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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
257/343

第257話 山本君も木から落ちる

その日は天候が荒れ、落雷が相次いだ。

市内の何か所かで停電が発生。

春月電力サービス社にも修理の依頼が相次いだ。ここに勤務する山本のチームの出動である。

だが、トラブル発生。送電システム修理の作業車が故障したのだ。

作業ボックスを小型クレーンで電柱・電線の高さに持ち上げて、このボックスに乗って安全に作業する、必須装備である。


大型ガレージで動かない作業車を前に立ち尽くす山本の先輩社員は上司に言った。

「どうしますか? これじゃ、停電復旧工事ができないですよ」

そんな先輩社員に山本は「要は電柱に登って配電をいじればいいだけですよね?」

「作業車抜きでの作業は安全基準に抵触するんだが」と上司は難色。

「電柱に登るくらい、簡単ですよ。ぼやぼやしてるとユーザー家庭で冷蔵庫の中身が駄目になりますよ。俺、行きますから」と山本。

「待ちなさい、山本君」

そんな上司の制止を聞かず、自家用車で作業現場に向かう山本。



そして・・・。

「それで電柱から落ちて怪我とか」と芝田。

「猿も木から落ちるとはこの事だな」と村上。

「俺は猿かよ」と口を尖らす山本。

病院のベットの上の山本を前に、お見舞いに来た村上たち四人。

山本は、あちこち包帯や絆創膏を付けているが、至って元気だ。


ベットの脇では山本の上司と同僚。

「悪いが安全基準に違反した以上、労災は下りそうにないんだ」と上司。

「んなもの要らないっす」と迷惑そうな山本。

付き添っている水沢は困り顔で「山本君ってば」


上司が帰り際に水沢に言った。

「妹さんには申し訳の無い事で。会社では出来るだけの事はしますので」

山本の同僚は「課長、この人は山本の婚約者の水沢さんですよ」

「いや、婚約者って・・・まだ小学生だろ?」と上司。

「若く見えるだけで、上坂保育園のれっきとした保育士さんですよ」と同僚。

「これは大変失礼を」と上司。



恐縮しっ放しの上司が会社に戻る。

「労災いらないとか見栄張りやがって」と芝田が笑う。

山本は「手続きがやたら面倒なんだよ」

「山本君ってば」と水沢はあきれ声。

「それで、何でこうなった?」


そう芝田が言った時、病室に四人の大学生が見舞に来た。

「山本が木から落ちたって?」と榊。

「いや、電柱からだよ」と山本。

水沢ははしゃいで「刈部君に榊君だ。お見舞いに来てくれたんだ。そっちの人は刈部君の彼女さん?」

刈部が「友達だよ。漫研の原田さんと日野さん・・・って芝田も居たのかよ」

「四人で遊んでたら、水沢さんからメールが来てさ」と芝田。

「水沢さん目当てに飛んできたって訳だ」と榊が笑う。

「いや、お前と一緒にするな」と芝田。

山本が困り顔で「水沢がパニくってあちこち連絡しまくるから」

「だって・・・」と水沢。



榊と刈部と一緒の二人の女子もはしゃぐ。

「この子が山本君だ」と原田。

「本当に小さいんだ。可愛い」と日野。

山本は困り顔で「芝田の友達ってこういうのばっかかよ」

原田が水沢を見て「あなたが水沢さんね?」

「本当に小さいんだ」と日野。


芝田は改めて訊ねる。

「それで、何でこうなった。体育祭の時なんか棒倒しの棒に登って瞬殺だったろーがよ」

山本は語った。

「電柱に登ったのは簡単だけどさ、配電ボックス開いて故障個所確認するのに、配電資料図が要るだろ。そのデータの入ってるスマホを左手で持って、右手で操作したら・・・」

「電柱から両手を話したと」と村上。

「あんなの足だけで十分だと思ったんだよ」と山本。

「何だかなぁ」と芝田。

「別に電柱から落ちただけで大した事無いし、何でもないって言うのに。検査だとか何だとか。あー鬱陶しい」と山本は愚痴った。


向こうでは刈部と榊が水沢にベタベタ。思いがけず賑やかな展開にはしゃぐ水沢。

そんな彼らを見て、原田は苛立たしげに「ちょっと、二人とも、人の婚約者に何ベタベタしてるのよ」

「だってさ、久しぶりに会ったんだし」と榊。

「水沢さん、可愛いし」と刈部。

「ってか俺たち、いつ婚約したんだよ」と山本。

「いいじゃん。山本君の意地悪」と水沢。

「家族公認で同棲してたら婚約者だろ」と刈部と榊が声を揃える。

原田は「えーっ、同棲してるんだ。いいなぁ」



病室を出て玄関に向かう中、原田と日野は刈部と榊に不平を言った。

「二人とも、ああいうのがいいの?」

「水沢さんの事? だって可愛いし」と榊。

「合法ロリって奴?」と刈部。

原田は「小島君みたいに幼女は世界の宝・・・なんて言わないよね?」

「駄目?」と刈部。

「だって俺たち、日野さんたちの彼氏でもないし」と榊。


原田と日野が立ち止まる。

榊が不思議そうに「どうしたの?」

「何でもない」と日野が苛立たしそうに言った。



その時、原田が榊に言った。

「仮に、だけどさ、私の友達が榊君の事を好きになって、けど小さくもロリ顔でもなくて、その人が告ってきたら、榊君、付き合う?」

「そりゃぁ・・・」

そう言って榊は刈部と、顔を見合わせる。

そして「どんな人かに拠るけど、多分付き合うと思う」と榊が真顔で言う。

「ほんと?」と原田。


その時、刈部が「何で原田さん、嬉しそうなの?」と突っ込む

「いや、別に私が嬉しい訳じゃないからね」と原田。

「じゃ、誰が嬉しいの?」と刈部。

原田は「えーっと・・・」


「もしかして、本当にそんな人が?」と榊が嬉しそう。

「いや、まぁ・・・」と原田は誤魔化そうと・・・。

「居るんだ」と榊。

「紹介したらいいじゃん」と刈部。

原田は「いや、彼女もいざ現実に・・・ってなったら、戸惑うんじゃないかなぁ・・・と」

刈部は「とりあえず話してみなよ」

「うん、そうする」と原田。


刈部は楽しそうに「榊、お前にも春かぁ」

「良かったな、おい」と芝田も楽しそう。

すると日野は「ところで刈部君だったら、もし私の友達が・・・以下同文・・・って事だったら、どうする?」

「俺も付き合うと思う」と刈部。

「二つ返事かよ」と榊は笑った。



原田と日野が駅前で榊・刈部と別れると、日野が原田に言った。

「ねぇ、さっきの友達って、架空の人物だよね?」

「どうしよう」と原田。

「やっぱり止めるって友達が言った事にすればいいじゃん」と日野。


原田は「けど、勿体ないし」

日野は「榊君の事、好きなの?」

お悩み顔で原田は語った。

「好きってほどじゃないけど、気になるっていうか。けど、見てもいない相手と簡単に付き合うって、誰でもいいって事だよね?」

「そうなのかな?」と日野。


しばらく日野は考え込み、そして言った。

「あいつのどこがいいの?」

「解らない。けど水沢さんに優しくしてるの見ると、自分もあんなにして貰えたら・・・って。最近一緒に遊ぶ事って多いけど、女の子として見てないみたいな」と原田が語る。

「そう見て欲しいの?」と日野。

「そういう訳じゃないけど」と原田。



大学の理学部棟で、日野が村上を見つけて声をかけた。

「村上君」

「漫研の日野さんだね? 芝田なら居ないけど」と村上。

「村上君に聞きたい事があるの」と日野。

「何かな?」と村上。

「上坂でクラスの女子とトラブった時、いろいろ恋愛について話したって聞いたの」と日野。

「そんな事もあったなぁ」と村上。


日野は話を切り出した。

「見てもいない相手と付き合うかって言われて、簡単に付き合うって、誰でもいいって事だよね?」

「そうじゃないと思う」と村上。

「付き合うって、何か惹かれる所があって、それで好きになったから付き合うんでしょ?」と日野は突っ込む。

村上は「惹かれる所、あるじゃん。自分を好きになってくれたって事がさ」

「そんな事が?」と日野。


村上は語った。

「誰かが自分の事を好きだって時、女の場合はその誰かを好きになる人と嫌いになる人が居るっていうけど、男だと大概好きになるんだよ。モテまくる人は別だろうけど。人は好きな人には優しくなるよね? 優しくされると幸せを感じて、それで相手も好きになる。それで相手に優しくして、相手も幸せを感じて、更に優しくすると、優しくされた相手も幸せを感じて更に好きになる。恋愛って本当はそういう、互いの好きの相乗効果で育っていくんじゃないのかな? 相手を好きになるのはその第一歩だと思うよ」


「けど、恋愛って好きになったら負けって言うよね?」と日野。

「ゲーム的に主導権争って惚れさせて相手を支配する恋愛なら、そうなんだろうね」と村上。

「・・・」

「そのために頑張るマッチョなのだけが恋愛だとみんな思ってる。けどゲームって対戦相手と勝ち負けを競うんだよね? その対戦相手って好きな恋愛対象だよね? それって好きな異性を負かしてやろうって事で、だから女子は男子の恋愛感情を警戒するんじゃないの? そんな好きな子をねじ伏せるような恋愛をしたいとは俺も思わないし、多分、榊も思ってないと思うよ。原田さんが榊と恋愛したいなら、面倒くさい事考えないで、とにかく一緒に居る時間を作ったらどうかな?」と村上はさらに語る。


「二人っきりで?」と日野。

「というより、楽しい時間を・・・さ。その中で、相手が好きって気持ちを伝えると」と村上。

「それって告白だよね?」と日野。

村上は「告白は彼氏彼女になるって事だよね? けど、好きと彼氏彼女は必ずしもイコールじゃないと思うよ。彼氏彼女って立場みたいなものに縛られるって事だからね? それより、自分が相手に優しくしたい理由を知ってもらうって事が大事だと思う」

「それでもいいの?」と日野。

村上は「ただの友達より嬉しいと思うよ。優しくされたいし、優しくしてあげる相手は欲しいでしょ?」

「でも、それが通じない相手も居るよね?」と日野。


「だからはっきり言葉で伝えるんだよ。榊なら通じると思うよ」と、村上は話をまとめ、日野は・・・。

「ありがとう。村上君、原田に・・・って何で原田と榊君の事だと解ったのよ」

「この間の話の延長でしょ?」と村上が笑う。

「この事は榊君には・・・」と日野。

「言わないから」と村上。



その後、一連の騒ぎの結末について、榊は仲間たちに報告を迫られる。

「で、結局、付き合う事になったと?」と刈部。

「原田さんの友達って触れ込みでさ、原田さん本人が眼鏡かけてカツラかぶって、友達の原田さんから紹介して貰った・・・とか言って、名前、何て名乗ったっけ?」と榊。


その時、泉野が血相を変えて彼らに文句を言いに来た。

「ちょっと、あんた達」と泉野。

「泉野さん、どうしたの?」と刈部。

「どうしたじゃないわよ。山本君が怪我したんだって?」と泉野。

「退院したけど」と榊。

泉野は「何で教えてくれなかったのよ。せっかく看病してあげて、あんな事とかこんな事とか・・・」



コンピュータ研で犀川教授と話す芝田と榊。


一連の話を聞いて犀川教授は「なるほどね、両手を使わずに使える情報端末か」

「何か作業する時、スマホでも何でも操作しながら、いろんなデータを見て何かをやる。けど両手作業って多いから、両手でスマホを使いながらは不便ですよね?」と言う芝田に対して教授は言った。

「ウェアラブルコンピュータだね。常に身に付けて、いつでも使える。スマホが必携みたいになってるのも、持ち歩いていつでも使えるって便利さから・・・なんだけど、一歩進めて衣服みたいに装着できるコンピュータを、って発想があったんだよ」

「いつでも、っていうと、頭にコンピュータチップを埋め込むとか」と榊。

「左目が義眼でその中に超小型コンピュータとか」と芝田。

「さすがにそれはSF過ぎだから、ジャケットに電子回路を縫い込むとか」と犀川。


「どうやって使うんですか?」と芝田が問うと、犀川は語る。

「それが問題なのさ。人がコンピュータを使うって事は、それで情報を得るための情報出力と、そのために欲しい情報を探して操作するための命令入力だよね? そういうツールとしてパソコンもスマホも発達した。それを便利にするってのは、人とコンピュータをどう繋ぐかって事さ」

「ヒューマンインターフェースですね?」と榊。

「芝田君の作画パソコンのペン入力ディスプレイと液晶キートップのキーボードが、まさにそれだよね?」と教授。

「けど、歩きながらでも両手が塞がっても、って事は、出力するディスプレイと入力デバイスは全然違う形になりますよね?」と芝田。


「ディスプレイならメガネ型だろ。泉野さんがやってた立体視ゴーグルとか」と榊。

「あれは接眼ディスプレイだから、あれでやれるって事は前が見えなくなるって事だぞ」と芝田。

「半透明にして視界と画面が一緒に見えるってのではどうかな?」と榊。


「問題は入力デバイスですよね」と芝田は教授に言った。

「一年の学祭の人型ロボットで、芝田君は両手両足拘束されてたよね?」と教授。

「あの時は音声入力を使った」と榊。

「それだ」と芝田は思わず声を上げた。

教授は言った。

「製造技術的には敷居は高いと思う。けど意味は大いにある。画面とか入力方式とかをデザインして設計してみてはどうかな?」

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