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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第29話 宮下さんの想い人

 宮下莉奈の、所謂「ガチレズ」と呼ばれる性癖がクラスの女子から警戒されるようになったのは、夏休み前に八木俊一から借りたレズエロ本がバレた一件からであるが、それ以前から宮下は、周囲に同じ嗜好のパートナーが居ない事による欲求不満があった。

 彼女は友人としては中学時代からの腐れ縁の藤河芳美がいたが、藤河は腐女子として同性愛至上主義ながらも嗜好は正反対で「ホモとレズはどちらが美しいか」でしばしば口論となった。

 水上からは「男子を威嚇する役目」で重宝されていたが、レズエロ本の件もあって、夏休みに入るとクラスの女子からもお呼びがかからなくなり、メールしても当たり障りの無い返事が返ってくるだけだった。



 そんな宮下が、暇を持て余して街を歩いていると、通りの反対側から、どうやら同性カップルらしい二人の女性が来るのに気付いた。

 年上らしい女性に見覚えがある。岩井俊也の姉だ。だが彼女は無類のブラコンで、人目もはばからず弟に過剰なスキンシップを繰り返しては迷惑がられている人だ。そんな事を宮下が考えていた時、岩井姉は連れの女性にいきなりキス。


宮下唖然。

(あの人、両刀使いだったんだ)


 思わず宮下は、スマホを出して二人の女性の写真を撮った。その時宮下は、その相手の年下らしい女性が、自分の好みのタイプである事に気付く。


「いいなぁ・・・」と呟く宮下。

 両刀使いとして美形の弟がいて、しかも恋人としてこんな美少女がいて・・・。



 それから数日、その美少女のことが宮下の脳裏から離れなかった。どうにか彼女に近付きたいが、他人の恋人で、しかも名前すら知らない。

 岩井姉に聞けば・・・。

 だが、恋人を奪いたい相手に頼る気にはなれない。


 宮下は悶々とした末、鞄の中に埋もれていた名刺を探し出した。

「鹿島英治探偵事務所」

 クラスの男子のひとりとして、鹿島は宮下の事を嫌っている筈だが、電話をかけると、探偵として頼られた鹿島は二つ返事で呼び出しに応じた。


 学校の空き教室で待ち合わせ、鹿島は宮下の話を聞く。スマホで盗撮した女性の写真を見て、鹿島はピンと来た。

「解るかもしれない。俺の想像が正しければね。少し時間が欲しい」

 そう言って鹿島は仕事を請け負い、二人は別れた。



 翌日、鹿島から「彼女の正体が解った」と連絡が来た。手近な公園で待ち合わせる。


 鹿島は宮下の前でノートパソコンの画面を開いた。

「この人だよね?」と確認。そこには上坂高校の制服を着た「あの女性」の写真画像。

「うちの生徒だったんだ・・・」と宮下。

 だが鹿島は笑いながら「これは合成写真。けど、うちの生徒なのは本当さ。しかも宮下さんが知ってる人だよ」

「え?・・・」


 鹿島は画像加工ツールを操作する。制服を変え、髪型を変え、化粧加工を外すと、そこにあったのは岩井俊也の写真だった。

 宮下は唖然とした。鹿島は楽しそうに説明する。

「つまり、岩井が女装させられて、連れ回されていたんだよ。大方、ブラコン姉の趣味なんだろうね。残念だろうけど、宮下さんの気になる人は男だ。まあ、世の中なんてこんなもんさ」



 鹿島と別れて帰宅した宮下は、だが事実を知った後も「あの女性」つまり女装した岩井の姿が、脳裏から離れなかった。

 確かに、岩井は女装が似合うタイプの美形だ。だが男だ。そんな相手が、なお気になる自分に宮下は戸惑った。

 悶々とした末、宮下は鹿島から岩井の連絡先を聞き出すと、岩井を学校に呼び出した。

 渋る岩井だったが「あなたの秘密を知っている」と言われて応じない訳にいかなかった。



 宮下は、誰かに話を聞かれないよう、人気の無い特別棟の廊下に岩井を連れ込む。

「秘密って何だよ」と言う岩井に、宮下は、あの女装写真を見せて言った。

「これ、岩井君だよね?」

 岩井は絶句する。

「これで俺を脅す気? 言っとくけどこれは、姉さんに無理やりやらされてるだけで、俺に女装の趣味は無いから」と岩井。


 宮下は言った。

「脅そうって訳じゃないの。もう一度、あの女装を見せて欲しいって、お願いしたいの」

「何で俺が、そんな事しなきゃいけないんだよ。だいたい俺、宮下さんの事嫌いだし、宮下さんだってそうだろ?」と岩井。

「仕方ないじゃない。今まで同じ趣味の女の人なんて居なくて、初めてそういう人に出会えたと思ったんだもん。それで期待したら岩井君で、でも期待した自分の中で納得できなくて、もやもやが続いて、だからもう一度見て、これが現実だって自分を納得させたいの。別にあんたの事が好きになった訳じゃないんだから、勘違いしないでよね」と宮下。



 その時、目の前の戸が開いて「それは面白い事を聞いた」と大きな声とともに現れたのは、藤河と八木だ。

「な・・・何であんた達がここに居るの?」と宮下。

「だってここ漫研の部室だよ」と藤河。

「あ・・・」

 宮下はようやく、特別棟の四階が部室が並んでいる場所である事に気付いた。


 八木は、はしゃいで言った。

「それより、レズをその気にさせる女装男の娘が、こんな身近に居たとは・・・」

 藤河もにやにやしながら言う。

「化粧道具は私が持ってるし、制服も私のを貸すから、さっそくここで女装開始しようよ」


 八木は岩井とは中学時代からの腐れ縁だ。その八木に無理やり部室に引っ張り込まれ、藤河に無理やり化粧される。

 かつらは無いので、髪をショートヘアでまとめ、完成した岩井の女装を見て、八木は「これはありだ」と大はしゃぎでべたべたやり出す。

 藤河も「男子と女装男子の絡み・・・これは美味しい」とにやにや。



 二人は岩井を、女装のまま校外に連れ出し、あちこち遊び歩いた。宮下は、とまどいながらついていく。

 そして思った。もしかして自分は女性が・・・というより、女性的なもの=美しさ・可愛いさという、自分の価値観に沿ったものが好きなだけではないのかと。

 そしてさっき岩井が言った「俺、宮下さんの事嫌いだし」の言葉を思い出し、胸がチクリと痛んだ。

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