第273話 断裂する宇宙
大学の講義が本格的に始まり、森沢顧問が再び来校した。
そして文芸部の本格的な活動も開始。
森沢は缶詰開けで、かなりやつれている。
一年女子二人が森沢に頭を下げる。
「先日はすみませんでした」
「いや、いいんだ」と森沢。
二人の男子は興味津々。
「新田さんと金田さん、何かやったの?」と伊藤と衛宮。
「何でもないって」と金田と新田。
すると「森沢先生が原稿催促に来た編集から逃げて、ブースの机の下に隠れているのを、この二人がバラしたのよ」と秋葉が楽しそうに曝露。
「そういう事は言わなくていい」と森沢は言って頭を掻く。
男子二人は爆笑。
「作家ネタのテンプレですよね」と伊藤。
「それで缶詰ですか?」と衛宮。
「迎えに来た車に鉄格子とか入ってませんでした?」と伊藤。
「手錠されて連行されたとか?」と衛宮。
鈴木部長が「はいはい、一年生、自己紹介行くぞ」
その時、真鍋がぽつりと独り言。
「作家を主人公にした小説、書いてみようかな」
「書かんでいい」と森沢。
一年生が一通りの自己紹介を終えた。
「なるほど、全員が小説かぁ。今まで書いた作品はあるかい?」と森沢。
四人全員、口を揃えて「持ってきました」
先ず伊藤が出した小説をみんなで読む。
異世界から現れた謎の敵が巨大ロボで地球を襲った。
従来型の兵器では全く歯が立たなかったが、事件に先だって現れた一人の天才女性科学者が敵の出現を予測し警告を発していた。
彼女が開発した戦闘ロボによって敵を撃退したが、その設計概念の多くの部分を他の科学者は理解できず、彼女の手を借りずにロボは作れない。
そしてこの戦闘ロボは何故か女性にしか動かせない。
人類は世界中から適性のある少女を集めて訓練施設を設置し、女性科学者はその所長となった。
だが、ロボット戦闘に耐えられる精神力と闘争本能を備えたパイロットの育成に難航し、実践投入できる少女兵は三人。
その後幾度となく襲来する敵ロボは常に少数のため、辛うじて撃退できたが、ある時十数機の編隊を組んで襲来し、地球側はピンチに陥った。
その時、高速機動と大型速射砲を備えた小型機動兵器六機が現れ、見事な連携プレーで敵を次々に撃破。
敵を撤退に追い込み、一人の敵パイロットを捕獲した。捕獲された敵は人類と全く同じ姿で、同じ系統の言語まで使っていた。
機動兵器から降りたのは六人の少年パイロット。そして彼らを指揮したのは若い男性科学者。
彼はかつての所長の助手で、彼女の技術の一部を元にこの機動兵器を開発したという。
彼は政府の命令書を携えてここの幹部スタッフとして入り込み、機動兵器を駈る六人は少女たちの巨大ロボとの共同戦のため施設に入った。
そして入所に際して男性科学者は六人の少年兵に言った。
「所長に気を付けろ。彼女は恐らく敵のスパイだ」
やがて捕虜になっていた敵パイロットが脱走。所長がその脱走を手引きし、一人の少年兵がその現場を押えた。
彼女は言った。
「通報するならしなさい。けど、私が居なければ敵と戦えないわよ」
読み終えて好き勝手言う部員たち。
「サスペンス要素の入ったSF巨大ロボ物だね」と森沢顧問。
「こういう女性だけが乗れるメカとか、女性だけの軍隊とかってのも、よくあるよね」と芝田。
伊藤は「そういうのを男女逆転しようにも、元々軍隊って男性集団なんで、そういう女性だけの・・・ってのの理由を含めた設定を考えてみたんです」
「つまり、この所長みたいなのが、わざとそういうふうに作ったと?」と戸田。
「そもそもこの所長の目的って?・・・」と根本。
「人類を女性が支配する社会にするためです。いろんな歴史の中で、その国を守る人達が支配者になるってバターンがありますよね?」と伊藤が説明。
「女性だけ乗れるロボが人類を守る社会になれば女性が支配する時代が来ると?」と鈴木。
「ってか、敵から送り込まれた訳なんだが、その敵って?・・・」と村上。
「人類社会のパラレルワールドで、そこが女性支配社会なんです」と伊藤。
「その人達がウーマニズム的目的のために女性限定に作ったロボだったと?」渋谷。
「元からそういう社会だったの?」と秋葉。
「未来からタイムマシンに乗って歴史に介入したウーマニストが作った社会なんですよ」と伊藤。
「それが、他の世界に布教?」と中川。
「というより、次元断裂を回避するためです」と伊藤。
「次元断裂?」と部員たち。
その時、新田が不安そうな表情で尋ねた。
「あの、伊藤君、これってウーマニズムを批判するために書いたの?」
「そう見える?」と伊藤。
「もしかして新田さん、ウーマニズムにシンパシーがあるとか?」と衛宮。
「私もああいうのは嫌いだけど、まあ、あれに対する反発なんだろうけど、女叩きって・・・」と新田。
「ツボウマに対抗してる人達だよね?」と村上が口を挟む。
「ネットで女性に対して凄い批判を書くんです。女なんて知るか、とか、メスとか言うんですよ。友達であれ見て欝になった子がいて」と金田。
渋谷が「それでツボウマって?」
「ツボッターって、よく有名人が問題発言してるSNSがあるよね?」と村上。
「あれってSNSなの?」と渋谷。
「会員制だからね」と桜木。
「そこで男性に対して暴言吐いてる人達。ツボッターウーマニストの略でね、ジャップオス死ねとか発言する」と村上が解説。
「こ・・・怖ぇーーーー」と男子達。
「それじゃ、売り言葉に買い言葉じゃん」と芝田。
「けどあの人達、女叩きに反発して始めたって言ってます。ツボッターレディースとか名乗ってて、女叩きの人たちがやり返しのつもりで不良を意味するレディースの名を付けて呼んだら、逆に語呂が良くて好感を集める羽目になったとか」と金田。
「好感を得てないと思うけど」と桜木。
すると村上が「それにそれ嘘だから。別のブログで本人たちが書いてるけど、不良を意味する言葉を自虐のつもりで自称で付けた名だって」
「知ってるの?」と中条。
「外国人女性のグループと一緒に運動として始めたんだそうだ」と村上。
「だからジャップなんて人種差別用語連呼してる訳かぁ」と鈴木。
「けど主体は日本人女性なんだよね?」と真田。
「人種差別ウェルカムな奴等って居るからなぁ。特にウーマニストとかリベルタニストとか」と鈴木。
「ダイケーの宣伝戦争のお先棒を担ぐヒノデのマスコミと同じですね」とモニカ。
「自虐とか言うけど、本物のヤンキー女は自虐でレディースなんて名乗ってないよ。要するに、暴力性をひけらかして男性を脅してるだけだろ」と桜木。
「女叩きに対する反発とか責任転嫁するのもどうかと。ああいう男性叩きはずっと前からウーマニズムがやってる事だからね」と森沢が言った。
「で、次元断裂って何?」と、秋葉が先ほどの疑問に話を戻す。
伊藤は言った。
「先輩たち、四次元ってどういう所だと思いますか?」
「我々の三次元を越えた神仏みたいな高次元知性体が居る所・・・じゃないよね?」と桜木。
「御仏の世界ですか?」とモニカが嬉しそうに言う。
「モニカさん、違うから」と上級生たち。
「つまり縦軸・横軸・高さ軸の三つの次元軸に加えてもう一つが空間軸として俯瞰できる」と村上。
「そうです。で、その四番目の空間軸って何だと思いますか?」と伊藤。
村上が「時間軸でしょ?」
「ですよね?」と伊藤。
「そこを通って時間軸のいろんな座標を行き来するのがタイムマシンって訳ね?」と秋葉。
伊藤が語った。
「高次元との関係って、二次元と三次元の関係考えると解ると思うんです。例えば、地面と平行な二次元空間があったとすると、三番目の高さ軸は垂直に伸びている。二次元空間からはその高さ軸全体は認識できないけど、その軸線とは一つの点を共有していますよね。この二次元面がゆっくり上昇すると、高さ軸との共有点を変える事で、逐次認識する事ができる」
「つまり、三次元世界が時間軸を過去から未来へ移動するのと同じだと」と戸田。
「だとするとパラレルワールドってのは?」と真田。
「更にその上の五次元空間でまとめて俯瞰できる、個別の時間軸を持つ無数の世界の一つって事になりますね」と伊藤。
「それで次元断裂って?」と部員たち。
「つまり異なる次元空間は上位の次元空間において、その上位の空間軸で繋がっているって事です。たとえばさっきの例で、三次元空間に地面と平行する二次元空間を貫く、垂直に伸びている木があったとする。二次元空間は地上1cm部分と5cm部分と10cm部分で別の空間として存在する。それぞれはその部分の木の断面を共有している訳だけど、この時、地上5cm部分の二次元空間がそっくり入れ替わったらどうなります?」と伊藤。
「その部分の木の断面が消えちゃうね」と渋谷。
「つまり木は一本物としての連続性を失って、ぽっきり折れる」と秋葉。
「高次元レベルで時空全体が大変動、下手すりゃ崩壊って事になりません? 普通、こうなるには力が加わる。その時は木は曲がるか折れるか。曲がるとしたら元に戻ろうと復元力が働く」と伊藤。
「つまり、未来からの干渉で作られた女性支配社会を戻す作用が働くと?」と鈴木。
「例えば、支配される男性側からの抵抗とか?」と真田。
「それに気付いた上層部が、隣接するパラレルワールドを全部自分達と同じにする事で、高次元レベルでの改変を・・・と」と伊藤。
「それがこの侵略って訳だ。だったら占領して強制的にって考えない?」と根本。
「それでは反発が起こるから駄目だ・・・ってのが、この所長派の立場なんです。だから反発されないよう、意識レベルで女性の支配を受け入れさせようと」と伊藤。
「じゃ、いきなり数十体襲ってきたってのは?」と新田。
「強硬派が彼女たちの計画を無視し始めた訳ですよ」と伊藤。
「結局これ、どうなるの?」と衛宮。
「普通、失敗するわな」と村上。
「そのつもりなんですが・・・」と伊藤。
「で、伊藤君はこれを研究するために理学部に入ったと?」と森沢講師。
伊藤は「宇宙物理学研究室ってありますよね?」
「あそこでこれをぶち上げる気かよ」と芝田。
「駄目でしょうか?」と伊藤。
「いや、面白いと思うわよ」と秋葉。




