表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
290/343

第290話 ペルソナの根源

村上のアパートは、四人の遊び場から、次第にパソコンを持ち込んでの卒論執筆の場へと変わっていった。

ある時、中条は論文の構成を考えながら、ふと湧いた疑問を口にした。

「真言君って、理屈でものを考えるよね?」

「普通そうだろ?」と村上は言った。

すると芝田が「そうかな? やたら理屈っぽいのは、融通が利かないって言われるぞ」

「頭が固いとか?」と秋葉。

「俺、もしかしてボロクソに言われてる?」と村上。


「心理学的にはどうなの?」と秋葉が中条に訊ねる。

中条は「四つの類型があるって言うの。思考型・感情型・感覚型・直感型って。真言君のは思考型だね」

「すると感情型は、つまり自分の感情を押し通そうっていう?・・・」と芝田。

「ダイケーの人みたいな、ただのエゴイスト?」と村上。

「じゃなくて、自分や他人の感情をすり合わせで協調的に判断するって・・・」と中条。

「つまり他人の顔色を伺うキョロ充みたいな?」と秋葉。

「マスゴミが空気読めだのヒノデヘイターに共感しろだの全力で推奨してる悪習だな」と芝田。

「おいおい」と村上が抑えにかかる。


秋葉は「けど、里子ちゃんが喋れなかったのって、他人の感情を害するのが怖いからよね?」

「私って他人を顔色伺う駄目なキョロ充なのかな?」と中条。

「そんな事無いから。協調性があるのはいい事だよ。他人の気持ちを考えるから優しくなれる」と芝田。

「ダイケーの人がヒノデに対するヘイトに突っ走るのも、周りに合わせてるからだよね?」と秋葉。

「それで戦争に突っ走るって、私みたいなのが居るからなのかな?」と中条。

「そういうの止めようよ」と村上。



「感覚型って感情と違うの?」と秋葉。


「経験重視なんだって。今までの経験でこうすればこうなるみたいな」と中条。

「西風が吹くと桶屋が儲かるとか」と芝田。

「畑でボーっとしてると兎が勝手に切株に衝突して肉にありつけるとか」と秋葉。

「言う事が極端だな」と村上が笑う。


「けどそれが何で感覚?」と芝田。

「楽しい経験とか悲しい経験とかが、楽しさや哀しさの感覚に直結するみたいな」と中条。

「楽しい事が大好きな私の事ね」と秋葉。

「睦月は自爆兎に期待して畑でぼーっとしてるタイプか?」と芝田が笑う。

秋葉は「うるさいわね。夕食激辛にするわよ」



「直感型は?」と村上。


「思い付きで行動しちゃうタイプだって」と中条。

「つまり行動力って訳だ。俺じゃん」と芝田。

「後先考えずに突っ走る」と村上。

「無思慮無分別」と秋葉。

芝田は「お前等、俺を馬鹿だと思ってるだろ」


すると中条は「けど私、そんな拓真君が大好き。真言君も睦月さんも大好き」

その時中条は考えた。(彼らは何故、そうなったのだろう)



湯舟に一緒に浸かる村上と中条。

村上の膝の上に座る。背中が村上の胸と密着する。


中条は言った。

「真言君が物事を理屈で考えるのって、お父さんの影響だよね?」

「そうなのかな?」と村上。

「お父さんはお祖父さんみたいに道徳とか強調するのが嫌で、そうすべきって事の理由をちゃんと考えろって事で、言葉で示す真実を・・・って真言君の名前を付けたんだよね?」と中条。

「つまり俺のキャラは親父製かよ」と村上は笑う。


「真言君自身はどう思うの?」と中条。

村上は「どうだろ。それって卒論の?」

「そうだけど、真言君、言ってたよね? 恋愛って相手を理解することだって」と中条。

「そうだな・・・。自分の事って、見たくない事は見えなかったりするからな。むしろ身近に居た人から聞くほうが正確かもね」と村上。

中条は「お父さんとか?」

村上は「そうなるかな?」

「お父さんの連絡先、教えて」と中条。



翌日、中条は村上父に電話した。

「中条ですが、真言君のお父さんですよね?」

「何か聞きたい事とかあるの?」と村上父。


「人の性格って、その人が経験した事に起源があると思うんです。特に、救われたって感じたような。真言君って、すごく優しくて、いろんな事考えてて、論理的ですよね? お父さんがそんな風に育てたからなんでしょうか」と中条。

「そう育てたいと思って期待したように育つほど、子育ては甘くないよ。考えろって言う度にうるさがってたからなぁ。ただ、あいつって苛められた事があったの、知ってる?」と村上父。

「名前が原因で、暴力騒ぎになって、相手の親をお父さんが論破したんですよね?」と中条。


「あの後かな? あいつが俺を見る目が少し変わったような」と村上父。

「尊敬するようになったとか?」と中条。

「それは無いよ。ただ、物事をちゃんと考えるようになった。論理こそ人を救うんだ。それで正しさを見つける事で、その正しさが自分もみんなも守ってくれるんだ・・・って、そんな事をぼそっと言ってたのを聞いた事があるよ」と村上父は言った。



次に芝田の兄に話を聞いた。

「拓真君の子供の時って、どんなだったんですか?」と中条。

「母親が問題のある人でね」と芝田兄。

「お父さん、入り婿だったんですよね?」と中条。


「母の両親は厳しかったけど、まだあいつは小さかったからなぁ。祖父母が死んでから母が好き勝手初めてさ。俺にも拓真にも辛く当たって、無駄な買い物やら海外旅行やらエステやらカルチャーセンターやらで浪費しまくって、親父は危機感を感じて内緒の貯金始めたらしい。薄々感づいた母親はますます荒れて・・・」と芝田兄。

「拓真君が大学に行く学費がそれだったんですね?」と中条。

「親父が母親に秘密で俺に託したんだよ。親父が死んだ後、それが出てこないのは、結局道楽に使ったって事になって、ますます荒れて。親父という防波堤も無くなって、俺ら兄弟にもろに・・・ね」と芝田兄。


「お兄さん、辛かったですよね」と中条。

「俺も辛かったけど、拓真が居たからな。こいつは俺が守らなきゃ・・・って思ったんだよ」と芝田兄。

「それで拓真君、お兄さんの事を・・・」と中条。


芝田兄は言った。

「あいつ、言ったんだよ。兄貴だって子供なのに、何でそんなに強いんだ?・・・って。だから言ってやったのさ。大人も子供も関係無い。腕力や金のある無しでもない。ちゃんと自分は自分でいるんだっていう意思の力が大事なんだ。それさえあればお前だって自分や仲間を守れるんだって」

中条は思った。

(それが拓真君の救いだったんだ。自分の意思で行動する、行動力・・・)


「それでお母さんは?」と中条。

「村上君のいじめ事件は知ってるよね? あの時の加害者の親がママ友のババアどもの親玉でさ。母親はそいつらにいじめられて、精神病んで病気で死んだよ。結局母親には自分なんて意識は無かったのさ。ただ家族に対して好き勝手やってただけだった。だから、いじめられる側に立つとああなったんだな。俺はちょうど高校卒業する頃でさ。あの事件で村上君の親父さんが面倒見てくれるようになって、母親が死んだ後は探偵雇っていじめの証拠掴んで、ママ友の親玉を裁判に訴えてさ」と芝田兄。

「相手は市会議員だったんですよね?」と中条。

「そのダメージで落選したのさ」と芝田兄。



中条は秋葉の母に話を聞いた。

「私がシングルマザーだって事は知ってるわよね? 夫とか家族とかは女性を搾取するだけの存在・・・なんてウーマニズムの扇動を本気にしちゃってね。けど、あの子を一人で育てるのが辛くて、けど弱音吐いたら負けだって、無理に明るくふるまおうとしたの。睦月は昔から悪戯っ子でね」と秋葉母。

「昔からああだったんですか?」と中条。

秋葉母は「けど私は怒ったら負けだって思って。周りの人が代わりに怒ってくれたってのもあったんだけど、そのうち気付いたの。私を笑わせてあげたくて悪戯してるんだって」

「睦月さん言ってました。お母さんの事が大好きだって。みんなに叱られてもお母さんは解ってるって、それがあの人の救いだったんだと思います」と中条。

「私も、その時実感したの。これが家族なんだって。私は家族って自分を支配するだけのものだと思ってた。それで家族を見捨てたの。けどそんな私をあの子は見捨てなかった。本当の家族を見せてくれたのが、あんな小さな子供だったなんて」と秋葉母は言い、少しだけ涙ぐんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ