第286話 夏祭りは時を越えて
上坂の街並み復原プロジェクトを引き受けた早渡は悪戦苦闘していた。
早渡が文芸部室で秋葉に愚痴を言う。
「整理する資料が山ほどあるんだ」
「街並み復原って大変なんだね」と村上。
「早渡君の卒論は大丈夫なの?」と中条。
「それは自己責任」と秋葉。
「冷たい事言ってくれるよな」と早渡。
「助手として衛宮君を使ってるんでしょ?」
「俺ひとりじゃ手が足りなくて」と衛宮。
すると、新田と金田が「あの、私たちにも出来ますか?」と言い出した。
「データの集計だから出来ると思うが、文学より歴史の仕事になるぞ」と早渡。
新田が言った。
「文字文化コース志望ですが、テーマにしたいのは古典文学なんです。遊郭って、江戸時代の人情物とか、あの時代の文化の元ですよね? モテという概念は遊郭の女性にどうすれば好かれるって。売春だから金さえ払えばなんて客は振られるのが前提ですよね」
「つまり、俺と一緒に居たいって事かな」と言い出す早渡。
すると新田が「衛宮君が居るからなんですが」
伊藤が笑って「ま、3人で仲良くやりなよ」
すると金田が「伊藤君もやらない?」
「俺、理系だし」と伊藤。
衛宮が「データの整理だから歴史の知識が無くても大丈夫だと思うぞ」
新田と金田が「一緒にやろうよ、伊藤君」
四人の大学一年生男女が、早渡の指揮の元、上坂から持ち込んだ資料を使って景観復原に取り組む。
時折、教授のアドバイスを受け、図書館で参考資料を漁り、上坂に居る反町専門員と連絡を取り合う。
反町は現地での資料集めを続ける。
過去の絵図面を現在の地図と照らし合わせ、明治大正の地図と照らし合わせ、それぞれの場所に何があったかを探る。
明治時代の写真に写っている建物を、地図と照らし合わせる。
様々な文書に記載のある場所を、地図と照らし合わせる。
昔を知る人に聞き取りして出てきた場所を、地図と照らし合わせる。
昭和の航空写真から建物の屋根の様子を確認する。
反町は早渡に「ここの米屋とここの桶屋は外観の手掛かりが見つからないんだが」
「他の例から推測するしか無いですね」と早渡。
江戸の錦絵に描かれた米屋や桶屋の様子を元にイメージを作る。
こうして、景観復原案が形となった。
いよいよCG制作開始だ。
小島・大塚・田畑が、建物の上屋データを次々に入力する。
店の内部の様子をデータ化する。屋根や壁の表面形状データを作成して貼り付ける。
路面状態のデータを作成して貼り付ける。
通行人を何種類が作って配置する。
こうしてコンピュータの三次元空間に完成した江戸時代の上坂表通り。
「これで、視点と視覚方向を入力すれば、映像はバッチリ」と小島。
「VRなら視点は右目用と左目用が要るよね?」と大塚。
右目用と左目用の視点を設定して、システムに組み込む。
システムの入ったパソコンをVRゴーグルに接続する。
そして試着。
「本当に街中に居るみたいぞ」と小島は唸った。
とりあえず完成したシステムを秋葉が試す。芝田や村上、榊たち工学部の仲間が試す。
「これを実際の現場に持って行けば、疑似タイムスリップ完成ね」と秋葉。
「けど、見る映像が、これ付けてる本人の視点と視線にリンクしてないと駄目だよね?」と榊。
「自分がどこに居てどの方向を見てるか機械が判断する仕組みかぁ」と小島。
「街中に何か所かビーコン設置して、ゴーグルがそれを受け取って、どの方向からどの信号をキャッチしたかで自分の位置と視線を判断するってのはどうだ?」と芝田。
やってみよう・・・という事になる。
ビーコンを作成して、街中の何か所かに取り付ける場所を決める。
ゴーグルにセンサーを取り付け、ビーコンから受信したデータを解析して視点と視線を割り出すアルゴリズムをソフト化してシステムに組み込む。
完成したシステムを上坂の通りに持ち込んで、実験開始。
杉原と八木に連絡して、ビーコンを設置する個所の権利者の承諾を得る。
そしてビーコン実装。
刈部がゴーグルを装着する。
「本当に街中に居るみたいだ」と刈部。
「いや、街中に居るんだけどね」と村上。
首を動かすと視界も動く。上を向くと屋根の上が見える。
「昔の上坂ってこんなだったのか」と刈部は、ふらふら歩きだす。
「ちょっと、危ないわよ」と秋葉が叫ぶ。
刈部は何かにぶつかる。ゴーグルを外すと、いかついパンチパーマが睨んでいる。
「失礼しましたー」と叫んで全力で逃げる。
「ああ怖かった」と刈部。
「実質何も見えない状態だからな」と榊。
「装着した人がうろうろしない仕組みが必要だな」と村上。
「上から延びた棒の先に固定するとか」と芝田。
「いや、周囲を見回してこその臨場感だぞ」と芝田。
「ってか、うろうろしないように、ってんなら、小さい囲いみたいな中で見て貰えばよくね?」と小島。
「そりゃそーだ」と仲間たち。
再びゴーグルを装着。
「あの米屋って今のどこになってるんだ?」と刈部。
現状を確認しようと、つけたり外したり。
実験は一段落して、ゴーグルを外す。
「半透明にして、今の映像と重ねて見れないかな?」と刈部。
「ゴーグルにカメラを付けて、そのカメラ映像と重ねるってのはどうだ?」と榊。
「需要はあるかな?」と大塚。
すると秋葉が言った。
「ここ、お神輿は通るよね? 昔の街並みをお神輿が通ってる図を見れたら、盛り上がるかも」
「人や車が昔の街を通るとか、友達が歩いてる図と昔の街並みを重ねて、みんなで映像の中に入っちゃう」と村上。
「拡張現実だな」と芝田。
「具体的にはどうやる?」と刈部。
「カメラ映像の人や車を残して、建物とかの映像を消して、CGと重ねる」と田畑。
「どうやって消す?」と榊。
「CG処理では、消したいものを青く塗って、青い部分を消す」と大塚。
「建物に青いペンキをぶち撒けるか?」と小島。
「おいおい、乱暴過ぎだろ」と村上。
すると刈部が「青ペンキ買ってきたぞ」と言って、ペンキの缶を・・・。
「やらないから。んなもん買ってくるんじゃない」と芝田。
すると村上が言った。
「あのさ、人や車は動くよな? 建物は動かない。動かない部分を消したらどうよ」
「その手があったか」と仲間たち。
「けど、囲いの中で周り見回せるゴーグルなら、視点が動けば全体が動くよな」と芝田。
「うーん・・・」と全員、頭を捻る。
「囲いの中で見るゴーグルと別に、固定式の双眼鏡方式を作ったらどうかな?」と秋葉。
「いいかも」と、意見が一致した。
VR双眼鏡をVRゴーグルとは別個に製作。設置する場所を決めて、囲いと双眼鏡の固定支柱を設置。
一方では、昨年から始まった黒犬伝説のイベント準備も進行していた。
一仕事終えた早渡ら歴史考証班は、反町研究員に、あちこちの史跡に案内してもらっていた。
市役所ビル最上階に新設された郷土資料室。
古文書や刀剣、仏像の類が展示ケースに並ぶ。
市内の遺跡から出た出土遺物もある。土器や石器、木製品。細長い板に文字が書かれている。
衛宮はケース内の展示物を見て、反町に「木簡ですか?」と尋ねる。
「鍋蓋遺跡から出たものですよ。奈良平安の遺跡なんだが」と反町。
衛宮は「奈良平安で木簡って事は役所的なものですよね? すごい遺跡ですね」
「まあね」と反町。
「どこですか?」と衛宮。
「この向こうですよ」と反町。
窓から見下ろした通りの向こうの、遺跡があるという場所を眺める新田と金田。
「何もありませんけど」と新田。
「工場や量販店になってますから」と反町。
「復元建物とかは?」と金田。
「そういうのは特別な遺跡で観光用に公園化された所だけさ。普通は発掘したら埋め戻すんだよ」と早渡。
「量販店建ってますけど壊されないんですか?」と新田。
早渡は「壊される前に調査するのさ。遺跡って実はそこらじゅうにある。昔の人が活動してその痕跡が残れば遺跡だから」
反町は建物の向こうを指して「あの向こうの田んぼとか。用水掘る所を発掘して建物跡とか出たんですよ。耕作で遺跡の土が削られて土器の欠片とか拾うと遺跡として認定されるんです」
「って事は、発掘してない遺跡が殆どって事ですか?」と衛宮。
「採集された遺物から集落跡じゃないかってのもありますけど、まあ推測です。鍋蓋遺跡は発掘されて建物跡がたくさん見つかってますよ」と反町。
「それ、景観復原とかは?」と伊藤。
「出来ます。ってか、この模型がその復原です」と、大き目のガラスケースを指す。
ガラスケースの中には、小さな建物模型が並び、木立や水路や柵も表現されている。
「出来てるんじゃん」と一年生たち。
すると伊藤は「これ、CGデータにして、ここからVRゴーグルで見降ろせる・・・って出来ません?」
「街中でやってるみたいに?」と早渡。
「面白いかも」と反町。
祭りの当日。
村上たち四人が連れ立って中条家を出る。
「とりあえずVRゴーグルに行ってみようよ」という事になり、先ず、通りへ。
公開は始まっていた。八木が居る。
「調子はどうよ」と芝田。
「人気は上々だね」と八木。
子供がゴーグルを付けて囲いの中できょろきょろ。
「あ、お侍さんだ」
追いかけようとして囲いを乗り越える。
「危ない」と親らしい人が慌てて止める。
「ああいうの、どうしよう」と八木が困り顔。
「子供は何をするか解らん」と芝田。
「ゴーグル、紐で繋いだほうがいいね」
そう言って、八木が紐を貰って来て、ゴーグルを繋ぐ。
やがて、体験装置が一つ空いた。
「俺たちもやってみようか」という事になり、秋葉が試し、中条が試し・・・。
芝田の番。ゴーグルを装着してみる。
芝田は「すげー。タイムマシンで昔の街に居るみたい。あ、侍だ」
追いかけようとして囲いを乗り越えようとする。
囲いに繋がれたゴーグルの紐が張って外れる。
「子供かお前は」と村上があきれ声。
「拓真君は何をするか解らないわね」と秋葉が笑う。
「お前ら俺を馬鹿だと思ってるだろ」と芝田は言って、口を尖らせた。
双眼鏡の所に男女四人が居る。
一人が双眼鏡で覗き、残りの三人がその前でポーズをとる。
交代して別の人が双眼鏡を覗く。
わいわいやっているうち彼等は、係員の腕章をつけた八木の所に、クレームを持ち込んで来た。
「これ、写真撮れないんですか?」と・・・。
対応した八木が困っている。
携帯で小島に連絡すると、小島は「今後改良しますとでも言っとけ」
恐縮しながら説明して納得してもらう八木。
彼等が去ると、村上は八木に「大変だな」
「いろいろ注文付ける人が多くて」と八木。
「反応があるって事はいい事よ」と秋葉。
「卒論に書くネタが増えるものね」と村上は秋葉に言った。
神社に向かう。
実行委員会のある公会堂に顔を出す。
杉原が居る。
「調子はどう?」と秋葉が声をかける。
杉原は「評判は上々よ。あれこれ質問に来る人が多くてね。反町さんと早渡さんに対応して貰ってるんだけど・・・早渡さんはどこに行った?」
新田が早渡を引っ張ってくる。
「仮にも市の実行委員会のスタッフがナンパとかしてたら駄目じゃないですか」と、新田と金田に小言を言われる早渡。
そんな様子を見て、杉原は笑いながら「秋葉たちはお参り?」
「まあね」と秋葉。
「四人で楽しんできなよ」と杉原。
「アンケートとか町の人達からの反応とかは?」と秋葉。
「既に来てるわよ。こっちでまとめておくから」と杉原。
四人で石段を登って社殿で参拝し、公園で露店を巡る村上たち。
神社の石段の前では黒犬伝説の寸劇が始まっていた。
「恒例になったんだね」と村上。
女性客たちが盛んにスマホのカメラを向けてシャッターを押す。
「八上美園ってあんなに人気あったっけ?」と芝田。
「大谷君でしょ? 一軍に昇格してファンがついてるのよ」と秋葉。
離れた所で上坂高校漫研のテント。
黒犬伝説にまつわる漫画を売っている。豊橋と秋谷も居る。鈴木・田中・高梨も居る。
鈴木が村上たちを見つけて「こんにちは、先輩」
「売れてる?」と村上。
「このイベント見に来た人たちですからね」と田中。
「八木とかは来たの?」と芝田。
「八木さんの本もありますよ。さっき藤河さんと来て、藤河さんがBLが無いってぼやいてました」と鈴木。
「こんな所でBLとか見たくないけどなぁ」と芝田。
「ってか、自分で描けばいいのに」と秋葉。
「あの人も卒業制作で頭の中いっぱいだから。来年は気合入れて書いて来ると思いますよ」と高梨。
並んでいる漫画を見る。
「鈴木君的にはどれがお勧め?」と中条。
「これなんかどうです? 現部長が書いたものですけど」と鈴木が一冊の冊子を出す。
それを見て芝田が「現代ものじゃん」
二人の魔術師が互いの魔力を駆使して死闘を演じる。
それぞれ七人の使い魔を召喚して戦わせる魔術儀式としての対戦だ。
使い魔は過去の歴史や伝説上の英雄たちの魂。
一方が源吉惟とその部下を召喚。もう一方が黒犬甚兵衛とその部下を召喚する。
ざっと読んだ村上が「どこかで聞いたような話だな」
「それよりお前等の作品はどれだよ」と芝田が後輩たちに・・・。
高梨の作品は黒犬甚兵衛の怨霊の脅威を描いたホラー漫画。
田中の作品は甚兵衛の部下たちの、反乱に参加する以前の野盗時代の話。
それを見た中条は「衛宮君の小説に出て来る悪党みたい」
「鈴木から貰って読んだら面白かったんで参考にしたんです」と田中。
「豊橋と秋谷さんは?」と秋葉。
「俺たちは合作で、源吉惟を主人公にした恋愛物です」と豊橋。
そして八木の作品は、吉惟の恋人になる巫女と村の娘たちの百合日常系。
寸劇が終わり、武者行列となる。
行列を見ながら、芝田が「歩兵、増えてないか?」
「参加すればモテるって事で希望者が増えたみたい」と秋葉が言った。




