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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第267話 新婚の春合宿

三月、春休みはあと一か月。そして森沢も缶詰から解放され、春合宿の運びとなる。


「どんな所に行くの?」と部員たち。

秋葉は「私がまだ行ってない温泉よ」

「温泉巡りに行く訳じゃないけどね」と桜木は秋葉に・・・。

「それ以外何しに行くのよ」と秋葉。

「春合宿だろ。後輩連れて」と芝田はあきれ顔。


「山本君と水沢さんとダブルデートで行った温泉があったよね」と中条。

秋葉は「私をのけ者にして行った所? どこよ」

「羽子板温泉」と芝田。

「日帰りじゃないのよ」と秋葉。

「その近くの戸佐彦温泉はどうかな?」村上が提案した。

「そういや行って無いね」と秋葉。



瀬場温泉は海に沿った低い山脈の海側にある。その山脈の内陸側の麓にあるのが戸佐彦温泉だ。

かつて山岳信仰の神社だった戸佐彦神社の門前町にある。


当日。

車を三台連ねて現地に向かう。

旅館はコンクリ五階建て。その日の客はあまり多くない。

受付で手続きする。

「何部屋ご入用でしょうか?」と旅館の人。


部員たちで相談する。

「部屋割りはどうする?」と秋葉部長。

芝田は「顧問部屋が一つとして、学生用は三部屋でいいだろ。一年生用に二年生用に三年生用で」

「普通は男女では?」と戸田。

「それは今更野暮じゃない?」と秋葉。

「というか、村上先輩たち四人、渋谷さんたちで四人、桜木先輩と私たちで四人よね」と根本。

戸田は「根本さん、桜木君は・・・」

「まあ、大勢の方が楽しいし」と桜木。


村上が「それで四年生は?・・・」

「俺はいつものように、女性宿泊客にナンパだ」と住田。

「住田さん、ここに奥さんが居るの、忘れてません?」と真田があきれ顔で言う。

「あ・・・・・」

根本が「モニカさん、ハリセンブレード」とモニカをけしかける。

「確か荷物の中に・・・」と、モニカがバッグの中を探す。


そんな彼等を見ながら秋葉は宿の人に「とりあえずもう一部屋、お願いします」



手続きが済むと、森沢が行動を促す。

「じゃ、荷物を置いたら街に出ようか。先ず戸佐彦神社だな」


その時、宿の人が彼等に言った。

「あの・・・皆さんの中に、カップルの方はおられますか?」

「この二人は新婚です」と村上は住田とモニカを指す。

宿の人はお守りを出して「では、このお守りをお持ち下さい」



部屋に荷物を置く。そして温泉街を歩く。

「お守り貰っちゃったけど、何だろう」と芝田。

森沢が説明する。

「多分、この神社の俗説だよ。カップルでお参りに来ると、祭神が女神だから嫉妬して別れさせる・・・って言うんだ」

「何て縁起の悪い」とモニカ。

「いや、あれは作り話だから。昔、ここに参拝客相手の遊郭みたいなのがあってね。遊びに来る男性が、妻が一緒に来たがらないように、そういう噂を立てたって事らしい」と森沢。

「女遊びが好きな男性はどこにでも居るからなぁ」と桜木。

「困ったもんだ」と住田。

真鍋が「住田先輩の事じゃないですか」

「俺はナンパはするけど金で買った事は無いぞ」と住田。


「そういえば、村上君が外国で・・・」と戸田。

村上は慌てて「それはデマだったろ」

「サムライが買春ツアーですか?」とモニカ。

「いきなり知らない外国人女性に抱き付かれて誤解されたんだったよね?」と村上。

「誰ですか? その女性は」とモニカ。

「モニカさんだよ」と村上。

「そんな事ありましたっけ?」とモニカ。

すると秋葉が「風俗は拓真君でしょ。真言君を連れて行ったのよね」

モニカは「やっぱりサムライ」

「あれも誤解だってば」と芝田と村上が声を揃えた。



戸佐彦神社は、この地域随一の格式を誇る大社とされている。

森に囲まれた広い境内で、様々な文人が詩や俳句を詠んだという。

立ち並ぶ歌碑を見て、中川が「文学碑、どれも新しいですね」

「観光用に建てるからね」と森沢。

芝田は「有難味が薄れるように感じるのって、俺だけかな?」


玉垣で囲まれた御神木と手洗舎。

手洗舎の向こうの大型の建物を指して、真田が「あの建物って?」

「絵馬殿だよ」と住田。


そこに入ると、奉納された、たくさんの絵馬が並ぶ。馬の絵の他に武者絵や花鳥、野山の風景を描いたものもある。

長歌を書いたものに目が止まった。

「読めないですね」と部員たち。


住田が読んでみせる。

人跡を阻む深い森に感じる眼に見えない存在への畏敬を格調高く詠う。

桜木が一言、「いいですね」

モニカは「これが日本の文化なんですね。感動します」



コンクリ造りの宝物展示館がある。奉納された刀や調度品、古文書が並ぶ。

山を背にして建つ拝殿で横一列に並んで柏手を打つ。


モニカが言った。

「ところで、正月に中条先輩の家で神仏習合という話を聞いたのですが、ここの神も御仏と一緒に祀られていたのでしょうか」

「神宮寺だね。あったけど、神仏分離という運動があって、その先頭に立ったここの神官によって焼かれたんだよ」と森沢。

「御仏を焼くなんて許せません。とても悪い事だと思います。どんな人なんですか?」とモニカ。

森沢は「さっき絵馬殿にあったでしょ? あの長歌を詠んだ人だよ」と説明。

モニカは「そんな・・・。文化って何なのでしょうか」



門前町の土産物屋を歩く。

モニカが物珍しさであれこれ手を出すと、住田が買ってあげる。

子供のようにはしゃいで住田にじゃれ付くモニカ。


中条が真似して、村上にキーホルダーをねだる。

「真言君、あれが欲しい」

「いいよ」と村上はそれを買ってあげる。


モニカが何か棒のようなものに興味を示して、住田に訊ねた。

「これは何ですか?」

「木刀だよ」と住田。

「修学旅行のお土産の定番ですよね?」と鈴木。

モニカは「木刀って何ですか?」

「木で作った日本刀の代わりだよ」と真鍋。


モニカは「欲しいです」と住田にねだる。

「いいよ」と言って、住田は財布を出す。

それを見ながらモニカは「ちょうど忘れて来てしまいました、ハリセンブレード」

住田は青くなって「まさかハリセンの代わりにあれで後頭部を叩くつもりじゃないよね?」

モニカは「駄目ですか?」

住田は「普通死ぬぞ」



たくさんの土産物を手に、嬉しそうなモニカは言った。

「祖国のみんなに良いお土産が出来ました」

「お前が身に付けるんじゃないのか?」と住田は怪訝顔。

「駄目だったですか?」とモニカ。

住田は「いや、いい。お前の友達は俺の友達だ」


そんな会話を聞いて、芝田が「"お前"・・・かぁ」

「何だよ」と住田。

芝田は笑って「いや、ちゃんと夫婦してるな・・・って」

「日本ではそう呼ぶのですか?」とモニカ。

「定番だよね」と根本。


モニカは「私は先輩の事を何と呼べば良いのでしょうか」

住田は困り顔で「勘弁してくれよ」

「女に対して百戦錬磨のヤリチンショーグンが何照れてるんですか」と村上が笑う。

「さすがにもう"先輩"は無いよなぁ」と桜木。

「それで何と」とモニカ。

秋葉はモニカの耳元で「"あなた"・・・だよ」



昼食を食べていくつか巡る。

神宮寺から移された仏像を祀る寺院。

「焼かれてなかったんですね。良かったです」とモニカ。

「焼かれたのもあるけどね」と森沢。


昔、鬼が住んでいたという巨大な杉の木。

「中に一部屋くらい作れそうな大きさだな」と芝田が感想を言う。

「それで鬼はどこに?」と後輩たち。

すると秋葉は「中が空洞になっていて、裏に回ると入口があるのよ」


一年生三名が藪に入って裏に回る。

「入口、無いですよ」と中川が怪訝声。

秋葉は「嘘だから」と言って笑う。

「秋葉先輩! ってか先輩たちは嘘だって知ってたんですか?」と真田が苦情を言う。

「みんな、こうやって睦月さんがどういう人かを学んでいくんだよ」と村上が言って笑った。



旅館に戻り、入浴。男湯と女湯に分れる。


女湯に何人かの中年宿泊客が居る。

その一人がモニカを見て声をかけた。


「外人さんかい?」

「はい、ヒノデ国から来ました」とモニカ。

「日本の温泉はどうだい?」と中年女性。

モニカは「素晴らしいです。オモテナシの心がとても心地よいです」

「そうかい。それは良かった。例えばどんな?」と中年女性。

「・・・」


モニカは首を傾げ、そこに居た女子部員たちに「何でしょうか?」

「いや、私たちに聞かれても」と女子部員たち。

そんなモニカを見て中年女性は「いや、いいのよ、悩ませちゃって澄まなかったねぇ」

中年女性たちは済まなそうな顔でそそくさと脱衣所に出た。



中年女性たちが去ると、モニカは秋葉に訊ねた。

「秋葉先輩はこういう温泉観光の専門家なんですよね? オモテナシって何でしょうか」

秋葉はドヤ顔で「空気よ。"空気を読む"・・・って言うでしょ?」

「よく言われます。空気を読めないって」とモニカ。


秋葉は語った。

「訪れた人を無意識のうちに心地よくさせる、そういう空気を発生させるの。それがオモテナシなの。解った?」

「とても深いです。さすが秋葉先輩です」とモニカは感心顔。


モニカが湯から上がると渋谷と根本が言った。

「秋葉さん、さっきのって、どういう意味なのかな?」

「意味なんて無いわよ。相手を解ったような気にさせるのが大事なの」と、秋葉は平気な顔で言った。

渋谷も根本も唖然。



そうした会話が仕切りの上を通って男湯に聞こえる。

「要するに誤魔化した訳だよな」と芝田。

「秋葉さんって・・・」と後輩男子たち。



夕食を食べる。そして食べ終わると論評会だ。

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