第28話 女の価値
村上・芝田・中条と杉原・秋葉・津川の六人で、中条の水着を買いに出かけた日。
杉原と秋葉も水着を買い、そして買い物を終えた彼等は、みんなでプールに行こうという事になった。
プールに着いて、男子達は水着をレンタルする。その間に女子達は着替えを終えて、男子が着替えて出てくるのを待っていた。
水着を着て出てきた男子三人は、秋葉だけ胸のサイズが違う事に、一瞬見とれた。
昼食の前にひと泳ぎしようという事になり、シャワーを浴びる。津川が浴び終えて戻ると、芝田と村上が待っていた。
一緒に居た中条はトイレに行っているとの事で、話は自然と胸に関する話題に向いた。
「やっぱり秋葉さんのは違うよな」と芝田。
「だよな。けど、どちらかというと俺は、つつましい方が好きだ」と村上。
「中条さんみたいな? あそこまで無いのもな。やっぱりバランスだろ」と津川。
「そういうのを中途半端と言わないか?」と芝田。
「あれは健康的って言うんだ」と津川が反論した。それに村上が突っ込む。
「結局、杉原さんがああだからだろ? それよか芝田は中条さんのをどう思ってんだ?」
「それはそれ、これはこれだ。物にはそれぞれの良さってもんがあるんだよ」と言う芝田の背後でいきなり「それぞれの良さって何の話?」と杉原の声。
芝田がギクリとして振り向くと、シャワーを浴び終えた杉原と秋葉。
焦る芝田に村上が助け舟を出した。
「食べ物の話だよ。暑い時に冷たいものもいいけど、熱いものを食べるのも悪くないって」
「そうそう。熱いラーメンを食べて汗を流すのがまた最高なんだ」と芝田も調子を合わせる。そこへ中条がトイレから出てきた。
全員プールに入る。水の中でじゃれ合う芝田と中条と村上。それを見ながら杉原が呟く。
「やっぱりあいつら、仲いいよね」
それを聞いて「何のために津川君連れてきたんだか」と秋葉が言った。
「だって・・・」と杉原。
「杉原が出来ないんなら・・・」
そう言うと秋葉は水中に潜り、側に居た津川の背後に飛び出して「代わりに私が」と言って津川の背中に抱きついた。そして「こら、秋葉」と叫ぶ杉原を尻目に「お先に」と言って泳いで行った。
思わず秋葉を追おうとした津川の手を掴んだ杉原は「追いかけるんじゃない」と少し悲しそうに言った。
秋葉がしばらく泳いでいると、近くに村上が居るのに気付いた。
「中条さんは?」と秋葉。
「ほら、あそこ」と村上が指差した先に、勢いよく平泳ぎする芝田の背中に楽しそうに乗っている中条が居た。
「人間浮き袋だとさ」と村上は笑いながら言った。
プールから上がった六人は、食堂コーナーに向かった。
「芝田君以外は冷やし中華でいい?」と秋葉が注文をまとめる。
「俺は?」と怪訝そうな芝田に、秋葉は「熱いラーメン食べて汗流すのが最高なんでしょ?」
半ばヤケクソで、ふーふー言いながらラーメンを食べる芝田。それを楽しそうに見る秋葉。その秋葉を半ばあきれ顔で見る村上と津川。
食べ終わって食堂を出ると、芝田はプールに向かって駆け出した。
プール際から勢いよく飛び込み「気持ちいいぞ。里子も村上もさっさと来いよ」と芝田が叫ぶ。
嬉しそうに飛び込む中条を、盛大な水しぶきとともに受け止める芝田。プール際から泳いで合流する村上・・・。
やがてプールから上がり、芝田と村上は並んで物陰に座って足を投げ出す。中条は二人の足の上で丸くなって気持ちよさそうに横たわった。
その様子を見ていた杉原は、しばらく躊躇った末に意を決して彼等に近付き、中条に言った。
「あのね中条さん。それから村上君と芝田君にも聞いて欲しいんだけど、女の方からそんなふうにベタベタするのは控えたほうがいいよ。みんな言ってるよ。そういうの、女の価値を下げるって」
「女の価値?」と怪訝そうに中条。
「女って、男に追いかけさせてこそ、だよ。特にね、私達みたいな女子高生はね・・・」
そう杉原が言いかけた時、津川が割って入って言った。
「世界最強のブランドって事? そういう事言う奴って居るけどさ、俺は女子高生とじゃなくて、杉原さんと付き合ってるんだよ」
その津川の言葉に杉原が動揺した時、中条が口を開いた。
「杉原さん。気にしてくれるのは嬉しいけど、私にそんな守るような価値無いよ」
「中条さん」と言って杉原が手を伸ばそうとした時、隣で聞いていた芝田と村上が、左右から中条を抱きしめた。
「里子に価値が無いなんてあるもんか。里子は小さくて細くて童顔で・・・」と芝田。
中条はクスッと笑って「芝田君、それじゃまるでロリコンみたい」と言うと芝田は「ロリコン認定なんて怖かねーよ!」
だが、そんな中条を見て、動揺を抑えて杉原が口を開いた。
「私も中条さんに価値が無いなんて思わない。けど、同じように自信の無い子は大勢いるの。そういう子が胸を張って生きれるような何かが必要なの」
今度は津川と芝田が動揺したが、村上は臆せず反論した。
「それって、中条さん自体としての、中条さんだけの価値を認めなくていいって言ってるのと同じだよ。俺はもし高校に在学してる女子だからって理由で、宮下さんに価値を認めろって強制されたら、武器を持って抵抗するよ」
そして、津川と芝田を捉えていた動揺も消え去り、再び主張を始めた。
「女子高生なんて記号を有難がる変態どもの無知をどーにかしようって時代に、その無知を前提に考えろってのもどうかと思うよ」と津川。
「地味な男子に嫌がらせして楽しむ馬鹿女が湧いたって不祥事も、そんなブランド価値とやらで調子に乗ったんだろうね」と芝田。
「だったら自信の無い子は俯いていろって言うの? 男子みたいに強くない女の子は多いの。腕力だけの問題じゃないの。自分の価値は自分で決めるだなんて毅然と言える村上君と同じ事を、中条さんもやれって言える?」と杉原。
中条は、また自分が余計な事を言って場を混乱させたのではないかと、泣きそうになった。そんな中条を見て村上は言った。
「俺達にとっての中条さんの価値はね、ルックスとか女子力とかそんなのじゃない。今まで中条さんと一緒に居て楽しかった思い出だよ。それは他に代わりなんか居ない、俺達にとっては中条さんだけの価値だよ。だからね、中条さんも自分に価値が無いなんて悲しい事言うなよ」
中条は嬉しそうに「うん」と一言答えた。
夕方近くになって六人はプールから出た。
村上が早々と着替えを終えて更衣室から出ると、秋葉が既に着替えを終えて待っていた。
秋葉と並んで壁にもたれ、村上は秋葉に言った。
「前に杉原さんが言ってた、支配されて嫌な事をやらされ・・・って、あのスキンシップを俺らが強制してたとでも思ったのかな?」
「強制とまではいかなくてもね。中条さんも、今まで寂しい思いをしてきた分、余計そういうのを欲しがる気持ちは解るの。ハグとかで元気が出たりするし・・・」と秋葉。
「中条さんも色々躊躇した末、ここまで来たんだけどね」と村上がこれまでを思い出しながら言うと、秋葉も「男からってブレーキかかるからね。女の体に気安く触るなとか・・・」
「それで泣かせちゃったりした事もあったよ。自分が女なのが悪いみたいに思ったみたいで」と村上。
「何だかなぁ・・・って世の中ひっくるめて想うけどね。けどさ、自分に価値が無い・・・みたいな自信が無い女って、男から見て可愛いのかな?」と秋葉。
村上は少し考えて「まあ、助けてあげたくなる・・・ってのはあるね。逆に女はどうなのかな? 昔、三低ってのがあってね。プライドが低いとか低姿勢とかが、女にとって理想の男だって言葉なんだけどさ」
「自信に充ち溢れて何でも出来ちゃう・・・って男の魅力だと思うけど、プライドが高すぎて女を見下す男って困るよね?」と秋葉。
「逆に、自己評価が高すぎて男を見下したりする女って、嫌だな」と村上。
「女子高生という最強のブランドだから・・・みたいな?(笑)。ただね、自信を持てないのって、その人自身にとっては不幸な事よね」と秋葉。
「だから助けてあげたくなる訳なんだけどね、そういう心理って女から男に・・・は、無いのかな?」と村上。
「保護欲ってやつよね。無くはないと思うけど・・・」と秋葉。
「それにそもそも、恋愛とかモテとかで言えば、その物差しで幸せってくらい自信を持てる男性って、どれくらい居ると思う?」と村上。
「村上君はどうなの」と秋葉。
「別にモテなくたっていいや・・・って思うくらい、可哀想な男だけどね(笑)」と村上。
「だから自信の無い中条さんに共感する訳ね(笑)」と秋葉。
「漫画だと、無理に自信持って痛いアプローチに走るとか、自信のある奴が大抵叩かれ役として出て来るとか。なんか男は自信持つな・・・って言ってるみたい(笑)」と村上。
「自信持つと調子に乗る人って居るからね。男も女も。けど逆に、女は与える立場だから自信を持たなきゃ・・・ってのがあるのよね。そのために男性は彼女を誉める義務がある、ってみんな思ってる」と秋葉。
「その自信って、女としての? それともその人個人としての?」と村上。
「もちろん、その人個人として・・・なんだけど、その権利があるのは女だから・・・ってちょっと勝手よね(笑)。けど女はそのために化粧とか、すごく努力してるのよ」と秋葉。
「そういう所がマッチョなんだよ。ってか、その努力のし所を間違えてるような気がするんだけど」と村上。
その時、杉原が更衣室から出てきて「何の話してるの?」と聞く。
秋葉は笑って「杉原が野暮だって話よ」と言った。
「それじゃ、私はこっちの方角だから、気が向いたら連絡してね。ロリコンの芝田君にムッツリスケベの村上君」
その秋葉の別れ際の言葉に芝田と村上は「もう勘弁してくれよ」
津川は杉原に連れられて、彼女の家に向かう。
「思い出で特別な関係・・・とか、俺達もあんなふうになれるのかな?」と津川。
それに対して杉原は「何言ってるの。その想い出をこうして作ってるんじゃない。それとも私と一緒にお風呂に入るの、嫌?」
津川は「え? やっぱり入るの? ・・・って嫌じゃないです、うん」