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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第289話 母胎の欠片

着床とは、受精卵が子宮内面の内膜層に取り付き、胎盤の形成と本格的な胎児の成長が始まる現象だ。

これを人工子宮で実現するのが村上の卒論テーマだ。

そのために制作する、受精卵が取り付く子宮内膜層の機能を再現するチップ型人口子宮。

本物の子宮内膜はそこに栄養素を届ける毛細血管と、その間を緩い結合で充填する間質細胞、子宮内表面を覆う上皮膜、そこから子宮内面に顔を出して着床を誘引する成分を放出する微細な分泌腺である子宮線、といったもので構成される。


こうしたものを生体子宮からチップ上に移植したものでの着床は既に成功している。

後はこの各構成物を人工のものに置き換える作業となる。

先ず、子宮線の代替物だ。



教授に相談する。

「マイクロチューブで誘引物質を放出する事になるんですよね? チューブの根本から物質を含む溶液を供給して・・・」と村上。

「難しく考えすぎなんじゃないのかな。着床するまでの短い時間だけ機能すればいいし、機能といっても物質の放出だろ」と湯山教授。

村上は「確かに、そうですね」


誘引物質を閉じ込めたカプセルを内膜表面に張り付け、成分を含む溶液をゆっくり放出する・・・という事になる。

「考えてみれば、簡単ですね」と村上。

「問題は放出する誘引物質だよ」と教授。

「そうでした。生体子宮から採取したもの・・・じゃ駄目なんですよね」と村上。

「人工的に配合したものでなければ人口子宮とは呼べないからね」と教授。


採取した溶液を分析して、含まれる成分で必要なのもを選別し、その役割を考える。

これが成功したら、生体構成物の代替物として、間質細胞と上被膜の人工物。

そして細胞の隙間を流れる生体液の代替品。

この生体液は毛細血管から供給された酸素と栄養素を届けるが、何らかの関連生理物質を含んでいる可能性がある。

これを一つづつ人工物に置き換える。

村上は前途多難を感じた。



教授は言った。

「着床に必要な子宮管放出成分が判明したら、それだけで大きな成果だと思うよ。卒論を書くには十分だ」

「そうかも知れませんが、とりあえず完全人工化を目指します」と村上。


実験を進める。

チップには生体子宮の間質細胞と上被膜を移植し、その隙間に充填する生体液も生体子宮から採取したものを注入。

子宮管代替カプセルを取り付ける。最初は生体子宮の子宮管から採取した溶液を使う。

上皮粘膜を溶かして間質粘膜を分解する成分で間質粘膜層に穴が開き、受精卵が潜り込んで着床成功。 


子宮管から分泌された微量な溶液の成分を分析する。多様な多くの成分が含まれる中、関係無さそうな成分を除いて実験。

着床に成功したら、どれかの成分を除外して実験。

失敗したら、除外したものは必要な成分という事になる。成功すれば着床に関係無い成分という事になる。

図書館と研究室のコンピュータに記録された膨大な論文を読んで、必要と判明した物質の性格を調べ、その役割を考える。

これを繰り返して着床に関わる成分の組み合わせをほぼ判明した。



次は人工細胞だ。ゲル物質を凝固させて、別のゲル物質による疑似細胞膜で包む。

ゲル物質は受精卵が出す分解酵素に反応する物質を選ぶ。

とりあえず間質細胞の代わりにこの疑似細胞を充填し、上皮膜を移植して実験。失敗する。


間質細胞に含まれる成分を疑似細胞に封入して実験。失敗する。

「低酸素因子は間質細胞から出るものみたいだからね。上皮膜を隔てて受精卵に間質細胞が反応して低酸素因子を出すんじゃないのかな。受精卵から反応物質が出ているのかも知れない」と教授がアドバイス。

村上は「反応物質を取り出すのって・・・」

「難しいだろうね。その受精卵が出した物質に反応する人工細胞となると」と教授。

「いっそ人工的に穿孔してみましょうか。その場合の成功条件となると」と村上。

「受精卵が定着して間質細胞の間に突起を伸ばす、絨毛形成の開始だろうね」と教授。


マイクロマニュピレータで移植した上皮をはぎ取り、間質細胞層に穿孔。その中に受精卵を納める。

突起を伸ばさないまま細胞は弱った。失敗である。


「上皮に触れて反応物質を出す行程って必要なんでしょうか? 分解酵素を人工的に注入して上皮と間質細胞を溶かして、低酸素因子も人工的に添加するというのは」と村上。

「ものは試しというからね。やってみなさい」と教授。

着床は成功した。そして人工細胞に封入する物質の選別に移る。



千葉は博士論文にかかり切りとなっている。芦沼ら他の学生も各自の卒論にかかり切りの状態だ。

下級生として真鍋が時々、実験を手伝う。


実験しながら真鍋が訊ねた。

「エロ漫画の過激な奴で、子宮に挿入ってのがありますけど、ああいうのってどう思いますか?」

「無いな。子宮の内側にある内膜層ってのはやたら緩くて傷つきやすい。乱暴に扱うとすぐ傷つくし、そもそも神経が通ってないからセックスにすらならないと思う。ってかお前、そんな事考えてこの研究やってるのかよ」と村上。

「いや、単なる思い付きですよ。先輩はそういう事考えた事あるのかな?って」と真鍋。

「扱ってるのは兎や鼠の子宮だぞ。俺に獣姦の趣味は無い」と村上。

「けど、最終的には人間の出産を扱うんですよね? その、エロい所の奥にあるのが子宮でしょ?」と真鍋。


「例えば、覗き目的で物質を透過して見る事の出来る眼鏡を発明したと。それで服を着た女性を見たら、服だけじゃなくて皮膚や筋肉が透けて、見えたのは骸骨だった。興奮するか?」と村上。

「しませんね」と真鍋。

村上は「つまり、そういう事だ」

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