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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
285/343

第285話 就職戦線異状無し!

村上たち四年生の就活が本格的に始まる。

各種ガイダンスと企業説明会、求人情報の公開。



文芸部で四年生たちが集まっている時、そんな話題が出る。佐藤と佐竹も居る。

「中条さんは保育士かぁ」と佐藤。

「上坂市で?」と佐竹。

「公務員試験という事になるかな?」と村上。

「水沢さんがやった奴だね?」と芝田。


「佐藤君と佐竹君も採用試験だよね?」と中条。

「高校は県採用だけど、競争厳しいからなぁ」と桜木。

「斎藤さんがやった奴だよね?」と戸田。

「あんなふうに壊れかけたりするのかな?」と芝田。

「勘弁してよ」と佐藤・佐竹。


「俺たちは民間だから、就職課に相談に・・・って事になるな」と村上。

「秋葉さんは観光関係だよね? 市町村の観光課とか?」と佐藤。

「公務員は競争が厳しいからなぁ」と芝田。

「観光協会とか?」と佐竹。

「特殊法人も試験で競争が厳しいらしいよ」と村上。

「どうにでもなるわよ。ホテル戦略でアドバイスした所もあるし」と秋葉。



秋葉が就職課に相談に行く。

「観光関係ですか。なら大手ホテルはどうでしょうか」と就職課の人。

「採用希望の出ている所はどこですか?」と秋葉。



昨年アドバイスした所を見つける。そして連絡し訪問する。

歓迎を受け、あれこれ話した後、ホテルの現状を見て欲しいと言われて、案内される。


女性従業員が彼女を見て挨拶。

「いらっしゃいませ」

服装がバニーガールだ。


宴会場にミラーボールが下がっている。内装がキャバクラかホストクラブみたいだ。

「あれから従業員一同、やる気を出してあれこれ提案しましてね」と経営者が得意げに言った。

秋葉は脳内で呟いた。(駄目だこりゃ)



次のホテルに連絡し訪問。

歓迎を受け、あれこれ話した後、ホテルの現状を見て欲しいと言われて、案内される。


「どうも、おもてなしという言葉を勘違いしている人達が多くて。お客様を楽しませる事を派手に騒ぐ事だと思い込んだりするんですよね」と経営者。

「解ります」と秋葉は、前に訪問したホテルを思い出して、言った。

経営者は「やはり高品質で重厚な雰囲気が大切かと」と自信顔。


浴室に案内される。浴槽が金色に塗装されている。

「かなりコストがかかっているのでは?・・・」と秋葉が経営者に訊ねる。

「金に似せてありますが、金ではありませんので」と経営者。

秋葉は頭が痛くなり、「ちょっとトイレ、お借りします」


洋式トイレの便器が金色に塗装されていた。

秋葉は脳内で呟いた。(駄目だこりゃ)



次のホテルに連絡し訪問。

歓迎を受け、あれこれ話した後、ホテルの現状を見て欲しいと言われて、案内される。


「どうも、高品質=金銭的な豪華さと勘違いしている人達が多くて。やはり伝統的な詫び錆というものを大切にする事こそ正道かと」と経営者。

「解ります」と秋葉は、前に訪問したホテルを思い出して、言った。

客室に案内される。


内装が廃屋のように見え、板壁があちこち破れている。

「隙間風とか入りませんよね?」と秋葉。

「そういう雰囲気を演出しているだけですから」と経営者。


女性従業員が茶釜から器に茶湯を注いで差し出す。

「お茶をどうぞ」

「どうも」と言って、秋葉はお茶を受け取る。

器があちこち欠けていた。

秋葉は脳内で呟いた。(駄目だこりゃ)



帰宅してベットに横たわる秋葉。

(ああ、疲れた)と心の中で呟く。

愚痴を聞いてほしくなって、上坂市の観光課に居る杉原に電話する秋葉。

「そっちはどう」と秋葉。

杉原は「順調よ。それより秋葉、就活だよね? 観光協会の会長が会いたがっていたわよ」



秋葉は市役所を訪れ、役所建物の一角に間借りしている観光協会の事務局へ。

受付で「県立大の秋葉ですが」と、用件を伝える。会長室に通される。


ドアをノックして会長室へ。

型通りの挨拶を交わすと、会長は秋葉に言った。

「就活中だそうだが?」

「おかげ様で」と秋葉。

「決まりそうかね?」と会長。

秋葉は「おかげ様で引く手あまたです。ですが、やはり生まれ故郷の上坂の発展のために尽力するというのが、一番やりがいがあると思うんです」

「悪いがうちに採用の予定は無い」と会長。

「そうですか」と、がっかりする秋葉。



会長は笑って言った。

「君は解りやすいな。実はうちに人を雇う予定は無いが、近々組織を立ち上げる動きが、県レベルであってね」

「どんな?」と秋葉。

「シンクタンクだよ。北東銀行が中心になって、地域経済を盛り上げるための戦略を練って提言する組織を創るんだ。観光戦略の部門もあってね、人材は居ないかという話になって、君の名前が出た。やる気はあるかい?」と会長。

「是非、お願いします」と秋葉。


会長は連絡先を渡す。

「ところでその服装、ずいぶん渋い趣味があるんだね?」と会長。

「祖母の形見です」と秋葉。

会長は怪訝な顔で「その人は実在しなかったんじゃ・・・。もしかして、大学祭の時のマネキンが着ていたものか?」

「杉原に、会長が会いたがっている・・・とか言われた時、説明会で祖母の話をした時の会長を思い出しまして」と秋葉。

「いや、あれは・・・」と会長は慌てた。

秋葉は、そんな会長の反応を楽しむように「不幸な境遇に落ちた、まだ見ぬ女性に恋をするって、素敵だと思います」

「いや、そういう訳では・・・」と会長は赤くなって汗を拭いた。



秋葉はシンクタンク設立準備室に連絡した。

面接を受け、まもなく内定通知が来た。



芝田が就職課に相談に行く。

採用計画のあるコンピュータメーカーを、とにかく片っ端から当たってみようと思った矢先、小島から連絡が来た。


「就活はどんなん?」と小島。

「パソコン作ってる所をいくつか当たろうかと思うが、お前は?」と芝田。

「ゲーム会社から内定貰った」と小島。

「もうかよ」と芝田。

「バイトの伝手でな」と小島。

芝田は「その手があったかぁ」


そして小島が「それより、オタク仕様のパソコン計画してる所があるんだが」

「どこだよ」と芝田。

小島は「阿蘇通さ」

かつては内外で知られた総合電子通信メーカーだが、業界の例に漏れず停滞が続いている。春月にも開発拠点がある。

「通り一遍な事やっても埋もれるから、差別化を図ろうって言うんだが、行ってみたらどうよ」と小島は言った。



芝田は阿蘇通に連絡して書類を整え、面接を受ける。

面接室で芝田と向き合う面接官は言った。

「君は大学ではどんな事をやっていたのかね?」

「画像作成に特化したパソコンシステムです」と芝田。

「どのような?」と面接官。

「これです」と芝田は言って、鞄から実物を出してみせた。

既に電源を入れた状態の作画コンピュータのモニターを開き、あっけに取られている面接官の前で得々と実演する。


「このように標準形のキャラクターを元に、各部位を操作して、顔やスタイルを自在に変化させて好みの美少女キャラを・・・」

そんな芝田に面接官は「もういい。しまいなさい」

芝田がパソコンをしまうと面接再開。


「とりあえず、わが社を希望した理由について教えてくれますか?」と面接官。

「面白い事をやっていると聞きました」と芝田。

「それがパソコンという訳か。だが、それ以外の部署に配属されたら、どうするね?」と面接官。

「そこを面白くします」と芝田。


「面白いとは、誰にとって?」と面接官。

「ユーザーにとって、ですよね? けど、面白い商品は誰にとっても面白い。もちろん開発する側にとっても」と芝田。

「つまり君にとって仕事とは遊びという訳かね?」と面接官。

「ホモルーデンスという言葉があります。人間の本質は遊びであると」と芝田は食い下がる。

「そんな事を言っていられない危機的な状況になったら、どうなるかね?」と面接官。

「強大な障害ほど、それを突破する事に遣り甲斐と喜びを感じるものではないでしょうか」と芝田。



面接を終えて、阿蘇通を後にする芝田は、建物を振り返って、つぶやいた。

「何だ、あの説教ジジイは」


小島に電話する。

「どーだったよ」と小島。

芝田は「どうもこうもない。せっかく作画コンピュータの現物見せて実演までしたのに、あれこれ難癖つけた挙句に、仕事で遊ぶんじゃねーよみたいな・・・」

「年寄りは頭固くてナンボな」と小島は笑った。

「他、探すわ」と芝田。



芝田は他のメーカーを廻り始めた。

だが、数日後、阿蘇通から内定通知が届いた。

村上のアパートで内定通知を前に首を傾げる芝田。


「どう思うよ」と芝田は村上に・・・。

「わざと煽ったんじゃないのか? 人は怒らせると本質を見せるって言うからな」と村上。

「つまり、俺の本質が得難い価値あるものだって事か?」と芝田はドヤ顔になる。

「すぐそうやって調子に乗る」と言って村上は苦笑した。

「そういう単純な所が扱いやすくて便利だって事じゃないかしら」と秋葉。

「お前等、俺を馬鹿だと思ってるだろ」と芝田は言って口を尖らせた。



村上が就職課に相談に行く。

採用計画のある製薬メーカーを見繕い、それらの会社を廻り始めた。


その合間に研究室に行くと、湯山教授から話があった。

「村上君、君に会いたいという人が居るんだが」と教授。

「俺に?」と怪訝顔の村上。

「就活中なんだよね?」と教授。

「はい」

教授は「米上製薬の研究所の志村君だよ。連絡が欲しいそうだ」



村上が志村に連絡すると、研究所に来て欲しいとの事。

志村の居る研究所に向かう村上。


研究室のソファーで志村は村上に向き合い、言った。

「就活はどうだい?」

「ぼちぼちですが」と村上。

「うちに来る気は無いかい?」と志村。

「米上製薬に、ですか?」と村上。

「いや、来年を目途に本格的な人工子宮の研究所が設立されるんだが、そこのスタッフに、という事さ」と志村。


村上、唖然。そして言った。

「うちからでしたら、芦沼さんとか千葉さんとか」

志村は「芦沼さんは大学院に進んで、ゆくゆくは湯山教授の後継者になるって言われている。千葉君は農学部の久米教授の助手に、という方向で話が進んでいてね」

「それで俺に?」と村上。


「君は人工子宮で着床を実現させようとしているそうだね?」と志村。

「成功するかは解りませんよ」と村上。

「成功しないにしても、必ず新しい知見は出る筈だ。それが科学を先に進めて行くんだよ」と志村。

「そうなったらいいですね」と村上。


志村は言った。

「君が書いた"正義の偽物"って本、実は米沢老に見せたのは俺なんだ。何が客観的事実かというのは、ただ言い張ればいいというものではない。近代科学が形になるために必要な概念なのに、常に揺らいでいる。君のような人が必要だ。やってくれるかい?」

「よろしくお願いします」と村上は言った。

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