第283話 ナンパ野郎衛宮君
衛宮が日本史研究室に出入りする中、四年生の早渡は、彼に秋葉が依頼した上坂町並み再現プロジェクトを手伝わせるようになった。
そんな中で早渡は、衛宮に先輩風を吹かせ、あれこれ面倒を見てやろうという気になる。
その方向は間もなく早渡の最大の趣味に向いた。つまりナンパである。
「お前、彼女は?」と早渡は衛宮に訊ねる。
「彼女と呼べるような相手は居ませんが」と衛宮。
「俺がナンパの仕方を教えてやるよ」と早渡。
衛宮は「友達なら居ますし、別に不自由はしてませんけど」
「女は近場で探すものじゃないぞ」と早渡。
「そうなんですか?」と衛宮。
早渡は言った。
「だって、何かトラブルでも起きてみろ。全部周りに伝わるんだぞ。でもって、絶対男が悪いって事になる。下手すりゃ女が結束して周囲の男にも圧力かけて、排斥されるぞ」
早渡は衛宮を連れてナンパスポットに立ち、二人組の女性に声をかける。
衛宮は早渡に言った。
「俺が居ると邪魔じゃありません? 一緒だと相手は二人組に限定されるじゃないですか」
「それがいいんだよ。女は一人だと心細くて警戒心が先立つ。連れが居ると気が大きくなって、遊んじゃおうかって気になるだろ。ほら、あそこを歩いてる、ああいう派手なのがねらい目だ」と早渡。
何組かに声をかける。
「何だか変な目で見られてる気がするんですけど、気のせいでしょうか?」と衛宮。
「気のせいじゃないと思うぞ」と早渡。
そんな彼らを遠目に見た二人組の女子大生が居た。金田と新田だ。
新田が金田に言った。
「ねぇ、あそこでナンパしてるの、衛宮君じゃない?」
それから・・・。
部室に来た衛宮は、女子たちの視線に気付く。
そして、隣に居る伊藤に「何か俺、変な眼で見られてない?」
そんな衛宮に新田が言った。
「衛宮君、早渡先輩と一緒にナンパしてたでしょ?」
「ああ、あれね。けど、みんな大丈夫? 死んだ魚みたいな目になってるよ」と衛宮。
「これはゴミを見るような目って言うのよ」と新田。
「どんな目なの?」と衛宮。
「女子が男子に精神的なダメージを与える目的で使う特殊な視線らしいよ」と真鍋が笑って口を出す。
「つまり邪眼って奴だ」と芝田も笑う。
衛宮は目を丸くして「陰陽師の呪術が今の時代に残ってたなんて。やり方教えてよ」
「違うから。ゴミを見るような目って言うのはね、あんたなんか嫌いっていう軽蔑の意思表示なの」と新田。
「そうなの?」と衛宮。
金田が苛立ち声で「 何でそんなに平気なのよ? 男って女子の視線に戦々恐々とするものでしょ? 大学に入ってそうそう非モテになるのよ」
衛宮は「別にいいよ。早渡先輩が言ったんだよ。彼女は近場で探すものじゃない・・・って」
「そんな・・・」と、新田と金田、絶句。
その時、部室の戸口が開いて「衛宮居るかぁ」
早渡登場。
「これからナンパに行くが、一緒に来るか?」と早渡は衛宮に・・・。
「行きます」と衛宮。
戸田が割って入り、「ちょっと、早渡君」
「あれ、戸田さん、居たの?」と早渡。
「居たのじゃないわよ。人の後輩に変な事教えないでくれる?」と戸田は早渡に・・・。
「俺の後輩でもあるんだが。それとも、こいつの事を好きな子でもいるのか?」と早渡。
「それは・・・」と戸田は口ごもった。
早渡に連れられてナンパに向かう衛宮を見送る部員たち。
「まあ、確かにナンパ自体が悪い訳じゃないし」と村上。
「無駄にしつこくなければね」と根本。
「アニメに出て来るナンパはしつこくて怖いですけど」と真田。
「あれは、そういうふうに演出してるからだろ。男性が主体的に異性恋愛をしようとするのに対して圧力かけるために」と鈴木。
そんな鈴木の説明に根本は「誰が誰のためにそんな事考えるっていうのよ」
「言ってたでしょ? ゴミを見るような目」と鈴木は根本に・・・。
「女子の視線に戦々恐々としろとか」と真鍋も根本に・・・。
「あれは・・・」と女子たちが口ごもる。
「それって、女子が男子に対して優位に立つって事でしょ?」と中川も追及。
「確かに、そういう男女関係は嫌だよなぁ」と伊藤。
「伊藤君まで」と、新田と金田は俯く。
次の日、伊藤が学生課前で新田と金田に掴まって、要求攻めに遭う。
「衛宮君説得してよ。ナンパとか止めろって」と金田。
「そうは言ってもなぁ。恋愛は自由だし」と伊藤。
「美人局って知ってる? ヤクザの女が男を誘った後、旦那が出てきて脅して、お金取られて生命保険の契約書に判子押させられて、コンクリ詰めにされるのよ」と脅しにかかる金田。
「そんなの警察に言えばいいだけの話だと思うけど」と伊藤。
金田は「それは・・・」と口ごもる。
すると新田は「だって、嫌なんだもん」
「あいつの事、好きなの?」と伊藤。
「そうじゃないけど、せっかく友達になったんだし、仲良くしたいじゃん」と新田と金田。
学食で衛宮を見つけて、話しかける伊藤。
「ナンパ、うまくいってる?」
「まあな」と衛宮。
「相手にされてるの?」と伊藤。
「普通は無視されるけど、たまにね。どーしよーかなぁ、なんてキャッキャと笑ってたり」と衛宮。
「後でしこたま悪口のネタにされてると思うぞ」と伊藤。
「そういうもんかなぁ。それで、あいつらに言われたんだろ? 止めるよう説得しろって」と衛宮。
「まあな」と伊藤。
「で、説得してる訳だ」と衛宮。
伊藤は言った。
「ナンパって何のためにやるんだ?」
「早渡先輩が言ったんだよ。女は近場で探すものじゃないって。何かトラブルがあれば、全部周りに伝わるだろ?・・・って」と衛宮。
「確かに」と伊藤。
そして衛宮は「お前自身は俺を止めたいのか?」
「あいつらが言ったんだよ。せっかく友達になったんだし、仲良くしたいじゃん・・・って」と伊藤は言った。
部室で二人の女子に、それを話す伊藤。
「女は近場で探すものじゃない・・・ねぇ」と新田。
「けど、トラブルって何よ」と金田。
「女子の機嫌を損ねる事って何でもありだろ。それで世の男性は戦々恐々」と伊藤。
「女をとんでもない地雷だとでも思ってる訳?」と新田。
「自分達はそうじゃないとでも?」と伊藤。
「それって偏見よ。男女双方に駄目な異性って居るじゃない」と金田。
伊藤は言った。
「そりゃ居るけどさ、ダメ出しする基準のレベルが違うよ。男性が"こんな女性は駄目だ"っていうのは、人の陰口を言うなみたいな、人として駄目だろ的な場合だけど。女性が男性に対してだと"何も言わなくてもして欲しい事を察しろ"とか、エスパーみたいな要求して、それが出来ない男は嫌いで下手すりゃ排斥」
「そんな事・・・」と口ごもる新田と金田。
「職場で隣の席の女子が落とした消しゴムを善意で拾ってあげたら、"あいつ私の事を狙ってるんだキモい"とか。そういう陰口を女子会で盛り上げて、尾鰭がついて会社中に言い触らされて退職を強いられる。上司に呼ばれてセクハラの訴えがあった・・・とか言われて」と伊藤。
「私たちはそんな事・・・」と口ごもる新田と金田。
「仮に就職して、周囲にそういう人が居れば同調するするよね? 元々はそうじゃなかったかも知れない。けどマスコミがそういうのを煽る。女はそれで許されると思って突っ走り、男は女ってそういうものだと思って戦々恐々」と伊藤は言った。
早渡に連れられてナンパに立つ衛宮。
早渡の隣で周囲の女性を眺める。
派手気味な服装の二人連れに早渡が声をかける。女性の一人がちらっと振り向き、そのまま無視。
「なかなかですね」と衛宮。
「まあ、こういうのは数打てば当たるって奴さ」と早渡。
衛宮は言った。
「あの、この前みたいに、どーしよーか、とか言ってた人達ですけど」
「ああ、あの子達は惜しかったなぁ」と早渡。
「あの後、俺たちの悪口で盛り上がったりするんですか?」と衛宮。
「当然だろ」と早渡。
「そうなんですか?」と衛宮。
早渡は言った。
「女ってのは、そうやって、自分に言い寄る男に対してマウンティングするのが気持ちいいんだよ」
「じゃ、俺たちって・・・」と衛宮。
「あいつらのプライドの養分って事さ。それが気持ちいいから、じゃ、ちょっとだけ相手してみようかって気になる女が出る」と早渡。
「それって空しくないですか?」と衛宮。
「それを乗り越えて男は経験積むんだよ」と早渡。
衛宮は「早渡先輩の最初の彼女ってナンパで捕まえたんですか?」と尋ねた。
「ノーコメント。相手のプライバシーの問題だからな」と早渡。
その後・・・。
衛宮が部室に行く。
全員集まっている中で、彼は言った。
「あの、先輩たちに聞きたい事があるんですけど」
「何かな?」と桜木。
衛宮は「早渡先輩の最初の彼女って知ってますか?」
全員の視線が戸田に集中する。
「早渡君の最初の彼女・・・って?」と戸田が口ごもる。
「あの人に聞いたら、相手のプライバシーの問題だからノーコメントだって言うんです。それって相手が俺たちの知ってる人って事ですよね?」と衛宮。
戸田は溜息をつくと「それ、私よ」
「だって先輩は桜木さんの・・・」と衛宮。
戸田は言った。
「最初私、桜木君に嫌われてたの。知らないで"冴えないモブだ"みたいな酷い事言っちゃって。それで振られて自棄になって早渡君と付き合ったんだけど、私の気持ちを知って、取り持ってくれたの。喧嘩して助けを求めた・・・みたいなお芝居まで打って」
「あの人がそんな事・・・。最初からナンパで女性経験積んだ訳じゃなかったんだ」と、衛宮は呟いた。
そんな衛宮に新田は言った。
「衛宮君、やっぱり身近な女子は信用できない?」
「信用とかじゃなくて」と衛宮。
「私は自分の視線や機嫌に戦々恐々として欲しいとか思ってない」と新田。
すると衛宮は「けど、この前は、男って女子の視線に戦々恐々とするものでしょ?・・・って言ってた」
金田はしゅんとなって「あれは・・・。ごめんなさい。調子に乗ってたと思う」
そして新田は「けど、女子は地雷だから踏んでも大怪我しないよう身近は避けるんだよね? 私たち、地雷になって衛宮君に怪我させるような事、しないよ」
「けど、友達と彼女は違うだろ? 友達だった子を好きになっても、"友達だと思ってたのに嘘だったのか、裏切られた"・・・とか」と衛宮。
「断るにしたって、そんな断り方しないよ。友達は続けたいもの・・・ってか衛宮君、そんなに彼女欲しいの?」と新田。
「いや、君等には期待してないから」と衛宮。
伊藤も「衛宮だって選ぶ権利はあるし」
「何よそれ」と金田が怒鳴る。
新田は衛宮と伊藤の耳元で「童貞貰ってあげたでしょ?」
「あれは酒の勢いで・・・」と衛宮。
「これ、一生言われるな」と伊藤が笑う。
「当然でしょ?」と新田。
「お前等、何話してるんだ?」と訝しむ芝田。
「内緒です」と一年生四人。
「まあ、仲良き事は美しき哉、だな」と村上が笑う。
「俺たちって仲いいのかな?」と衛宮。
「違うの?」と金田。
「今度、四人で温泉に行こうよ」と新田。
「それより、衛宮君、ナンパ止めるんだよね?」と金田。
「それは・・・」と衛宮が口ごもる。
新田と金田は「止めるんだよね?!」
四人で日本史研究室に向かう。書棚で資料を漁っている早渡を見つける。
「早渡先輩にお話しが・・・」と衛宮。
「何かな?」と早渡。
「ここじゃ、ちょっと」と衛宮。
早渡は「もしかして、ナンパ止めるって事?」
「何で解ったんですか?」と衛宮。
早渡は新田と金田を見て「その子たちが止めろって言ったんだろ?」
「そうですけど」と衛宮。
すると早渡は言った。
「いい事だと思うよ。"そんなの止めて自分と仲良くして欲しい"と言ってくれる子が身近に居るってのは、それはそれで幸せな事だからな。それで、どっちが衛宮と付き合うの?」
「いや、友達ですから」と新田と金田。
「伊藤も居るし、な」と衛宮は伊藤に振る。
「俺の事はいいんだよ」と伊藤。
「良くないだろ」と衛宮。
早渡は笑って「ま、いいさ。急いては事を仕損じるって言うし、けどさ」と言うと新田と金田に視線を向ける。
早渡はそっと二人の女子に言った。
「童貞ってのは知らない故の憧れで迷走したりするから、早目に卒業させた方がいいと思うよ」
「それはもういいんです」と新田。
「それに・・・もしかしたらもっといい男が現れて、好きになるって事もあるかも」と金田。
そして衛宮も「人生、何が起こるか解りませんから」
そんな衛宮を笑って見る早渡に、金田は言った。
「早渡先輩の事、聞きました。付き合ってた戸田さんが桜木さんの事が好きだって、背中押してあげたって」
「見直した?」と早渡。
「ちょっとは」と金田。
「じゃ、俺と付き合う?」と早渡。
「遠慮します」と、新田と金田は口を揃えた。




