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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
274/343

第274話 皇子様は大悪党?

森沢講師が参加して、年度始めの文芸部活動。新一年生が持参した作品をみんなで論評する。


「次は新田さんだね?」と森沢講師。

「女性が主人公のファンタジー世界でのアクション物です」と新田。


全員で新田の作品を読む。



若い女性だが腕利きの傭兵として名を上げている主人公の基に依頼が来た。内容は十代男性の護衛だ。

貴公子然とした容姿。だがその表情には、何かに怯えて生きて来た暗い影があった。

そして次々に襲い掛かる追手。彼は世継ぎ争いで乱れた王室から脱出した王太子だった。

自分が産んだ姫を世継ぎにしようと画策する王妃が放つ暗殺集団の魔の手。

彼らから逃げる先々で、腕利きの冒険者たちが主人公を愛し、王子に戦う男としての在り方を示し、剣術を教え、そして彼女の楯となって命を落とす。

そんな彼らの屍を乗り越え、やがて彼女を愛した男たちの仲間が集まり、王宮を支配する王妃の勢力を倒す。

成長した王子は即位して主人公を王妃として迎え、彼は自分を守るために死んだ男たちに感謝して彼らの銅像を建てた。



読み終えて好き勝手言う部員たち。


「面白いと思うよ。お姫様を守って戦うヒーローの男女逆転板だね」と森沢。

「けど、男を消耗品扱いしてない?」と金田。

「主人公はちゃんと彼らの愛に応えて、彼らは最後は銅像まで建ててもらえるのよ」と新田。

「まあ、こういうのもあるよね。最近は女性ヒーローって多いからなぁ」と桜木。

「そういうのって仲間が全員女ってのが多いけどね。男性憎悪で固まって、モブまで無駄に殺しまくって・・・とか」と村上。

「怖ぇーーーー」と男子たち。

「出て来る男性がかっこいいのよね」と真田。

「男性ヒーロー物だって、出て来る女は魅力的だものな」と芝田。

「そういう男が自分の犠牲になって死ぬって最高じゃないですか。男は女のために死んでナンボですよ」と根本。

「怖ぇーーーー」と男子たち。



「次は金田さんだね」と森沢講師。

全員で金田の作品を読む。



美貌の女性ビジネスマンとして野望を胸に秘めて活躍する主人公。

その才能で次々に事業を成功させ、周囲のОLたちの嫉妬と商売敵の妨害を乗り越える中、彼女に恋をし、彼女を助ける若き敏腕ビジネスマンたち。

その愛に応え、彼らの助けを得て、多くの部下を率いる地位に立つ。献身的に主人公を助ける部下。

ライバルが仕掛ける疑惑事件の犠牲となって、彼らは次々に命を落とす。

やがて斜陽化した巨大企業の若きプリンスに主人公は手を貸し、その立て直しに協力するとともに、彼の会社を敵対的買収から守って、彼と結婚してその巨大企業を手に入れる。

彼女は呟く「こんなもので私の野望は終わらない。いつかこの国の全てを手に入れてやる」



読み終えて好き勝手言う部員たち。


「これも結構怖い」と芝田。

「男を消耗品扱いしてない?」と新田。

「ちゃんと彼らの愛に応えたじゃん」と金田。

「いいと思うわよ。ビジネスウーマンってかっこいいわよね」と秋葉。

「アメリカでこういう小説があってね、男性ヒーローを女性に置き換えたんだが、ウーマニズム作品だって言われたそうだ」と森沢講師。

「先生はこれをウーマニズムだと思いますか?」と金田。

森沢は「本当のウーマニズムは味方に男性を出さないよ」



「次に衛宮君だね。南北朝の歴史小説だね? 題名は"悪党皇子"か」と森沢。

「皇子様が悪者なの?」と新田。

森沢は笑って「悪党ってのは税を略奪したり傭兵をやったりする武装集団の事だよ。鎌倉幕府打倒の原動力になる勢力だ。皇子というのは護良親王だね?」

「そうです」と衛宮。

全員で衛宮の作品を読む。



関東下野国の有力御家人の足利家。その執事の長男として仕える高師直は、領地争いの戦で敵の大将が名乗りを上げる最中に弓を射てこれを倒す。

戦の作法を無視したと主人に叱られる師直は「坂東の戦はつまらん」と言い放つ。


そんな師直は、主人の継嗣足利尊氏・直義兄弟とともに尾張守護職の任のため西へ向かった。

尾張は都の間近にあり、まもなく都から悪党討伐を依頼される。


京に上り貴族たちに面会する尊氏に随伴した師直は、帰路の馬上で二人の主人に言った。

「何だあの何の役にも立たぬ公家だの院だの、あれでは代わりに木偶でも置いた方がましだ」

それに対して尊氏は「だが、あの後醍醐院は油断できぬお方ぞ」

「尊氏は相変わらず人を見る眼が甘いの」と師直。

「何だその口の利き方は」と怒る直義。

そんな弟に尊氏は「まあそう言うな。能無き者も含めて巧く数を使うのが君主たる者の上手ぞ。そこに行くと後醍醐院は人の使い方だけは心得ておられる」


そんな事を言いながら少数の伴を連れて尾張へと帰る途中、悪党の襲撃に会う。巧みなゲリラ戦に成す術無く生け捕りにされる三人。

奮戦する師直は四方から投げられた網に絡めとられた。

三人は武器を奪われ、縛られて首領の前に引き出される。


「今日は良い獲物が獲れましたぞ。何と尾張の守護殿だそうな。鎧も刀も頗る上物」と首領の前で得意顔な悪党の指令役。

憤懣やる方無いといった体の直義、落ち着き払った尊氏。

何故か楽しそうな師直は首領の前でヌケヌケと言い放った。

「今日は良いものを見せて貰った。都はお上は駄目だがそれ以外は極上。酒も旨いし女も美しい。何より戦が面白い」


それを聞いて悪党たちは笑った。

「自分の首が飛ぶのが面白いそうだぞ。坂東の山猿は言う事が違う」

「そう巧く行くかの?」と師直も負けてはいない。

「手足は動かずとも口が動けば達者らしい」と、なお笑う悪党たちに、首領は言った。

「そう言うな。その男、手足が動かぬ訳では無さそうぞ」

「気付いておったか」と師直は言ってニヤリと笑った。


既に隠し持った小刀で手首を縛る縄を切っていた師直は、近くに居た男に当て身を喰らわせ、その刀を奪って首領に切りかかるが、刀を振り下ろした瞬間、首領の姿は消えていた。

背後から「どこを狙っておる」

いつの間にか背後に回った首領は、目にも止まらぬ速さで斬りかかる師直の刀を余裕でかわし、背後に回って首に刀を突き付けた。

「勝負あったな」と首領。

師直は「儂の負けですな。煮るなり焼くなり好きにするが良い。だが、それでは極上の家来を失う事になりますぞ」

「家来とな?」と首領。

「この高師直を家来にする気はありませんかな?」と師直。


これを聞いて直義は激怒した。

「師直、貴様!、裏切るか。高家先祖の時から与えた御恩とそれに報いる奉公を何と心得る」

「そんなものは知らぬ。家来は実力で活躍を見せ、主はそれに応じた利益を与えるのがこれからの主従ぞ」とヌケヌケと言う師直。


開いた口の塞がらない直義を見て首領は笑い、そして師直に言った。

「だが、ここまで刃向かったお前をどう信用する?」

すると師直は「捕まった者は首を刎ねるのであろう? 今まで主と仕えたこの兄弟、新たな忠義の証にこの手で首を刎ねて見せましょうぞ」


「師直、貴様!」と涙目で激高する直義を見て、尊氏は言った。

「まあそう言うな。それにそこな首領殿も家来は必要なのでしょう? 幕府を倒すために」

「何だと?!」と驚く首領の顔色が変わる。

「後醍醐院の御子息、護良親王殿下とお見受けしたが?」と尊氏はニヤリと笑って言った。

師直も驚いて「何だと? この手練れが、あの木偶共の片割れとな?」


首領は笑った。

「確かに儂は天台座主、尊澄法親王ぞ。父より比叡山に送られたものの、長老の諫めに耳も貸さず、僧兵どもから剣を習い、挙句はこうして悪党どもと御家人狩りを遊ぶ放蕩皇子よ」

「父君が貴方様を比叡山に送ったのは、そこの僧兵たちとそれに連なる悪党を味方につけるため、ですな?」と尊氏。

親王は深く溜息をつくと、興味深げな表情で尊氏に言った。

「そこまで見抜いておったか。だが其方も幕府の恩を受けた御家人で尾張の守護を任された責任があろう?」


その時、師直は得意顔で護良親王に言った。

「ならば良い事を教えて進ぜよう。何を隠そうこの兄弟の祖父君、今は亡き足利家時公は自害なされる時、この命と引き換えに我が子孫を将軍にせよとの願文を書かれた。つまり幕府に謀反を企てる一族として、執権殿に御進注なされば大きな貸しとなりましょう」


直義は涙と怒りで顔をくしゃしくゃにして「師直、貴様!」

だが護良親王は「なるほどな。つまりこれで我等には敵対出来ぬと。これは信用せざるを得ぬな。良かろう。だが、先ほどからそこで喚いている弟君は役に立つとは思わぬが」


身動きできぬ身で周囲の悪党たちに押さえつけられ、真っ青になっている直義を余裕顔で見下ろして尊氏は言った。

「これも生かして頂きます」

直義は感謝の目で「兄上」

尊氏は言った。

「これはこれで役に立ちます。世の中、さほどの実力無き者が遥かに多いです。そうした者を味方につけてこそ天下を動かせます。それにはこの直義のような者が必要なのです」

「なるほど、では、共に幕府を倒そうぞ」と護良親王は言った。


彼らは縛めを解かれ、幕府打倒の盟約を結んで尾張に帰還した。

「兄上、この御恩は一生忘れませぬ」と直義。

「俺はお前が身内だから助けたのではない。お前にはお前にしか出来ない役目がある。それを果たせ」と尊氏。

「はい。ですが、先ほどのあれは良かったのでしょうか?」と直義。

「無能な直義が意見とか片腹痛いぞ」と師直。

「師直、貴様!・・・それに、私はお前に助けられた訳ではない。それどころか、我等兄弟を殺そうとしただろ」と直義。

「こうして助かったではないか」と涼しい顔の師直。


直義は言った。

「それに、私が言いたいのはお前の事だ。祖父が将軍になると願を立てたという事は、北条殿を倒した後、我等が新しい幕府を作るという事なのだぞ。それを後醍醐院が許すと思うか?」

「帝が統べる世を作って武士を支配するつもりであろうな」と師直。

「だとすると、今の幕府を倒した後は我等はあの親王の敵として成敗させる立場になるという事だぞ」と直義。

「それはそうか」と師直。

「考えて無かったのか」と直義はあきれ顔で言った。

すると尊氏は「それは、今の幕府を倒す過程で我等が強くなればいいだけの話ぞ。後醍醐院にも倒せぬ程にな」


師直は笑った。

「尊氏、直義、都の戦は面白いのう。これからもっと面白くなるぞ」



読み終えた部員たちは全員、唖然。

「足利尊氏の家来って、こんなのですか?」と戸田が一言。

「戦争が面白い・・・って」とあきれ顔で口を揃えた。


森沢は笑いながら解説して「バサラって言ってね、世の中の常識なんて糞くらえ、俺は実力で好き勝手やるんだ・・・って雰囲気があったんだよ。高師直はそういうのの代表だよ」

「けど執事さんなんですよね?」と渋谷。

「米沢家の津村さんと全然違う」と中条。

「執事喫茶のイケメンのイメージが崩れていく」と根本が涙目になる。


森沢は「メイドの男性版の執事じゃないから。あの時代の執事は棟梁の補佐で、室町時代の管領の元になる制度だよ」

「けど、バサラって戦国じゃなかったんだ」と真田。

「この時代から続く風潮だね」と森沢。


その時秋葉がテンションMAXで衛宮の手を執って言った。

「衛宮君、あなた凄いわ」

「へ?・・・・」

秋葉は森沢に言った。

「南北朝って源平・戦国・幕末の動乱物に並ぶ歴史ネタの宝庫だと思うんです。けど今まで日の目を見る事が少なかったじゃないですか。もしこの時代の歴史物がヒットしてブームにでもなれば、創作物やら観光やら・・・」


「南北朝って、昔の皇国史観の南朝が正統で足利尊氏が悪者で楠木正成が正義の忠臣・・・みたいなイメージで引いちゃう人が多かったからね」と森沢。

「けど正成なんかはそうじゃなくて、時代の混乱で山に追われた人達を守るヒーローみたいに書く人も居ますよね?」と桜木。

「イメージが変わって来てるんだね」と村上。


「護良親王もかなり型破りだよね。比叡山で僧兵から剣術教わるって、どこかで聞いたような」と芝田。

「鞍馬山で烏天狗から剣術教わった義経みたい」と中条。

「義経伝説の基は義経記だが、あれは南北朝以降の作品なんだよ」と森沢。

「って事はあの中に護良親王のイメージが混ざってると」と渋谷。

「そうかも知れないね」と森沢。


「あの時代にうまく日の目が当たれば、いろんなエンターテイメントのネタになるんじゃないかしら。護良親王の伝説って全国にあるのよ。実は上坂にも、彼の墓だっていうのがあるわ。伝説だけどね」と秋葉が目を輝かせる。

「日本中で戦いがあったから史跡も多いし、観光に活かせたら宝の山だろうな」と村上。

「それとね、尊氏って名前は若いころは名乗ってなかったんだよ。あれは鎌倉幕府が滅んで後醍醐天皇から貰った名前だから」と森沢。

「そういうのも含めてこの大学で歴史を勉強したいです。なので二年になったら歴史哲学コースに進むつもりです」と衛宮は言った。

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