第268話 芝田君の正義
春合宿の夜、論評会で部員たちの作品が次々に俎上に載る。それに意見を言う部員たち。
そして、芝田のアニメ評論が論評の俎上に載った。
評論の対象となるアニメ作品は、外国人男性が経営する宝石商でバイトする学生が主人公。
訪れる女性客が抱える問題を解決するミステリーだ。
宝石に設定された花言葉のような「石言葉」を鍵として、その宝石の送り主の想いを探る。
とりあえず表論文をみんなで読んで、各自が感想を述べる。
芝田が解説した。
「この外国人店主のイケメンアピールが酷くて、婚約を破棄されそうになった男性が、婚約者が出入りしてる宝石商がイケメンってだけで浮気相手と疑うっていうのは、さすがに無いわ」
「それだけ男性が悩んでたって事なんだろうけど、ちょっとなぁ」と真鍋。
「外国人男性はイケメンでモテる的なイメージだね? 夏合宿に居た白人痛過ぎナンパ君みたいな」と村上。
「男だって白人女性有難がったりするでしょうが」と戸田。
桜木が「マスコミはそういうイメージ流すけどね、実はアメリカ人女性がそれ期待して日本に来て、日本人男性に全然モテずにがっかりする事もあるとか」と指摘。
「それで、差別に厳しいアピールもアレでさ、バイトに採用する時、差別をしないって契約書にサインさせられるんだけど・・・」と芝田。
「それって契約に書くような事なのかな?」と鈴木。
「日本人はそうでもしないと差別を止めない差別的民族だ・・・とでも言いたいんだろうね」と桜木。
「店主が白人だからっていう外国人目線って事だろうね」と村上。
「それこそ民族差別よね」と根本が口を尖らす。
「それで、アラブ人の客が来たんだが、主人公がその民族服見て、あれって暑くないんですかね?・・・とかぽろっと言ったら、それは差別で契約違反だと」と芝田。
「"それも差別かよ"って、よくある話ですね」と中川。
「よく"欧米は契約をしっかりする合理的で多民族共存可能な文化だ"って言う人居るけど、あれってその義務の内容が具体的に明示されるのが前提なんだよ。差別禁止ってんなら、何が差別か具体的に示すべきで、一方の恣意でそれは差別で契約違反・・・なんて、契約文化が聞いて呆れる」と住田。
森沢が「ああいう民族文化に関しては機能主義民族学って概念があってね。どんなに不思議に見える文化要素でも、ちゃんと生活に役立つ機能的意味があるんだ・・・っていうのが、民族差別解消の鍵なんだよ」と解説。
「確かに、差別偏見は全て無知から来る・・・って言うよね?」と中条。
「つまり、機能面での疑問に答える事こそ差別を解消する道の筈なんですね?」とモニカ。
「反差別を履き違えてる人って多いからなぁ」と住田。
「ところで、ああいうアラブ服って実際はどうなんですか?」と真田。
桜木が「あれは砂漠服だから、外部の日中の高い気温や日射から身を守るもので、実は合理的。それに湿度が低いから汗の蒸発で、それなりに快適なのさ」と解説。
「それと、正義って言葉をやたら強調するのが、実に何だかなぁ。で、その中身が、どうも弱者の・・・っていうか女性の正義なんだな」と芝田。
「正義に強者も弱者も男性も女性も無いよね」と戸田。
「まあ、強者が実力で弱者に対して理不尽を・・・ってイメージの言葉なんだろうが、問われるべきは理不尽かどうかの問題だろ」と村上。
「弱者と言っても、宝石買うのって普通、金持ちだよね? 貧乏な弱者とは真逆な世界ですよね」と中川。
「そのセレブ的雰囲気で女性視聴者にアピールする訳だろ?」と鈴木。
「なんちゃって弱者とでも言っちゃう?」と秋葉。
「それで、最初の所で変な爺さんが出て来る。信号の所を渡れない弱者老人の振りをして痴漢行為を働く。それに騙されそうになった女子大生を主人公が助ける・・・と」と芝田。
「痴漢行為って?」と真田。
「親切な女性に手を引いてもらって、それで手を握るのが痴漢だと」と芝田。
真鍋が「無いとは言わんがセコ過ぎて痛々しい」
森沢が言った。
「俺の若い頃はABCDとか言って、彼女といい仲になる段階の事なんだが、最初のAが手を握る、だったのな。その次がキス・ペッティング・セックス」
「ペッティングって何ですか?」とモニカ。
「前戯の事だろ?」と真鍋。
モニカは「前戯って何?」
秋葉がモニカにひそひそと耳打ち。
「ああ・・・そういう事ですか」とモニカが納得。
「今は四段階とは言わずに、もっと段階踏めって言うわよね?」と秋葉。
「で、そのうち手を握る・・・が入らなくなって、Aがキスになった。それで一つづつ繰り上がって」と森沢。
「Dは何になったんですか?」と渋谷。
森沢は「妊娠だよ」
「それは駄目だろ」と部員たち。
「けどそれが時計が逆に回って、ついには痴漢行為にまで昇格したと」と村上が笑った。
すると秋葉が「ああいう痴漢的なのって、それで性的に楽しんでやったぞザマーミロ・・・みたいに自己満足したいだけでしょ?」
「それ、楽しいのか?」と芝田が首をひねる。
「自己満足するのが楽しいんだよ」と村上。
「そうやってヒャッハーされるのが、女から見ると、ムカつくのよね」と戸田。
「いや、解らなくもないけど、争ってるレベルが何とも」と真鍋。
「自分の居る方角に視線が向いてるとか、何十cm以内の距離で女性に触れた空気を吸い込むとか」と住田が笑う。
「男として悲しくなって来るぞ」と芝田。
「こういうのって、おパンツくんかくんか・・・とか言うあたりから始まったんですよね?」と真鍋。
「マスコミが煽ったんだよ。そういうあり得ない変態を、人が犬を噛むとニュースになる的なノリでやったらウケて、真似する奴が増えて社会的に認知されて、リアルで真似る馬鹿が出て」と桜木。
「あれで本当に性的に満足する奴なんて居るのか? ネット動画で抜く方がよっぽど満足すると思うが」と村上。
「村上君はどうなの?」と戸田。
「あんなのただの布切れだろ」と村上。
「これだもの。大体、村上君のアパートは何よ。中条さんの下着とか平気でそこらへんに干したりするのよ」と戸田は溜息をつく。
「最初に里子があそこに来たのが、川に落ちて濡れた服乾かすためだったものな」と芝田。
戸田は憤懣やる方無いといった声で「中条さんも何か言いなよ。自分の彼氏が中条さんの価値をそんなふうに簡単に扱って、悲しくないの?」
「だって」と中条はまごつく。
鈴木が言った。
「結局、そういうのって、女性の価値のインフレなんじゃないですかね? 女性は布切れだって黄金並みの価値を付与できる無限の価値の根源で、男性はそれに平伏し拝む信者として女性を持ち上げるべし・・・みたいな?」
すると根本は苛立ち声で「つまり鈴木君は私の価値を認めたくない訳よね? そういう人ってモテないと思うわよ」
「つまり、変態故にモテるって事なのかな?」と真鍋。
「そんなの求める女性にモテなくていいです。ってか俺は女性として好きなんじゃなくて根本さんだから好きだったんだけど。嫌かな?」と鈴木。
すると根本は「そ・・・それは」
「鈴木さん、狡いと思います」とモニカが言った。
森沢が言った。
「女性の価値の下に平伏すべし・・・って、いわゆる位負けだね。この人は上位者だって思い込みで、精神的に抵抗出来なくなって、嫌われ悪口に怯えて戦々恐々みたいな」
「それで面と向かって口もきけないとか」と中川。
「恋愛系の学園物でよくあるよね?」と中条。
「日本の高校は、ああいう不自然に純情な男子ばかりの不思議世界と聞いたのですが、違うのですか?」とモニカ。
「芝居小屋でハラキリショーが見れるとかいうのと同レベルのデマだよ」と村上が言って笑った。
「女子に戦々恐々って、単に魅力ってだけでなくて、集団内の女子が団結して、気に入らない男子をある事無い事言い触らして排斥とか。会社とかでよくあるらしいけど」と鈴木。
「それが悪い事って認識が全く無いのよね。嫌われた本人が悪いみたいな。いじめはいじめられた方が悪いって理屈と同じよ」と秋葉。
「そういう雰囲気もマスコミが煽った代物だろ? 空気読めとか共感とかって、つまり集団の中の"あいついじめてやろう"みたいな空気に同調しろって事だよね? それでよくイジメ駄目絶対とか反イジメ正義派ぶれるよなぁ。マスコミって恥って言葉を知らんのな」と住田。
「そういう空気に洗脳して抵抗できなくするのよね」と戸田。
「"いじめはルールのあるスポーツ"とか言っちゃうのって女子に多いよね?」と真鍋。
「共感脳って思考パターンは女子に多いんだそうなの」と中条。
「だから女子グループが結束して男子を排斥とか」と鈴木。
「あと規範意識ね。決まりを守れって小学校で女子が男子を批判するってよくあるけど、決まりを守るのはいいとしても、仲間内で誰某を排斥するって空気をルールと認識して盲従する。規範を守ってるつもりだから自分は正しいと思って強気に出る」と森沢。
「"いじめのルール"なんてトンデモ概念がまかり通るってのも、それかぁ」と芝田。
「女こぇーーーー」と男子たち。
すると戸田が苛立ち声で「まるで女性が悪いみたいじゃないですか?」
「いや、そういう訳では」と森沢。
根本も苛立声でち「女性差別じゃないですか?」
「いや、その」と森沢。
秋葉が笑って「そういうのでタジタジになっちゃうのって、やっぱり位負けですかね?」
「森沢先生も所詮はオッサンという事で」と根本が鼻ヒク顔で言う。
村上はあきれ顔で「それで勝ち誇るって説教強盗じゃね?」
「ポリコレ棒だな」と芝田。
「けど、先生の頃って今よりオープンだったんですね?」と中条は言った。
森沢は解説した。
「実はウーマニズムは昔は、性の解放を肯定したんだよ。今とは逆にね。"性的規制は男性による都合で女性を抑圧するもの"だって被害者意識から来た発想なんだが、ウーマニズムに対する支持が広がったのも、それが大きかっただろうね。けど彼女たちはやがて気付いたのさ。実は性的規制は性嫌悪を抱える自分達女性を保護するためのものだったと。だから掌を返した訳だ」
すると桜木が「けど、それだけじゃないですよね? 性的な開放気分の中で男性の中に暴走する奴等が居たっていうのも」
「落としてヤリ捨てるとか?」と戸田。
「落とすための女性接待競争みたいになって、車で送り迎えする便利な道具みたいになるアッシー君とか、プレゼント攻めにして機嫌をとるミツグ君とか」と森沢。
「女性の喜ぶ顔が見たいってのは男性の本能だとしても、悲しすぎる話だな」と芝田。
「それが、そういう事をして貰える価値が自分たちにはあるんだって事で、女性の価値のインフレになる」と村上。
「バブルですね?」と鈴木。
「その結果、こんなにも価値のある私たちの、その価値が恋愛で男に搾取されるのは嫌だ・・・って」と桜木。
「結婚しない女とか自立する女とか」と渋谷。
秋葉が言った。
「それ、私の母なの」
「えーっ?」と部員たち。
「そういうのを本気にしてシングルマザーとして私を産んだのよね」と秋葉。
「今、どうしてるんですか?」と真田。
秋葉は「すごく後悔して、今頃になって結婚脳全開してるわよ。それで、真言君のお父さんに目を付けて全力でアピール」
「村上先輩!」とモニカが強い口調で・・・。
村上はタジタジとなりつつ「な・・・何?」
「全力で取り持ってあげるべきだと思います」と女子たちが口を揃える。
「そうは言っても結婚は両性の合意にのみ拠るからなぁ」と村上。
「何、弁護士みたいな事言ってるんですか」と根本。
「それに親父、お袋との離婚で懲りてるんだよ。お袋ってやたら金遣いが荒くてさ。っていうのも、恋愛とか結婚は男性からどれだけ金をせしめるかっていうゲームだと思ってたらしい」と村上。
「・・・」
「結局、やはり男性は必要だって女性は気付いたのさ。けど極大化した自分の価値がバブルだとは認めたくない。だからそれに見合う見返りを求める。イケメンってのもその一つだけど、もう一つがお金って事だね。だから結婚相手の収入にやたら拘る」と森沢。
戸田は言った。
「それじゃ村上君は、中条さんには徹底してお金を使わせない気?」
「いや、そういう極端な話をされてもなぁ」と村上。
中条は「私はお金なんて要らない。ただ真言君のぬくもりがあればいい」
「こういう人も居るのよ」と秋葉は溜息をつく。
「だから、そういう人には優しくしたくなるんだよ。それに、残念な女ってマスコミの影響でそうなるんだよね」と村上。
「世のマスコミは、いい女の上にも残念な女の上にも、太陽や雨の如く等しく変な煽り情報を降り注いで下さるからなぁ」と住田。
「何かで聞いたような台詞なんだけど」と桜木。
「まあ、ここにはキリスト教徒は居ないからね」と住田は笑った。
森沢がまとめる。
「まあ、色々あったが、いい評論だったと思うよ。村上君」
村上は怪訝な顔で「これ、俺の評論じゃないですけど」
森沢は慌てて「誰のだっけ?」
真鍋が「芝田先輩のアニメ評論じゃなかったですか?」
「そうだった。何でこうなった?」と芝田。
「弱者の正義はどこに行った?」と桜木。
「まあ、正義に強者も弱者も無いよね」と秋葉が笑う。
芝田の評論に関する論評を終えようとした時、モニカが言った。
「あの、正義という言葉が出たんで、村上先輩に聞きたい事があるんですけど、"自分"は正義じゃない・・・って評論に書いてましたよね?」
「力の行使自体が正義という訳じゃないからね」と村上。
「警察が泥棒を捕まえるために拳銃を使うとか、侵略者を迎え撃つとか、あれは正義では無いんでしょうか?」とモニカ。
「警察が泥棒を規制し自衛力が侵略を防ぐという目的自体は正義だろうね。それに従って行動するのが警察だが、もし、両手を上げて降参した泥棒を拳銃で撃ったとしたら、それは正義とは呼ばないと思う」と村上。
森沢は言った。
「目的が行為を正当化するというのは、必ずしも正しい訳じゃない。一つの行為に複数の目的があるって場合もあるからね」
「ただ逆に、迎え撃つのを"敵を殺すから悪"とか言う人も居るけど、それは絶対違うよね。だって、攻めて来た敵は何もしていない相手国の人を殺したり、その正当な権利を奪う人達なんだから、反撃されて殺されるのは当然だよ。"撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ"だって台詞があったよね。まあ、覚悟があるから勝手に攻めて行って殺していい訳は無いんだけど」と住田。
「移民が"移民先と対立する本国"の指令で、団体を作って移民先を害するのが悪であるなら、それを防ぐのは正義なのでは?」とモニカ。
「防ぐという目的は、確かに正義と言わざるを得ないね」と村上。
「それを実行すべく本国への退去を求めるのは、警察と同じではないのでしょうか?」とモニカ。
「つまり出て行けと?」と村上。




