第294話 パソコンと実験の日々
村上とその仲間たちは、それぞれの卒論のために資料を集め、実験や試作を繰り返した。
資料が揃い、データが揃い、論の内容が固まる。そして本格的に執筆へと移行する。
先ずこの段階に辿り着いたのが、夏祭りの成果を元にして卒論を書く秋葉だ。
次に実験要素の無い中条は、様々な人のプロフィールと人格性向の解釈を記述し、論としてまとめる。
ウェアラブルパソコンのプロトタイプが完成した芝田が、続いて執筆段階に移行する。
パソコンに向かい合う孤独な作業で溜まるストレスを緩和するため、村上のアパートに集まって座り机を囲んでの作業となる。
パソコン作業をしながら芝田が秋葉に言った。
「なぁ、睦月」
「何よ」と秋葉。
「やらないか?」と芝田。
「やりたいの?」と秋葉。
芝田は「嫌ならいいんだ」
秋葉は「嫌だなんて言ってないわよ。私だってストレス溜まってるんだから」
そして秋葉は村上に「真言君もやる?」
「そうだね」と村上。
すると中条が「私もやりたい」
四人で体を求め合う。行為が終わって賢者タイムに入る。
「こういうの、何とかならないかな?」と村上。
「一人なら自分で処理するんだが」と芝田。
「私に無断で勝手に出す気?」と秋葉
「元々自分のものだと?」と村上。
何やら残念な空気を呑み込むと、村上は言った。
「そもそも何でみんなここに集まってるんだ?」
「だって秘密基地だし」と秋葉。
「一人だと気が紛れない」と芝田。
「真言君と居ると寂しくないから頑張れる」と中条。
「兄貴は市川さんと二人っきりの世界に入ってるし」と芝田。
そんな中で、秋葉が思い出したように「里子ちゃんのお祖父さんは寂しくないの?」
中条は「ご飯作ってあげなきゃ・・・とは思う。今日あたり帰ろうかな」
「そうしなよ」と村上。
すると秋葉が「ってか、いっそ里子ちゃんの家でやらない? 受験の時の真言君みたいに」
「お祖父ちゃんに聞いてみる」と中条。
中条が自宅に電話をかける。
電話を終えると中条は「お祖父ちゃん、喜んでた」
「ところで睦月さんのお母さんは一人で平気なの?」と村上。
「大丈夫よ。時々、男の人が来るの」と秋葉。
「愛人でも居るのか?」と芝田。
秋葉は「お店の常連さんよ。夫婦喧嘩の避難所みたいになってるのよ」
四人は手荷物とパソコンを持って中条家に行く。
「お世話になります」と、みんなで中条祖父に挨拶。
中条祖父は上機嫌で「自分の家だと思って下さい。また賑やかになるなぁ」
「結婚すれば家族になるんだから」と中条。
二階の畳部屋に荷物を置く。
中条祖父はお茶の道具を持って来ると「みんな執筆で忙しいでしょう。食事は任せて下さい」
「夕食を作ってあげなきゃって思って帰ったんだけど」と中条。
「里子も先ず、自分の仕事に専念しなさい」と中条祖父。
夕食になる。
おかずは、お雑煮に金団に昆布巻きに焼鮭。
(この人が食事作るのを頑張ると、こうなるんだった)と村上たちは心の中で呟いた。
そして主食の餡子餅を食べる村上たち。
「賑やかになったのが嬉しくて、つい」と中条祖父。
「毎日がお節だな」と芝田。
「食事は交代で手伝います」と秋葉。
仲間たちが執筆に入る中、村上だけは違った。
子宮内膜を模した人口子宮チップの人工間質細胞に充填する液体の成分の特定作業が進む。
自然子宮の間質細胞の細胞質から抽出し分析して得た成分のリスト。必要成分の候補からいくつか抜いて実験。
着床が成功すれば、抜いた成分は着床に必要無いものと判断される。
そのための実験で村上は大学と中条家を往復した。
次第に気候が寒くなる。
炬燵を早目に出して、その上でパソコンを叩く。
異性の体が欲しくなると、隣の部屋のベッドでパートナーを抱いた。眠くなるとそこで二人で眠った。
もう一組のために、畳部屋の隅に布団が敷かれた
「たまには気晴らしに出ようよ」と秋葉が言い出す。
秋が深まる中、上坂神社の公園に紅葉を見に行った。
神社の境内を歩く。
「人、増えてるみたいだね」と中条。
「観光客かな?」と秋葉。
神社の背後の森林公園を歩く。谷を埋める紅葉が美しい。
通りに出ると、VR装置の所に家族連れが居て、子供がゴーグルをかぶってはしゃいでいる。
カップルの女性がVR双眼鏡を覗いている。その前でポーズをとる男性。
「市役所の方に行ってみない?」と秋葉。
「何があるの?」と村上。
秋葉は「資料館が出来てるよ」
五階建ての市役所ビルの最上階の一角。
ガラスケースに古文書や刀剣、鎧、上流階級が使っていた調度品、昔の農家の日用品、そして遺跡からの出土品。
窓際に、固定された双眼鏡がある。上下左右に向けて見る角度を変えられる。
「通りにあったのと同じVR双眼鏡だね?」と村上。
「覗いてみてよ」と秋葉。
窓の外方向を覗いてみると、通りの向こうの工場や量販店がある筈の場所に、いかにも古代といった板葺き平屋の掘っ建て建物が整然と並ぶ。
「あれは?」と村上。
「鍋蓋遺跡の復原風景よ。通りの歴史的町並み景観のVRの技術を応用したの」と秋葉。
隣の区画の量販店の向こうに水田が広がっているあたりを双眼鏡で覗くと、湿地の中に沼地が点々とし、所々に森や集落が見える。
「昔はあんなだったんだね」と村上は呟いた。
中条家に戻って再び執筆する。
各自、書き進むにつれて、参考論文の中味が気になりだす。
四人とも、曖昧な記憶に関する悩みを口に出し始める。
「たしかこんな事が書いてあった筈だが?」
「用語はこれで良かったのかな?」
自宅にある論文のコピーを確認しに行く。やがてその手間が惜しくなり、秋葉が大量の論文コピーを持ち込んだ。
「執筆が終わるまで置かせて貰っていいかしら」と秋葉。
「駄目だって言ったら持って帰るのか?」と芝田。
「そんな訳無いでしょ」と秋葉。
「だよねー」と村上。
まもなく、村上も芝田も大量の論文コピーを持ち込んだ。
各自の資料は整然と積まれた状態から、どんどん散らばり出して、そこら中に散乱する。
四人の資料の山がどんどん混ざる。
四人とも、目当ての資料が見つからない悩みを口に出し始める。
「鹿込宿景観復原の論文はどこよ」と秋葉。
「私の所にある絵図の写真のあるコピーがそれなんじゃ・・・」と中条。
「このVRゴーグルの論文、芝田のだろ?」と村上。
「黄体ホルモンの機能について・・・って、真言君の資料よね?」と秋葉。
「ゴールドバーグ式性格類型の再検討ってコビー、里子ちゃんだろ?」と村上。
中条が「巨乳ナース乱れ咲きって薄い本は誰の?・・・」
残念な空気が漂い、村上と芝田の間に緊張が走る。
「お前のだろ?」と芝田。
「俺はお宝本はネットで済ます主義なんだが」と村上。
「お前だってコミケで同人誌買ってただろーが」と芝田。
「巨乳好きは芝田だろ」と村上。
「そうよね。真言君は貧乳好きのロリコンだものね?」と秋葉。
村上は「いや、それは・・・」
「どっちでもいいと思うの。きっと溜まってたんだよね?」と中条。
秋葉が「ちゃんと抜いてあげるから、この本は没収ね」
村上も芝田も「そんなぁ」
「何か文句ある?」と秋葉は彼等に言った。
村上と芝田は「無いです」




