第284話 思い出の湯
「これから就活に卒論に、という事で、あまり遊べなくわよね。温泉旅行納めに行かない?」
村上のアパートに居る時、秋葉がそう言い出した。
「どこに?」と村上。
「上坂温泉よ。高校の時に、あなた達三人で行ったのよね? 私だけ行った事無いとかあり得ないから。里子ちゃん達がやった事、全部やるからね」
「滝で泳ぐのも?」と芝田。
「当然でしょ?」と秋葉。
「けどなぁ」と、村上と芝田。
旅館を予約する。当日は他に宿泊客は居ないとの事。
当日、村上の車で現地に向かう。
卒論のための実験で大学に行き来する必要が増えるという事で、父親に買ってもらったのだ。
「これからは登下校はお願いね」と秋葉。
「秋葉号はお役御免か?」と芝田が笑う。
「今まで散々甘えてたからなぁ」と村上。
「まあ、卒論の調査で別行動も多くなるし」と芝田。
「ところで、温泉に行く前に何か所か廻ったのよね?」と秋葉。
最初は大きな欅のある神社に行く。
「ここでお弁当を食べたのよね?」と秋葉。
「昼食には早いと思うよ」と村上。
「いいのよ、あなた達がやった事は全部やるの」と秋葉。
「お弁当は逃げないから」と芝田。
「お弁当はどこで食べるかが大事なの」と秋葉。
「落ち着こうよ睦月さん」と中条。
その後、古い伝説のある湧水に行く。
古い伝説のある観音堂に行く。
古い伝説のある不動を祀った巨岩に行く。
そして古い伝説のある小さな洞窟に行った。
「古い伝説シリーズね」と言って秋葉が笑った。
「睦月さんの観光戦略で言う、その場所の物語だよね?」と村上。
「そうね。それで最初に行った大きな欅には伝説は無いの?」と秋葉。
「あそこは聞かないなぁ」と村上。
すると秋葉が「実はあるの」
「そうなの?」と村上。
「あの神社の欅って、去年のお祭りの時に観光課の人から聞いたんだけど、こんな伝説があるそうよ」
そう言って、秋葉は語り始めた。
「村には昔、領主の鷹狩の場所があって、毎年訪れる若殿に、村の庄屋の娘が恋をしたの。それで、もてなしの御馳走は自分が用意するって言って、頑張ってご馳走を作ったんだけど、若殿のご飯の中から縮れたアソコの毛が出てきたの。庄屋が必死に失礼を詫びると若殿は、若い女性の陰毛は"けがない"という事で、鷹狩の時怪我をしないようにという縁起の良いお呪いだと言って、とりなしたの。娘は庇ってくれた事に感謝したけど、みんなの前で恥をかいた事に耐えきれず、その夜、若殿の寝室にしのんで一夜の相手を求め、その後、あの欅で首を吊って自殺したそうよ。それで、娘の呪いで、あの木の根元で食事をすると・・・」
「私たち、あそこでお弁当、食べたよね?」と中条。
「どうなるの?」と村上。
「とても恥ずかしい事が起こると」と秋葉。
「何だよそれ」と芝田は笑った。
けれど中条は「それじゃ、あの水着も」と・・・。
村上と芝田も思い出して「祟りって、もしかして本当に?」と青くなる。
すると秋葉は大笑いして言った。
「という伝説を捏造してみました。全部嘘だから」
「睦月さんっ!」と三人が口を揃え、秋葉は「てへ」
旅館に着いてチェックイン。
「お部屋は一部屋でよろしいですか?」と旅館の人が予約内容を確認。
「はい」と村上。
「ご兄弟ですか?」と旅館の人。
「そうです」と村上。
旅館の人は怪訝そうな顔で「あの、もしかして、以前もいらっしゃった事が・・・」
村上は「兄弟になったんです。親の結婚で。あは、あはははは」
部屋に荷物を置く。
芝田は時計を見て「まだ11時を回ったところだよ」
「やたら早く着いたね」と中条。
「あの時はバスと歩きだったからなぁ」と村上。
「先に滝に行っちゃう?」と芝田。
「今日のうちに泳いじゃおうよ」と中条。
「とりあえずそこで昼食だ。あの時もあそこでお昼を食べる予定だったんだから」と村上。
「それはカレーでしょ?」と秋葉。
「細かい事は気にしない」と村上は笑った。
宿に荷物を置き、車を置いて歩く。
滝に到着。秋葉が滝を眺めて、言った。
「ここが上坂滝ね。滝壺、広いわね」
「それじゃ、着替えて泳ごうか」と秋葉。
「その前にお弁当にしよう」と村上。
四人、各自で持ち寄った弁当を広げる。
秋葉の弁当は相変わらず豪華だ。
「真言君は相変わらずの手抜き弁当よね?」と秋葉。
「あの時もこうだったからなぁ。再現するんでしょ?」と村上。
秋葉は「そこまで同じじゃなくていいわよ。それで里子ちゃんも再現?」
「まだ料理のレパートリーが少なくて」と中条。
「まあ、女子力で私に敵う人は居ないから。ほーっほっほっほっほ」と秋葉。
芝田が弁当を開く。秋葉に負けない中味を披露して、芝田は言った。
「早苗さんが張り切って作ってくれたぞ」
「ちょっとは空気読みなさいよ」と、秋葉が不機嫌声で言う。
「あの時もこうだったんだが」と村上が苦笑した。
食べ終わって、泳ごうとという事になり、服を脱ぐ。各自は下に水着を着ていた。
二人の女子の水着を見て二人の男子は唖然。
「里子ちゃん、その水着」と村上が言った。
あの古い濡れ透けの白スク水だ。
「他に人も居ないし、今はもう見られてもいいかな・・・って」と中条は頬を赤らめて言う。
「まあ、全裸じゃないからね」と秋葉。
「睦月はマイクロビキニかよ」と芝田。
秋葉は「里子ちゃんの濡れ透け水着に対抗するには、これくらいしないとね」
「いや、対抗しなくていいから」と困り顔の村上。
「とにかく水に入ろうよ」と秋葉。
四人で滝壺に入る。深い所で首まで浸かって泳ぐ。
「水、冷たくて気持ちいいよね」と中条。
「気持ちいいのか?」と芝田。
「それより二人とも、他の人が来ないとも限らないんだからね」と村上。
「隠れた名所なんでしょ? 人なんか来ない・・・」
そう秋葉が言いかけた時、河原の方から声が聞こえた。
「あの、滝の写真撮りたいんですが、いいですか?」
一人の男性がカメラを持って立っている。
「人、来ちゃったよ」と芝田。
「写真に入っちゃいますよね? 今、どきます」と秋葉。
水から上がった二人の女子を見て男性は一瞬凍り、すぐに横を向いた。
その反応を見て、秋葉と中条は自分たちの姿を思い出した。
「見られちゃったかな?」と中条。
「いいんじゃない。全裸じゃないんだから」と秋葉。
人の居なくなった滝に向けてシャッターを押しながら、男性は言った。
「皆さん、カップルですか?」
「そうです」と秋葉。
「仲良しなんですね?」と男性。
「何なら一緒に泳ぎません?」と秋葉。
すると男性は「遠慮しますよ。水、冷たそうだし。まだ泳ぐには早いと思うんですが」
「そうですよね。だから言ったじゃん」と芝田は秋葉に・・・。
「だって」と秋葉。
村上は説明した。
「前に三人で来たんです。その時この人居なくて。それで自分だけ仲間外れは嫌だって、また来まして」
男性は笑った。
「それより、もう服、着ようよ。体、冷えちゃった」と中条。
男性は反対側を向き、四人は着替え始める。
着替えを始めつつ、芝田が思い出したように言った。
「ところで、あの時何で早めに上がったんだっけ?」
「里子ちゃんの水着を胡麻化すためだろ?」と村上。
「もっと建前的に何かあったような」と芝田。
中条が「そういえば、蛭が・・・」
その時、秋葉が「ちょっと、これ、何よ」と大声を上げる。
男性も反射的に視線を向け、慌てて反対側を向く。
しゃがんで足を開いた秋葉の太腿の内側に、血を吸って肥大化した蛭がへばり着いている。
「真言君、拓真君、何とかしてよ」と秋葉が泣きそうな声で・・・。
「無理に剥がさない方がいいよ」と村上。
村上は素早く荷物からライターを取り出し、細い枯れ木を拾って火をつけ、燃えさしにして蛭の背中に押し付けた。
ジュッと蛭の背中が焦げる音がして、ひとくねりするとポトリと落ちる。
着替えを終える四人。
「夏になって暑くなると、気持ちよく泳げるんですけどね」と村上。
男性は「夏になったら彼女と来ますよ」
「蛭には気を付けて下さいね」と中条。
そして男性は、滝の上へ登って上流を歩いて行った。
滝の前で四人で相談する。
「これからどうしようか」と芝田。
「明日は上流に行こう」と村上。
「川原の広い所でカレー作って」と中条。
「イワナが居たのよね?」と秋葉。
「今年も捕まるか解らないからね」と村上。
「それでカレーを焦がして?」と秋葉。
「わざと焦がす気かよ」と芝田。
旅館に戻り、一息つく。
「お風呂に入ろうか」と芝田。
すると秋葉が「他に泊り客は居ないし、四人一緒に入らない?」と言い出した。
四人で男湯に入る。
「やっぱりみんなで大きなお風呂に・・・っていいわね」と秋葉。
お湯の中でイチャラブする四人。
「悪くないな」と村上。
「それで生理現象で?」と秋葉がふざけて二人の股間に手を伸ばす。
「それはいいから」と、困り顔の芝田と村上。
その時、脱衣場からの入の口の戸が開いて、聞き覚えのある声が・・・。
「皆さんも一緒でしたか」
と言ったのは、さっきのカメラの男性だ。
彼と二人の女子と視線が合い、全員凍り付く。
「失礼しましたー」と言って彼は慌てて脱衣場に戻った。
「皆さんが上がったら入りますから」と男性。
「いや、私たちが女湯に行きます」と、秋葉と中条。
「仲良しな皆さんの邪魔は出来ませんから」と男性。
その時、秋葉が「あの、一緒に入りません? 私、気にしませんから」
中条も「私も気にしない」
「だそうですよ」と村上。
「けど・・・」と困り声の男性。
村上は「下半身の事は気になさらず、ただの生理現象ですから」
「けど、お前等もタオルくらい巻けよな」と芝田が女子二人に言った。
「俺がとって来る」と言って、村上が脱衣場へ。
村上が脱衣場で女子達のタオルをとって、男性を連れて戻る。
バツの悪そうな顔で湯舟に入る男性。
男性は事情を話した。
「上流を歩くうちに時間が経ち、遅くなったのでここに急遽宿をとったんです。皆さん、いつもこんな風に?」
「一緒に入れる所なら」と村上。
「仲いいんですね」と男性。
秋葉はふざけて「夜は4P5P当たり前と言われてます」
芝田は慌てて秋葉に「そういうのはいいから」
「それで、こういう所には?」と男性。
「温泉巡りが趣味で、大学で観光戦略をテーマにしてるんです。就活とか卒論とかを控えてしばらくお預けになる前にと」と秋葉。
「そちらは?」と村上が男性に訊ねる。
「いろんな所を巡って写真を撮るのが趣味でして」と男性。
「どんな所を廻ったんですか?」と秋葉。
風呂を上がり、食堂で食事。
これまで行った場所について話す男性。会話が弾んだ。
双方の部屋に引き上げ、村上たちは2つの布団の中で4人が求め合った。
翌日、男性は自分の車で家路につき、村上たちは滝の上流を歩き、河原でカレーを作った。
大学に戻っていつもの日常。部室で備え付けのパソコンをいじる。そして秋葉がそれを見つけた。
「何よこれ」と秋葉は言って、そのページを仲間たちに見せた。
村上はそれを見て「旅行関係のブログの記事だね。"上坂の滝で天使と女神に遭遇"って・・・」
「これ、俺たちの事だよね?」と芝田。
秋葉が読み上げる。
「滝壺には、季節外れの水遊びに興じる4人のカップル。女子はマイクロビキニの黒髪ロング巨乳美女と、子供体形な白スク水着美少女・・・って」
「かなり盛ってるな」と芝田。
「盛ってるって何よ」と秋葉。
「太腿の蛭の事まで書いてる」と中条。
「何か恥ずかしい」と秋葉。
「まあ、写真は滝だけで俺たち写ってないし、俺たちの事だって誰も解らないだろ」と芝田。
「まあ、そうだけど」と秋葉。
その時、佐藤と佐竹が部室に来る。
佐藤はスマホの画面を出して、言った。
「この旅行ブログに載ってるのって秋葉さんと中条さんだよね?」
経済学部の時島と栃尾が部室に来る。
時島はスマホの画面を出して、言った。
「この旅行ブログに載ってるのって秋葉さんと中条さんだよね?」
全員唖然。
秋葉はヤケクソな笑顔で立ち上がって、言った。
「そうよ。私が女神よ。平伏しなさい。拝みなさい。女神様とお呼び。ほーっほっほっほ」
「睦月さんが壊れた」と村上が慌てる。
「しっかりして、睦月さん」と中条。
「けどこのブログ、非モテ男爵の風景探訪・・・って」と芝田。
「あの人、彼女居るって言ってたよね?」と中条。
「見栄張ったんでしょ?」と秋葉。
「というより、キャラ作りで非モテ名乗ってるだけじゃないかな?」と村上。
その時、栃尾が「ある意味両方本当だよ」と言った。
「栃尾君知ってる人?」と秋葉。
栃尾は言った。
「ブログ始めた後で彼女が出来たんだよ。いつでも連絡つくけど、紹介する?」
「お願いだから止めて」と秋葉は慌てて言った。




