輝美さんにチクるのかよ」

「探偵ってのはそういう仕事だ」と鹿島は真顔で言う。

「俺たち友達だよな?」と大谷。

「お前と友達になった憶えは無い」と鹿島。

「勘弁してくれよ」と大谷、涙目になる。


そんな大谷を見ると、鹿島は大笑いして「冗談だよ。俺もそこまで鬼じゃない」

「信じてたぞ」と大谷。

「お前には頑張って欲しいからな」と鹿島。

「頑張るとも。俺たちの結束は永遠だ」と大谷。



その時、坂井が言った。

「あの・・・鹿島君、今のって冗談だったの? 社長に連絡しちゃったんだけど」

鹿島と大谷は唖然とした顔で「坂井さん?」

「という訳で、大谷君に電話です」と坂井は言って、大谷にスマホを渡す。


大谷、恐る恐る電話に出て、「あの・・・輝美さん?」

「彰良君、今すぐこっちに戻りなさい。いいわね?」とスマホから福原社長の声。

「仲間とは久しぶりの再会なんですが」と大谷。

「いいわね?」と福原社長。

大谷は「はい」


そんな大谷を見て鹿島は「俺、知らないーっと」



そんな彼等を見て渡辺は「相変らずだな」と言って笑った。


そんな渡辺を見て村上は、彼とその周囲に居る仲間たちに「お前等も卒論は書くんだろ?」

「もうかなり仕上げた」と矢吹。

「余裕よ」と米沢。

すると芝田が「米沢さんも卒論はあるの?」

米沢は「あるに決まってるじゃない」


「米沢家の権力で免除なんじゃ・・・」と山本。

「うちを何だと思ってるのよ」と米沢。

「そうだよ。また寄付で研究施設を建てたんだから」と矢吹。

「つまり金の力で審査をフリーパス?」と秋葉。

「じゃなくて、研究資料をいくらでも使えるって話よ」と米沢。


「それはそれで不公平なんじゃないの?」と杉原。

米沢は言った。

「使う資料が増えれば、まとめるのも大変になるんだからね」

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