第277話 酒乱な宴
村上たちにとっての最後の新歓合宿。
論評会は続く。
モニカの後は中川の作品。
「中川先輩も評論ですか?」と新田。
「農業論だよ」と中川。
「こういう実用的な話ってほっとするよね」と伊藤。
論評で真鍋と渋谷が厳しく批判。
「論評ってけっこう厳しい」と金田。
「専門知識持ってる人が居るとね」と鈴木。
森沢は「大学ってのは知識と見識を鍛える場所だからね。それが公の場で何かを問うんだから、生半可な事を言ったらガンガン突っ込まれて当然だよ」と言って笑う。
「何だか怖い」と新田。
部長の鈴木が「じゃ、今度は一年生四人、行ってみようか」
「え・・・えーっと」と焦る一年生四人。
最後が秋葉の旅行記。芙蓉温泉に行った時のものだ。
読み終わると新田が言った。
「あの、秋葉先輩たちは四人でお風呂に?」
「当然でしょ。温泉の醍醐味は混浴よ。昔は男女一緒に裸の付き合いをしたの。それでも変な欲情を起こさない。その気高さこそ日本の文化なの。あなた達に出来る?」と秋葉。
「平気で居る事は出来ますけどね」と衛宮。
「下半身も?」と秋葉。
「それは・・・」と衛宮・伊藤は困り顔。
するとモニカが「素晴らしいです。日本に来て良かった」
「ここのお風呂も混浴よ。覚悟は出来てる?」と秋葉。
「それは・・・」と一年生四人が困り顔。
村上が笑って言った。
「睦月さん。嘘は止めようね。江戸時代にお風呂屋さんが混浴なのは、単に男女用を分けるスペースが無かっただけだから。平気な顔するのも、女性に嫌な想いをさせないためで、気高さとかって問題じゃないから」
秋葉は「てへ」
一年生唖然。
森沢は笑って言った。
「どんな文化にも性的な規制はあるし、文化的な配慮は男性に対しても女性に対しても存在する。日本は男性の性欲に寛大だとか言う人も居るけど、それは外国人が勝手に抱く願望で一種の偏見だよ。日本人だって昔はアメリカは性的にオープンだ・・・みたいなので憧れてた、ってのと一緒さ」
「けど秋葉先輩たちは一緒に入るんですよね?」と新田。
「それは・・・」と村上たちが困り顔。
するとモニカが「つまり仲良しという事ですよね?」
その後、温泉に入る。
新田は先輩たちに言った。
「念のために確認しますが、ここ、混浴じゃないですよね?」
すると秋葉が「混浴よ。脱衣場は別々だけど、中は一緒になってるの」
「えーっ?」と二人の一年女子。
渋谷と根本がそっと秋葉に「秋葉先輩、それ、以前に・・・」
「しーっ。面白いじゃない」と楽しそうな秋葉。
秋葉に調子を合わせる根本に、モニカは「そうなんですか? 根本先輩」
根本はしれっと「そうよ。日本では今でもよくあるの」
「今まで、そんな所無かったですけど」と真田。
「そ、そりゃ、どこでもって訳じゃないから」と根本。
「どうしよう」と新田は金田を見る。
金田は「けど、あの二人とは最後までやった仲だし」
「それもそうか」と新田。
新田と金田の二人は浴室に入ると中を見回して「まだ来てないみたい」
女子たちは浴槽に浸かる。
秋葉・根本・渋谷はクスクス。一・二年生女子四名はきょろきょろ。
その時、根本が言った。
「来たわね、鈴木君、真鍋君、こっちにおいでよ」
秋葉は驚いて「ちょっと、本当に混浴だったの?」と言って、慌てて周囲を見回す。
渋谷と根本が爆笑して言った。
「嘘ですよ。去年秋葉先輩がやったの、真似しただけです」
「あんた達ねぇ」と秋葉。
その時、従業員用のドアから真鍋が顔を出して・・・。
「呼んだ?」
洗面器が飛んで、真鍋は慌てて戸を閉めた。
「さっき呼んだよね?」と真鍋の不思議そうな声。
男子達が笑う。
「いつもの冗談だって気付けよ」と芝田。
「けど根本さん、秋葉さんを騙すとか、成長したね」と桜木は仕切りの向こうの女湯に呼び掛ける。
「ありがとうございます」と仕切りの向こうから根本の声。
「いや、褒めてないけど」と桜木。
そして真鍋が「胸は成長してないけど」
一瞬、根本が従業員用のドアから風のように駆け込んで、真鍋の後頭部をハリセンで思い切り叩き、そして風のように女湯に戻った。
男子たち唖然。
伊藤は衛宮に「今の、見た?」
「早過ぎて見えなかった」と衛宮。
夕食になる。
各自のお膳に酒。部長の鈴木と森沢顧問が歓迎の言葉を述べる。
一年生の席には一升瓶。
「それが君たちのノルマだ」と鈴木部長。
「受けて立ちます」と衛宮。
「どんと来いだ」と伊藤。
「けどこれ、空瓶だよ」と金田が瓶を持って不思議そうに言う。
鈴木は「伝統だったんだが、あちこちの大学で急性アルコール中毒が多発した時期があって、せめて気分だけでも・・・ってね」
「なーんだ」と伊藤。
「拍子抜けね」と新田。
戸田が一年生たちに「大丈夫なの?」
「この間試したんです。けっこう四人とも強いみたいで」と衛宮。
「それじゃ、遠慮はいらないな」と芝田。
「けど一升瓶はさすがに・・・」と金田。
宴が始り、みんなでわいわいやる。
そして次第に酔いが回った一年生たち。
先輩たちが四人の後輩の体質に気付いた時には、事態は既に後戻りできないものになっていた。
「桜木せんぱーい」と、新田は眼を潤ませて桜木に抱き付く。
「ちょっと、新田さん」と割って入ろうとした戸田を、酔って口説き始める衛宮。
「中条先輩、俺って駄目な奴なんです」と伊藤が中条にからむ。
「そんな事無いよ、伊藤君」と中条。
「先輩、優しいですね」と伊藤。
中条は困って「どうしよう、真言君」
「お前、酔うと弱気になる性質だろ、しっかりしろ」と村上は伊藤に・・・。
すると金田が「伊藤君、いい人なんです。それでいつも損ばかりで。大丈夫よ、私が居るわ」と伊藤の肩を抱く。
「金田さんも酔ってるよね?」と困り顔の村上。
「お前等、大丈夫かよ」と心配になった森沢が声をかけると、酔って真鍋に迫っていた新田が、森沢に抱き付いた。
「森沢先生、エッチしません?」と新田。
森沢は焦り顔で「いや、そういうのは、だな」
「先生、いつも編集に追いかけられて」と金田。
「据え膳喰わぬは何とやらですよ」と衛宮。
「先生に見捨てられたら、俺、どうしたら・・・」と伊藤。
悪乗りした秋葉が酔った振りをして森沢に迫る。
「せ・ん・せ・ぇ」
「お前等、落ち着け。鈴木、村上、この場は任せた」
そう言って森沢は逃げた。
戸田はあきれ顔で「さすがに、あれに流されるのはまずいわよね・・・ってか秋葉さんまで、何煽ってるの」
「だって面白いじゃない」と楽しそうな秋葉。
「面白いで済む問題かよ」と桜木。
「どーすんだ、これ」と村上は好き勝手状態な一年生を見て溜息。
芝田は「もう、どーにでもなれ、だ」
まもなく森沢が戻って来た。手に一本の酒瓶。
そして「秘蔵のワインだ。これでも飲んで、落ち着け」と言って森沢は酒瓶を開けた。
四人の一年生にワインを飲ませる。間もなく一年生は眠った。
「こいつら、どうします?」と鈴木。
「向こうの布団に寝かせよう」と森沢。
「男子部屋ですけどね」と戸田。
森沢は「酔って寝てれば、何もできんさ」
一年生たちを布団に寝かせると、村上は森沢に言った。
「ところで先生、あれって、睡眠薬入りですよね?」
「よく解ったな」と森沢。
「高校の修学旅行の時、引率に睡眠薬入りの酒を飲ませて、監視の目を潜ったんですよ」と村上。
「とんでもないな」と森沢が笑う。
「先生もあれで同じような事をやったんじゃないんですか?」と秋葉。
森沢は「いや、前に悪酔いして手の付けられなくなる部員が居て、知り合いに相談したら、調合を教えてくれたんだよ。まあ、ワイン自体は上物なんだが・・・って、ワインはどこだ?」
何人かの部員が勝手に飲んでいる。
「おい、それは・・・」と慌てる森沢。
半分ほどの部員が睡眠薬入りのワインで眠った。彼らもその部屋の布団に寝かせる。
「それじゃ、後は頼んだ」
森沢はそう言って顧問部屋に引き上げ、残った部員たちは女子部屋に行き、布団に入って夜更けまで雑談した。
 




