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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第293話 最後の大学祭

11月に行われる恒例の大学祭。様々なサークルや有志が企画を立てる。

各学部のそれぞれの研究室に集まる学生たちも、様々な出し物を企画するが、四年生の多くは卒論に忙殺されるため、不参加の場合が多い。

村上たち四人も同様だった。


直前になって、村上のアパートで、当日をどうするかを相談する。

「で、見せる方にはならないとして、見る方としてはどうする?」と村上。

「最後の年だしなぁ」と芝田。

「とりあえず四人で、廻るだけ廻ろうよ」と秋葉。



村上・芝田・中条・秋葉で、各ブースを一通り廻る。

畜産部門の動物触れ合いイベントに行く。

漫研の即売会に行く。

心理分析研究会の心理テストに行く。

エスニック料理研究会のバザーではモニカがヒノデ料理をやっている。


パティシエ研究会では竹下と笹尾が居た。

「お前等、卒論は大丈夫なのか?」と村上は竹下と笹尾に・・・。

「企画は後輩たちに任せていて、私たちは単なる手伝いだから」と竹下。

「何か食べていかないか?」と笹尾。



パフェを注文する。出されたものを食べる。


「微妙な味ね」と秋葉。

「発酵させるとテキーラになる竜舌蘭の糖分を使っているのさ」と笹尾。

「それ、まだやっててるのか?」と芝田。

「せっかく開発した菌だからな」と笹尾。

「何を開発したって?」と秋葉。

笹尾は「農学部の遺伝子操作設備で竜舌蘭の遺伝子を組み込んだ大腸菌だ」

「何てもんを食べさせるんだよ。安全なんだろうな?」と芝田。

笹尾は「もちろん安全性は完璧だ。多分」

「多分って・・・」と村上たち四人。



コンピュータ研のブースに行く。


芝田の工学部の後輩たちが居る。

「どうだ? 評判は」と芝田が声をかける。

「上々です」と店番の後輩。

「そうだろうな」と芝田。

「エロ同人ソフトの売り上げがこんなに」と後輩たち。

「それじゃなくて、作画パソコンだよ。ってか教育機関のイベントで何てものを売ってるんだよ」と芝田。


後輩たちは「作画パソコンなら、あそこに人だかりが出来てますよ」

来客の一人がアニメーション作成機能を試している。



日本史学研究室のブースに行く。


講義室のひとつが割り当てられ、早渡や衛宮が上坂で作った景観VRのデモをやっていた。

いくつもの回転イスがある。

何人かの来客が椅子に座り、ゴーグルをかけて体験中だ。

部屋に入る村上たちを見て、衛宮が「いらっしゃい」

「調子はどうよ」と村上。

「上々です、やってみますか?」と衛宮。


村上が椅子に座る。

座りながら村上は衛宮に「上坂でやった時は椅子なんて無かったが、意味はあるのか?」

衛宮は「周囲を見回せるように、って事なんですが、実質安全策ですね」



ゴーグルをかけてスイッチを入れる。

上坂の江戸時代の町並みが眼前に広がる。

時代劇のような景色に、時代劇の恰好をした人達。


村上は思わず椅子から立って数歩歩く。

「危ない」と衛宮が叫ぶ。

村上は壁にぶつかる。

「大丈夫ですか。前が見えないんですから」と衛宮。

(安全対策ってのはそういう事か)と村上は思った。


村上はグーグルを外して「大丈夫だ」と答える。

衛宮はゴーグルを手に取って「どこも壊れてないよな」

「心配なのはそっちかよ」と村上。

「これ、高いんですから」と衛宮。



「他にも何かあるのか?」と村上は衛宮に訊ねる。

衛宮は「上坂市役所の向かいにある鍋蓋遺跡の復原景観とか、消失前の戸佐彦神社と神宮寺の景観とか」

「いろいろあるんだな」と村上。

「もう一つ、とっておきのがあります」と衛宮。

「何だ?」と村上。

「この県立大が建っている場所の千年前の景観ですよ」と衛宮は言った。

「つまりタイムワープの疑似体験って訳か。それはすごいな」と村上。



再生データを選択。ゴーグルを付けてスイッチを入れる。

VRゴーグルの中に現れた景観を見て、村上は「ただの松林だが」

「だってここ砂丘ですから」と衛宮。

「意味あるのか?」と村上。

「タイムワープというのはその場所での時間を遡る事に意義があるんです」と衛宮。

「ただの疑似体験で時間は遡ってないが」と村上。

「まあまあ、それでは地上300mまで上昇します」と衛宮。

「何だと?」


そう村上が言いかけると、いきなり周囲の景色が下に流れる。眼下に松林が広がる。

どんどん上空に登っていく感覚。目の前に広大な景色が広がる。


向こうに海。海岸と砂丘を隔てて反対側に広がる平野の多くは湿地で、大小の湖沼が見える。

その合間に点在する森と集落。

その平野の真ん中を流れる河川。その向こうに山並みが連なる。

(昔のこの地域はこんなだったのか)と、村上は呟く。


そして村上は辛そうな声で「もういい。止めてくれ」

「どうしたんですか?」と衛宮は怪訝な声で・・・。

村上は「俺、高所恐怖症なんだ」


中条・芝田・秋葉も体験する。ゴーグルを付けてきょろきょろしながらはしゃぐ中条。



人工子宮実験のブースに行く。生化学研究室の後輩たちが居る。

村上が彼等に声をかける。

「いらっしゃい」と後輩たちが村上に・・・。

目の前にある実験設備を見て、芝田は「毎年やってるよね?」

「中身は進歩してるけどね。着床実験のデモもあるんだ」と村上。


後輩は機器を操作し、顕微鏡カメラのモニターを示して「これが子宮に取り付いた受精卵です」

「何か伸びてるね」と中条。

「胎盤の形成が始ってるんだよ」と村上。

「これ、人工細胞なんだよね?」と秋葉は受精卵の周囲を指して言う。

「お前、こんな凄い事やってたのかよ」と芝田は村上に・・・。

「まだ未完成だけどね」と村上。



「この後、どこに行こうか」と秋葉。

「工学部棟の中庭でメカトロニクス研がドローンの空中戦やってるよ」と芝田。


中庭に面した廊下に構えたブースに小島が居た。三年生の武田も居る。

「お前、卒論は大丈夫なのかよ」と村上は小島に言った。

小島は「これが俺の卒論テーマでござる。ぬかり無し」


やり方を武田が説明する。

「VRゴーグルでドローンを操縦して対戦するんです。弾はペイント弾で、命中した機体は撃墜機と表示されて戦線から離脱します」

「壁や窓の掃除が大変なんじゃ・・・」と中条。

武田は「雨で簡単に溶けて流れる代物だから大丈夫。やってみますか?」


村上と芝田が対戦し、村上があっさり撃墜される。

「お前、この手のゲームはからっきしだな」と芝田が村上に・・・。

秋葉と芝田が対戦するが、ほぼ互角。


「自動操縦機とやってみますか?」と武田。

秋葉と芝田が二基の自動操縦機に挑む。

二人は必死に操縦するが、まもなく撃墜された。

「これ、強すぎだろ」と芝田。

「人工知能で学習させたんだよ」と小島。


「それが小島の卒論テーマって訳かよ」と村上。

「みんな頑張ってるね」と中条。

「けど結局遊びだよな?」と芝田。

だが村上は「そうでもないぞ。防衛でドローンが多用されて対人ドローンなんてのが出て来ると、ドローンどうしの戦って事にもなるからな」

「防衛のための研究は必要だよね。下手すりゃ狩られる側に立ちかねないもの」と秋葉。

「けど、日本学問会議の犬から物言いとか出かねないんじゃ・・・」と芝田。

「権力が怖くてオタクがやれるか」と小島。



そこを出た所で秋葉が言った。

「実用的なのでもう一つ、メカトロニクス研ので園田君たちがやってる企画があったわよね」


実演室の入口に机が置かれ、折り鶴が並んでいる。かなり下手だ。

中を覗くとロボットが折り紙を折っている。

上半身に二本の腕。頭部に二つのカメラアイ。下半身に移動装置として、三つの回転球体による移動機能。


三年生の毛利が居て、彼等を迎えた。

「いらっしゃい」と毛利。

「もしかして自立型ヒューマノイドのプロトタイプか?」と村上が毛利に・・・。

「そりゃすごい」と芝田。

「それが、ちょっと違いまして」と毛利。

「ところで園田は?」と芝田。

毛利は「あのロボが園田先輩です」

「はぁ?・・・」と村上たち四名唖然。


ロボットがこちらを向いて右手を上げた。

そしてロボットの口の部分のスピーカーが園田の声で「よく来たな、ゆっくりしていってくれ」

中条がふらふらとロボに向って歩ききながら「園田君、何でそんな・・・変わり果てた姿に」

すると毛利は「いや、実物の園田先輩はそこの隅ですけど」



園田が両手にパワーグローブを嵌め、頭にVRゴーグル。口元にマイク。両足でペダルを操作している。

ロボが横に居る中条を見て、困ったように頭を掻く仕草をする。

園田も顔を横に向けて、パワーグローブの手で頭を掻く。

「人がコントロールしてたんじゃない」と秋葉ががっかり声。


ロボットの口の部分のスピーカーから園田の声で「まあそう言わないでよ。実用化すれば使い道は無限さ。それにこれの元を作ったのは秋葉さんだよ」

「あのVR観光ドローンの事?」と秋葉。

園田は「VRカメラをドローンやロボットに載せてネットで繋いで観光地に行ける。人跡未踏の山じゃなくても、世界中の観光地をいくらでもハシゴできる。観光にロボットアームは要らないけど、技術を持った人が遠くに派遣されて仕事するよね? その仕事を居ながらにネットを通じて出来ちゃう」

「派遣業の革命じゃないか」と村上。

「ロボット自体は汎用だから、いろんな仕事の派遣作業に使える。一家に一台あれば家政婦仕事だって派遣介護だって医者の往診だって家具の修理だって。自宅に操作システムがあれば日本中の依頼に応えて全部家で出来ちゃう」と園田。

「けど、二階に上がれないよね?」と中条。

「脚部はこれからって事になるさ」と園田。

芝田が「足なんて、あんなものは飾りだ・・・とかは言わないのか?」

「何かのアニメの台詞か?」と村上は芝田に言った。



中条がロボットを操作している園田のところに行く。

あさっての方を向いてVRゴーグルを通じて村上と話している園田を見る。不思議そうに上着の裾を引っ張り、腕に触る。

園田はそれに気づき、ロボットのカメラアイで自分と中条を見た。

「中条さん、やってみる?」と園田。

「うん、やってみたい」と中条。



もう一つ、メカトロニクス研では、曽根を中心とした企画の実演がある。

その実演を見に行った村上たち。


農業科の野菜園芸部門の実習棟。野菜の実習用畑でトマトが実っている。

「今時トマトかよ」と芝田。

「ビニールハウスで育ててたんですよ。ハウスの設備を実演用に取っ払ってますけど」と真鍋が答えた。

曽根と渋谷、そして中川と真鍋も居た。



ロボの二つの足が、高さ1.5mほどの支柱で保護されたトマトの列を跨いでいる。

足の下には1mほどの長さの水平体に車輪が二個づつ。

足の上の四角いロボット本体から下にアームが伸びて、トマトを収穫している。

アームの先の四本の指が機用に動いてトマトを掴み、もう一本の細いアームについた小さい鋏がトマトを枝から切り離す。

「うまいものだね」と村上。

「指の先に感圧センサーがついてて、トマトを痛めないよう力加減をコントロールするんだよ」と曽根。


「これがあれば人手削減で凄いコストダウンだな」と芝田。

「現状では機械にかけるコストが嵩んで赤字になるんですけどね」と中川。

「意味無いじゃん」と芝田。

「コストダウンは出来そう?」と秋葉。

「露地栽培で夏のトマトの時期しか使わずに、年一回使って後は遊ばせるんようだと、コストの回収が難しいでしょうね」と中川。

「ハウス栽培で時期をずらした農場と共用するとか、果樹にも使えるようにして多用途化するとか、色々と手はあると思います」と渋谷が言った。

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