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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
275/343

第275話 お姉ちゃんの青春

週末。

村上たち四人が彼のアパートでわいわいやっていると、杉原姉が乗り込んで来た。

玄関でいきなり「私の妹、返してよ」と言い出す杉原姉。


とりあえず部屋に入れて、お茶を出して話を聞く。



「妹って、杉原さんだよね?」と村上は杉原姉に確認する。

「津川の所に居るんじゃ・・・」と芝田。

「直接、呼びに行けばいいと思いますが?」と秋葉。

「・・・」


秋葉は「もしかして、こんな姿、妹に見られたくない・・・とか?」

すると杉原姉は「秋葉さんがあの子をそそのかしたんじゃない」

「はぁ?」と秋葉。

「あなた、大学でもウーマニズムを叩いて男子の歓心買ってるそうじゃない。男に媚びて楽しいの?」と杉原姉は秋葉に言った。



秋葉を含めて四人、溜息をつく。

「確かにこんな姿、妹に見せたくないわなぁ」と芝田。

「ウーマニズムって家族に押し付ける事じゃないと思いますけど」と村上。

「私は悪くない。職場でも、いつもいやらしい視線に晒されて・・・」と杉原姉。

(そう見えるだけなんじゃ・・・)と村上たちは一様に思った。


村上は溜息をついて杉原姉に尋ねた。

「あの、いつも不安に思ってるんだが、俺の目つきっていやらしいですか?」

「一定時間視線を向けたらセクハラなのよ」と杉原姉。

「視線が途切れればいいのかなぁ?」と芝田。

「チラ見とか言う人もいますけどね」と村上。


「見られてるって、同僚に?」と秋葉。

「客のオヤジよ」と杉原姉。

「仕事は?」と秋葉。

「バスの添乗員よ」と杉原姉。

「同僚の人たちはどう言ってますか?」と秋葉。

「あの人達は意識が低いのよ」と杉原姉。

「けどバスの添乗員って、むしろ注意を向けて貰う仕事ですよね?」と村上。



杉原姉は「女性は就職に不利なの」

「いや、今日び建設業だって女性に来て欲しいって言ってますよ」と村上。

「工場勤務とかでも男子が歓迎されるじゃない」と杉原姉。

「それは女子が夜勤を避ける傾向があるからじゃないですか?」と村上。



杉原姉は言った。

「女性はルッキズムの被害者なのよ。男に女性の価値を決める権利は無いわ」

「女だってイケメンとかキモいとか言ってるけどね」と芝田。

「女性の男性に対する評価基準は多元的なの」と杉原姉。

「多元的って?」と芝田。

「収入とか」と杉原姉。


「お金のために結婚するんだ文句あるか・・・って奴ね」と村上。

「むしろ低収入とか言って馬鹿にされる男性は被害者じゃないのかな?」と芝田。

「学歴とか身長とか」と杉原姉。

「低学歴とか低身長とか言って馬鹿にされる男性は被害者じゃないのかな?」と芝田。

「内面とか」と杉原姉。



「内面・・・ねぇ」と村上。

「見かけは悪くても優しい人なら」と杉原姉。

秋葉は「一般的に言って、それは嘘ですよ。優しさは武器にならない、優しいだけの男なんて駄目だって、その手の話で評論やってる人達は散々言ってますけどね」

村上は「多元的に評価って言うけど、例えばそれって目の前の男性に、あなたはルックスは残念だけど優しいから嫌いじゃないわよ・・・って女性が常に言うような社会で初めて意味があるんじゃないですかね」

「むしろ金持ちな不細工が女侍らせたら、札びら切りやがってとか言われて叩かれるよな」と芝田。

「ただイケって言葉があるけど、あれは一元的ルッキズム意外の何物でもないよね」と中条。

「ってかそもそも男に女性の価値を決める権利は無いってんなら、女に男性の価値を決める権利は無いって話しじゃないと、おかしくないですか? 一元的か多元的かの問題じゃない。問題のすり替えが前提な典型的な屁理屈だよ」と村上。


杉原姉は言った。

「男性はともかく、女性に対するルッキズムがアウトなのは常識なの。容姿を馬鹿にされた女性は怒っていいってのは常識なの」

「つまり利権ヒャッハーって訳だ。キモいとか言って異性の容姿を馬鹿にする権利は女性にだけあって男性には無いと」と芝田。

秋葉が言った。

「ある人権公演会で何とか学園の教授が"見かけで差別するのは人権侵害"だって言って、聴講者から"見かけでキモいと言って女性が男性を馬鹿にするのも同じじゃないか"と質問されたそうね。教授は反論出来ずに"キモいは悪く無い"って言い張って逃げたそうだけど」

「女子高生が"キモ連呼対象"の地味な男子高生に嫌がらせする動画をアップして叩かれた事件があったけど、あれは"性格無関係な差別意識のヒャッハーアピール"だよな。そういうのをウーマニズムは正当化している訳だ」と村上。

杉原姉は「そういうのは一部の跳ね上がりよ」

「そもそもキモいって言葉自体、ああいうギャル的な跳ね上がり女が流行らせた言葉じゃないの?」と村上。



杉原姉は激高して言った。

「だから何なのよ。私は被害者よ。高校の時、ブスだからって・・・。私だって好きな男の子くらい居たわよ。けど、容姿のせいで恋愛を諦めたの」

「男子は容姿が悪いと問答無用で恋愛を諦めろって話になるけどな。諦めずにアプローチすると告ハラとか。ウーマニズム的にはそれが人権なんだよね?」と芝田。

「それは・・・」と杉原姉。

「そもそもお姉さん、言ってるほど見かけは悪くないと思うけど」と中条。

「誰も私に声かけてくれなかったわ」と杉原姉。

「そりゃ告ハラとか言われるのが怖かったんじゃないの?」と芝田。


「そもそもその好きな男子に自分から声かけた?」と秋葉。

「そんなはしたない事をやれって言うの? 振られたらどうするのよ」と杉原姉。

「それは男性も同じでしょ」と秋葉。

「女性は自分を好きだと言った男性を、好きになる人と嫌いになる人が居るけど、男性は殆どの場合、好きになるんだよね。つまり振られるリスクが高いのはダントツに男性の方だし、同情されないのも男性だよ」と村上。


その時、中条が訊ねた。

「あの・・・お姉さんが好きだった男の子ってもしかして、拓真君のお兄さん?」

「何で解るの?」と杉原姉。

「杉原さんが結婚式の時、お姉さんの事を聞いたの。お兄さんは"嫌いじゃ無かった"って」と中条。


それを聞くと、杉原姉は席を立ってアパートを飛び出した。

残された村上たち四人、「何だかなぁ」と言って溜息をついた。



数日後、杉原が実家を訪れた。

家を出た妹の帰還に、姉は歓喜して駆け寄ったが、杉原は抱き付こうとする姉を制した。


「帰って来てくれたんじゃないの?」と杉原姉。

「ちょっと話があっただけだから」と杉原。

「とにかく上がってよ」と杉原姉。

杉原は「ここでいい。それより、村上君のアパートに押しかけたんだってね。身内の恥を晒すような真似は止めてよ」

「一族の恥が何よ。私たちは独立した個人なのよ」と杉原姉。


「これは一族じゃなくて、私の恥なの。それと、これは芝田君からの預かり物よ」

そう言って杉原はボイスレコーダーを姉に渡した。

「これ、ちゃんと聞いてよね」

そう言って杉原は実家を去った。



姉は自室のベッドで音声を再生する。それは芝田とその兄の会話だった。


「なあ、杉原朋恵さんって憶えてるか?」と芝田の声。

「結婚式に居た杉原さんのお姉さんだよな? 高校のクラスに居たよ」と芝田兄の声。

「兄貴はその人をどう思ってた?」と芝田の声。

「嫌いじゃなかったぞ」と芝田兄の声。

「けど、嫌いじゃないと好きは違うよな?」と芝田の声。

「男子って普通、好きな子の何人かは居るよな。けどそれって、好きっていうより気になるって事だと思う。彼女の事は気になってたぞ」と芝田兄の声。

「けど、苦手だったんだよな?」と芝田の声。


「彼女、俺と同じで両親が居なくて下の兄弟の面倒見てたから、共感できる部分はあったのな。けど性格的に棘があるっていうか、被害者意識って言うか、そういうので敬遠する奴も多くてさ」と芝田兄の声。

「見かけがブスだとか言う奴は居なかったのか?」と芝田の声。

「どちらかというと上の方だったぞ。まあ、それより上は何人か居たけど、もっと下でも男子に愛想が良くて人気のある女子も居たし」と芝田兄の声。


「要するにルックスより内面の問題だった訳だな? それでさ、仮にだけど。もしあの人が兄貴に告ってきたら、どうした?」と芝田の声。

「俺、彼女居たけど。まあ、卒業する時別れたけどな」と芝田兄の声。

「彼女に告る前に告白されたら?」と芝田の声。

「多分、受けてたと思う」と芝田兄の声。



会話はそこで終わっていた。聞き終わって天井を見る杉原姉の眼に涙が溢れた。

(今までの時間は一体何だったのだろう)と、そんな思いが一人でに湧いた。

過去の自分を思い切り殴りたかった。

そして布団にうつ伏して、大声で泣いた。


数日後、杉原朋恵はウーマニズム団体を抜けた。

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