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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
265/343

第265話 住田先輩を追い詰めろ!

一月末、住田が無事に卒論を提出した。

あと二か月で卒業という中、羽を伸ばしまくる住田の噂は、否応も無く文芸部の後輩たちの耳に入る。


「住田先輩が新しい彼女、作ったんだってさ」と情報を仕入れたのは戸田だ。

「卒論仕上げた途端にこれかよ。あと二か月で卒業だってのに」と桜木はあきれ顔。

「ヤリ捨て前提で落とした訳ね。彼女可哀想」と根本。

「根本さん、何だか楽しそうなんだけど」と渋谷。

「気のせいよ。私ってこういう顔なの」と根本。


その時、部室に入って来た真田が言った。

「さっき聞いたんだけど、住田さん、新しい彼女と学食デートの真っ最中らしいですよ」

「見に行こうよ」と根本が言い出す。

「賛成」

そう言って、野次馬根性丸出しの部員たちがぞろぞろと部室を出る中、ふと思い出したように鈴木が言った。

「ところでモニカさんはどうしたかな?」



隣り合って座る住田と女子学生。住田は肩を抱き、そのままキス。

住田と一緒に居る女子学生を見て、中条が言った。

「あれ、モニカさんじゃない?」

「えーっ?!」と部員たち。



食堂の長机の周りの椅子に、住田を囲んで後輩たちが座り、住田に説明を求める。

「卒業まで二か月ですよね?」と根本が質す。

「その後も付き合う気、あるんですよね?」と戸田が質す。

住田は「いや、俺、ヤリ捨てとかしないから、多分」


「多分って何ですか!」と部員たち。

モニカは「皆さん、先輩は悪くありません」

「そうやって甘やかすから」と戸田。

「ってか、何でこういう事に?」と桜木。


住田は語った。

「村上と一緒に卒論の手伝いに来ただろ? あの後、何度も来てくれてさ、食事とか世話焼いてくれてさ、何でそんなに優しいんだ? って言ったら、役に立ちたいって、モニカさんは優しいんだな・・・って言ったら、こんな事言ったんだよ。"ヒノデの女は男性に愛されるのが人生の目的だ"って。そんな可愛い事言われたら、その気になるだろ」

「それで押し倒したと?」と戸田。

「皆さん。先輩を責めないで下さい。私、先輩の事が好きです」とモニカ。



そんなモニカを見て、村上はしばらく考えた。そして・・・。

「住田先輩、ちょっと」と村上。

「何だよ」と住田。

「男同士で話しませんか?」と村上。

住田は「俺はホモじゃないぞ」

村上は「そういう事じゃなくて」



離れたテーブルで向き合う住田と村上。

それを見て「村上、何話してるんだろうな?」と芝田。

「さあな」と桜木。


村上が切り出した。

「住田先輩。さっきのあれ、何だと思いますか?」

「先輩が好きだってのは俺がイケメンでかっこよくてハイスペだって事だろ?」と住田。

「それ全部同じ意味でしょ?」と、あきれ顔の村上。

「微妙に違うと思うが」と住田。


村上は真面目な顔で「じゃなくて、ヒノデの女は男性に愛されるのが人生の目的・・・って奴ですよ」

「伝統的な価値感が残ってる社会にはよくある事だ」と住田。

「というより、仏教国だからじゃないですか?」と村上。

住田は「日本だってそうだが」

「でも、日本の大乗仏教じゃなくて、あの国は上座仏教ですよ」と村上。

「だから?」と住田。


村上は指摘した。

「向こうでは自分自身が修行する事で救われるって事になってる。そして修行するのは男性だけ。じゃ、女性はどうやって救われますか?」

「輪廻で男性に生まれ変わって・・・って理屈になるだろうな」と住田。

「そのために男性に尽くして愛されて縁を結んで、って話じゃないですか?」と村上。


「・・・そういう事か。けどあの子がそんなつもりで」と住田は言って、ため息をつく。

村上は「文化的な雰囲気で無意識的な部分もあるだろうし、個人差もあるでしょうよ。けど、そんな想いで縋ってきた子を抱いておいてヤリ捨てたりしたら、可哀想過ぎますよね?」

「いや、それは・・・」と住田。

「ヤリ捨てませんよね?」と村上。

「いや、俺はあの子をヤリ捨てたり・・・」と住田。

「絶対ですよね?」と村上。

住田は「多分・・・」



その後、場は解散となる。そして再び部室に集まる仲間たち。

「問題は、住田先輩がこのまま結婚まで持ち込むかって事なんだが」と桜木が言った。

「絶対ヤリ捨てると思う」と根本。

「根本さん、何か楽しそうじゃない?」と鈴木。

根本は「気のせいよ」

「けど住田さんだもんなぁ」と真鍋。

「あの住田さんだぞ」と芝田。

「あと二か月で卒業だし」と戸田。

「どうする?」と一同、考え込む。そして・・・。


「ここは法律で縛るしか無くね?」と村上。

「発動するか、非常手段」と、部員たちの意見は一致した。



翌日、卒論のプレゼンを終えた住田を後輩たちが囲んだ。

「住田先輩の卒論提出祝賀会、企画したんですが」

そう言って、大学近くの居酒屋に住田を連れ出す後輩たち。


住田の右にモニカ。左と対面に女子部員が入れ替わり立ち代わり、来ては酒を注ぎ来ては酒を注ぎ。

そして男子部員が彼を囃す。

「住田さん最高」

「いい飲みっぷり」

やがて店には一気コールが響き、まもなく住田の意識は朦朧となる。


「次の店、行きますよ」と芝田が住田の肩を揺する。

住田は、ろれつの回らない口調で「今日は飲み明かすぞぉ」

「朝までお供します」と桜木。

「朝帰り上等だ」と住田。



そんな住田に村上は、一枚の書類とペンと、住田の姓の刻まれた三文判を出す。

そして言った。

「それじゃ先輩、これにサインと印鑑を」

「何だ? これ」と住田。


「外泊許可書ですよ。今夜は帰らないんですから」と村上。

「そうか」

そう言って署名捺印しながら、住田は思った。

(アパート暮らしの俺が、どこにこんなもん出すんだろう。まぁ、いいか)



住田が意識を取り戻した時、自分の部屋で寝ていた。

隣には彼に寄り添うモニカが居た。

(そうか。こいつは俺の彼女なんだ)

そう脳内で呟いて、モニカの頬を撫でる住田。嬉しそうなモニカ。


「気持ちいいか?」と住田はささやく。

モニカは「気持ちいいです。私の旦那様」

「旦那様? ・・・って?」と、住田は何かに気付き、怪訝な表情に・・・。

「私たち、もう夫婦なんですから」と嬉しそうにモニカは言った。

住田は「夫婦? ・・・って?」

モニカは「だってこれ」



モニカが出して見せたのは婚姻届。住田とモニカの署名捺印がある。

住田の脳裏に昨夜の記憶。

書類を示して署名捺印を求めた村上の言葉が蘇る。「外泊許可書ですよ。今夜は帰らないんですから」



住田は叫んだ。

「あの外泊届けかぁ。あいつ等図ったな!」

住田は結婚届をひったくって破り捨てた。そして哀しそうな表情のモニカの肩を掴んで言った。

「俺は騙されて書かされたんだ。見てたよな? こんな事をしなくても、ちゃんと自分の意思で結婚を決めてやる。けして結婚が嫌だって訳じゃないぞ、ただこんなやり方で・・・」

「じゃなくて、それ、コピーですから。本物は村上先輩が役所に行って手続き中ですよ」とモニカ。



住田はアパートを飛び出し、区役所に向けて全力で走った。

役所の建物の入り口が見える。ドアが開き、村上たちが出て来る。

彼らは住田を見て言った。

「婚姻届けは無事、受理されました。結婚成立です。住田先輩、御結婚おめでとうございます」

「お前等なぁ!」と住田。



部室で勢ぞろいする部員たち。

怒り心頭といった表情の住田。心配そうなモニカ。そして落ち着き払った村上。


「おい村上」と住田。

「はい」と村上。

「詐欺って言葉、知ってるか?」と住田。

村上は平然と「俺たちが今やってる事ですよね?」

住田は「あのなぁ!」

「だって住田先輩、こうでもしないとモニカさん、ヤリ捨てるじゃないですか」と戸田が語気を強める。

住田は「俺が信用できないのかよ!」



「普通、信用しないでしょ?」

そう言ったのは、いつの間にか部室の戸口に居た若い女性。彼女を見て住田は驚きの声を上げた。

「斎藤先輩」

「今までだって浮気のし放題だったじゃない」と斎藤。

住田は「いや、あれは」


斎藤はモニカを見て、笑顔で言った。

「貴方がモニカさんね? 結婚おめでとう。けど、これからが大変よ」

モニカは怪訝顔で、隣に居る秋葉に「あの、この人は?」

「去年卒業した斎藤先輩。住田さんの元カノよ」と秋葉。

「元カノって何ですか?」とモニカ。

斎藤は「去年まで私、彼の恋人だったの」

「そんな・・・」とモニカ唖然。


いきなり斎藤に向け床に両手をつくモニカ。そして言った。

「ごめんなさい。住田先輩にそんな人が居るなんて知らなくて。日本では私みたいなの、泥棒猫って言うんですよね?」

「変なドラマの見過ぎよ」と秋葉はモニカに・・・。

「それに私、もう別れたから」と斎藤もモニカに・・・。

「ヤリ捨てられたんですか?」とモニカは斎藤に・・・。

斎藤は、ムッとした顔で「じゃなくて、円満に解れたのよ」

唖然とするモニカ。



斎藤はモニカに言った。

「あなた、サムライに会いに来たのよね?」

「いや、それ勝手につけられた仇名だから」と慌てる村上。

それを無視して斎藤は「彼と対等に向き合うには、あなた自身がサムライになる必要があるわ」

部員たちは首を捻る。

(どういう理屈だろう)


そして斎藤は「そしてサムライには、その魂としての刀が必要よ。これをあげるわ。ハリセンブレードよ」と言って、モニカにハリセンを渡した。

村上はあきれ顔で「斎藤さん、留学生に変なこと教えちゃ駄目だよ」


モニカは「けど斎藤先輩はそれでいいんですか?」

「私、今、高校に居るの。そして新しい男を見つけるの」と斎藤。

「女子高生になったんですか」とモニカ。

「こんな年増の女子高生は居ないよ」と真鍋。

斎藤はハリセンで真鍋を思い切り叩いた。

そして斎藤はモニカに言った。

「解った? ハリセンブレードはこうやって使うのよ」



モニカは「解りました。けど住田先輩はこれでいいんですか?」と言って、今度は住田を見る。

そんなモニカに、住田は「日本の諺にこういうのがある。"畳と彼女は新しいほどいい"」

斎藤はハリセンで住田を思い切り叩いた。


村上は「本当は畳と女房は、なんだけどな」

「もっと悪いと思うけど」と桜木。

「どういう言葉ですか?」とモニカ。

斎藤は説明して、言った。

「妻に飽きて、簡単に捨てて他の女の所に行くって事よ」


「私、捨てられちゃうんですか?」と心配顔のモニカ。

「そうならないよう、これを使うの」と斎藤。

「解りました。頑張ります」とモニカ。

「いい子ね」と斎藤。

モニカは「斎藤先輩。お姉さまと呼んでいいですか?」

「私、レズじゃ無いから」と斎藤。

「私もです」とモニカ。



一連の茶番が終わると、斎藤は住田を見て、言った。

「さて住田君、出かけるわよ」

「出かけるってどこに?」と心配顔の住田。

斎藤は「決まってるじゃない。あなたの御両親に結婚の報告よ」

「嫌だよ。冗談じゃない」と住田。

「子供みたいな事言わないの」と斎藤。

住田は「絶対嫌だ。何言われるか解ったもんじゃない」

するとモニカは悲しそうな顔で「それって私が外国人だからですか?」


一瞬で場の空気が凍った。

「住田先輩の親って・・・」と部員たち。

住田は「そういうのじゃないから」と言うが・・・。

「相手が外国人だからって・・・」と渋谷。

「日本に変な偏見持ってる国ならまだしも、ヒノデは親日国だよ」と桜木。

「だから、そういうのじゃないって」と住田。


斎藤は厳しい表情で「村上君、一緒に来てくれるわよね」

「任せて下さい」と村上。

「俺たちも行きます」と部員たち。



総勢15名、三台の車に分乗して住田の実家を目指す。

先頭を走る斎藤の車に便乗した戸田が訊ねた。

「斎藤先輩は行った事あるの?」

「一度だけね」と斎藤。



旧家然とした門構え。対応に出た住田の両親と兄。

座敷に上げられ、全員で三人に向き合う。その端で、ふて腐れたように座る住田。


彼らの前に座ってモニカが三つ指をついて言った。

「ふつつか者ですが、逸久さんの妻になりました、モニカです。よろしくお願いします」

「こいつと結婚? この人が?」と、唖然とした表情の住田父が言う。

そんな住田父に村上は「見ての通り外国の方ですが、彼女の祖国ヒノデは親日国です」


三人は何かに耐えるように目を閉じ、小刻みに肩を震わせる。

「あの・・・」と村上。


そして住田の両親と兄は耐えきれず・・・・・・・・・・・・・爆笑した。



「ぶわーっはっはっはっは。世界中の女をモノにするんだぁ、絶対結婚なんてするもんかぁ・・・とか言ってた逸久が結婚? いや、就職してから何年かかるかと思ってたら、卒業前にこれか? お嬢さん、一体どんな手でこいつを落としたんだい? さすが外国の方は根性が違う」

部員一同唖然。

そして彼らは一様に思った。(そーいう事かよ)


「騙されたんだよ」と住田は父に言う。

「どうやって?」と住田父。

「酒飲まされて、外泊許可証とか言って婚姻届け書かされて」と住田。

住田父は「いや、外泊許可証って・・・アパート暮らしのお前が、どこにそんなものを出すんだ?」

住田は「だから酒飲まされて酔わされて」


また両親爆笑。

「お前、これが漫画なら、外人部隊に売り飛ばされてたぞ。良かったなぁ。結婚で」

住田は憮然とした顔で「ったく勝ち誇りやがって。これだから来たくなかったんだよ」



上機嫌の両親は宴会だと言い出して、部員たちを無理やり引き留めた。

部員たちは座り机の周りに座らされ、御馳走が並ぶ。

「実に目出度い。これで住田家も安泰だ」とご満悦の住田父。


苦虫を嚙み潰したような顔で住田は呟く。

「俺は世界の女をモノにするんだ」

「まだそんな事言ってるんですか?」と、あきれ顔の桜木。

「それに住田君、モニカさんは外国人だから世界の女よ。望みが叶って良かったじゃない」と斎藤が笑う。

「斎藤先輩、確か、世界なんて国は無いって言ってましたよね?」と村上。

斎藤はしれっと「そうだっけ?」と言って笑った。

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