第278話 竹下さん最後の賭
文学部の竹下は四年生になった事で、焦っていた。
(大学卒業までに彼氏を作りたい。下手をして女性ばかりの職場に就職したら出会いが無い)
そう思って友人の梅田に頼んで合コンにも何回か出たが、空振りに終わった。
島本が元彼を紹介してくれたが、すぐに捨てられた。
島本に相談する竹下。
「また元カレ紹介しようか?」と島本。
「ヤリチンでしょ? すぐヤリ捨てられちゃうもんなぁ」と竹下。
「童貞なら、こっちから迫ればすぐ落ちるわよ」と島本。
竹下は「迫るってどうやって。ってか、そういうのって男から来るものでしょ?」
「それがうまく出来ないから童貞なんじゃない」と島本はあきれ顔で言う。
「男が出来ないのを女にやれって言うの?」と竹下。
「男が出来ないのは、女には警戒心があって、近づく男にキモ連呼浴びせて追っ払うのが女だってイメージがあるからよ」と島本。
「私、そんな事しないわよ」と竹下。
「絶対?」と島本。
「ルックスのいい男なら」と竹下。
「それを判断するのは男自身じゃないでしょ?」と島本。
「見かけが少しくらい残念でも優しければ」と竹下。
「初対面の男が優しいかどうか解らないじゃない」と島本。
「それに童貞なんてどこに居るのよ」と竹下。
「理学部や工学部の一年は大抵童貞よ」と島本。
竹下は「理学部は芦沼さんが居るじゃない」
竹下は、1年の工学部の男子との合コンを島本に企画してもらう。
竹下は優しいお姉さんを演じようとするが、うまくいかず、一緒に参加した1年女子に男子達の関心は向いた。
そんな竹下が文学部で、戸田と中条と一緒に居る時、その男子の話題が出た。
「最近、渋谷さん、理学部の笹尾君と一緒に居るよね」と中条。
「まだやってるんだ。野菜園芸の実験プランター」と戸田。
「笹尾君の卒論テーマだから」と中条。
そんな会話を聞きながら、竹下は笹尾を思い出した。
(最初の合コンに居た笹尾君かぁ。いい人だったよなぁ)
野菜園芸部門の実習棟に行くと、笹尾が居た。下級生の女子と一緒だ。
それを見て竹下は思った。
(一緒にプランターの植物の世話をしているのが渋谷さんか。可愛い子だな。あの子が笹尾君の彼女か。いいなぁ)
だが、その後、竹下は渋谷が中川と仲良くしているのを見る。
さらにその後、真鍋とも仲良くしているのを見る。
竹下は思った。
(もしかして三又?)
文学部の女子と雑談中、竹下はその話題を振った。
「農学部の渋谷さんって、いつも違う男子と一緒に居るよね」と竹下。
その話題に乗って、渋谷の周辺の噂をする女子たち。
各自が好き勝手言う。
「文芸部の子でしょ? ただの友達だよ。あそこは男女が仲いいから」
「けど、経済学部の秋葉さん、いつも学部の男子何人も侍らせてるよね」
「いいなぁ」
それを聞いて竹下は思った。
(やっぱり三又なのかな?)
そしてその後竹下は、渋谷と中川がキスをしている所を目撃して、それは確信に変わった。
竹下は笹尾がロビーに居るのを見つけて声をかける。
「笹尾君、私のこと、憶えてる?」
笹尾は言った。
「文学部の竹下さんだよね。一年の時合コンで一緒だった。バレンタインのパーティでもケーキ作ってたよね」
「見ててくれたんだ」と竹下。
「で、何?」と笹尾。
「何人もの男子と付き合ってる女子ってどう思う?」と竹下。
「どんなふうに付き合うかって事かと思うけど」と笹尾は言いながら、(誰の事かな?)と訝しんだ。
「男と女として、いろんな事するって、そういう事だよね?」と竹下。
(芦沼さんの事かな?)と笹尾は思い、竹下に言った。
「それは本人の自由だと思うよ。その人はその人のものだもん。それに、本当に付き合ってるのかな?」
「キスとかエッチとかしても?」と竹下。
「相手がそれを解ってたとしたら、どうかな?」と笹尾。
「もしかして笹尾君も?」と竹下。
笹尾は思った。(隠しても仕方ないよな)
そして「して貰った」と答える。
竹下は哀しい顔で、その場から脱兎の如く逃げた。
竹下がロビーで黄昏ていると、向こうに渋谷が居た。
竹下は渋谷に声をかけた。
「渋谷さん」
「文芸部の竹下さんですね? 前に戸田先輩と一緒に居た」と渋谷は答える。
「理学部の笹尾君の事、どう思ってるの?」と竹下。
「尊敬してます」と渋谷。
「複数の男子と付き合うのって、どうなのかしら?」と竹下。
渋谷は「中川君や真鍋君の事でしょうか? 四人で居ると楽しいです。いけませんか?」
「みんな好きだっていうの?」と竹下。
渋谷は言った。
「駄目ですか? 恋愛は独占だってみんな言います。けど、相手にだって相手の人間関係があって、それを制限するのは相手にとって不幸ですよね? 恋愛って、両方がより幸せになるためにやるんじゃないですか。一人が寂しいから二人で居る。けどもっと何人も居て、それでもっと楽しくなれるなら、否定して何になるんですか? 私、中川君も真鍋君も大好きです」
「笹尾君はそういう人じゃないの。笹尾君と別れてよ」と竹下は渋谷にきつい目を向けて、言った。
渋谷唖然。そして思った。
(何を言ってるんだろう、この人)
そして「いや、笹尾先輩は・・・」と渋谷。
その時、いつの間にかその場に居た二人の男子が、そこで聞いていた事について渋谷に問うた。
「渋谷さん、笹尾先輩と付き合ってたの?」と中川。
渋谷は「真鍋君と中川君、どうしてここに?」
「いや、そう言って貰えたら」と真鍋。
渋谷は「いや、笹尾先輩は関係無いって・・・ってか何で笹尾先輩の話が出るんですか?」と竹下に問う。
竹下は「渋谷さん、笹尾君とキス・・・」
「してません」と渋谷。
「笹尾君とエッチ・・・」と竹下。
「してませんから」と渋谷。
竹下は「笹尾君はして貰ったって」
すると真鍋が「それ、芦沼先輩の事じゃないんですか?」
竹下は気付いた。
(そういえば笹尾君て理学部で生化学ゼミ)
空騒ぎの後の脱力感の中に居る竹下に、渋谷が追い打ちをかけた。
「けど竹下先輩、何でそんなに笹尾先輩の事・・・」
「別れろってあんなに必死に」と中川も追い打ち。
「もしかして、好きなんですか?」と真鍋も追い打ち。
そして竹下はキレた。
「あー、そうよ。一年の時、合コンで会って、気になってて、けどその後合コンにも来なくて機会も無くて、他にちゃんとした彼氏も出来ずに気付けばもう四年で・・・」
その時、いつの間にかその場に居た笹尾本人が・・・。
「あの、竹下さん?」と声をかける笹尾。
竹下唖然。
(全部聞かれていた)
そして竹下は、脱兎の如く逃げた。
笹尾が追う。
「待ってよ、竹下さん」
追い付かれて、その場にしゃがみ込んで泣く竹下。
「笹尾君。迷惑だよね」と涙声の竹下。
「そんな事は無い。俺も竹下さんの事、気になってた」と笹尾。
「じゃ、何で三年間もほったらかしだったのよ」と竹下は涙声で追及。
「女子って普通、男子に迫られるの、嫌でしょ?」と笹尾。
竹下は「だったら合コンなんかに出ないわよ。笹尾君だって彼女が欲しいから合コンに出たんじゃない」
「そうだけどさ」と笹尾。
「なら、ちゃんと女追っかけなさいよ」と竹下。
笹尾は言った。
「そういうのがさ、好きになったら負けとか駆け引きとか、好きな子相手に勝ち負けのゲーム挑むって、楽しいのかよ・・・って思うとね」
「それじゃ童貞卒業できないじゃん」と竹下。
「いや、童貞は卒業してるんだけどね」と笹尾。
「芦沼さんが居たからね」と竹下。
そして笹尾は「ってか、童貞卒業したくて必死になる気持ちに付け込むって、どうなの?」
竹下は核心を突かれたような気がして俯いた。
そして「それは・・・、そういうの、駄目だよね・・・って、これ女が悪いの?」
「まあ、いいとか悪いとかの問題じゃないよね?」と笹尾。
「そうよね。女は悪くない」と竹下。
笹尾は「けど、男が悪いと思ってるでしょ?」
「笹尾君の意地悪」と竹下。
笹尾は笑った。そして「まあさ、普通に遊べて普通に寄り添って、友達として・・・でいいと思う」
竹下は肩から力が抜けるのを感じると、ずっと気になっていた事を笹尾に問うた。
「そういえば、渋谷さんとはどういう友達?」
「俺の卒論テーマで実験するのを手伝って貰ってるんだ」と笹尾。
笹尾は竹下を実験プランターに案内し、説明した。
「このプランターの土に住む微生物が作物の成長と品質に影響を与える。特殊な成分を分泌するんだよ」
「ホウレンソウだね?」と竹下。
「成長してきたからそろそろ間引くんだが、食べてみる?」と笹尾。
「いいわね。料理してあげる」と竹下。
調理室でホウレンソウを調理して二人で食べる。
食べながら竹下は言った。
「ねえ、笹尾君は童貞は卒業しても、交際経験は無いのよね。私と付き合わない?」
「うまく付き合えるとも思えないけどなぁ」と笹尾。
「経験が無いからでしょ? 私が練習台になってあげる」と竹下。
「それも悪くないか」と笹尾。
「そういえば笹尾君、あそこに来たのって」と竹下。
「秋葉さんからメール貰ったんだ」と笹尾。
「じゃ、あの二人が来たのも?」と竹下。
「多分同じだろうね。場を納めるために関係者を・・・って言ってた」と笹尾。
竹下は溜息をついて「それ、多分面白がってただけだと思うよ。そういえば渋谷さん、四人でって言ってたけど、そこに笹尾君は入ってないのよね?」
「入ってないよ」と笹尾。
「じゃ、渋谷さんと真鍋君と中川君と、あと一人は誰?」と竹下。
「真田さんって子だよ。文芸部の二年のね」と笹尾は笑って言った。




